040 :// 買取りの攻防
「さて、出発しましょうか」
質素ながら、久しぶりのベッドで快適に眠れた翌朝。
宿屋で簡単に食事を済ませたので、行動開始だ。
荷車を引いて昨日聞いた店へと向かう。
大通りを歩き、やがて見えてきた看板には『ヤンダーンの店』とぶっきらぼうに書かれている。
魔獣素材の買い取り店だ。
「いらっしゃい」
荷車は店内に入れないので、バーチェークは荷物番としてまた店の前で待機してもらう。
シルフェアナ、ルジィと中に入ると、物憂げなオッサンがカウンターで頬杖をついていた。
「半獣族か、久々に見るな。素材の買取りか?」
「ええ、その通りよ」
「じゃあ、素材は全部そっちのテーブルに載せてくれ」
荷車とテーブルをシルフェアナとルジィが素材を山盛り持って往復する。
クロアは『折れそう』という理由で荷運びを免除された。
免除は嬉しいがなんとなく不名誉な理由で、クロアは口をへの字に曲げて見守った。
「これで全部よ」
「状態確認するから、ちょっと待っててくれ」
暇つぶしに、店内を観察する。
この店はどうやら素材屋のようだ。
さまざまな魔獣の骨や皮から、牙、爪などが乱雑に棚やカゴに入れられている。
素材名と素材が板に書かれて、棚ごとに下げられている。
カウンターの奥を見れば培養槽のようなものがあり、中に眼球や内臓らしきものが浮いている。
なかなか興味深い。
クロアは右耳のニャスタを軽くつつく。
(ニャスタ。光学迷彩エフェクトで投影複製体を何体か出して。
この店の販売品の項目名と金額のデータを、全部記録してくれる?)
返事をするように右耳がピコピコと動いた。
ちなみにこれは事前に決めていて、肯定なら右耳、否定なら左耳が動くようにお願いしている。
この話をした際、尻尾担当のニャスタが『自分は?』とキラキラした眼差しで見つめてくるので、自由行動と返しておいた。
お陰で尻尾のニャスタは気分次第でうねうねしたり、先っぽを丸めたりと、顔は見えないが妙に楽しそうにしている気がする。
「終わったぞ、精算する」
オッサンの声で、店内でバラけていた皆が集まる。
テーブルの上に並べた素材の前に、コインの山が置かれている。
「ケルピー15体分が金貨10枚。
ストーンタートル10体分は全体的に破損が多いから、少し引かせて貰うぜ。金貨3枚。
バウンドベア6体分は金貨2枚。
ホワイトバイコーン13体分は金貨1枚と重銀貨2枚、銀貨2枚。
レッドバイコーン10体分は金貨1枚と銀貨5枚だ」
通貨がわからないと、これほどにも呪文なのか。
高いのか安いのかもわからない。
金貨があるから、それなりの金額なのだろうか。
「わかったわ。金貨が多いと使いづらいから、少し重銀貨と銀貨を多めにもらえる?」
「おう」
オッサンが小袋にお金を詰め、ポイと投げるようにして渡してくる。
シルフェアナが受け取り、店を後にした。
「ねーねー。ここの通貨ってなに?」
「白金貨、金貨、重銀貨、銀貨、銅貨、あと小銅貨だったかしら」
「よく覚えてんな~」
「ルジィちゃんもあんま覚えてなーい」
豪快に笑うバーチェークとルジィ。
半獣族らしいが、よろしくない。
シルフェアナが答えてくれたのは、通貨ではなく貨幣である。
「こんなんじゃ、騙されててもおかしくないな……」
クロアは半分ほど空いた荷車のうしろにつき、空になった麻袋を伸ばして広げる。
「ニャスタ。この中にまた光学迷彩エフェクトの体いっぱい出して。街中回って、貨幣価値の調査してきて」
右耳がぴこぴこと動く。
そして麻袋がほんのり重くなったと思えば、すぐに軽くなって柔らかな風か吹き上げる。
チラリとしか見えなかったので何体か知らないが、大量のニャスタたちが無事に旅立ったようだ。
「じゃあ次の店行こうぜ」
「待て待て。ちょっと時間が欲しい。その辺の露店とか見てこーよ」
次の店に行く前に、魔国の金銭について理解しておきたい。
任せっきりだと、危険とまでは言わないが勿体ないことになる気がした。
「別に急いでないからいいわよ」
ニャスタたちなら調査もすぐに終わるだろう。
クロアたちは露店巡りを始めた。
露店を見回っていると、早々に嫌なことに気付いた。
この国の通貨はゴーズ。
そしてどこの店も通貨基準ではなく、ゴーズ単位で価格提示をしている。
(やっぱりアイツ……)
先程の買取り店のオッサンを思い返す。
あえての貨幣単位での価格提示に、どうしても勘ぐってしまう。
そうこうしている間にニャスタたちが帰ってきた。
クロアひとり買い物から抜けて噴水に腰掛け、網膜ディスプレイで結果を確認する。
右耳が動き、クロアの視界にリストが出現する。
魔国貨幣 ゴーズ
白金貨 80,000
金貨 30,000
重銀貨 10,000
銀貨 1,000
銅貨 200
小銅貨 50
自分で調査したら大層な時間が掛かりそうだが、さすがAIである。
金銭感覚は上手く慣らしていかねばならないと思うが、面倒だ。
(さて、じゃあさっきの買取り価格と、実際の貨幣たちの金額を比較)
買取り価格、535000ゴーズ。
実際に手元にある金額、495000ゴーズ。
(あーあ。やっぱ抜かれてる)
ガクリと肩を落とした。
今さら店に戻って文句を言ったところで、現場を抑えられなかった以上こちらの落ち度だ。
これは事前に考えて調査しなかった自分が悪い。
通貨について以前バーチィールに聞いて、別に奴に聞けと言われてから、忙しさにかまけてすっかり誰かに聞くのを忘れていたのだ。
勉強代として、涙を呑むことにする。
しょんぼり気分でみんなの元へ戻った。
「終わったの?」
「うん。予定通り、次の店行こっか」
「待ちくたびれたぜ」
■□
「やぁやぁやぁ、これはこれは。半獣族の方々ではありませんか! 久しぶりで誠に嬉しい限りですよ」
次にやってきた、ヴィキル商会。
ここにはシルフェアナやバーチャームの嫁たちが製作した、刺繍布を売りに来た。
入店すると下っ端らしき店員が驚いた顔をして店の奥に駆け込んで行ったと思えば、すぐに店主らしきオジサンが出てきた。
店主はこちらを見るなり妙にテンション高く迎えてくれて、少し面食らう。
「布の買取りですかな?」
「ええ、そうよ」
「これはこれは! ではこちらへどうぞ」
店は広く、金持ち用のサロンと一般エリア、さらに素材エリアといった風に部屋が分かれているようで、クロアたちは布が壁にズラリと並べられた部屋に通される。
バーチェークとシルフェアナで持ってきた大量の布をテーブルの上に置いた。
(ニャスタ、さっきと同じように店内品をデータ収集して)
右耳がぴょこと動く。
「さすが、美しい刺繍ですなぁ! 特にお客さん方の布は、刺繍が細やかでとても繊細だ」
「そうでしょう」
褒め言葉に、シルフェアナが満足そうに鼻を膨らませている。
店主が布の厚みを測ったり、指触りのチェックをしては次の布へ、と作業を続けていく。
「ん?」
両耳がぴこぴこする。
さっと右目を手で隠すと、ニャスタが網膜ディスプレイに映像を映し出してきた。
誰もいない奥のテーブルの上にある紙。
内容を見れば仕入れの帳簿のようだ。
ニャスタの視覚を丸ごと映像として送ってきてくれているのだが、店主や他の店員が見ていないことをいいことに何ページもめくっては見せてくれる。
(ちょっ……そんなに攻めなくてもいいのに)
ドキドキしながら店主を見ると、まだ査定中で気付く様子はないが、ふとした拍子に後ろを向いたらバレる。
クロアの緊張とは裏腹に意外と大胆なニャスタたちは、帳簿の数字をしっかりチェックしていった。
やがて最後のページもスキャンが終わり、魔導ディスプレイには布サイズや買取価格、売値に至るまでリスト化される。
(無事完成しちゃったからいっか……売値の昇順と降順でチェックして……)
クロアが数値と睨めっこしていると、店主が最後の布までチェックし終えたようで、布を丸めては仕分けを始めた。
「お待たせしました」
仕分けられた布は3つの山に分けられている。
「右のロットが1エーターあたり金貨1枚、重銀貨2枚。
中央のロットが金貨1枚、銀貨15枚。
左のロットが金貨1枚、重銀貨1枚。
こんなところで、よろしいですかな?」
何故こんな分かりづらく、貨幣ベースで話をするのか。
やはり半獣族だからあえてなのではないか、と疑念が浮かぶが、考えなければならないのは別のことなので一度この件は脇に置いておく。
(んー……)
ニャスタのリストを再び見て、クロアは顔をしかめた。
「ねぇ、ちょっと待って。安すぎない?」
「そう?」
「は、はい……!?」
突然会話に入ってきたクロアに、店主とシルフェアナが驚いた顔をする。
「そっちにある、その赤い布。きっとアレあたりがこのお店で一番高い布でしょ?
アレよりうちの刺繍布の方が安いって言うの?」
「いえいえそんなことありませんとも! ただあの布は大人気の商品でして」
店主の言葉にクロアはムッと眉を寄せた。
「人気だからうちの刺繍布の方が安いの?」
「いえいえ、違いますよ」
店主はふう、とわざとらしく溜息を吐いて首を振った。
「半獣族の方々はご存知ないかもしれませんが、私どもは買い取った布に私どもの利益を乗せて販売するのですよ。それが商売というものでして。
あちらに書かれた販売価格と、お客さんがたの布の買取価格とで差があるのは、当然のことなのです」
「そんなこと知ってるよ。ざっと見た感じ、利益率50%から90%くらいでやってるんでしょ?」
「な!!?」
数字はもちろん、ニャスタ調べ。
あまり正確過ぎると帳簿見た感じが出てしまうので少しぼやかしているが、充分的確だったようで店主の目も口も大きく開かれた。
クロアは言い訳を考える時間を与えないように追撃する。
「それ踏まえておかしいって言ってるの。
この街の貴族が刺繍布をあしらえたドレス着て歩いてたよ。
つまり私たち半獣族の刺繍布は流行遅れでもなく、高級品として出回ってる。
利益率高めに設定してたとしても、低すぎるよね?」
口をパクパクさせる店主。
「半獣族がこの街に来るのは久しぶりなんだってね?
なのにこの店には刺繍布の取り扱いがある。あそこあたりに見えてるよ。
つまり、わざわざ他の街や商人から仕入れたってことだよね?
それってもしかして、今……刺繍布がトレンドだ、とか?」
その顔色がみるみる悪くなってきた。
ここだ、とクロアは身を乗り出して笑みを浮かべた。
「ね? さっきの値段の2倍にしても、充分な利益出るよね?」
ニャスタが出してくれた適正買取価格予想がそれくらいだったので、問題ないだろう。
何も言えなくなっていた店主とクロアの睨めっこは数十秒続き、やがてあちらが目をそらした。
「……わかりました。先程の2倍の価格で買取りしましょう」
「理解が早くてうれしいなー。ありがとう」
心の中で勝利のポーズを決めた。
今度は魔獣素材とは違って、正しい利益を手に出来そうだ。
するとふと、他の誰も喋っていなかったことに気付いて振り返る。
皆が引いた顔でクロアを眺めていた。
「……クロアって、がめついんだねー!」
「が め つ く な い !」




