033 :// 宇宙と古代人と異世界人
ふと目が覚めた。
木の蓋のような手作り感溢れる窓からは、ぼんやりとした月明かりが差している。
まだ夜中だ。
明日も忙しいので、早く寝なければと目を閉じる。
「ぐぉおお……ピィ……ぐぉおおお……ピィ……プゥ……」
子供たちはよく眠っているようだが、うるさいのか可愛いのかわからないオルウェンのイビキが気になって、なんとなく目が冴えてしまった。
水でも飲んで気持ちを切り替えようと、クロアは起き上がった。
(ベルガがいない……)
まともな家具もほぼないような狭い家なので、隠れるところもない。
外に出てみると、寝惚け顔のニャスタもふわふわとついてきた。
家を出て見回すと、少し先の草原に転がる人影らしきものがある。
歩み寄ってみれば、やはりベルガミュアだった。
「気分転換?」
「……!」
声を掛けると尻尾を踏まれた猫の如く、びくりと大きく震えるベルガミュア。
どうやらびっくりさせてしまったらしい。
ベルガミュアはこちらを見ると、無言のままなんだクロアかという顔をして元の体勢に戻った。
「私も目、冴えちゃった。隣いーい?」
「にゃーす?」
「その辺りならいいですよ」
「つめたーい」
「にゃすー」
ベルガミュアがその辺り、というのは1メートルは離れた場所だ。
会話はしてくれるものの相変わらず人付き合いが嫌いなようなので、こういうクロアの文句はいつもシカトだ。
言われた通り少し距離をとって、クロアも草むらに転がった。
ベルガミュアについているニャスタ3匹は草むらに転がっているが、クロアのニャスタは何故かクロアの腹の上に乗る。
(何故なのか)
なんとなく納得いかないまま、空を仰いだ。
冥い夜闇を照らす、満天の星空。
ここのところはずっと多忙で、全然見ていなかった。
「この世界って月が3つもあって不思議だったけど、意外と慣れるもんだなー」
この世界に来た当初は、この月が嫌いだった。
妙に青い大きな月が2つの小さな月を従えている姿は、故郷に存在しないもの。
まるで地獄に堕とされた証拠のようで、夜を照らす唯一の明かりであっても目にするのも嫌だった。
だが最近にもなると、素直に綺麗だと思えるようになった。
落ち着いて眺めてみれば、故郷より星も多いようでキラキラと夜空が瞬く美しい世界だ。
こう思えるようになったのも、ライフラインが整い始めて、クロア自身がこの世界に馴染み始めたということなのだろう。
「ああ、あの一番大きな月。超大型魔導AIですよ」
しみじみしていたところに、爆弾発言が投下された。
クロアはじっくり5秒固まった。
「アレ、月じゃないの!?」
「本物の月なんて、遥か古代に失くなりましたよ」
「ゲッホ、ブぁ!」
流れるような衝撃の告白に、クロアは咳き込んだ。
「じゃあ、アレもニャスタのような超高性能なヤツなの!?」
「ええ。自然観測と災害対応がメイン機能で、気象予測や調整などをしてました。
星害に唯一対応可能な存在なので、いつか頼る日が来るかもしれません」
「セイガイ?」
「隕石による地表破壊です。そちらにはありませんでしたか?」
「あったと思うけど……そこまでかなー?」
故郷で隕石による災害と言えば、恐竜の絶滅くらいだろうか。
近代で隕石が大問題になったことはなかったと思う。
「この惑星は星害によって7割の大地を失いました。あれから時間が経って、もっと失われているでしょうね」
「7割も」
月といい星害といい、似ているように見えて自分の故郷とは環境がかなり違うようだ。
「それであんなデッカいAIが空に……。私の故郷にも人工衛星はあったけど、規模が違うや」
「星害対策もありますが、私の時代……マナの使いすぎで大地は枯渇し、生命が生きられない環境になりつつありました。環境の保持と修復のための必要不可欠な存在です」
「うわー環境破壊? どこの世界も深刻なんだね」
「そのための地下移住計画のテストが、あの地下都市です」
「なるほど、言われてみればちょっとしたディストピアって感じするかも。
なんかなー。魔法のようなものばっかなのに、夢がないというかなー」
異世界に来てまで環境破壊なんてワードを耳にするとは。
そしてあの青い月が不思議なパワーを持っていたり、神的なものが住んでいたりすることもない。
相変わらず夢のないファンタジーで、クロアはがっくりと溜息を吐いた。
「魔法のようですか?」
「ああ、ごめん伝わりづらかったね。私の故郷では魔法は奇跡の別名なのだよ」
ここでは奇跡が日常にある。
それだけが唯一、この世界が異世界っぽいところだ。
そんなことを考えていると、ふと疑問が浮かぶ。
「月がない……まさか実は太陽もなかったりしないよね?」
「太陽はありますよ。あの穴がなければ人は生きていけませんから」
「……穴?」
穴とは何のことか、さっぱり分からない。
聞き返すとベルガミュアも不思議そうにしている。
「太陽って、穴ですよね?」
「穴? いや私の知ってる太陽は恒星だけど」
「恒星? 太陽が?」
噛み合わない会話。
互いに恐ろしい真実に気付いた。
「そっちの世界では恒星が光るんですか? あんな風に?」
「うちの世界では、半永久的に燃え続けてますね」
「酸素がない宇宙で燃え続ける……?」
「……よく知らないけど“核融合”じゃなかったかな」
変換されない言葉。
「ここって“核融合”もないのか……。似たような見た目なのに、結構違うとこあるんだなー…」
核融合がなければ科学が発達しなさそうだ、と考えたが思い直した。
そもそも科学を超える魔法があるのだから、構造や仕組みの理解のための科学はあっても、発展のための科学発達はそこまで必要ないかもしれない。
「太陽が穴っていうのは?」
「私たちの惑星、テスカティアを含む2つの惑星がある小宇宙に開いた、巨大な穴です。
そこから外宇宙の光状星の光がこちらに入ってきています」
「ぐえー。違いすぎて想像つかないわー……」
足からジェットが出るロボット漫画の作者が描きそうな、SFの世界だ。
確かにルーツが違うのだから同じ人間に見えて人体構造が違うかも、なんて考えたことがあったが、世界の構造まで違うとは。
同じように見える人間という生き物がいてくれたことが僥倖と言える。
「じゃあさー、“ブラックホール”……あ。ないんだコレも……」
「今度はなんですか?」
「私の世界の宇宙には、“ブラックホール”っていうのがあってさー。あらゆる物質、光すら飲み込まれたら出てこれないの」
「……なんて恐ろしい世界から来たんですか……」
ベルガミュアが引いている。
ブラックホールが存在しない世界からしたら、地獄が実在したかのような恐ろしいことなのかもしれない。
「海、“火山”、氷河、砂漠」
「2つめは知らないです」
「ひょえー、結構あるもんだね! まだ知らない違いが、山ほどありそう……」
ただでさえ労働で疲れるのに、認識の違いも発生するなら余計に疲れる。
今後出来るだけ食い違いが発生しませんように、とクロアは星に祈った。
「……疲れましたね」
「……うん、疲れた」
クロアとベルガミュアの溜息が重なった。
2人ともかなり無理していたので、疲労が蓄積している。
「せめて私が超頭いい天才科学者とかだったらなー。楽だったのになー」
「ええ、本当に。私も私でなくて、師匠だったらよかったのに……」
似たようなことを考えていたと若干の面白さを感じたあと、悲しくなってきた。
無い物ねだりで共感しても、誰も幸せになれない。
「ははは、どっちも主人公になれないねーこりゃ。
庶民は庶民らしく、地道に頑張ろー」
ニャスタやベルガミュア、ラーシスたちに半獣族。
みんなの手を借りないと何も出来ない残念勇者だが、こうなった以上仕方ない。
自分に出来ることを全力で頑張るしかない、と自分で自分を励ました。
「………アニュラス、という楽器を知っていますか?」
宙を見上げるベルガミュアが、急に話題を変えた。
「知らない。どんなの?」
「異常に硬い木の幹が素材で、半円状に曲がった形をしています。
そこにその木の根を張って作られた弦楽器です」
「ふーん」
小さなハープのようなものをイメージした。
おそらく故郷にはない楽器だと思う。
「そのアニュラス? がどうしたの」
「………アニュラスって不思議な楽器なんです。
放っておくと、どんどん音がズレてしまう。3日も経てば、美しい音色が不快音になるほどです」
「変な楽器」
「でもアニュラスのケアには、手間が掛からないんです。
弦の部分を土に触れるようにしておけば、勝手に調律されて美しい音色のままなんですよ」
「土が調律? またびっくりシステムだ」
やはり故郷には存在しない不思議アイテムだった。
どういう仕組みだ、と考えながら話の続きを待つが、ベルガミュアは黙り込んでしまった。
一体何の話だったのだろうか。
「………それで?」
「………いえ」
ベルガミュアはクロアに背を向けるように転がった。
「クロアを見てると、アニュラスみたいだなと思うんです。
いるだけで勝手に周りが調律されて、整っていくというか……いい形になるというか……」
「そんなワケないじゃん! 私はただの一般庶民で、そんな立派な人間でもないよ」
「………羨ましいです。少しだけ。私は色々、下手、なので」
呟くような、小さな声。
色々下手というのは、きっと人間関係のことだろう。
他人のことには我関せずに見えて、気にしていたのかと思うと可愛らしさを感じた。
クロアは体を横に起こして、横寝になってベルガミュアの方を向いた。
腹からポロポロとニャスタが落ちたが、草むらで転がってまだ寝ている。
「ダイジョーブ。ベルガは頑張ってるさ」
「別に私は……」
「ちょっとずつでも進めてれば、人間それでいいんだよ。聖人君子じゃないんだからさー、誰しも得手不得手はあるんだし。得意なとこで頑張ってくれてるの、知ってるよ」
「…………別に……得意なことも……」
なんだか今日のベルガミュアはネガティブ気分なのか、もやもやした様子だ。
意外と気にしいだな、と思ってクロアは返答を考えた。
「そーだ、私の弱点を教えてあげよう」
「弱点?」
「オバサン、というか中年の女性が苦手。お婆ちゃんは平気だけど、中年くらいの人はなーんか、苦手なんだよねー。
会社の先輩とか、近所のオバサンとか。避けて通っちゃう癖ある」
無表情の中に少しだけ驚きが滲む顔で、ベルガミュアが振り向いた。
「……意外ですね。誰でも友達になれるタイプかと思ってました」
「んなわけないっての」
笑って、草むらにまた転がった。
「ほどほどに頑張ろー。走ると疲れちゃうしさ。細く長くっていいコトー」
「……本当に雑ですね」
「それくらいがいいんだよー」
いつもの無表情と呆れた声だが、どこかベルガミュアが笑っている気がした。
思えば出会った時にも真面目だと思った覚えがあるので、これで少しでも気を緩めてくれればいい。
「……村の名前は、決めたんですか?」
「んー」
バーチィールたちが加わって、村づくりはさらに加速した。
布の家が慣れているだろうに、暫くここに住むからとバーチィールたちの家も建設が始まった。
家が並ぶといよいよ村らしさが出てきて、村の名前を何にするかという問題が生まれた。
「そーだなー。ルミナスの産地だからルミナスでいいんじゃない?」
「雑過ぎません? ここを貴方の理想郷にするんでしょう」
「理想郷かー」
ユートピア、桃源郷、アルカディア。
故郷の言葉を思い出して、ピンと直感する。
「じゃあ、ルミナディア。どう? 私の故郷の理想郷って言葉と混ぜてみた」
「本当に理想郷にするんですね」
「そりゃもう」
「まぁ、いいんじゃないですか」
「ヨシ、決定! これからこの地の名はルミナディアとする!
我々で発展させて、今のこの世界の誰も見たことないような、自由で快適な理想郷にしてやろー!」
イエーイ、とクロアは両手を伸ばした。
「だからこれからもよろしくね、ベルガ先生」
「……………………もう寝ます」
「あ、今ちょっと照れた?」
その後いくら話しかけてもベルガミュアは返事をしなかった。
そして気付いたら朝日が昇り、ベルガミュアもいなかった。
草むらで目が覚めてひとり寂しくヨダレを拭いていると、頭の上にゴジゾの実が置いてあることに気が付いた。
「…………なんか昔話の、動物の恩返しみたい」
大きく伸びをして、クロアは朝日を見ながらベルガミュアが置いていったのであろうゴジゾの実を齧った。
これにて前提的な部分だった、はじまり編が完結です。長いことありがとうございました。
次から南魔国編、やっと本題的なストーリーに入っていきます!




