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049 :// 決戦前夜

「———ッ!」


 委託販売開始から7日後。


「借金完済だー!っしゃァァ!!」

「クロアイェイイェーイ!!」


 クロアは年甲斐もなく、ルジィと手を取りあいピョンピョンと跳ねて喜んだ。


「これでチィールに怒られなくて済むぜ……」

「本当に巻き返すなんてね。流石だわ」


 委託販売を始めてから、あっという間に時間が過ぎた。

 当初6店舗から始まった委託販売は、5日後には12店舗、つまり説明を聞きに集まった酒売り商人たち全員が参加することになった。

 この時点で、一日のクロアミン総販売数が100の大台に乗った。

 さらに同時並行で飲食店にも導入して貰ったことと、原料仕入元の農家が他の農家にも効果の口コミを広めてくれたことで、販売数は爆発的に加速したのだった。


 そして現在、ついにプラスに転じた。


 驚くほどの順調ぶり。

 日頃から酒浸りでビタミン不足のオジサンたちに感謝だ。


「いらっしゃい。あなたたちが噂のビジネスパートナーね。主人から聞いてるわ」

「お邪魔します」

「本当に半獣族なのね。見事ないい尻尾だこと」

「あんまり見ないでくれよ、照れるぜ」


 委託を開始してからの帳簿は、引継ぎも兼ねてビリヤノ酒造と共有している。

 利益のあがり方に親方も大喜びしており、ついにはクロアたちをディナーに招いてくれたのだった。

 酒造の隣にある自宅本邸を訪ねると、ビリヤノ親方の奥さんが迎え入れてくれた。


 北側の貴族エリアには行っていないクロアたちにとって、この街で最も大きい邸宅になる。

 広く、そして立派な作りや調度品に、一行は感嘆の声を漏らしながら歩いた。

 街で見かける一般的な店や家屋とはレベルが違う。


「よく来たのぉ。今日は半獣族でも満足出来る量を用意させたから、たんと食べるがよいぞ」

「すごーい!」


 案内された部屋も広く、大きなテーブルが中央にある。

 その上には大量の料理が並べられ、ビリヤノが待ってくれていた。

 促されるまま席につき、食事会が始まった。


(半獣族用って、やっぱ量えぐい……)


 他メンバー、正しく半獣族の3人はガツガツと平らげていく。

 何かわからない謎の巨大肉に、山盛りのイモらしき料理。

 このパルマファムらしい料理が並ぶが、隅っこに野菜サラダがあったので、これ幸いとクロアはそちらをゲットする。


「ビリヤノ親方、もっと野菜食べた方がいいですよ」

「日頃は食べとるわい。今日はオマエさんら用じゃて」


 クロア以外の3人はとにかく肉に手を伸ばしている。

 それもそうか、と納得した。

 そして帰ったら野菜の大切さを説教しなければならないとも思った。


「いやしかし、オマエさんらの話を聞いた時にゃあ、ほんの遊びのつもりだったのじゃがのう。

 よくもまぁここまで稼げたもんじゃ。あの日の自分を褒めてやらんとな」

「それならストレートに私を褒めてくださいよ」

「フォッ、オマエさんは半獣族らしからぬ口達者じゃな」


 ドキリ。


「ホラ、私は体が小さいでしょう? 代わりに頭が発達したんですよ」

「なるほどの~」


 思わぬ疑いの言葉に一瞬心臓が跳ねたが、上手く誤魔化せたようだ。


「オジーサン、この肉マジでウンマいよ! なんか食べたことない味する!」

「こらこらルジィ。ビリヤノさんと呼びなさい」

「フォッフォッ。気にするでない。もうワシらは対等な商売相手じゃ。

 オマエさんも気楽に接してくれて構わんよ」

「それは……ありがとう」


 意外な申し出に驚いた。

 確かに最初からビリヤノは半獣族に嫌悪感がないようだが、弟子たちを怒鳴りつける厳しい姿を度々見ていたので意外である。

 それだけ良い商売相手と認めてくれたと思うと、素直に嬉しい。


「なに、クロアミンにはまだまだ売れて貰わなければならんからの。

 ……ここだけの話、領主代理が気にしておるんじゃ」

「領主代理が?」


 確か今、領主代理がこの街に来ているという話だった。

 領主代理がいる北側には寄りついていないが、クロアミンの爆発的な普及を考えれば耳に入ってもおかしくない。


「もしかしたら大ロットで仕入れてくれるかもしれんぞ」

「……それなら別で貴族用のクロアミン開発、やった方がいいかも……」

「新商品とな!?」

「うん。クロアミンは労働者向けの内容と価格設定だからさ。

 利益率も増した、貴族向け商品を作った方が稼げると思う」

「ほお! 具体的には!?」


 ビリヤノが食い気味にテーブルを乗り出してくる。


「例えば、美容にいい成分を入れるとか。精力増強なんてのもいいかも。貴族需要すごそう」

「精力増強とはつまり」

「男の下半身が元気になるヤツ」

「素晴らしい!!」


 ついにビリヤノがガタンと立ち上がった。

 大きな音を立てて、椅子が倒れる。

 あまりの勢いに、皆で目を丸くした。


「あ。まさかそーゆーこと?」

「あ、いや、別に、ワシじゃないからの? 違うからの?」


 それっぽい動きをしてしまったことに気付いたビリヤノが咳払いする。

 嫁が今この部屋にいなくてよかった。

 大変気まずくなるところだった。


「精力増強と言えば、南魔王(サウスロワ)様にも献上出来るかもしれんからの。

 王室御用達ともなれば、ワシの叙爵も間違いなしじゃ!」

「サウスロワ……って、南の魔王のことか」

「そうじゃ。魔王様を指す敬称じゃから、覚えておくといいぞ」


 南の魔王の名は“ソルマン・サウスロワ”だとバリランから聞いていた。

 まさか後半は敬称だったとは。


「それでその南魔王様はソレが元気で有名での……嫁が78人おる」

「多ッ!」


 危うく食べていたものを噴き出しかけた。

 いくらなんでも、多すぎないか。

 割となんでも柔軟に受け入れられるタイプだと自覚してきたクロアも、ドン引きだ。

 順に1日1人相手にしたら、嫁側から見たら旦那は2ヶ月以上待ち。


(まさか、1日2人以上相手にしてる……!?)


 恐ろしすぎる想像をして後悔した。


「しかも嫁には男も含まれていると聞く」

「びええ!!」


 節操が無さすぎる。

 南魔王とは、一体どんなケダモノなのか。

 クロアは恐怖に震えた。


 肉を貪るシルフェアナも、真っ青になって肉をゴクリと飲み込んで止まってしまった。


「……なるほど。確かにいい金づる……もとい、顧客になって貰えそうだね」

「じゃろう? 真剣に取り組んでおくれよ?」

「一通り落ち着いたらね」

「期待しておるぞい」


 ビリヤノとクロアは二人でくつくつと笑う。

 結構この老人、気が合うかもしれない。


「クロア、オマエさん明日時間あるか?」

「うん、平気」

「そろそろ商業ギルドに、ケンカを売りに行こうじゃあないか」


 ビリヤノがニヤリと笑った。


「ホント!?」


 今度はクロアが驚きと喜びで立ち上がる。


 ビリヤノ酒造にクロアミンの製造販売権を売る条件のひとつとして、商業ギルドに対する後ろ盾となってもらうことを約束してもらっていた。 

 この街唯一の酒造であれば商業ギルドに顔が利き、影響力があるだろうことを見越してだ。


「連中にはオマエさんの方が、よっぽどやり手だということを分からせてやらんとなぁ」

「親方、頼りになるぅ! 今日は早めに寝よ」

「フォッフォッ、明日に備えてもっと食うがよい」


 明日はついに待ち望んだ決戦だ。



          ■□



「これは本当なのか!?」

「は、はい……!」


 商業ギルド、終業後。

 今日も残業するハウゲルのもとに若い職員がやってきて、もじもじしながら書類を手渡された。

 そこには調査を命じた新作ポーションについての報告が記されていた。


「ポーションではないだと……?」

「はい。ポーションの製造所に物を見せてみましたが、ポーションは全く使用されていない液体だったそうです」


 ハウゲル自身も街中で何度も耳にした、この商品の効果。

 ポーションでなければありえない。

 こんな商品があるなど、今まで聞いたこともない。


「ポーションでないものが、こんな効果を持つだと!?

 一体どうやってそんなものを……こいつは!!」


 商会情報を見て、ハウゲルはぐしゃりと書類を握った。

 見覚えのある、商人の風貌記載。

 黒い半獣族の娘。


「この半獣族の娘、屋台を壊し……いや、壊されたと噂を聞いたというのに……!

 店もないのに、どうやってまだ商売をしている!?」

「売っているのは酒売り商人たちです」

「酒売り商人たちが、なぜあんな半獣族のモノを売るのだ!?」

「さあ……?」

「ええい、それを調べるのがキミの仕事だろう!!」


 ハウゲルは書類をずたずたに引きちぎって投げ捨てた。

 推定売上は計算を間違えたとしか思えないほど、良好な数値だ。


 ありえない。

 半獣族如きが、まっとうな商売をするなんて。

 怒りに頬がピクピクと引き攣った。


 ポーションのまがい物であれば、品質毀損の罪状ですぐさま役人に引き渡すことが出来るというのに。


「何故ポーションでないのだ……絶対に何か問題があるに違いない! すぐにでも探しに行ってこい!」

「ほう?」


 不意に声を掛けられ、ハウゲルは体が強ばった。

 自分の席の背後からの声、それはつまり、商業ギルド長の部屋から出てきた人物の声ということだ。


「そのお話、詳しく聞かせて頂けますかね?」

「あ……あなたは……!」

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