043 :// 一歩前へ
「ぬあー……疲れたけど、やるかー」
「にゃす!」
今日一日、街の北側を除いて端から端まで見て歩き、だいぶ足が痛い。
住民が食材を買うマーケットから、服飾品、装飾品、武器防具、魔道具、家具、雑貨。
そして関係なさそうな冒険者ギルドまで、隅から隅まで見てきた。
丸一日テーマパークで遊んだ日並に疲れた。
このまま気持ちよく眠りたいところだが、ニャスタのデータ収集が7割に到達したので仕事を開始する。
ちなみに夜になってしまったので、他のメンバーは食事処において、クロアは先に宿屋に帰ってきた。
ベッドに腰掛けて、ニャスタと向かい合う。
「そいじゃニャスタ、リストとグラフの表示お願い」
「にゃすん」
クロアの前に、魔導ディスプレイが複数出現する。
それぞれ異なる視点での3Dグラフとリストが表示されていく。
まずは店別や商品ジャンルによる売上のリストを降順にしてざっと見ていく。
「よく粗利まで……ニャスタすごいよ。会社員時代に出会いたかった」
「にゃっす」
ドヤ顔で鼻を鳴らすニャスタは、実に頼もしい。
数値は信頼度なる三段階評価によって色分けされているが、信頼度が高いものも多いので、例の如く店の帳簿を盗み見てきたのかもしれない。
ちょっと犯罪味がすると思いつつ、全てはチョビ髭のせいなので仕方ないとして、その辺については考えることをやめた。
「やっぱり一番経済を回してるのは貴族なんだねー。やだやだ」
顧客ベースで数値を見ていくと、この街には3つの貴族家しかいないので然程かと思えば、最高級品以外に対しても侮れない金払いだ。
リアルな数値のリストを前にクロアは舌を巻いた。
消費者の属性別の詳細データまで調べてくれたようで、補足情報を開けばどこからか持ってきたのか、住民の日給平均と中央値まで出てくる。
「鉱夫って稼げるんだなー」
勝手なイメージで仕事がきつい割に稼ぎは少なそうだと思っていたが、意外とそうでもない事実が判明する。
だが出稼ぎが多いからか財布の紐が固いようで、あまり消費が少ないようだ。
いくら貯蓄があろうとも、日常的な消費物以外には手を出していないデータになっている。
補足情報を辿っていくと、仕事の拘束時間が長く、疲れ果てた末に食事をして道端で寝る生活を繰り返している人間がかなり多いようだ。
「毎日仕事しかしてないのか……ファンタジー世界の社畜だ」
確かに道端で眠りこける鉱夫たちをたくさん見かけた。
ふと思うが、この街の食事に炭水化物が多いのは、住民割合が高い鉱夫が効率よく腹を満たすためなのかもしれない。
そして眠りこける連中は、炭水化物によって血糖値スパイクを起こしているのではないだろうか。
血糖値スパイクとは。
食後に血糖値が急激に上昇と下降をすることで、異常な眠気やだるさに襲われることだ。
隠れ糖尿病とも呼ばれ、炭水化物の多い食生活や、空腹時間の長さ、早食いなどが原因とされる。
クロアも長い残業後に面倒なのと眠いのとで、翌日の昼過ぎまで食わずの状態からラーメン大盛りドカ食いで異常に眠くなったことがあり、原因を調べたことがある。
鉱夫が社畜仲間のように思えてきて、勝手に親近感が湧いた。
「ふーむ、なるほどなー」
驚くほど膨大で詳細なデータをニャスタが取得してきてくれている。
これなら数字に基づいて発想を練れそうだ。
「出来れば競合なしのブルーオーシャンでさっくり稼ぎたいな。
仕方ない。この街の商品とサービス……全部ざっと見るかー」
久々の仕事モードになって、クロアは魔導ディスプレイをパソコンを使う感覚で叩き始めた。
■□
「シルフェアナぁあああ!」
「きゃあ! なに!? 敵襲!?」
クロアに付き添って一日中街を巡って夕食をとり、宿屋で眠りについたシルフェアナ一行。
朝焼けの日差しが部屋に入った頃、ルジィが騒音をたててシルフェアナたちの部屋に転がり込んできた。
「クロアがおかしくなっちゃったよ~! どうしよう!?」
「おかしくなった?」
クロアがおかしいことは、割とよくある。
と、シルフェアナは思うのだが、一応何事かと隣の部屋へと足を運ぶ。
「———これは……」
部屋の中は想像を絶する状態だった。
ニャスタの『魔導ディスプレイ』と呼ばれている精霊様の魔法が、部屋中に数え切れないほど浮かんでいる。
クロアはベッドの上に座っているが、魔導ディスプレイを撫でては、びっしり書き込まれた文字が移動させているようだ。
他の魔導ディスプレイには謎の図形が描かれていたり、立体図形が浮かんでいたり、摩訶不思議なものばかり。
そこは見たことも、聞いたこともない、不思議な空間となっていた。
シルフェアナのうしろをついてきたルジィが、怯えるように部屋の扉に隠れる。
「…………あの、クロア?」
どこか遠くを見つめるようなクロアの瞳が、ふと別の魔導ディスプレイを捉え、指をちょいちょいと動かすと、その先の空中ディスプレイがクロアの前に移動する。
指に沿って光る文字が生まれ、そのディスプレイの中へ入っていった。
「クロア、聞いてる?」
シルフェアナが再度呼びかけるが、反応はない。
「クロア!」
歩み寄ってクロアの眼前で手を振ると、やっとその体がピクリと動いた。
「わぁ! ビックリした」
「びっくりしたのはこっちよ。大丈夫?」
「うん? いや、ただ考えごとしてただけだよ?」
ルジィのこともシルフェアナのことも全く見えていないようだったが、集中し過ぎて見えていなかっただけらしい。
狩りの時、魔獣を前に集中すると周りが見えなくなる者がいるが、それと同じタイプのようだ。
(文字を見てそんなに集中するなんて、変な子ね……)
シルフェアナの中で、クロアは変な子のイメージがさらに悪化した。
「えっ、もう朝!? わーん……徹夜してしまった……」
「まさか、寝てないの?」
「うん……。ああ私の貴重なベッド睡眠タイムが……」
クロアの深い悲しみの表情。
相変わらず睡眠と食事に関して執着が深い。
「それでこれは、一体何をしていたのよ?」
「あのチョビ髭をぎゃふんと言わせる仕事を検討してたんだよ」
「ずっとそのことを考えてたの……。何か思いついた?」
「うん。候補はいくつか」
言うとクロアは、指を振って魔導ディスプレイを呼び寄せる。
「長期でやれるんなら、スパ運営で決まりだったんだけどねー。
かなり稼げる見込みだけど、今回は条件に合わない。
目標が高技術力で素早くガッポリ稼ぐだから、『安くて毎日買いたいもの』で勝負することにしたよ」
「そうなの……?」
あまりよくわからないが、とりあえず頷いておく。
「ルジィ?」
「びゃっ!?」
全く話を理解出来ていなそうなルジィが、急にクロアに声をかけられて変な声を出した。
「ちょっと大変だと思うんだけど———一度ルミナディアに戻って、物を受け取ってきてもらうことって、お願い出来る?」
■□
『ソースコードを抽出します』
イニティムスが演算を開始し、大画面に膨大なソースコードが表示されては流れていく。
ベルガミュアはクロアが魔国へ向かってから、ずっと地下都市で作業を続けていた。
主にクロアに頼まれた、イニティムスをルミナディアの街基盤として活かすための作業を行っている。
目当ての機能を見つけて魔術式を解析し、編集したりと色々行っているが、そもそも街運営レベルの魔導具などベルガミュアも触れたことがほぼない上に専用の補助魔導具もないので、全く時間が足りていない。
(そういえば食事、してないかも……)
この地下都市に入れるのがクロアだけなので、いつも食事の時間に遅れるとクロアが呼びに来ていた。
しかし今、そのクロアがいない。
『もうっ! 魔導具作ってるとごはん食べない癖、ホントやめた方がいいよ!』
ふと昔のことを思い出した。
昔と言っても妙な話で、ベルガミュアの中では数週間前の鮮やかな記憶なのに、現実には1万年も前のこと。
いつも魔導具を作って食事を忘れていると、怒ってくれる友人がいた。
ベルガミュアは魔導具製作をしている時、いつも栄養補給におやつを食べる習慣があった。
糖分のかたまりを食べていれば、面倒な食事をしなくても魔導具製作に没頭出来るから。
だが今は、おやつなどない。
エネルギーが不足して倒れたら、助けに来てくれる人もいない。
さすがにそれは宜しくないので仕方なく引き上げを考えた。
「にゃす~」
ニャスタがベルガミュアの顔にかぶさった。
ふわふわする。
胴体をつかんで引きはがすと、ニャスタが両手を空へと伸ばした。
『お、ベルガ! 聞こえるー?』
通信だった。
ニャスタの上にクロアの立体映像が浮かぶ。
「聞こえますよ」
『そっちはどう? みんな変わらず?』
はて、と考える。
「まだ死人は出ていなかったと思います」
『なんてゆーかねー……ベルガに聞いた私がバカだった』
クロアが白い目で見てくる。
しかしそれが事実なので、何も問題ないと思う。
「それでどうしたのですか? 帰還の連絡ですか?」
『ううん。帰るのはまだ何日も掛かりそう。連絡したのは、頼みがあって』
「なんですか?」
『今から魔導具作ってくれない?』
次の食事の話でもするように、軽く言うクロア。
確かにミスリルはまだあるが、在庫は僅少。
その上、イニティムスを使った作業がまだ山ほどある。
分かっているのだろうか。
『いやー、色々あってね-。とにかく魔導具作ってくれれば、結果的にミスリルいっぱい買って帰れる予定だからさ!』
「……まずは話を聞きましょうか」
ふう、と溜息を吐いた。
クロアが戻ってきたらこの仕事山積みの代償として、本格的におやつの作り方を模索して貰おう。
注釈:ブルーオーシャン
競争相手がいない、または極めて少ない未開拓の新規市場のことを指すビジネス用語。




