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038 :// 初めての魔国 -2-

「クロア、変な座り方~。てか、なんか震えてない?」

「緊張してて」

「なんでメシで緊張すんだよ。早く食わないと冷めるぞ」

「大事な人生の分岐点なんだよ! 静かに! 集中するから!」


 クロアはピンと背筋を伸ばし、正座の姿勢で深皿を手に取る。

 たぶん今、海外に単身赴任して何年かぶりに恋人に会う人の気持ちと同じだと思う。


 いざ、実食。


 スプーンを口に突っ込んだ。






 数カ月ぶりの米は、泣けた。

 みんなにドン引きされても、クロアは泣きながら米を食べた。


 少年の家では、スパイスで味を締めた雑炊を食べさせてもらった。

 魔国で食べる米は肉入りの雑炊が一般的らしい。

 見た目よりサッパリした味だった。

 おそらく足りないのはダシと、米自体の旨味であるとみた。


「品種改良ってどうやるんだろう」


 久々の米とあって美味しかったが、日本で食べたら違和感のあるだろう味だった。

 日本人の肥えた舌は恐ろしい。

 帰りにあの米も仕入れていくつもりだが、やることがまた増えた。

 クロアの眉間のしわが増えていく。


「クロアって食に対して厳しいわよね」

「わかってないなー。シルフェアナ」


 ドン引きするシルフェアナに、クロアは胸を張った。


「“カレーライス”、“ラーメン”、“寿司”……これは3種の神器」

「………?」

「これさえあれば世界は平和になる……。満腹こそが至上の幸せだと、誰もが思い知る」

「よくわからないけど、クロアはごはんが好きなのね」

「ごはんは美味しいからにゃー。わっかるー!」


 シルフェアナがオトナ的対応を見せ、クロアは納得いかない。

 かと言ってルジィの同意も納得いかない。


 絶対に分かっていないと思う。

 この3品、いや、3種の神器の威力を。

 これは自論だが、世界平和のヒントであると思っている。

 あと3つの並びの異論は認める。


「なんかわかんねーけど、これからどこ行く?」

「完全に忘れてた」


 バーチェークの言葉で我に返った。

 米のことを考えすぎた。


「言ったと思うが、オレらもこの街は初めてだからな」

「あの子の家族に色々聞けたけど、具体的なお店まで聞いてなかったわね。まずは情報収集をしましょう。

 ルジィ、酒場はどこにあるか知ってるかしら?」

「確かねー。あっち!」

「じゃあ案内よろしくー」


 機嫌が直ったルジィがぴょんぴょんと跳ねるように街を進んでいくので、クロアたちもそのあとをついていった。


 半獣族は、時折ふらりと現れるガルゥ・ドラゴンに運ばれて、魔国で商売をする。

 売るものは日頃の狩りの戦利品と、内職として作った布類だ。

 これらで金銭を得て、穀物や香辛料など非干渉地帯(ホワイトライン)では手に入らないものを購入して帰る、というのが半獣族の一般的な生活らしい。

 しかし非干渉地帯(ホワイトライン)には数多くの小家族(アム)が放浪しているので、この一連の流れはガルゥ・ドラゴンの気まぐれによって発生したりしなかったり。

 よって、向かう魔国の街もガルゥ・ドラゴン次第。

 だからバーチェークやシルフェアナは何度も魔国に来た経験があるが、この街は初めてとのことだった。


「この街って、他の魔国の街と比べてどう? 雰囲気とかなんか違う?」

「そうねぇ、この街はにぎやかな方かしら」

「建物がデカいよな」

「へー、これでデカい部類か」


 往来はそれなりに人が行き交っており、クロアから見るとザ・ファンタジーの街だ。

 建物は2階建てまでが精々で、木造のものが多い。

 石造りもあるにはあるが、割合として見れば少ない方だ。

 想像通り建築技術は低く、文明レベルは中世を彷彿とさせる。


(貧民って感じの人も見当たらないし、想像より栄えてるかも)


 通りを行く者の半数は麻のような染色のない布地の服、もう半数は染色された服といった具合だ。

 稀に装飾の多い者もおり、一見して金持ちと分かる。

 おそらく貴族か羽振りの良い商人といったところなのだろう。


 大通りに出ると、何人かを従えるように引き連れて歩く集団がいる。


(お、あれが貴族かな?)


 その貴族らしき人は夫婦のようだ。

 女性は半獣族伝統刺繍をふんだんに使用した、見るからに往来とは違う生地で作られたドレスを着ている。


 今回我々もその伝統刺繍を売りに来たので軽く聞いていたが、繊細で独特な半獣族の刺繍はいつも高値で買い取って貰えるらしい。


(貴族にも着て貰えるモノだったのか)


 刺繍リボンのようにあつらえた半獣族のそれをドレスに組み込まれたデザインは、遠くから見ても存在感がある。

 全体のシルエットも整えられ、想像以上に洗練されている。

 街全体は質素に見えるが、貴族ともなればだいぶ豪奢な暮らしをしているようだ。 


 魔国の文明レベルがどれほどのものか、いずれは首都にも行って確認したいものだ。


「あったー! ここだよん!」


 ルジィが止まり、見上げれば建物の入り口に酒樽のような絵が描かれている。

 ここが酒場のようだ。


「オレは荷物見てるぜ」

「ありがとー」


 荷車があってはさすがに店には入れないし、店の前に置いておくと盗まれそうだ。

 バーチェークが店の脇に荷車を止め、行ってこいと言ってくれたのでシルフェアナたちと酒場に入る。


「らっしゃい」


 店主らしき、恰幅のいい中年男性がカウンターにおり、他はテーブル席にはちらほらと人がいるのみで閑散としている。

 テーブル席にいる人間は鎧を纏った男たちで、きっと冒険者なのだろう。


(昼から酒呑むのがフツーってわけじゃないんだー)


 想像より人が少なく、なんとなくイメージと違って意外だった。


「おや、この街に半獣族たぁ久しぶりだな! 何年ぶりだ」

「エールを4つ」

「あ。バーチェーク、下戸だよ」

「あらそうなの? じゃあ1つはオススメのジュースで。あと、少し話を聞いてもいいかしら?」

「あいよ。昼間はヒマなもんでね、なんでも聞いてくれや」


 シルフェアナが魔国の小銭を支払い、店主が木で出来たジョッキをクロアたちの前に置いた。


「お店の前で仲間が荷物番をしてるの。1つは外に持って行ってもいいかしら?」

「構わんよ」

「ルジィ、バーチェークに持って行ってあげてくれる? ついでに一緒に飲んできてもいいわ」

「ほいきた!」


 ルジィは酒を両手にすたこらと外へ出ていった。

 随分シルフェアナは手慣れているようで、魔族に対しても一切気後れがない。

 シルフェアナが置かれたエールをゴクリと飲み、クロアも一口煽る。


(うっすーい!)


 バーチィールに貰った酒もそうだが、この世界の酒はアルコールが薄いのが普通のようだ。

 ビールのような味わいだが、炭酸がかなり抜けている上にぬるい。

 強い酒でも作れれば、いい商売が出来そうな気がする。

 うわっと顔を顰めそうになってしまったが、さっと顔を取り繕う。

 不慣れな場所で不興を買うのはよくない。


「手頃な値段の宿屋と、半獣族と商売してくれる店を教えて欲しいの」

「そうだな、半獣族なら宿屋はこの通りの先にある、タトラの宿がいいだろう。アイツは誰にでも親切だからな。

 商人はそうだなぁ……最近は半獣族見かけなかったからなぁ。どこならいいか……。ヤンダーンの店とヴィキル商会あたりがいいだろう。

 そうだ、オッリスの店は絶対にやめとけ。あいつは半獣族嫌いだ。あとは———」


 店主はシルフェアナに店の場所だけでなく、細かな情報まで伝えてくる。


(意外といいヤツだな、このオッサン)


 魔国は半獣族と交易をしているが、差別的な人も少なくないとバリランに聞いている。

 差別主義の中では、人族が最も汚れた罪深い存在で、半獣族はそこまでは行かないが別に殺しても問題ない存在、という認識が多いそうだ。

 街ですれ違う人々の視線を感じ取っていたが、半獣族とみて嫌悪感を持った様子は2から3割程度。

 それだけ差別的な人がいる中で、この店主はかなり半獣族に好意的だと思う。


「———ってところだな」

「そう、ありがとう。助かったわ」

「あ、待って。商業ギルドの場所も教えて欲しい」


 会話が終わりそうになり、クロアが言葉を挟む。


「商業ギルド? 嬢ちゃんたちが行くつもりかい?」

「そうだけど?」

「やめといた方がいいと思うがねぇ……まぁ、行ってみりゃわかるか」


 店主は商業ギルドの場所を教えてくれたが、気まずそうにポリポリと頭をかいていた。


(この分だとすごい差別マンでもいそうだな)


 このいい魔族が言いよどむということは、そういうことだろう。

 しかしこのためにクロアは魔国に来たので、とにかく行ってみるしかない。


「ごちそうさま」

「じゃあ宿に向かいましょうか」


 ちょうどルジィが空になったジョッキを2つ持ってきたので、店主にお礼を言って店を出る。


「お、どーだった? 話聞けたか?」

「ええ。バッチリよ」

「地図作るから、私が案内するよ-」


 クロアは右耳のニャスタを指でつんつんと軽くつつく。


(周辺スキャンと地図生成。会話にあった店をマーカー。宿へのナビ開始)


 クロアの網膜に魔術ディスプレイが発生し、視界に地図とナビゲートが表示される。

 これはクロアにしか見ることは出来ず、外から見たら瞳の色が変わったことしか分からない。


「こっちだってさー」

「精霊様のナビってすごいのね」

「アタシも見たい! どーなってんの?」

「近い近い近い。宿ついたら見せたげるよ」


 ナビに沿って歩き始めると、残りの距離を表示する数値が変動し始める。


 ちなみにこれは魔術式を組んだのではなく、カーバンクルに元々備わっている機能だ。

 スマホに入った、ナビ機能付きマップアプリのようなもので、非常に便利である。


 今は魔法を使えない半獣族に偽装しているので、魔術やニャスタは堂々と使えない。

 いつもはニャスタへ音声入力で指示を出しているが、魔国に入ってからは認識入力に切り替えている。

 認識入力では思考を接続するので、集中力を要する。

 周囲への注意力や通常の思考が妨げられるのでずっと避けてきたのだが、今回は仕方ない。


 クロアたちは街の中を、宿に向かって進み始めた。

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