045 :// クロアの商売
「デイザさん、こんばんはー。今日はここで?」
「オマエらを監視しにな」
「あらまー。じゃあしっかり見てくださいねー」
「口の減らん娘だ」
デイザやビリヤノと話をしてから、2日後。
日が暮れてきた大通りに屋台を出して、ついに商売開始である。
大通りの空いているあたりに屋台を引いてくると、デイザの屋台が横についた。
不機嫌そうな顔でガッツリ見られているのはあまり気持ちよくないが、仕方ない。
信頼がゼロなので、監視でそれが解消されるなら安いものだ。
昨日は商品作りのための素材集めをして、ルジィが帰ってくるのを待った。
ルミナディアからパルマファムまで、片道18時間ほど。
かなり急ぎで往復させてしまった。
疲労困憊のルジィは、今日は宿でおやすみである。申し訳ない。
ルジィには稼ぎが出たら、超いいごはんをご馳走してあげると約束をした。
ルジィは無事にベルガミュアに依頼して作成して貰った魔導具を持ってきてくれた。
それから快く場所を貸してくれたビリヤノ酒造の片隅で商品を作り、ニャスタにチェックして貰い、自分でも確認し、商品として問題ないことを確認して現在に至る。
「お? 半獣族のネーチャンも酒売ってくれんのかい?」
「新しい店か? 見ない顔だな」
早速、仕事帰りの鉱夫2人組がクロアの屋台に寄ってきた。
(来たな、カモ!)
悪い顔になりそうなのをぐっと抑え、クロアはいつもの営業スマイルを貼り付けた。
「いらっしゃい! ウチのエールは、たくさん飲めば飲むほどお得だよ!」
「お得?」
不思議そうに首をひねる男たち。
いい釣れ具合である。
「エール1杯600ゴーズ。他の店と同じだと思うでしょ?」
クロアは手作りの看板の板をバッと指さした。
「違いはココ! 2杯目以降はウッドコップを持ってきてくれれば、中身の代金400ゴーズだけでおかわり出来るよ!」
「お……?」
「2杯目から、200ゴーズずつ安く飲めるってワケ」
「そいつぁいいな!」
男2人の目が輝く。
この街では屋台でも食堂でも、エールは一律600ゴーズ。
これより安くすると、顔役であるデイザを中心とした酒売り商人たちに潰されるらしい。
今回クロアは条件提示によって、特別に許可して貰ったレアケースである。
「し! か! も!」
クロアはここぞとばかりに、通販番組のMCが如く声を張る。
目の前の男2人組だけでなく、通りを行く人々にも聞こえるように。
「帰りにウッドコップを持ってきてくれれば、200ゴーズ返却しちゃうよ!」
「じゃあ———」
「実際は最初もエール400ゴーズってことか! 1杯くれ!」
「オレもオレも!」
2人組にお金を貰ってエールを渡しているうちに、その後ろに列が出来ていた。
声を張った甲斐あって、通りがかった人たちもしっかり聞いていてくれたようで、掴みは大成功である。
酒樽からエールを注ぎ、順に売っていく。
5人に売れて、一度人波が絶える。
「オマエさん、わかってるんだろうな? それじゃ1ゴーズも稼げていないと」
「もちろん。説明したじゃないですかー。酒はただの宣伝のための商材だって」
隣の屋台からデイザが睨みを効かせてくるので、適当に愛想笑いを返す。
「ったく、周りの連中を抑えるオレのことも考えろってんだよ」
「まぁまぁ、了承してくれたじゃないですかー。
まず今日の私の勝負は、ウッドコップを返して貰った時ですから」
「お手並み見せてもらうぜ」
「結果が出るのは数日後ですよ。気長に見てくださいねー」
舌打ちされたが、気にしない。
クロアは道行く人々に声をかけて、売り出しを始めた。
数時間も経つと、大通りにはいつも通りに潰れた鉱夫たちが何人も眠りこけていた。
「調子はどうだ、クロア」
「食べ物買ってきたわよ」
「ありがとー。今んとこ順調だよ」
バーチェークとシルフェアナがやってきた。
彼らには先に食事をして、休んでおいてもらった。
シルフェアナが買ってきてくれた肉の串を受け取り、かぶりつく。
「どれくらい売れたの?」
「15人分。ほぼニャスタの計算通りだよ」
あまりデータも蓄積していないだろうに、かなり正確な予測計算をしたニャスタ。
何をどう計算したのか謎だが、すごい。
おそらくドヤ顔がしたいらしい右耳が、ぴこぴこと動いた。
「半獣族の屋台って、ウチの店だけだよな?」
「そうだよ」
「さっきすれ違ったヤツが儲けゼロって言ってたんだが、」
「そうだよ」
「だよな、やっぱりそんなわけな……何してんだクロア!? 儲けゼロじゃ意味無いだろ!?」
バーチェークがクロアの両肩を掴んでゆさゆさと揺さぶった。
頭がぐわんぐわんするが、クロアは笑ってみせた。
「いいんだって、これはそーゆー戦法なの。
あ、説明するより見てなよ」
ウッドコップを持って真っ直ぐこちらに向かってくる男がいる。
クロアはバーチェークを振り払い、例の営業スマイルを貼り付けた。
「お嬢ちゃん、持ってきたぞ~」
「ありがとう、オジサン。だいぶ酔ってるんじゃない?」
左眉に傷がある男は顔を真っ赤にして、足取りが覚束ない。
クロアの屋台に肘をつくと、大きなゲップをした。
「ああ、安かったから結構飲んじまったよ」
「お酒飲んだ日の翌朝ってダルいよねー。体が痛いとか重いとか、疲れ抜けないとか」
「若いのによくわかってるなぁ。オレぁいつも肩まわりが痛むわ」
「実はさ、明日の朝が楽になるイイモノ売ってるんだけど、どう?」
「あん?」
クロアの目がキラリと光る。
チャンスだ。
「コレ、まだどこでも売ってない新商品の栄養ジュース! 疲れがとれちゃうよー!」
テテッテテー、とセルフBGMまでつけて柄にもなくテンション高めに出したのは、自家製栄養剤。
ポーションを入れる小さな安い容器に詰め込んだものだ。
「なんだそれ?」
「みんなに試して欲しいからお得にしてるんだ、今だけね!
ホントはひとつで350ゴーズなんだけど、特別に! このウッドコップの返却200ゴーズ分でいーよ!
たった200ゴーズで、明日朝起きるのが楽になるよー?」
「お~……そんな便利なもんあるかぁ?」
「本当かどうか、何日か試してみない? 200ゴーズなんて、エールの半額以下だよ?」
「じゃあ貰ってやるよ」
「まいど! 継続した方が効果あるから、また明日も来てねー!」
すごく押した。
押してる感が強かったからか、バーチェークとシルフェアナが横で若干引いている。
「クロア……すごいな……」
「商売は恋と違って、ゴリ押ししていいんだよ」
ニヤリと笑う。
売ってしまえばこちらのものなのだ。
自家製栄養剤。
コレがクロアの考えた、チョビ髭をギャフンと言わせる商品だ。
この街の特徴とも言える、鉱夫の多さ。
そして彼らの習慣と金払い。
これが最も効率よく稼げる市場だとまず考えた。
ニャスタのデータを元に鉱夫たちを分析し、需要があり、かつ競合相手がいないもの。
そしてたどりついたのが、栄養剤だった。
「本当にそんな効果があるの?」
「薬じゃないけど、ここの鉱夫たちには結構な効果が期待出来るよ」
もちろん、きちんとした根拠がある。
ニャスタに改めて調査して貰ったデータによると、鉱夫たちの8割近くが炭水化物の過剰摂取状態だ。
炭水化物に含まれる糖質は確かにすぐにエネルギーになるので、過酷な肉体労働に耐えるためにそういった食事を好むのだろう。
クロアの最初の見立て通り、血糖値スパイクを起こしている鉱夫がかなり多い。
そしてニャスタの飲食に纏わる追加調査の結果、この街の住人のほとんどが、常にビタミン類が不足した状態であることが判明している。
長年ビタミンが枯渇した体には、サプリメント以上の効果が見込めるだろう。
そして仕事で疲れた労働者が栄養剤を神の如く頼り、習慣となって沼となっていく様は故郷でしかと見てきたことだ。
「フフフ……まぁ、数日経てば効果がわかるさ」
「クロア、ホントその顔やめた方がいいわよ」
初日リザルト。
利益0。借金15万ゴーズ。




