037 :// 初めての魔国 -1-
『そろそろ到着だよーん』
腹袋に反響するルジィの声。
魔術式を組み立てながら、うとうとしていたクロアはハッとする。
『あっいいトコ発見ー! 着地しちゃうよぉー!』
「クロア、ちゃんと準備しろよ~」
「準備? なんのこ」
質問は途切れる。
体の右側が殴られたと思った。
「ブォ!!!」
暖かく柔らかなふわふわの壁に叩き付けられた。
柔らかさゆえに、埋もれる。
「~~~~~~!?」
埋もれたまま、さらにふわふわに押しつけられる。
これはあれだ。
(え、遠心力……っ!!)
なんとか体勢を直そうともがくが、狭い箱に押し込められたかのように動くことが出来なかった。
遠くでニャスタの悲鳴も聞こえる。
「バーチェーク、クロアを!」
シルフェアナの焦った声が聞こえたと思った時。
今度はとんでもない力で反対側に引っ張られた。
急に空中へ放り出される。
「あらよっと!」
「ぐえっ」
バーチェークの声がして、両脇で固定された。
ぎゅっと横腹が圧迫されて、カエルが潰れたような声が出た。
「大丈夫、クロア!?」
「………うん」
「着地のこと、言わなかったっけか?」
「………言ってない」
「わりーわりー」
最近、バーチェークがクロアキャッチ係になっている気がする。
抱えてくれていたバーチェークに下ろされると、キッと涙目で何故言わなかったのかと恨みを込めて睨むが、きっとこの恐怖は理解していない。
到着早々、疲れた。
一生分の濃縮ジェットコースターに乗ったような気分だ。
言われていないが、よく考えればとんでもない速度で飛んでいたのだ。
当然、化け物クラスの慣性の法則が待っている。
電車が止まる時に体を持っていかれる、アレだ。
やっと心臓が落ち着いてきて見れば、壁に叩き付けられてぺったんこになったニャスタたちをシルフェアナが伸ばして直していた。
ぺったんこになっているのは演出で、実際には何のダメージもないはずだが、直す方も直される方もどこか楽しげなので放っておいた。
『ありゃりゃ? クロア生きてる-?』
「なんとか大丈夫そうよ」
『人族ってホントにパワーないんだねー! ごめんごめーん』
「帰りはオレが最初から抱えとくか」
「そーして……」
もう諦めて、バーチェークをシートベルト係に任命する。
最近いつもボールのように飛ばされたり弾んだりしている自分が嫌になるが、命のためには恥ずかしさも忘れるしかない。
腹袋が開き、眩しい太陽光が入ってくる。
我先にとクロアは外へ出て、固い大地を踏みしめた。
その感触に安全を噛みしめる。
周りはルミナディアと変わらない何の変哲もない森だ。
予定としては街のすぐ近くに降りると騒ぎになるので、離れたところに降りて徒歩で向かうことになっている。
バーチェークとシルフェアナも降りてくると、ルジィの体が黄色く光って元の人型に戻った。
「クロア、耳と尻尾忘れてるわよ」
「あ、やば。ニャスタ」
「にゃす~」
ニャスタがクロアの頭部と腰にくっついて青く光ると、耳と尻尾に変身する。
クロアの髪色に合わせて、黒猫のような耳と尻尾。
歳を恥じる必要もなく、合法的な(?)ケモノコスプレが出来て少し楽しい。
「わああ!」
「!?」
後ろから知らない声がして、思わずケモミミをおさえた。
誰かに変身を見られてしまったか、と妙な汗が出た。
「アンタ、もしかしてドラゴン!? オレ初めて見た~! 変身してよ~!」
振り返ると、見知らぬ少年がキラキラした目をこちらに向けていた。
少年は真っ直ぐバーチェークに駆け寄った。
「オレじゃないぜ? ドラゴンはそっち」
「ハァイ、アタシがルジィ! 噂の美少女ガルゥ・ドラゴンだよん!」
「え~っ。なんかイメージちがう」
「うそん゛」
がっかりと肩を落とす少年に、ショックを受けるルジィ。
どうやらドラゴン=最強とか、ドラゴン=カッコイイ男、みたいな偶像が存在するようだ。
バーチェークだったらよかったのに、と恨みがましい目線をしている。
美人で豊満な体つきの上に、八重歯まで持つルジィの方がいいとクロアは思うが、やはり少年心的には違うのだろう。
ルジィがいいと思う人は、たぶん大人だし心が汚れている。
「せっかく走ってきたのに~。つまんね~の、帰ろ帰ろ」
「おいボウズ、一人で来たのか?」
「そうだよ」
「ここは街からだいぶ遠いんじゃない? 一人じゃ危ないわよ」
「オレたちもこれから街に向かうんだ。一緒に行こうぜ」
「え~っ。まぁいいよ~」
「いいのかよ」
頭に角を生やした魔族だが、小学生的な小憎たらしい反応だ。
やはりどこに生まれて育とうと、魔族も人族も大して変わらないという認識は合っているようだ。
バーチェークが荷車を引いて、少年の案内で森を進み始めた。
「でさぁ! オレがズバババンってやっちゃったんだよ!」
「ほほーう。やるじゃねーかボウズ」
バーチェークは面倒見がいい。
少年の長い武勇伝の話に、きちんと相槌を打ってあげている。
ルジィはあれからずっとむくれ面だし、シルフェアナは聞いている風の聞いていないヤツだ。
そしてクロアはと言えば、適材適所と心でつぶやきながら植生の違いや魔獣痕の有無などをニャスタでスキャンして調べていた。
(そんなに派手な違いはなさそう)
ここまで見つけた魔獣痕はゴブリンやオークにアルミラージの痕跡ばかり。
ルミナディア周辺よりも低ランクの魔獣が多く、データ未取得の魔獣痕は見当たらなかった。
クロアは自分が天然の魔獣避けになっていると知ってから、ベルガミュアの助言を経てマナの外部出力を抑制する魔術式をニャスタに記録した。
日頃過ごす分には安全のためにマナ垂れ流しにしているが、狩りの際には抑制するよう、スイッチ式にしている。
お陰でそれから魔獣を多く見かけるようになり、データの取得が進んでいた。
あまり得るものもなく退屈さを感じ始めた頃、森が開けた。
「おー!」
鬱蒼とした森が終わり、大きく開けた地には人工的な道が敷かれている。
道の先を見れば、建築物が並ぶ古風な街並みが見える。
あまり高い建物がない、ザ・ファンタジーな西洋中世的な街並みだ。
想像より広く、栄えていそうな雰囲気がある。
こちらが小高い丘になっているので、街の奥までしっかり見渡せた。
「見たか! あれがオレの街、パルマファムだ!」
「なんか美味しそうな街」
なんとなくお歳暮のイメージが湧く街の名だが、並ぶ建物の奥には木がなく岩で出来たハゲ山のようなものが見え、無機質な雰囲気がある。
(鉱山?)
街の手前側には畑と民家が広がるが、街の向こうは鉱山のようで全く違う顔を見せている。
「壁とかないんだなー」
ファンタジー界といえば、何故か街は丸いし、高い壁が街を覆っているイメージがある。
あのイメージは一体どこから来たのだろう。
なんてことを考えていたが、近づくにつれ見えてきた畑と思っていたものに目が釘付けになる。
「す……すすす水田じゃないアレ!?」
「イテェイテェ」
あまりの興奮に、クロアはバシバシとバーチェークの背中を叩いた。
文句が聞こえた気がするが、聞こえなくなるほど興奮した。
水田があるということは、米があるということだ。
この数カ月、何度夢に見たことか。
「なぁ少年! あの街は米売ってる!?」
「米なんてどこでもあんだろ~? オレんちも米作ってるよ」
「なんてこった……信じられない……あの街が理想郷か……」
「どんだけ米好きなんだよ、このネーチャン」
よくて小麦と思っていたのに、まさか米があるなんて。
心の中の魔国お買い物リストに、何度も米と強く書きなぐった。
「あっ、カーチャンだ」
道なりに街へ進むと、途中に人が立っていた。
どうやら少年の母らしく、こちらを見て慌てて駆け寄ってきた。
「アンタどこまで行ってたんだい!! メタルリザードの繁殖期だからうろつくなって言っただろ!!」
「だってドラゴンいたんだも~ん」
「あんな遠くまで!? このバカモン!!」
ゴチンと殴られる少年。
ぎゃあぎゃあと少年が騒ぐが、母親はこちらを向いてしゅんとした。
「うちのバカがお世話になったみたいで、すみません」
「行き先が同じだっただけだから、気にしないでいいわ」
「そうだぜカーチャン」
「アンタはおだまり!」
またゴチンと殴られる少年。
どこの世界も母は強し。
母親は少年を殴った時の顔を180度変えて、クロアたちに優しく微笑んだ。
「もしよければ、お詫びに昼食を食べていきませんか? うちがすぐそこなので」
「昼食……」
もわもわんとクロアの心の中に、白米が浮かび上がってくる。
ほかほかごはん。やわらかごはん。おいしいごはん。
「いただきます!」
すかさずクロアは母親のうしろにピッタリと張り付いた。
「ちょっ、クロア!?」
「まぁちょうど腹減ってきたし、いいんじゃねーか」
「アタシも飛びっぱでおなかすいたよ~う」
「では私は先に行って準備します。アンタ、みなさんを案内してあげな!」
「ちぇー。はーい」
多数決により、ごちそうになることが決定した。
母親はそそくさと先に家へ向かって走り出したので、少年が先頭になって家へと向かう。
「あそこの木柱あるだろ? あそこからあっちの木柱までがオレんちの田んぼ」
「広いなー」
少年が言う土地はかなり広く、街を囲むように水田が広がっている。
「この街じゃ主食は米?」
「ん~まぁそうだけど、米は鉱夫にしか人気ないだろ? みんなイモの方が好きだから、オレんちずっと貧乏だよ。いっぱいあんの、米だけ」
「うっそ、米って人気ないの!?」
「オレらも米は好きじゃねーな」
「なーんかドロドロだよね」
「魔国では米は貧乏食よ。イモで腹が満たない時に食べる、副主食みたいなものね」
「そ、そんな……」




