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050 :// 再びの商業ギルド

 ざわざわ。

 まさにその擬音が合う。


 クロア一行は、ビリヤノを先頭に商業ギルドへとやって来た。

 

 商業ギルドの職員たちは、誰もがまずビリヤノを見て丁寧に頭を下げようとし、その後に続くクロアたちを見て唖然とする。

 その劇的な顔の変化は、実に滑稽だ。

 受付へと足を進めつつ、クロアは内心ほくそ笑んだ。


「態度違いすぎねーか?」

「ねー」

「しっ、聞こえるわよ」


 バーチェークたちも、先日は嫌な思いをしたのでぶつくさ言っている。


「ビリヤノさん、今日はその……どうされましたか?」


 ついに勇気ある職員が、恐る恐るクロアたちに歩み寄ってきた。


「ふーむ、それがのう…………」


 ビリヤノはわざとらしく顎をさすり、絶妙な間をあける。

 なかなかいい性格をしている。


「ワシはもう100年もこの商業ギルドと仕事してきたんじゃがのう。

 商人登録規則に変更があったと、知らせがないとは思わなんだ」

「登録規則ですか? それはもう何十年も、規則に変更はございませんが……」

「ふぉ? じゃあオマエさん、ワシの大切な仕入れ元がウソを言ったというのかのう?」

「は、はい?」


 ビリヤノはずずいと職員に身を乗り出す。

 腰が曲がって職員よりも背が低いが、後ろにいるクロアも感じるほどの、かなりの圧力だ。


「こやつ、読み書きも計算も問題なく、登録資格を満たしているのに商業ギルドに登録させて貰えんと言うておる。可哀想だから、付き添いに来たのじゃが」

「は、はぁ……さようでございますか……」


 冷や汗を拭う職員。

 返答に困って言葉に詰まっていると、ビリヤノがさらに身を乗り出した。


「ギルド長を呼べと言っとるのがわからんのか、若造?」

「た……ただいま! 少々お待ちください!」


 言葉を言い終わらぬうちに駆けだす職員。

 その背中を見てビリヤノは満足そうに顎をさすった。


「……親方、なかなか凶悪だね」

「商業ギルドではの、いかに押すかが大事なのじゃよ」


 楽しげに笑うビリヤノは、暗闇に潜む獣の如く一瞬目が光ったように見えた。

 この老人が味方側で、本当によかった。






 職員が去ってから10分は待ったと思う。

 

「大変お待たせしました、ビリヤノ親方」

「大変待ったわい」

「色々立て込んでおりまして、申し訳ない。ささ、お連れ様方もこちらへどうぞ」


 七三分けの初老の男性が笑顔を張り付けてやってきた。

 どうやらこの七三分けが商業ギルド長らしい。

 先日のチョビ髭よりも若く見える。


(若くしてトップってことは、意外とギルド長はまとも……? いや、ダメだなアレは)


 丁寧に扱われて絆されそうになったが、ギルド長がチラリとクロアに送った視線で思い直した。

 あれば値踏みする視線だ。

 ビリヤノさえなんとか出来れば勝ちだと思っていそうである。


 案内されたのは、受付の横にある扉。

 応接室のようで、向かい合わせにソファーがあり、その間にテーブルが置かれている。

 広すぎない小部屋は、さも商談用といった具合だ。

 中では別の職員がひとり待っていた。


 ビリヤノとクロアがソファーに座り、他のメンバーはその後ろに立つ。

 向かいのソファーに腰掛けたギルド長のうしろに、同じように職員が立つ。

 おそらく補佐役なのだろう。


 クロアは皆に商業ギルドへは付き添い不要、好きに時間を過ごしてもらって構わないと言ったのだが、皆ギルドの職員を威嚇したいがためについてきてくれた。

 日頃は朗らかな半獣族だが、受けた無礼は忘れないらしい。

 ルジィに至っては、商人ギルドに入ってからというもの、ずっともやもやとしたオーラ的な何かを放っている気がする。

 席についてからは、よりその威嚇が強く感じた。


「それでは改めまして、私が商人ギルド長です。

 今回は、ええと……そちらの半獣族の方が、商人ギルドに登録されたいとのことでお間違いないですか?」

「ええ、そうです。クロアと言います」

「クロアさんね、はい」


 ギルド長は手を組み、クロアを上から下まで見る。


「……半獣族の登録は、規則上問題ないことになっております。

 ですが、商人ギルドの品位としてあまり好ましくありません」

「前に来た際、似たようなことをそちらの職員に言われました。実績があれば登録する、とも。

 ですから実際に実績を作ってきました」


 クロアはクロアミンをテーブルの上に置く。


「私が作った商品です。現在1日100本は売れています」

「ひゃ、100本!?」


 ギルド長がぎょっとした顔でクロアミンを見つめる。


「これはポーションですか?」

「違います。ポーションの成分は使用していない、全くの新製品です。

 商品名はクロアミン。商材名としては栄養剤ですね」

「栄養剤、ですか」

「日頃不足しがちな栄養を補うためのものです。

 疲労回復や二日酔い、初期の風邪にも効果が見込めます。

 薬ではないのであくまで補助や嗜好品の分類ですが、鉱夫の方々を中心に、朝が楽になると好評頂いてます」

「……ここのところ多忙で、情報を把握しきれておらず申し訳ない。キミ、少し見てきてくれないか?」


 ギルド長がうしろを振り向き指を振ると、職員が黙って頷いて部屋を出て行く。

 見てきて、と言うのは商人ギルドに情報があるか調べて来いというようなことのようだ。


「たった2週間くらい前に開発したらしいんじゃがのう。こやつの日稼ぎは、もうそこらの商人の2倍は超えとるぞ」

「2週間程度でそんなに!? そ、れは……素晴らしい商品ですね……」

「馬鹿者、素晴らしいのはこやつの販売手腕じゃ」

「販売手腕と言いますと?」


 ビリヤノがこれまでのクロアの行動を語り始める。

 宣伝のために、本来の目的ではない酒売りをしたこと、委託販売という新たな手法で販売窓口を増やしたこと。


 自分で説明する手間が省けて助かるが、何故か当人ではないビリヤノが得意げである。


「失礼します」


 扉を叩く音がして、先程の職員が戻ってきた。

 手にした書類をギルド長に渡すと、またその後ろに立つ。

 ギルド長は書類をじっくり眺めると、驚いた顔をする。


「……なるほど、事実のようですね」


 不信感を隠していなかった表情が明るくなった。


(なんかなー)


 クロアは顔に出さないが、不審に思う。


 パソコンやプリンターがある訳でもないのに、こんな短時間で情報がまとまった書類が出てくる。

 それはつまり、こちらの動向をしっかりチェックしていたということで。

 しかしギルド長は本当に知らなかったような様子である。


 例のチョビ髭が諸悪の根源である可能性が高いが、如何せん信頼出来ない印象だ。


「ビリヤノ親方のお話だと、クロアミンの製造卸売は今後ビリヤノ酒造さんに移行するとのことですね。

 いいでしょう。ビリヤノ酒造さんが間に入ってくださるなら信頼も出来ますし、商人ギルドへの登録を許可します」


(っしゃアアア!!)


 心の中で勝利のポーズをとった。

 やっとこれでスタートラインではあるが、やっとここまで来られた。


「それではクロアさんの登録作業をさっそく行いましょう」


 ギルド長が指示して、職員がまた部屋を出て行く。


「ギルド長、最近多忙というのは元領主の件かの?」

「ええ。正式な次領主が決まってないので、それまでの代理業務があまりにも多くて」

「お疲れでしたら、クロアミンを試供品として何本かお渡ししますよ」

「やや、これはありがたい。今1つ試してみても?」

「どうぞ。即効性はないので、1日1本ずつ飲んでくださいね」


 クロアは袋からクロアミンを5本出して渡すと、ギルド長が嬉しそうに受け取って飲み干す。


「350ゴーズで元気になれるなら、かなり安いですね」

「おかげさまで安く設定出来ましたので」

「……? それはどういう?」


 ギルド長の言葉に返事する前に、職員がまた戻ってきた。

 クロアの前に書類とペンが置かれる。


「準備が出来たようですね。この書類に必要事項を記入してください。

 また、登録時の規約もご確認のうえでサインを」


 クロアはペンを手に取る。

 ザ・ファンタジーな羽ペンで、内心戸惑うがそっとインクをつける。


「クロアさん、苗字はお持ちですか?」

「あー、苗字……」

「お持ちでないなら、お手数ですが今ここで決定してください」


 そういえば、特に考えていなかった。

 聞いた話では、魔族も人族も苗字を持つのは貴族か商人だけだとか。

 必要の無い人々は持っていないのが普通らしい。


(どーせ本名は変換されないし。ルミナディアでいいや)


 ルミナディア出身ということで、雑に決めた。

 故郷でいう“たんぼの中に住んでたから、田中”くらいの感覚だ。

 こうして過去に苗字が決まっていったのだな、と謎の感慨深さを覚えた。


 記入欄がさほどない書類を完成させ、書かれた規則を読み、サインする。

 これで完了だ。


「問題なさそうですね。

 では次にクロアミンの登録作業を———」

「しませんよ?」

「へ?」


 なめらかに次の書類に手を伸ばすギルド長が、クロアの言葉でピタリと止まる。


「製法は独自、完全独占市場なのに、商業ギルドに登録する意味はなんでしょう?」

「それは……」


 いいチャンスが来た。

 先程言いそびれたことと、先日の復讐。


「品質も相場も、そちらに確認していただく必要がありません。

 だって、そちらが“商業ギルドなしで実績を作れ”と言ったから、つくった商品ですよ?

 つまり“商業ギルドが必要ない商品”ってことですから」


 隣のビリヤニが小さく笑う。


「うちがそんなことを……?」

「ええ。チョビ髭の職員さん、いるでしょう?

 その人にそう言われたの、かなりの人数が見てたのですぐわかると思いますよ」


 ギルド長は、後ろの職員にヒソヒソと何かを話す。

 気まずそうに職員が返事をすると、苦虫をかみ潰したような顔になった。


「まさか……自分たちにも分け前(てすうりょう)が欲しいから登録しろ、なんて、言いませんよね?」


 華麗な一発KO勝利が、決まった。

 カンカンカン。

 勝者、クロア。


「———それでは明日、登録証が完成しますので受け取りにきてください」

「ありがとうございます」


 意気消沈したギルド長を前に、クロアはご機嫌を隠さない。

 うしろのバーチェークたちも黙ってこそいるが、互いに顔を合わせて喜んでいる。


「ギルド長」


 初めて見る顔の職員が部屋に入ってきて、ギルド長の耳元で何かをささやく。

 ギルド長はそれを聞くと顔を顰め、何度かヒソヒソと言葉を交わし合う。

 やがて諦めたような顔になると頷き、職員はそれを見ると、不安げに扉を開け放つ。


「失礼します。こんにちは、クロア嬢にビリヤノ殿」


 職員が開けたドアから、また見知らぬ男が現れた。

 30代くらいの男はスーツのような服装をしており、この世界ではかなり上等な服のように見える。

 雰囲気的に、商業ギルドの職員ではなさそうだ。


「色々とお話は聞き及んでおります。私はベノア・フォルヴォー。領主代理の補佐官です」

「……どーも?」


 領主代理の補佐官。

 想像もしていなかった人物の登場で、クロアはきょとんと見つめ返すしかなかった。


「クロア嬢のご活躍について、領主代理様が大変興味を持っておりまして。

 突然で不躾ではございますが、もしよろしければ領主代理様にお会いになっていただけませんでしょうか?」

「領主代理……サマに?」


 面食らってどぎまぎとした返答になってしまう。

 しかしベノアと名乗った男は慇懃無礼な態度のまま、優しく微笑む。


「ええ、領主代理様はこの街の伯爵邸にてお待ちです。歓迎させていただきますので、お連れ様もいかがですか?

 そろそろお昼どきでしょう? お料理も存分に振る舞わせていただきますよ」

「クロア、行こう!!」

「貴族の料理よ!?」

「そろそろ腹減ってきたなぁ」

「えー……」


 料理と聞いて、皆の鼻息が荒い。


(確かに領主代理ってコネは魅力的だけど……)


 突然のことで、戸惑う。

 なにかいちゃもん着けられたりしないか、とか。

 貴族を相手にするにはマナーを知らないのではないか、とか。

 色々気になるところがある。


「フォッフォ、これはよいの。ワシがフォローしてやるから、行くぞクロア」

「ぐえー」


 ビリヤノの一声で、クロアはバーチェークの肩に担がれることとなった。

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