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046 :// 順風満帆

 2日目。


「なぁクロア。なんかよー、バカにされてねーか?」

「されてるねー」

「本当、どうやって持ち直すつもりなの?期待してるわよ。酒が進むわ」

「クッソー。私のうしろで酒飲みやがって」


 やることがないシルフェアナが、酒を片手に楽しそうに見守っている。

 別にクロアの食事時間やトイレ時間だけ手伝ってくれればいいが、酒を飲まれるのはなんか嫌だ。


「これがクロアの屋台ー!? ちっさー!」

「ルジィ、いい? オッサンが寄ってきたら、こう胸を寄せて? んでバチッと片目だけつぶってね?」

「何させてんだよ……」


 疲れがとれたルジィも加わり、賑やかな見た目の屋台になった。

 半獣族が4人もいるだけでそもそも目立っているのだが、おそらく噂が出回っているのも原因だ。


「半獣族のエール屋台ってのはここだな? おかわり400ゴーズって本当だろうな?」

「いらっしゃい。ホントだよー。ウッドコップ代含めて、1杯目は600ゴーズだよ」

「おう、1杯くれや」


 昨日来た鉱夫も来ているが、見覚えのない鉱夫も物知り顔でやってくる。

 そういう奴は、金額を確認してくるので非常にわかりやすい。


(いい具合に、誰かが口コミしてくれてるね)


 内心ニヤリと笑うクロア。

 全くもって、計画通り。


 最初の利益マイナスは当然、覚悟の上だ。

 初期投資は必要経費である。


 エールは1杯あたりの仕入れ値が約400ゴーズ。

 だから実は現在、儲けはゼロ。


 だがこれでいい。


 この事実を理解している者が嘲笑い、そこらで吹聴してくれている。

 おそらく陰では、こう噂されているだろう。


 『馬鹿な半獣族が、計算が出来ずに安くエールを売っているぞ』と。


 噂が広まれば広まるほど、同じ量飲むならクロアの店で飲む方が得になると知る者が、勝手に増えてくれる。

 飲めば飲むほど得になることを喜ぶ者、それはつまり酒豪であり、酒豪であればあるほど体に不調を抱えている可能性が高く、すなわち栄養剤の恰好の客なのだ。


 これは一見悪評に見えるが、初期投資の宣伝でしかない。

 最も効果的に栄養剤の良さを体感出来る客を集め、栄養剤という見慣れない商品でも無料提供することで抵抗感をなくし、素早く住民に浸透させる。


 おそらく客たちの誰も理解していないが、目論見通りに進んでいる。


(悪い噂ってのは良い噂より、早く広まるのよねー)


 とはいえ、これからは良い噂も増やして行かなければならないのだが。


「よぉ嬢ちゃん!」


 声を掛けてきた男は、見覚えがある。

 昨日栄養剤を買っていった、左眉に傷がある男だ。


「驚いたぜ! 今朝は肩が痛まねーし、調子いいんだ!」

「でしょ? 今日もウチでいっぱい飲んで、栄養剤も買ってってねー」

「そうさせて貰うぜ」

「ルジィちゃん、例の一発頼むよ」

「ほいきた」


 教えた通りに胸を寄せ、バチッとウインクしてから男にエールを渡すルジィ。

 完璧だ、素晴らしい。


「ありがとよ」


 エールを受け取った男がはにかんで、通りに消えていく。


「すごいわ! 本当にあの液体、効果あったのねぇ」

「いや? たぶんそんなことないと思うよ?」


 ケロリとして言うと、皆がぎょっとした。


「どーいうことだ? 効果あるって昨日言っ!」


 周囲に聞こえないよう、バーチェークの腹をどつく。

 クロアは仲間内だけに聞こえるよう、声を小さくする。


「今日元気だったとしたら、プラシーボ効果……つまり思い込みだよ」

「お、思い込み?」

「そう。ただの気のせい」


 プラシーボ効果、またはプラセボとも言う。

 小麦粉を薬だと偽って飲ませて、持病の症状に改善が出たりするアレである。


 この栄養剤は、ほとんどビタミンで構成している。

 疲労回復に効果のあるビタミンC・ビタミンB群、タウリン、クエン酸が主成分だ。


 一日で吸収出来る量には限界があるし、即日で健康が増進するようなものではない。

 しいて言えば、ニャスタが強く勧めてきた“フェルケン”という、おそらく故郷にはなかった謎成分が強い効果を持つ可能性はあるが。


「多少は効果あったかもしれないけど、目に見えるほどじゃないと思うなー。

 さすがに即日で効果あるなら、薬として売るよ」

「そりゃそーか」

「たしかに」


 2日目リザルト。

 利益0。借金15万ゴーズ維持。



          ■□



 3日目。

 昨日も来た人が買いに来てくれていて、順調だ。

 その何人かは、栄養剤について詳細をたずねてきた。

 興味を持っている良い証拠で、内心クロアはガッツポーズしていた。


「嬢ちゃん、今日はここまでにするぜ~」

「オジサン、今日もありがとー! いつもの、いるでしょ?」

「おう、本当に調子よくて助かるぜ」


 今日も来てくれた、左眉に傷がある男。

 栄養剤を用意するフリをしながら、さりげなく話を続ける。


「ねえオジサンって、家族と住んでたりする?」

「お袋と2人暮らしだぜ。だからこーやって、道端で寝ないでちゃんと帰るんだ、オレ」

「えらーい!」


 照れるように頭をかく男。

 なんだかこの異世界にキャバクラがあったら破産しそうな男だな、なんて思う。

 クロアは栄養剤を2本、差し出した。


「オジサンは初日から買ってくれてるし、特別にお母さんの分の栄養剤もあげちゃう」

「気前良くていいね~! ありがとよ、明日も来るぜ」

「まいど」


 笑顔で見送り、男が離れていくとシルフェアナがクロアの耳に口を寄せてきた。


「あのマユゲにだけ、妙にサービスするわね?」

「気付いてしまったか……」


 フッと笑う。

 そう、実はあの左眉に傷がある男には、あえてサービスをしている。


「あのオジサン、鉱夫の中堅でリーダーやってるんだよ。

 そろそろ部下にも栄養剤を宣伝してくれると思うんだよねー」

「まさか最初から?」

「うん、もちろん。何人も候補はいたけど、初日から捕まえられたのはラッキーだったねー」


 ニャスタにこの街丸ごとを調査させた時、モデルケースとして何人もの一日の動きや金遣いなどのデータも収集されていた。

 彼はそのうちの1人。

 プライバシーを侵害しまくっているが、稼ぐためには仕方ない。合掌。


 彼は鉱山に勤めて長く、リーダーとして数多くの部下を従えている。

 それなりに酒が好きで金払いがよく、毎日大通りの決まった付近で酒を飲む。

 女の屋台で酒を買いがちで、特に若い女の子と喋るのが好き。


 最初から、全部知っていた。


「まさかとは思うけど……母親のことも……?」

「うん、知ってた。母親に効くのかは、わかんないけどねー」


 ニャスタの調査では、家で養生している年老いた母親がいるとのこと。

 ニャスタは医療系の機能はさほど有していないので何の病かまではわからなかったが、この街の住人たちを見るに、栄養を摂ればよくなる可能性がある。

 大きな病気であっても、ビタミン類で体力の回復くらいにはなるだろう。


「クロアって、ユルい顔してやることなかなかエグいわね……」


 隣のシルフェアナが、クロアを見て顔を青くしていた。


 3日目リザルト。

 利益0。借金15万ゴーズ維持。


 リピーターも増えている上に、栄養剤販売数も着実に増えている。






 4日目。

 連日雨も降らないので、屋台営業は変わらずの営業具合。

 デイザも変わらず、不機嫌そうに隣からこちらを見ていた。


 クロアの店は、クロアの他に誰か1人に護衛兼手伝いとして付き合って貰って、他のメンバーには自由に過ごして貰っている。


「嬢ちゃん、今日は部下も連れてきたぜ!」

「オジサンってこんなにたくさんの部下がいるの? カッコイイー」

「そんなこたぁねーよ」


 否定しつつも嬉しそうに笑う男。

 我ながらよくもこんなに心にもない言葉が出るなと、クロアは気持ち悪くなった。


(……もしかして私、こういうのに向いている……?)


 何か変な扉を開きそうになった気がして、その扉を思い切り閉じてやった。心の中で。

 4日目にもなると慣れてきて、目指す道を危うく間違えるところだった。


 早期引退と怠惰な余生。

 これのために今頑張ると、自分に言い聞かせた。


「はい、エール。部下の方々もどーぞ」

「そーいやよぉ、お袋にも飲ませたら随分喜んでくれてよ。今日お袋の分も買ってくわ」

「ぴ……それはよかったー」


 素晴らしいリアクションだ。

 酒飲みをターゲットにしているが、派生で病人や虚弱体質者にも広められたらなんて軽く考えていたが、実際に足がかりになってくれるとは。

 理想的に動いてくれる嬉しさのあまり、変な声を出しかけたがぐっとこらえた。


「1日1本、用量守ってねー」

「オレらも噂の栄養剤、あとで買いに来るよ」

「ホントにこんなので元気になるのか?」


 部下たちが見本として置いている栄養剤を右から左からとしげしげ眺める。


「コレって、なんのジュースなんだ?」

「リモ。他の原料は秘密だよ」

「なんだよ、教えてくれてもいいじゃねーか」

「誰かにマネされたら商売あがったりだからね。許してよ」


 本当のところは、どちらかと言えば原料を聞いて幻滅されたくないから、という理由の方が強い。

 知らぬが仏というやつだ。


 リモはこの近くでよく獲れるフルーツで、ビタミンを感じる酸っぱい味わいのもの。

 逆に言うと、これしかまともに公表できる原料がなかった。

 この世界に成分表示の義務がなくてよかったと、心から思う。


「とにかく騙されたと思って試してみろ! 朝起きた時がちげえんだ」

「ジャクも本当に体が軽くなるって言ってたぜ」

「キーゴも言ってたよな~」

「いいと思ったら、まだ試してない人に宣伝よろしくねー」

「嬢ちゃん、商売上手だな!」


 実に順風満帆である。


 4日目リザルト。

 利益0。借金15万ゴーズ維持。



          ■□



 ギルドを閉める時間まで、残り10分やそこらしかない。

 だが今日もまだまだ事務仕事が山積みだ。

 次はどの仕事に手をつけようか。


 ハウゲルは自席で大きく溜息を吐き、自慢のチョビ髭を撫でつけた。

 今日も残業になりそうだ。


「半獣族のエール屋台の話、知ってるか?」

「オレ、実際に見たよ」

「いつ気付くんだろうな?」

「まだ小さい女の子なんだろ? ちょっと可哀想じゃないか?」

 

 閉館時間が近くなりギルドの客が少ないからと、噂話に興じる職員がいる。


 少し離れたデスクだから聞こえないとでも思っているのか。

 自分はまだこんなに仕事をしているというのに。

 それも自分の嫌いな半獣族の話をするなど、けしからん。


 大げさに咳払いしてやった。


「あっ」

「どうした」

「いえ、なんでも」


 そそくさと机に向かう職員。

 折角見逃してやったのだから、『手伝いましょうか』の一言も言えないのか。

 使えない職員ばかりで困る。


(全く、上ももっと仕事が出来る奴を雇えというのだ!

 そうすればオレのお仕事も楽に終わるのに!)


 気分を害して、ハウゲルは舌打ちした。


(半獣族……先日、この崇高な商業ギルドに入ってきて不届きな連中だった。

 獣は獣らしく、不干渉地帯で大人しくしていればいいものを。獣が商売? 馬鹿馬鹿しい!)


 先日の出来事を思い出して、ふと気づいた。

 もしかして、その噂話は例の半獣族たちなのではないか。


「君たち、そのエール屋台とはなんだね?」

「え……」

「いえ、その。半獣族が屋台で商売してるって噂を聞いただけですよ!」

「利益が全然出てないらしくて……ご、ご心配されなくても、すぐ気づいて消えますよ!」

「もしや、黒い三角耳と細長い尻尾の娘かね?」

「黒い三角耳? そう……だったかも?」


 当たりだ。

 先日の不躾な連中が、今度は屋台を始めたというのか。


「けしからん……!」


 不快感に自分の頬が引き攣るのを感じた。


「半獣族など商売をする身の上ではないのだと、思い知らせてやらんとな」

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