042 :// 最大の武器
『メシ食ってスッキリしようぜ?今日は酒も奢ってやるぜ!』
始まりは、バーチェークのこの言葉だった。
「大体なんなんだよ、あのチョビ髭ェ。似合ってると思ってんのかよアレ! 顎青いくせに!」
「クロアってお酒強いんだねー! 超ヤバヤバじゃーん! なんだっけ、さっきのやろ! カンパーイ!」
「うぇい」
クロアとルジィで乾杯する。
乾杯という文化をクロアが教えてから、お気に召したルジィが連発でかましてくる。
使い方がちょっと違うけど、楽しそうなのでそのままだ。
「こんなに飲んで大丈夫なの? たぶんこの店で一番たくさん飲んでるわよね?」
「クロアの故郷はもっと酒が強えーんだとよ……」
2人の前の席に座るシルフェアナとバーチェークがヒソヒソと話す。
もう何杯目と知れぬ量の酒を飲み、最初は一緒に商人ギルドの悪口で盛り上がっていた2人が徐々に引いてきている。
「酔ってはいるけどヘーキだよ。吐くほどシロウトじゃないもんねー」
2人の疑いの視線が刺さるが気にしない。
薄い酒を、何杯飲んだかは忘れた。
好きなだけ飲んでいいと言ったバーチェークが悪いのだ。
クロアはごくごくと手元のエールを飲み干す。
「おばちゃん、おかわりー。あと塩ちょっとだけお皿に入れてちょーだい」
「塩? まぁいいよ」
「なんの遊びするのー?」
「遊びじゃないよ。ツマミにする」
「塩を!?」
「だってお腹いっぱいなんだもん」
「ウソでしょ……」
「うちの故郷のプロの酒飲みは、塩で飲むの」
ウソのような、本当のような。
アルコール臭い息をふう、と吐く。
商業ギルドを出てから、かなり考えた。
こうなったら商業ギルドに登録するための道は、3つだ。
1、『実績』を作って有無を言わさない。
かなりの人数があの場面を見ていたので、さすがにどんなに厚顔無恥なチョビ髭だろうと取り消せないだろう。
正々堂々と目に物を見せてやる方法だ。
2、代理人を立てる。
この街で魔族の代理人を見つけ、代理で登録して貰う。
しかし代理人と言えど、サインさせてしまえばそいつが実質の商人となる。
将来的に乗っ取られたり奪われたりする可能性を考えると、リスクが高い。
昔からの馴染みの友人でもいれば良かったのだが、当然クロアにも他のメンバーにもそんなものはいない。
3、脅迫する。
バーチェークかシルフェアナに頼めば一発だと思う。
だが、今後を考えると手荒な真似は避けたいところ。
クロアの望みは、今後も魔国と安定した商売をすることなのだから。
後々にこの時のことをほじくり返して弱みにされるのも勘弁だ。
こうなると実質、選べるのは1つだった。
そこで何か実績に出来る商売がないか考えた。
しかし、当然ものの数時間ではポンと出てこない。
この街へ滞在出来る時間、人手、コスト、色んな面において限りがある。
その上、そもそも商売をしたいから商業ギルドに登録をしたいのに、それが出来ない。
つまり何にせよ『非正規品』のレッテルで頑張らなければならない。
初っ端からハンデありの状態だ。
商品どころか売り方にも捻りが必要になることは間違いない。
そうして悶々としていた結果、バーチェークの言葉で酒を飲むことになった。
「はいよ」
「どーもー」
オバサンから酒のおかわりを受け取り、ぐいっと飲む。
ふわふわする頭と、何もしていないのに楽しい気分。
かなり酔っているが、まだ大丈夫だ。
「本当に大丈夫か?」
「ダイジョブダイジョブー」
「ナハハハ! クロアなんか面白いやつ教えて-!」
1時間後。
「んー……寝たいー……」
「言わんこっちゃね~」
アルコール度数が低いのでそこまでの深酒ではないが、眠い。
日頃の睡眠不足のせいで、かなり来ている。
ついでにだるい。
クロアはついに、酒場のテーブルに液体の如くだらりと溶けた。
帰るのが面倒くさい。
もうトイレとふとん以外に動きたくない。
宿屋で飲めばよかったな、なんて思う。
「ルジィ、ちょっとクロアの酔い覚ましてやれよ」
「おん? いいよん!」
なにをするのか、と言おうと口を開いた途端、体が浮く。
女子高生くらいの見た目の娘に、両脇に手を入れて持ち上げられている。
これは、赤ん坊や猫を持ち上げる時のアレでは。
「ちょっと行ってくるねん」
「ルジィ? 行くってどこに?」
ニヤリと笑うルジィ。
顎で、上を指した。
なんとなくお察ししてしまった気がして、血の気が引く。
「それって“あの世”……」
「聞こえないやー!」
「ぐえっ」
両手で持ち上げられていた体が、ふわっと浮かばせられて肩に担がれる。
「いや本当に! 大丈夫なんで! そこまで酔ってないから大丈夫!」
「レッツゴー!」
「いやアアアアアアアアアア゛」
■□
ダメだ、出る。
「お゛……ええええええ」
「ありゃりゃりゃ。やっぱり酔っ払ってたんじゃーん」
「違うわボケ……。これは乗り物酔いだっての……」
ルジィが背中を誘ってくれるが、恨みしかない。
このルジィ、クロアを抱えて外に出たと思ったら。
あろうことか抱えたまま建物の屋上までジャンプ。
そこからさらに空へとジャンプ。
空中で獣化術を使い、ドラゴン化した。
そして空に放り出されたクロア。
強制紐無しバンジーをさせられているところをドラゴンの足に掴まれて、そのまま空の旅へ。
ジェットコースターもびっくりの、全方位回転のサービス。
とんでもない風と、化け物級の重力。
本当に、死ななかったのは奇跡としか言い様がない。
吐いたら少しすっきりしたが、目がぐるぐる回る。
酔いが覚めるどころか、完全に悪化した。
このドラゴン、酔っ払いが動きすぎると余計に酔うことを知らないようだ。
「仕方ないにゃ~。おんぶしたげる!」
「飛ぶなよ? フリじゃないからね? 絶対に、飛ぶなよ?」
「今日はもう飛ばないよぉ」
バシバシと背中を叩いてくるルジィ。
なんだか信用ならないが、もう疲れすぎた。
大人しくルジィの背中に乗りかかる。
「ルジィ。酔っ払いにアレは逆効果だから。二度とやらないで」
「そーなの!?」
「逆になんで飛んだ」
「え~だって。バーチェークがルジィちゃんに頼んだってことは、飛べってことかなって! 私、飛ぶしか出来ないもん」
「飛ぶだけってわけじゃないでしょ」
「ガルゥ・ドラゴンは、おなかにポケット持ってるだけなんだよ。他のドラゴンの一族は色々出来るけど……」
しゅん。
いつもキャピキャピのルジィが、縮こまってしまった。
何故かクロアがいじめたみたいな感じがして、焦る。
「お、落ちこまないの。逆に言えば、それが武器ってことだよ」
「…………武器?」
「うん。だから運び屋やってるんでしょ?」
途端、なんだかルジィの周りにキラキラが散らばった気がした。
「武器! そう武器なの! そっかぁ~ルジィちゃんも武器あったんだ! 武器武器ぶーき!」
「もう夜遅いんだから叫ばない。近所迷惑でしょ」
「ぶっきぶきぶーき~~ぶきぶっき~~」
ついには歌い出してしまった。
クロアの話を聞いていないどころか、そもそも耳に届いてすらなさそうだ。
諦めて、そっと目を閉じた。
「んあ!!」
落ちる、と思った。
けれどそれは本当に、思っただけだった。
空から落ちる夢。
最悪の目覚めだ。
絶対に昨日の紐なしバンジーのせいである。
気付けば宿屋のベッドの上だった。
窓から太陽の光が差しているし、隣のベッドで変なポーズで眠りこけるルジィがいる。
どうやらあのまま眠ってしまったらしい。
ボサボサの頭で立ち上がり、窓辺のふちに置いてある見かけないものを確認する。
水がたっぷり入った水差しだ。
消去法で、きっとシルフェアナが置いておいてくれたのだろうという結論に至る。
水を飲んで、一息つく。
意外と頭はスッキリしていて、頭痛もしない。
二日酔いは免れたようだ。
酒のアルコールは少ないし、ルジィの奇行さえなければ吐くにも至らない程度だったので当然だけれども。
しかし昨日の最後の記憶は曖昧だ。
ルジィが、武器の歌を歌っているあたりまでしか記憶がない。
『ぶっきぶきぶーき~~ぶきぶっき~~』
妙に頭に残ったルジィの歌。
「……武器、かー……」
そういえば、自分の武器を忘れていた気がする。
異世界の知識と経験。
栄華を誇った古代の超技術である、魔術。
そして。
「ニャスタ、おいで」
「…………にゃす?」
右耳に扮していたニャスタが、元の白いふわふわになってクロアの前を漂う。
「私の武器になってくれる?」
「……にゃす!」
任せろ、というようなニャスタの声。
小さな三角の耳の間を指でちょいちょいと撫でた。
「ヨシ。絶対あんなチョビ髭に負けん! やるぞー!」
「にゃっす!」
落ち着いて考える。
ここはファンタジー要素を全て切り捨てて、故郷の商品開発だと考えた方がいい。
「まずは調査しよう。この街のこと全然知らないしね」
「にゃす?」
「うん。そうだなー。まずは市場調査だね。
この街にはどんな商売とサービスがあるか、その規模、売上、利幅、顧客層、全部丸っと調べられる?」
「にゃっす!」
ニャスタがピッと両手をあげる。
楽しいのか、任せてと言わんばかりに目がキラキラしている。
「ヨーシ。その情報からターゲット市場と顧客層を絞って考えてこう。かなり大変だろうけど……行ける?」
「にゃすにゃす」
「助かるよ。そーだ、折角だから先報酬をあげよう」
クロアは指先を差し出し、ニャスタの口にちょうどいいサイズのマナを出す。
シャボン玉のようにポコポコと出る青く光る玉に、ニャスタは慣れた様子でパクリパクリと吸いついていく。
リソースは充分に持っているだろうが、ガンバレの意味で渡している。
ニャスタはクロアの青いマナが好きで、最近ではすっかりおやつの扱いなのでこれを“マナアメ”と命名した。
「んじゃよろしくね、ニャスタ」
「にゃす!」
窓を開けた。
本体であるニャスタの腹が、黄色く輝く。
透明なニャスタが大量に生まれ、窓から無数に飛び立っていった。
「ルジィ。朝だよ」
「う~ん。まだ眠いよお」
「私は出かけるけど、寝てる?」
「お出かけ……ルジィちゃんも行く!」
ニャスタにこの街の調査を頼んでいるが、結果をただ待つだけという訳にはいかない。
数値データは大事だが、実際に目で見た感覚も重要だ。
朝から日が暮れるまで、結局みんな合流し全員で街を見て回った。




