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039 :// 初めての魔国 -3-

 宿屋では2人部屋しかないとのことで2組に分かれ、クロアとルジィ、シルフェアナとバーチェークという割振りで宿泊となった。

 定番の、独身の男と女同室はアレなのではという話題になったが、シルフェアナの据わった眼差しによる『ありえないからこれで』の一言で、この部屋割りに決定した。


 その『ありえない』はおそらくだが、『自分ならバーチェークに力で負けるなんて』、が省略されたセリフだったと思う。

 日頃シルフェアナは狩猟に行かないが、思えばオークを殴り殺した実績がある。

 ルジィもなにかを察して、クロアと共にプルプルと震えた。

 なおバーチェークは別に何もしていないのに、と隅でいじけていた。


 確かに日頃の行いから見ても、バリランならともかくバーチェークは問題を起こさないだろうに。

 だがなんとなくシルフェアナが怖いので、特にフォローはせず心の中で静かに合掌した。


 安い宿屋なので最低限の設備しかないと聞いていたが、ベッドがあって感動した。


 狭い部屋に小さくて固いベッドが2台。

 花蜜式のランプが3つ。

 それだけが設備だ。


 トイレは外の庭に壺を置いていると聞いて戦慄した。

 囲いはあるらしいが、だいぶ抵抗がある。


 そしてその近くに流し場があるとのことだ。

 魔国の人はシャワーなど当然なく、しかし風呂にも入らないらしい。

 水場で桶に水を入れ、肌着の上から水をかぶるか濡れた布で拭くのが一般的な洗体なのだそうだ。


 早く進化したルミナディアにたどりつきたい。

 トイレも風呂も、快適な居住地にすることを改めて心に誓った。

 

「ふたりともー! メシに行こうぜ~」

「ノックしなさいよ、バカ」

「……あれ? 私、寝てたのか」


 部屋の中で一休みしていたところ、バーチェークとシルフェアナが訪ねてきた声で目が覚める。

 ちょっと休むつもりが、すっかり眠ってしまっていたようだ。

 窓を見ればもう日が暮れ始めている。


「あ、クロア起きた! ずっとヒマしてたんだからねー! ルジィちゃん、おなかすいちゃったよー!」

「女将さんに近くの食堂教えてもらったわよ」

「いいねー。ヨシ、行こう」


 そして初めての夜の街へと繰り出した。






「おお~~!」


 夜の街は、意外と明るかった。

 花蜜のランプが道沿いにぼんやりと明かりを灯し、オレンジのあたたかな色合いが溢れる。

 ファンタジーな街並みが照らされて、テーマパークみたいだと思った。


「……? なんだろ?」


 なにか、違和感があった。

 昼間よりも人通りが多いが、雰囲気が違う。


「およん? 誰か倒れてる!」

「おい大丈夫か、おっさん」


 バーチェークがすぐ近くに倒れていた男を抱き起こす。

 起こされたオッサンは真っ赤な顔で、大きないびきをかき始めた。


「……こいつ寝てるぞ」

「そこの半獣族、そいつらはほっといて平気だよ! いつものことさ。ただの酔っ払いだよ」

「酔っぱらうの早っ!」

「なんだよ心配して損したぜ」


 バーチィールと飲み比べした時から思っていたが、この世界の人たちはアルコールに弱すぎる気がする。

 バーチェークは早々に酔っ払いを無慈悲に放り投げた。

 シルフェアナの案内で、他にも酔いすぎて倒れた男たちがいる道を進んだ。


 まだ夜になったばかりだというのに、何やら道に転がる酔っ払いが多い。

 そしてその予備軍と思われる男たちが、道沿いの地べたに座って大きな深皿に入った雑炊を食べながら酒を飲んでいる。


 大通りに出ると、昼よりも露店が増えていた。

 酒を売る屋台が多いようだ。

 屋台と広場を往復する男たちの多いこと多いこと。


(酔っ払いの街なのかな)


 酒を飲む男たちの騒ぐ声を抜け、食堂に入った。

 店員に言われて4人掛けの席に座る。


「何にするんだい?」

「オススメは?」

「レッドホースのもも肉焼きと、ポタイモとキュリアのミルク煮が人気だよ」

「じゃあそれ8人数分で」

「8? ああ、半獣族だもんね。あいよ」


 店員が元気よくオーダーを厨房に叫んだ。

 魔国食への期待で、クロアはそわそわと周りを見回した。


「半獣族がこの街に来るなんて珍しいな」


 不意に隣のテーブル席の男2人組が話しかけてきた。


「オレ、親獣派なんだ」

「親獣派」


 おそらく半獣族に好感を持つ人々、の意味なのだろう。

 男がニカッと歯を見せて笑う。


「もしかしてこの街に来たばっかりか? なんでも聞いてくれよ」

「じゃあこの街ってどんな街? 南魔国の中でも大っきめ?」


 ちょうどいい機会なので、クロアが質問する。


「そうだなぁ。パルマファムはせいぜい中の上くらいじゃないか?」

「ちょっと特殊だよな? 貴族が3家しかいないが、なんと言っても鉱床があるから人は多い」


(じゃあアレって山じゃなかったんだ)


 男たちに相槌を打ちながら、街に入る前に見た山を思い出した。

 まさかアレが掘り起こした後の土を積み上げて出来た山だったとは。


「ここじゃ鉄や銅の他にもミスリルが採れるから、商人がひっきりなしに出入りしてるんだぜ」

「おー、ミスリル」


 彫像のような綺麗で無表情な顔が、頭を過ぎっていった。

 街のチョイスはルジィに任せていたが、もしかすると気を遣ってくれていたのかもしれない。


「ほら、道にいっぱい酔っ払いがいるだろ? あいつらがその鉱夫さ。

 日の出前に働きに出て、日が暮れる頃にくたくたで街に戻ってきて酒を飲む、ってのがあいつらの日課でよ」

「鉱夫の仕事は永遠、って言われるほど仕事があるから、他の街で仕事にあぶれてやって来る奴が多いんだ。

 だから鉱夫はどいつもこいつも、その日暮らしばっかり。

 酒で潰れてそこらで寝て、朝になったら互いに起こしあったりしてまた仕事に行く。パルマファムのおなじみの光景なんだぜ」

「ちなみにオレたちは商人。だからこうして店で優雅に食ってるわけよ」

「へー、なるほどねー」


 変な街だ、と思ったが、故郷にもそれに近しい繁華街があったと思い出す。

 酒の魔力はどの世界でも変わらない、と納得した。


「そうだ、いいこと教えてやるぜ。街の北側にはあんまり行かない方がいい」

「北側? なんで?」

「貴族たちの邸宅があるエリアなんだが、今は領主代理様が来てるってんで、騎士たちが闊歩してんだ。

 半獣族って反感持たれやすいからな。いちゃもんつけられないように近寄らない方がいいぜ」

「それはいい情報ありがとう」

「なーに、オレ親獣派だからさ」

「それにお嬢ちゃんたち可愛いしな。そっちの姉ちゃん、タイプ」

「あ、ヤメテ。そのヒトにセクハラすると、耳がぶっ壊れるよー」


 男たちが笑い、熱視線を受けるシルフェアナがきっと睨みつけている。

 魔国では多少の半獣族差別があると聞いていたが、セクハラはともかく意外といい奴もいるようだ。


「お待ちどう!!」


 ドン!


 店員が大皿をクロアたちのテーブルに置いた。


「で、でか……」


 もも肉焼きと聞いて、ローストチキンをイメージしていたのだが。

 レッドホースのもも肉焼き、舐めていた。

 シルエットはローストチキンに近い骨付き肉だが、骨がクロアの腕ほどもあり、肉部分なんてクロアの頭よりも大きい。

 これがマンガ肉、と唾を呑んだ。


「うめーコレ!」

「ええ、いいわね。柔らかいわ」

「むがんん! むんーんん!」


 クロアを除くメンバーは骨を片手に持って豪快に食べ始めた。

 ———マジか。


「店員さん、ナイフとフォークちょーだい」

「お嬢ちゃんは年頃かい。はいよ」

(そんな歳じゃないけどもういいや……)


 単純に、こんな重いもの持ってかじるのがしんどい。

 貰ったナイフで一口よりちょっと大きめに切り分ける。


「…………!」


 切った先から、ボタボタと肉汁が溢れてきた。

 意を決してかぶりつく。


「…………!!」


 しっかりした歯ごたえがあるが、筋っぽさはない。

 皮がパリッとはじけて、噛むたびに中から甘みのあるジューシーな肉汁が飛び出してくる。

 ぶりん、じゅわ、ぶりん、じゅわ。


 クロアも皆に負けじと、無我夢中で食らいついた。


「はい、ポタイモのミルク煮だよ!」


 店員がまたやってきて、ドンと深皿を置いていく。

 今度はビックリサイズではなくて、安心する。


 口の中の肉がなくなったので、添えられたスプーンですくい上げる。

 白くどろりとした汁で、粒が残るよう荒めに作ったポタージュのようだ。

 中にはさくらんぼ大ほどの丸い何かが入っていたので、汁とともにスプーンに入れ、そっと頬張る。


「ふほー!」


 熱い。

 どろりとした汁は想像以上にクリーミーで濃厚だ。

 ミルクの味はするものの、それ以外になにか入れているのか、どっしりと喉に脂を感じる。


 ごくりと一度飲み干し、残った丸い何かを噛む。

 カリッ、ぶわっ。


「…………!?」


 皮はぶどうの皮のようにすぐ切れて、中身が飛び出てくる。

 中身は少しとろみのある液体で、口の中に広がってすぐに溶けて消えていく。

 食べたことのないなにかだ。

 例えるなら、食感はいくらの醤油漬けのような感じだ。


(魔国食、なんておそろしい……!!)






 全部は食べきれなかったので、残った分はみんなにあげた。

 もちろん彼らは本物の半獣族なので胃のパワーも人族の倍はあるようで、しっかり完食。

 クロアはその後食べ過ぎて、近いはずの宿屋まで地獄の道のりを歩いた。

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