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047 :// アクシデント

「クロア、大変大変たいっへーん! 大事件だよー!!」

「その肉そんなに美味しいの?」

「違うったら! 本当に事件なんだってばぁああ!!」






 5日目の昼時。

 クロアが宿屋の部屋で魔術の勉強をしていた頃、ルジィが嵐の勢いで部屋に飛び込んできたのだった。


 ルジィのことだから、部屋に来た時に咥えたままだった肉が超美味しかったとか、そういう話だと思ったら。

 無理矢理連れて来られたのは、宿屋の庭。


「これは———」

「クロア……!」


 すでにシルフェアナとバーチェークがいて、それを見ていた。


 クロアの屋台。

 木材屋で出来あいのものを購入し、昼間は宿屋の庭の片隅に置かせてもらっていた。

 その屋台が、無残にも壊されバラバラになっていた。


「呆れた……」


 なんて野蛮なんだ。

 屋台を置いていたのは宿屋の庭、つまり通りからは入り組んだところにあるので、通りすがりの酔っ払いが犯人である線は薄そうだ。

 だとしたら、嫌がらせか。


(くだらないヤツってどこにでもいるんだなー)


 しょうもないことに巻き込まれた、と溜息を吐いて、はたと気が付いた。


「……ああ……私の2万ゴーズ……!」


 正確には借金して買ったので、クロアの2万ではなく、バーチェークの2万なのだが。


 元から壊れかけの安物だったのに、骨組みも何もかもバキバキに折られている。

 これはもう修理出来る程度ではない。


 嫌がらせされたということより、2万を失ったことの方がショックが大きかった。

 クロアは力なく地面に崩れ落ちた。


「こんなことになるんだったら、見張りしけばよかったぜ……」

「……元気出して……」


 シルフェアナが励ますようにクロアの肩を叩く。

 しかしどちらかと言えば、元気よりもふつふつと怒りが湧いてきた。


「2万の恨み、忘れないぞ……絶対後悔させてやる……!」

「犯人見つけるしかねーな」

「気の利くルジィちゃんがね、宿屋の人にも聞いてきたけど。みんなやったやつ見てないって言ってた」

「他の酒売りたちが、怪しくないかしら?」


 目撃無し。

 だが、さほど考えなくても犯人がわかる気がする。


「彼らも私たちのこと煙たがってたけど、酒売りたちじゃないと思うよ。

 私が酒を売るのは残り3日だって、彼ら知ってるから」

「えーっ、なんで!? たくさん売れてるのに、やめちゃうのォ!?」

「別に酒売りになるために魔国に来たワケじゃないからさー」


 信じられないと叫ぶルジィの圧がすごいが、どうどうと抑える。


「つまり酒を売るのが期間限定だって知らない上に、私のことを嫌うヤツ。商業ギルドじゃないかなー」


 周囲をキョロキョロと見回して、人気がないことを確認する。


「ニャスタ。見てた複製体、いる?」


 右耳がピコピコと震える。

 そして空中にいつものディスプレイが表示される。


 隣の建物の上から撮影された映像が流れる。

 街全体の調査の時から、調査部隊のニャスタたちはそのまま外で自由にさせていた。

 案の定、見ていたニャスタがいたようだ。

 見覚えのない男2人組が、クロアの屋台を破壊している。


「コイツら、どこから来たのか逆再生とか出来る?」


 映像が巻き戻る。

 おそらく初めて見るであろう光景に、他メンバーがおお、と驚きの声を漏らした。


 別の視点の映像複数と組み合わせ、男2人の巻き戻しが進む。

 男たちは大通りから来て、狭い路地から来ていた。

 その狭い路地で、別の誰かと話をしている。


「あ。こいつ!」

「商業ギルドのチョビ髭じゃねーか!」


 例のベストオブ嫌なヤツ、チョビ髭だった。

 何やら狭い路地で男2人に声を掛け、金を渡したようだった。

 これはつまり、このチョビ髭が金を渡して頼んだに違いない。


「締めに行くわよ、今すぐ」

「待て待て」


 拳を握るシルフェアナの服を掴んで止める。

 確かに締めあげてやりたいのは山々だけれども。


「あっちに証拠求められたらマズい。ニャスタの映像見せるわけにもいかないし」

「そう……ね」

「なんでダメなのにゃー」

「精霊の魔法は見せちゃいけないんだっけか」


 ニャスタとクロアの魔術はこの魔国で見られてはならないことを、仲間には口を酸っぱくして伝えてあった。

 魔族の血統術でも半獣族の獣化術でもないことが、一目瞭然だからだ。

 もしも見られたら、どんな言いがかりをつけられるかわからない。

 最悪暴力沙汰が発生するかもしれないし、余計なトラブルは防がなければならない。


 他に証拠と言えば、この男2人を捕まえて吐かせることだ。

 ニャスタのログを辿れば可能だろうが、クロアは冷静に考える。


「とりあえず、いいよ。チョビ髭のことは」


 怒りをぐっと堪え、クロアは息を吐いた。


「勢いに任せるより、キッツい仕返し方法を考えることにする」

「そうよね……まず今日の営業をどうするか、先に考えた方がいいわね」


 皆で屋台の残骸を見る。

 酒樽や栄養剤は部屋で保管しているので無事だが、この屋台はもう使い物にならない。


「まだ屋台売ってっかね~?」

「もう屋台は買わないよ。買ったとこで、また壊されるかもしれないし」

「屋台は部屋に入らないものねぇ」

「ルジィちゃんのおなかに入れちゃう?」

「確かにそれなら安全だけど。予定をちょっと前倒しにすれば済むからいいさ」

「予定?」


 本当は7日間、同じことを繰り返すつもりだったのだが、この際仕方ない。

 元々の予測より早く知名度が広まっているので、予定を早めてしまおう。


「委託販売を開始するよ。

 フフン。舐めてやがるあのチョビ髭に、頭が悪いのはそっちだって思い知らせてやろう」



          ■□



「販路を広げるから、栄養剤の在庫作りはじめるよー」

「最初の分は、クロア1人で作っちまったもんな」

「わっくわく」

「ワシも見ててよいのかの?」

「もちろん。いずれ製造・販売権はビリヤノ親方のものになるんですから、よく見といてくださいよー」


 あんな嫌がらせを受けた以上、残った栄養剤の保管も危険かもしれない。

 ということで経緯を説明し、ビリヤノ酒造の片隅を栄養剤保管場所として貸してもらった。


 もとより、この栄養剤はまもなくビリヤノ酒造に製造販売権を渡す約束をしている。

 収入としては減ってしまうが、ルミナディアで作って売りに来るより、製造と販売を任せてしまう方が時間と手間のかからない稼ぎになると考えた。

 この製造販売権を渡す代わりに、収益の20%を魔導具レンタル料として支払って貰う約束だ。


「全く、半獣族が商売というからどんなものかと思ったが、とんだ伏兵だったのぉ。魔道具まで使うとは」

「フフフ。話を聞いてくれた親方には感謝してますよ」


 実はその契約を前提としたことで、商人ギルド未登録でも他商人と同じ金額でエールを卸してもらえるように交渉したのだ。

 ビリヤノ親方が好奇心旺盛な性格だったのも幸いした。


「作り方は簡単だから、期待はしないよーに」


 クロアは用意しておいた空の樽のフタをあける。


「材料をこの樽に全部つっこんで、最後にコレを入れてキッチリとフタをする。

 そのまま3時間ほど放っておけば完成だよ」

「そんな簡単なやり方で作れるのか?」

「実際にごらんあれー」


 事前に皆で運び込んだ材料を、どんどん樽に放りこむ。


「まず水。リモ。米ぬか」

「コメヌカって何? 初めて聞いたわ」

「米って出荷前に農家が精米って作業をしてるんだけど、その時に出るゴミカスみたいなヤツ」

「嬢ちゃん、まさかゴミを食わせとるのか!?」


 ビリヤノが信じられないという顔をする。


「や、言葉の綾というか。

 みんなコレが栄養の宝庫だと知らずに、捨てちゃってる可哀想な存在でね、米ぬかは」

「へえ~」


 米ぬかは、故郷でもかつてはごみとして廃棄されていた。

 しかし近年では玄米の外皮にビタミンやミネラルが多く含まれていることが知られ、健康のために好んで取り入れる人もいる。


 疲労回復のための飲み物を作ろうと考えた時に、この米ぬかがビタミンB1を多く含むことを思い出して、先日の農家を訪ねた。

 案の定米ぬかはゴミとされていたので、無料で貰ってきたのだった。

 つまり原価ゼロ、素晴らしいアイテムだ。


「それであと、オークの肉」

「オーク肉……!!」

「臭くないの……?」

「分解でオーク味は残らないからダイジョーブ」


 臭みが強いせいで、余程食料に困った際でなければ食用にしないという、オーク肉。

 以前からニャスタが栄養スキャンをしてくれていたので、ビタミンB2が豊富なのは知っていた。

 さすが見た目が豚っぽいだけある。


 今回はいかに原価を抑えるか、ということが重要だったので条件ぴったりだった。


 オークはこの近辺でもよく出没する上に、肉は廃肉にされている。

 魔獣素材屋には先日ちょろまかされたことをダシに説得という名の脅迫をして、これも内密に無料で貰った。


 栄養剤製作に使う材料は、以上。

 つまり原価は樽と容器、リモだけ。

 50ゴーズしか掛かっていないのだ。


 酒より安いことが最低ラインだったので、かなり原価率を抑えられた。

 プロダクトとして大成功と言えよう。


「んで最後にコレを入れる」

「それが噂の魔道具なんじゃな?」

「そーです。樽のフチに沿う感じで入れて……」


 樽に入った材料たちに刺すようにして、細長いソレを入れこむ。

 円柱状に丸められた板のミスリルに細かく印字された魔術式。

 その円柱の中には黄色のルミナスがつけられて、それらを丸ごと樹脂のようなものでコーティングされている。

 これがベルガミュアの作ってくれた魔導具だ。


「この切り込みから見えるこの赤い光が、青になれば完成」


 樽のフタにあけておいた小さな穴から、魔導具の赤い光が見える。


「本当にこれだけ?」

「コレだけ。ビリヤノ親方、一つ制作時の注意点があります。

 誤作動起こすかもしれないから、完成するまでは木製のものを近くに置かないようにしてください」

「ほう、よくわからんが気をつけるとしよう。

 こんな魔道具があるとは、すごいもんじゃのう」

「うちの技術者はすごいんですよー」

「この魔道具の貸出しで稼ごうとするオマエさんも、なかなかすごいと思うぞ」


 誰にでも使いやすい魔導具を作ってくれたベルガミュアに感謝だ。


 ニャスタ通信で必要な設計についてあれこれ話しただけで、機能について色々と汲んでくれてこの形になった。

 設計としてはこうなっているらしい。

 簡易スキャンで木材を発見したらそこまでを範囲指定し、その内側にあるものから必要成分を抽出する。

 抽出が完了したら、必要量以外の水分と、不要物質全てを分解。


 言葉だけで説明すると簡単に感じてしまうが、恐ろしい技術だ。

 だがベルガミュアに言わせると分解で時間が掛かってしまうので、魔導具としてのクオリティーは低めらしい。


「ところでこいつの名前は結局、栄養ジュースでよいのか?」

「そーいやまだ商品名つけてなかった……」


 商品名は重要だが、栄養剤という概念がない街に広めるには後でいいと思っていた。

 しかしこうも早く委託を始めるなら、名付けた方がよさそうだ。


「んー」


 やはり、わかりやすくキャッチーなものがいいだろう。


「ヨシ。クロアミンにしよう」

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