044 :// 下準備
「エール一杯ちょーだい」
「はいよ」
もうすぐ日暮れを迎えるパルマファムの大通り。
クロアは酒売り屋台の前にいた。
「ねえ、ここら辺って屋台持ってきて勝手にお酒売ったりしていいの?」
「ええ? ここで酒を売りたいのかい?」
「うん」
アンタが?
と言いたげな目線が投げつけられる。
クロアが返答を待ってじっと見つめると、屋台の店主が呆れたように首を振った。
「いいけど、ここら締めてんのはあっちにいる、赤鼻のジーサンさ。話を通さないと、何日営業出来るかわかんないよ」
「やっぱり、そーゆーヤツか。そのジーサンの名前は?」
「デイザだよ。そら。このエール持って、さっさとお行き」
「ありがとー」
そういうこともあるかと思って念のため、聞いてみてよかった。
お局というか、町内会というか、ヤクザというか。
喧嘩を売ってしまうと面倒な存在はどの世界にもいるようだ。
「シルフェアナ、コレあげる」
「飲まないの? お酒あんなに好きなのに」
「うん、まだ仕事中だからね。今度はあっちの店に行こう。
私が何言われてても怒らずに、そっと後ろで見ててねー」
クロアだけだと舐められまくるので、体の大きなバーチェークとシルフェアナの2人を威嚇用に連れ歩いている。
いくつもの屋台が建ち並ぶ大通りを進み、先ほど言われた方面へやって来た。
エールと簡単なおつまみを売っている古ぼけた屋台の横に、目つきの悪い赤鼻の老人が腰掛けている。
「アナタがデイザさん?」
「……なんの用だい、嬢ちゃん」
老人は手に持っていたエールを、ごん、と屋台に置いた。
この態度でよく客商売が出来るな。
と思ったが、顔には出さないように心の内にしまった。
「ちょっと商売の話をしたくて。この辺りでお酒を売りたいので、許可を貰えませんか?」
数秒の沈黙ののち、舌打ち。
「……帰んな、半獣族」
「まぁまぁ。まずは話を聞いてくださいよ」
「客が飲める酒の量は決まってんだ。わざわざ商売敵を増やす野郎がどこにいるってんだ」
にべもなく吐き捨てるデイザ。
しかしその反応は想定済みなので、クロアは営業スマイルを崩さない。
「大丈夫です。もし許してくれるなら、将来的にはアナタ方の儲けに繋がります。
私の商品は、絶対にアナタ方と競合しませんから」
「オメエらが酒売って、どうやってオレらが儲かるってんだ。ったく、くだらねぇ」
「それがですねー……」
目も合わせないデイザに、クロアは勝手に話始める。
計画を簡潔に、わかりやすい言葉で。
こういう時は、結論から伝えるのがいい。
後から根拠や詳細を伝えて、説得力を持たせる。
するとそっぽを向いたままだったが一応聞いてくれていたようで、話が終わる頃にデイザがついにクロアを見た。
「…………本当か?」
「もちろん。でも私たちを怪しむのも、よく分かります。ですから、バーチェーク」
事前に言っておいた合図で、バーチェークが小袋をクロアに渡す。
中身は金銭で、そこから2枚の硬貨を出す。
「白金貨……!」
「コレは保証金です。
もし私が失敗したら、違約金としてコレはそのままアナタが受けとってください。
もちろん、成功したら返してもらいますけど」
「…………!」
「どうです? これで間違いなく損はしないでしょう?」
デイザの頬がピクピクと引き攣る。
おそらく聞いたこともないであろう商売内容と交渉に、揺らいでいる。
「…………」
白金貨を見つめるデイザが、ゴクリと唾を飲んだ。
「……いいだろう、やってみな」
「ありがとうございます!」
白金貨を手渡した。
デイザはその硬貨を裏返したり角度を変えて眺めたりして、本物か確認している。
「嬢ちゃん、屋台のアテはあんのかい」
「あっちの通りに、屋台を売っている店があると聞いてます」
「そこでオレの名前出していいぞ。少しは安くしてくれんだろ」
不機嫌そうな顔のままだが、手助けはしてくれるらしい。
思わぬ言葉に驚いた。
この老人、意外と見た目よりもいい人なのかもしれない。
「ありがとう、デイザさん」
「おいおい。本当に大丈夫なのかよ、クロア?」
「うーん。たぶん大丈夫」
「白金貨って一番高いヤツだろ?」
デイザの店から離れ、次の目的地に向かう。
バーチェークは少し緊張した面持ちで、そわそわとクロアに話しかけた。
「オレ、チィールに怒られたくねーよ?」
図体は大きく日頃は豪快なのに、妙にそわそわしているのは妹が怖いかららしい。
ちょっと面白い、と笑いそうになる。
「うーん。まぁたぶん大丈夫だよ」
「たぶんってなぁ」
バーチェークが気になるのも尤もだが、クロアとしても100%成功するとは言い切れないので曖昧な返答になる。
ちなみにこの白金貨を含め、この街で使っている金銭は全てバーチィールの小家族のものである。
堂々と使っているが、先日の奢りと言われた分以外は、クロアにとって完全に借金だ。
そして元々バーチェークがいくらかのお金を持って入国してはいるものの、手持ちの金の多くは先日売った魔物素材と刺繍布による稼ぎ。
手持ちが減る一方なので、バーチェークが焦るのも無理はない。
「必要経費だからさ。うん、まぁ、たぶんなんとかなるよ」
「ウフフフ、どうなるのかしらねぇ。面白くなってきたわ」
「シルフェアナ、人ごとじゃねーんだぞ」
楽しげに笑うシルフェアナと、がくりと肩を落とすバーチェーク。
「じゃあさっさと安心出来るように、もう一個のデカい仕事を片付けてしまおう」
目当ての建物の前で、足を止めた。
高い塀が取り囲み、大きな石造りの建物が幾つも並ぶ立派な建物。
正面の入り口には『ビリヤノ酒造』と大きく書かれている。
正面入口は出入り自由にしているらしく開かれていたので、勝手に入っていくと、作業着らしき服装の人々が忙しなくあっちに行ったりこっちに行ったりと動き回っている。
「こんにちは。商談をしに来たのですが」
「商談? 親方ぁ! お客さんだって!」
通りかかった人に声をかけると、建物の奥へと叫んでくれる。
奥からは特に返事はなく、人が出てくる気配もない。
「返事ないけど、親方、自分じゃ声張らないだけだから。入ってって大丈夫だよ」
「ありがとう」
親切な人に促され、クロアたちは奥へと進んだ。
酒造エリアの脇、事務所のような場所に入ると、背が低く長い眉毛を垂らした老人が真っ直ぐこちらを見据えていた。
「客人はオマエさんたちかの?」
「商談しに来ました」
「なんと、フォフォフォフォ!」
老人はクロアたちの耳と尻尾をじろりと眺めて一通り笑うとむせて、息を整える。
「ワシはビリヤノ。この街で長いこと酒造をしとるが、半獣族の客人は初めてじゃの。これは面白そうじゃ、入るがいい」
ビリヤノと名乗った老人が奥へと案内してくれた。
酒造の名でもあるのだから、ここで一番偉い人間だろう。
ここでも一悶着あるかと思っていたが、すんなり目当ての人物に対応してもらえてラッキーだ。
廊下を進んだ先の部屋に通される。
小さな部屋で、真ん中にテーブルと、それを挟むようにソファがある。
(ソファーだ……。儲かってんだなー)
この街で初めて見た革のソファーに感動しつつ、腰掛ける。
シルフェアナが隣に座り、バーチェークが後ろに立った。
「して? ウチに来たからには酒が買いたいのじゃろう?」
「そうとも言えますが、少し違いますかね」
「ほう?」
ビリヤノが挑戦的に笑う。
一見優しそうな爺さんだが、長い眉に隠れた目つきは鋭い。
「アナタから酒を買うのは手段です。正確に言えば、私はあるモノを売りに来ました」
「売りにきたとな? この近辺の街一帯の酒製造を一手に引き受けている、このワシに?」
「そうです」
クロアも不敵に笑ってみせた。
「私は、権利販売に来ました。売り先として、アナタほど相応しい方はいません」




