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004 :// やっと出会えた人間

 この土地の名は、廃棄地。

 呪われた地とも呼ばれている。




 この世界には、2つの種族がいる。

 人族と、魔族。

 半獣族なる存在の伝説もあるそうだが、子供たちの話ではおとぎ話にしかいない、存在の不確かなもののようだ。


 人族が住む国は2つの国で構成されており、名はフェルスタ王国と神聖国ダエア。

 魔族の国も4つに分かれているそうだが、子供たちの話ではあまりよくわからなかった。


 魔族は邪悪な魔法を使う種族で、頭に角が生えていることが特徴。

 人族の子供を食べるとか、生贄にして魔獣を創るとか、あれこれ魔族にまつわる話が出たが、子供たちのその辺りの話は雰囲気的に眉唾そうだ。


 人族と魔族は互いに相容れない間柄で、憎しみあい、幾度も戦争を重ねてきている。

 ここ数百年、小競り合いはあるものの大規模な全面戦争は起きておらず、事実上の冷戦状態らしい。


 冷戦を続ける人族と魔族の国の間には、狭くはない不干渉地帯がある。

 強力な魔獣が出ることや、呪いの石があることもその不干渉地帯が広い理由らしいが、大陸を左右に分割する国境線付近と、大陸南側のかなり広い範囲がそれにあたるそうだ。


 そしてその不干渉地帯こそが、この廃棄地。






 どちらの国も、不都合なものをこの廃棄地に捨てる。


 廃棄地への流刑。

 これがこの世界、人族の最高の刑罰だそうだ。


 人族で深く信仰されているリーリス教という宗教では、殺人を最大の罪としている。

 同族殺しは輪廻転生から外れるとされ、二度と生まれ変わることが出来ない苦しみに、永遠に苛まされるという。


 殺人の起きた場所は穢れが生まれるので、例え奴隷に殺人をさせても不浄の地が残ってしまう。

 ゆえに追放すれば、いずれ魔獣が殺してくれるので問題がない、ということらしい。

 ちなみに魔獣によって殺された場所は不浄ではないし、なんなら魔族は穢れた存在なので殺してもいいそうだ。

 子供たちの話を聞くに、死が不浄というより同族による殺しが不浄ということのようだ。


 この考えにより死刑が存在せず、この廃棄地への追放が最も重い処刑方法となっている。


 廃棄地とはあくまでゴミ捨て場であり、流刑の他にも労働力にならない口減らしの老人や子供も多いらしい。

 稀に冒険者がより強い魔獣とその素材を求めて入るそうだが、数は極めて少ない。






 これが少年少女たちから聞き出したことだ。

 廃棄地に住むこの少年少女たちは、もちろん犯罪者ではなく、口減らしだとのこと。


 少年の話では、農村に住んでいたが気候変動の激しく貧しい地域で、食糧不足により親から捨てられたそうだ。

 移動魔法のようなものが王家にあるそうで、定期的に“廃棄物”を収集しては、戻ってこられないように遙か遠い廃棄地へ魔法で捨てているらしい。

 おそらく杏奈も、同じような魔法を使用されたのだと納得した。


 廃棄地は放置された土地なので当然強力な魔獣が蔓延り、まともに集落すら作れないそうだ。

 人が多く集まれば、それすなわち魔獣の餌場。

 数が多いだけ魔獣も寄ってくるからだ。

 だから寄せ集めの者たちは放浪し、迫り来る死から永遠に逃げ続ける。


 それがここだという。






 殺人が横行しない世界とは実に不思議だった。

 異世界とはいえ、人がいる限り殺人は存在するものだと思っていたので、話を聞いた杏奈はだいぶ面食らった。


(あのヤロー、私になんてことさせようとしてたんだ)


 宗教観を踏まえると、本当に勇者とは名ばかりの都合の良い奴隷だったようにしか感じられない。

 どうせ異世界人だから殺人しても大丈夫!とか、根拠のないことを言うであろうことが見え透いている。


 勇者とおだてて働かせ、自分たちが危険と不浄から逃れるための都合の良い駒。

 間違いなくこれだ。


「あのクソハゲデブ二重顎、いつか絶対呪い殺してやる……!!」

「お姉ちゃん、大丈夫……?」

「あ、ゴメン。ダイジョーブ」


 怒りのままにブツブツと呪詛を燃え上がらせているところを、少女が心配そうに覗き込んできた。

 この子たちには関係ないことだ、と杏奈は煮えたくる怒りの炎を腹の中で落ち着かせる。


「ところでみんなの名前を聞いてもいい?」

「オレはラーシス」

「私は妹のリーシアだよ」

「……シグ」

「シグはこの森で出会ったんだ」

「なるほど」


 赤髪の少年少女はやはり血縁だった。

 もう一人の少年は同世代のようだが青みのある銀髪で、顔立ちも雰囲気も違う。


「お姉ちゃんは?」


 リーシアが小首を傾げて杏奈を見つめる。

 確かにラーシスが過保護になるのが分かるような、守りたくなる小動物である。


「私は“黒川杏奈”……あれ?」


 なにか、おかしな声になったと感じて杏奈は喉を押さえた。


「クォロήδア アλώσ?」

「なんだって?」


 聞き返すようなリーシアの声が、急に変な発音に聞こえる。


「クォロήδア アλώσ?」

「なんで急に変な言葉になんだよ?」


 怪訝そうなラーシス。

 シグも不思議そうにこちらを見ている。


 全員が現状を理解できず、妙な雰囲気になる。

 どうやら彼らには、今までの会話には何も問題はなかったのに、名前だけがおかしな発音に聞こえるようだ。


「私の今の言葉、普通だよね?」

「うん、普通だよ」


 妙なことに、自分の名前だけが上手く発言出来ないようだ。

 考えて、色々試してみることにした。


「じゃあこれは? “東京”」

「ρέゥςキχάー?」

「あー……じゃあこれは? “ピサの斜塔”」

「πψァξオνζζθ?」

「固有名詞がダメなのか。分かった気がする。えーと……名前、名前、“名前”」


 意識して絞り出すと最後の言葉だけ、日本語になった。


 理解出来た。

 今まで何故か異世界なのに日本語が通じると思っていたが、違う。


 杏奈が話す際“無意識に言葉がこの世界の言語へ変換されて口から出ている”、これが正しい状態だ。

 故郷にしかないような固有名詞を言おうとすると、変換されずそのまま日本語の発音で出るようだ。

 そしてこの世界の言語に自動変換されていたものも、意識して日本語で言おうとすれば、日本語で出せる。


 知らぬ間に、口か脳にコンバータでも挟まれているようで変な感じだ。


「何がわかったの?」

「えっとねー、説明がめん……大変なので、まずは名前の話をしよう。“黒川杏奈”はダメなんだよね?」

「クォロήδア アλώσ? 言いづれーよ」

「クォロ……ア? じゃあクロア。これはどう?」

「クロア?」

「じゃあ私の名前はクロアってことで」


 ラーシスの声から日本語に近い発音の言葉だけを繋げた。

 思わぬ形だが異世界の名前っぽいので、まあいいだろう。


 杏奈、改めクロア。

 思わぬところでさくっと改名することになった。


「それでね、私がこの世界の色々を知らなかったり、さっき変な言葉が出たのはだね。うーん」


 真実を言ってもいいものか、悩む。

 不審者扱いされてしまうかもしれないが、変に記憶喪失など嘘をつかない方がいい気がする。

 悪い子たちではなさそうなので、真実を言ってしまった方がむしろ助けてくれそうだし、この世界について根掘り葉掘り聞けそうだ。


「……実は私、魔法で別の世界から連れて来られたんだ」

「別の世界って、どういうこと?」

「はあ? 異世界ってことか?」

「そう。私の世界には魔法もないし、魔族も魔獣もいないよ」

「ええー!? 信じられない!」


 リーシアが素っ頓狂な声をあげる。

 全く喋らないシグでさえ不審者を見るような目でこちらを見ている。

 わかっていた反応だが、傷つく。


「ほら、この服装見たまえよ。見たこともない服なんじゃない? あとホラ、これとか見て」


 鞄からスマホを出して電源を入れて見せると、3人が目を丸くした。


「何これ!? キレー!」

「光ってなんか動くぞ!?」


 起動画面だけでこの反応、スマホは素晴らしい。

 そのあとは動画や音楽、目を引くようなものをチョイスして見せていく。


 少年少女たちは、次々に流れる映像と音楽を釘付けになってぼんやりと眺めていた。


「……ね? みんなとは違う世界のモノって感じするでしょ? すごいでしょ?」

「すごいね! キラッキラだよ!」

「王様だってそんなの持ってねーんじゃねーか!?」

「そうだろうそうだろう」


 興奮する子供たちに、謎の殿様気分を味わう。

 想定通りの反応に満足していたのだが。


「———そんなにすごいのに、捨てられちゃったんだね。私たちみたいに」


 リーシアからポロリとこぼれた言葉は、静かな水面に落ちた一滴のようだった。


 クロアへの嘲笑でも嫌味でもなく、そして悲しみも怒りも感じない。

 言わば虚ろ。


 それは子供のする目ではなく、クロアは息を呑んだ。

 何か言わなければ、と思ったが、驚くほど何も出てこない。


「っといけねー!」


 弾けたようにラーシスが飛び上がる。


「すっかり話しすぎちまったな。もう日が暮れるし寝るぞ、オマエら」


 するとリーシアもシグも、何もなかったかのように動き出した。


「はい、シグ。魔獣除け」

「……ん」


 ばたばたとあっちに行ったり、こっちに来たり。

 呆然とするクロア。


「……オマエ、腹減ってんならこれやるから、食って早く寝ろよな!」

「え? うん……?」


 ふいにラーシスが奥から何かを投げつけて、キャッチする。

 見たことのない手のひらサイズの果物だった。


「リーシア。もうちょっと、そっち」

「そっか、クロアがいるもんね。詰めるね」


 クロアが何も言葉を発せないままに、いつの間にかもうそのままここで全員寝る流れになっている。


「厠は木ぃ出て右側のとこな。葉っぱが山ほどあるからわかんだろ。

 夜中行く時は静かにしろよな、魔獣に気付かれないように葉っぱもたくさんかけろよ」

「うん? ありがと……?」

「それとこの布、余ってるから使ってもいいぞ。別に使わなくてもいーけどな」

「はい……」


 あれよこれよという間に、すっかり全員木のウロで寝る態勢になって、3人の子供たちは早々に目を閉じてしまった。

 特に拒否する理由もないが、逆に許可も得ていないので居た堪れない気持ち。


 とにかく気まずくて、クロアもそっと目を閉じた。







 ぼー、ぼー。

 どんな鳥がいるのか知らないが、遠くで鳥らしき声がした。


 ずっとこの世界に来てから鳥の声ひとつも恐怖の対象だったが、今は不思議とその恐怖感も不安もない。

 木のウロは地面と幹でぼこぼこしてお世辞にも寝やすい場所ではなかったが、今までよりはずっといい。


 子供とはいえ、人が近くにいるだけで安心しているのかもしれない。


(……棄てられた、んだなぁ……)


 リーシアの言葉に、何も言えなかった。

 子供たちは口減らしでここに棄てられて、命からがら生きているのだろう。

 でなければ、あんな虚ろで絶望した瞳は出来ない。


 恥ずかしさを覚えるくらい何も言葉が出なかった。

 せめてこれからは自分が守るよ、くらい大人として言えればよかったのに、今の自分では明日の命すら怪しい。


 子どもを励ますこと一つ出来ない、名ばかりの勇者。

 何が出来るかを考える余裕はなく、ただ一日一日を必死に生き延びるしか無いのだ。


 自分の無力さに嫌悪感を覚えながら、疲労に促されるままにどっぷりと意識の海に落ちていった。

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