032 :// ウサギの大絶叫
「ヨシ。これで準備オッケー! 行くぞーバーチェーク」
「おうよ。留守は任せたぜ」
「ああ、こっちは人数もいるし安心しな」
新たなアイテムが首から提がっていることを確認して、クロアはバーチェークと共に居住地を出発した。
アトラク事件から数週間。
引っ越ししかけていたバーチィールたちには、クロアたちの拠点に越してきてもらった。
木が生えていないので半獣族の家を作れないだろうし、通いでいいと言ったが、驚いたことに彼らは巨木を数本まるごと引っこ抜いてきて、クロアたちの家の隣に突き立てると布の家を作ったのだった。
筋肉の恐ろしさを身に染みて思い知った。
その後別の半獣族もやってきて、人数がまた増えた。
非干渉地帯に人工的な建築物があることで、野次馬感覚でやってきた彼ら。
住人と呼べるかはまだ微妙なところだが、建築を手伝ってくれたり、狩猟による戦利品を分けてくれるのでありがたい。
戦える人員が増えて安心しつつ、クロアたちの倍以上食べる半獣族が増えたことで食料調達が今の大きな課題だ。
そしてここ最近で変わったこと。
ベルガミュアが一つ魔導具を作ってくれた。
それがクロアが首から提げている、『魔粒子阻害ネックレス』だ。
今までクロアが天然の魔獣除けになっていたので、これを解消するためのアイテムである。
クロアが魔術を勉強し、攻撃用の魔術式を組んでいる間、ベルガミュアはせっせとミスリルとルミナス加工の魔導具を作っていた。
マニピュレーターと連動するように作るのがだいぶ複雑で苦戦したものの、やっと出来上がったとのこと。
ベルガミュアのブレスレットがマニピュレーターと合わせて3つになり、魔導具づくりの最低限の道具がそろった。
そこでテストも兼ねて作ってくれたのだった。
と、ベルガミュアに作成理由を述べられたが、たぶんあの顔は、肉が食べたい欲望の方が理由として強いと思う。
マナは目に見えない魔粒子なるものを放出しており、これを遮断すれば魔獣にも感知されない可能性があるとベルガミュアは言う。
もともとイニティムスのマナプールに施されている魔術式の一部を抽出して加工したので、意外と簡単なものらしい。
本当に効果があるのかわからないので、まだ加工もさほど力を入れてないらしく、今のところ魔術式が刻まれた鉛筆のような棒を紐で吊るしているだけのものだ。
ということで、効果の確認とクロアの魔術戦練習のため、バーチェークと狩りに出たのだった。
「ところでさー、小家族ってなんなの?」
森の中を2人で歩きながら、ふと思い出して質問してみる。
最近バーチィールたちから小家族というワードを度々聞く。
なんとなく仲間というニュアンスらしいと受け取っているが、改めて何なのかは聞いたことがなかった。
「人族にはそーゆーのねーんだっけか。小家族ってのは、『魂の結び』だ」
「魂の結び」
「なんて言やいいんだろうな。共に生きる、ひとつの仲間? みたいなもんだ」
想像していたより概念的なワードが出てきて困惑していると、バーチェークも説明に困ったようで腕を組んで唸る。
「そうだなー。オレらはこう言って誓いあうんだ。
『お前の涙は私の血であり、お前の血は私の涙である』。
それが小家族だ。誓いさえ立てりゃあ、血が繋がってなくてもいいんだぜ」
「ふーむ。精神的な強く繋がり合う間柄、ってとこか」
故郷で言う『義兄弟の契り』や『杯を交わした仲』をさらに強くしたもの、という認識だろうか。
小首をかしげていると、バーチェークは歯を見せて笑う。
「オレら半獣族は安全な土地を持たねーから、よく死ぬだろ。
血縁を失うと残った者たちで集まって、一番強いヤツを小家族の長にして強い群れを作る。
んで出来たのが小家族らしいぜ」
「あー、わかったかも。群れって言うのがわかりやすいや」
故郷の世界でも聞いたことがない文化だが、背景を聞いて納得した。
魔獣はびこる恐ろしい土地、そうやって群れを作った方が生き延びやすいに決まっている。
「バーチェークたちの長はバーチェーク? それともバーチィール?」
「バーチィールだ。オレの方が兄だが、獣化術が使えねーからな。
それにちゃらんぽらんなオレより、チィールの方がそういう役どころだしよ」
「そう?」
「そうさ」
笑うバーチェーク。
バーチェークは進んで狩りに出る、男気ある奴だ。
付き合いはまだ短いが、妹を気遣うだけの思いやりもあるし、充分頼りになるので長に向いていると思うが。
長になるための骨肉の争いを想像したが、バーチェークの屈託のない笑みは、本当にバーチィールの方が向いていると思っていそうだ。
「オレの名前はキィ・チルア・バーチェークだろ。
キィが一族名、チルアが小家族名だ。このチルアがバーチィールの小家族って意味になるんだぜ」
「そういう名前のつくりだったんだ」
「にゃすにゃす」
話に割って、スッとクロアの前に出された魔導ディスプレイ。
「ん、なに? もう魔獣出……いっぱいいる!? なんで暢気に『ねえねえ』のテンションで言った!?」
クロアたちを中心としたマップには、3か所の魔獣表示があった。
4体の群れ、少し大きな個体1体、小さな1体。
「おお、すげーな。人族ってこんなに魔獣を寄せ付けるのか? 腕が鳴るな!」
「ホントに効果あったね……」
バーチェークが得物の大斧を楽しげに手にする横で、クロアは恐怖にブルブルと震えた。
確かに魔獣が寄ってくるかテストのためにやってきたが、突然こんなにたくさん出るとは。
まだ魔獣体験が2度しかない身なのに。
「心配すんな、アトラクか余程の奴じゃなきゃオレひとりでも充分だぜ」
「ここってその『余程』が頻繁にあるとこじゃーん……」
「いいから行くぜ、いや。もう来るな」
「ァァァーこわいよー」
真っ白になるクロアをおいて、バーチェークが構える。
ディスプレイのカウントダウンが間もなく終わる。
3、2、1。
「ギィエァアア!」
草陰から飛び出す影。
カエルのような、つやのある緑の肌。
クロアよりも小柄で二足歩行ではあるが、カンガルーのように丸めた背で、亜人というよりは獣感が強い。
「ゴブリンか」
「びゃああああ!!」
ヤギのように横に伸びる瞳孔に捉えられ、クロアは絶叫した。
「来るぞクロア」
「ギィ!」
「アアアアアア……【火球】ッ!!」
クロアの手が青い光を放ち、魔術陣を描く。
ドッ———!!
「ギェ!?」
クロアに飛びかかろうとしたゴブリンは火球に飲まれ、丸ごと燃える。
のたうち回るうちに、やがて力を失い、そして倒れた。
「おお~やっぱゴブリンなんか、全然問題ねーじゃねーか」
「これがゴブリンか……心臓に悪すぎる。たぶん私の何かのゲージが減ったと思う、絶対」
緊張で息切れする。
バーチェークはゴブリンの焼死体を熱い熱いと言いながらも楽しそうに古布に包む。
そしてそれを肩にかけるように丸ごと背負った。
「そのゴブリン……食うの?」
肉は食べたいが、亜人系は抵抗ある。
この見たこともない生き物が亜人と言えるのかも謎だが、故郷イメージ的に。
質問の答えを聞きたいような、聞きたくないような。
複雑な気持ちで質問すると、バーチェークがブッと噴き出す。
「まさか! こいつらマズ過ぎるから、本当に困ってなきゃ食わねーよ!
欲しいのは骨だ。ゴブリンの骨は加工しやすいんだぜ?」
「よかったー」
「さっさと次行こう。ニャスタ、どっちだ?」
「にゃす~」
ニャスタが再び魔導ディスプレイで地図を表示する。
いつの間にかすっかりニャスタのナビに馴染んでいるバーチェークが、魔獣を示すマークを見て考える。
「こっちの群れはウロウロしやがんな。あっちの大きめの方を先にやろうぜ」
「任せるよ」
既に謎の強い疲労を感じて、クロアは力なく肩を落とした。
バーチェークにとってはこの魔獣の狩猟は日常なのだろうが、クロアにはまだ非日常感が強烈過ぎた。
本当にいつか慣れるのか、未来の自分を信じられない。
「ウギィヤアアアア!!」
不意に、甲高い悲鳴が響く。
「なんだ? 誰か襲われてるか?」
「ちょうど向かってる方っぽい?」
「急ぐか」
「イヤ゛ェ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「……これ、人の悲鳴で合ってるよね?」
「……たぶんな」
悲鳴がえぐすぎる。
音割れしたような声と言えばいいのか。
昔ながらの昭和の黒電話を擬人化して絶叫させたら、こんな声になりそうだ。
あまりの悲鳴にクロアもバーチェークも引いているが、人命救助のため森を駆ける。
「そろそろ魔獣だよ! バ」
ドビュン!!
「!?」
速度の都合で先を行くバーチェークに声を張ると、とんでもない速さの何かとすれ違った。
「なに今の」
人だった気はするけれど、見えなかった。
つい足を止めたが、とうにその人影らしきものは見失っていた。
息切れがしんどいが、ここで止まっていても仕方ないのでバーチェークを追う。
「おうクロア。遅かったな」
追いつけばバーチェークはゴブリンとは違う亜人系の魔獣の死体の前で、不思議そうにその死体を眺めていた。
バーチェークよりも大きく、茶色くくすんだ肌の魔獣の死体。
泡を吹いており、ひしゃげた顎を見るにそこを強打されたことが死因のようだ。
「それはなに? 巨人?」
「オークだ。オレが来た時には死んでた」
「コレがオーク……」
オークと言えば豚の亜人だと記憶しているが、服なんて着てもいないし、どちらかと言えば四足歩行していたであろう体のつくり。
前足には蹄があり、ゴブリンよりも獣っぽさが強い。
見た目が亜人でも怖いが、獣でもたいぶ怖い。
「誰か他にいた?」
「見てねーぞ」
「じゃあさっきすれ違ったヤツがやったってこと?」
「なにかすれ違ったか? オレ見てないぜ」
状況がわからん、と困惑するバーチェーク。
「襲われてる人も見てないの?」
「そーいやぁ、それもいねーな」
きょろきょろと2人で周囲を見回すが、これと言って生物の気配もない。
ニャスタのマップに映るのも残りの4体の魔獣のみ。
「グィヤ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
また黒電話をハンマーでたたき割ったような悲鳴だ。
「あっちか!」
バーチェークが走り出す。
クロアもそれを追いかけた。
とんでもない速度を出すバーチェークを追うのは至難の業で息が苦しいが、あのとんでもない悲鳴だ。
きっとゴブリンを前にした自分より、恐ろしい目に遭っているのだろう。
自分もまだ恐怖と緊張で心臓が爆発しそうだが、襲われる人を見捨てるほど残念な人間でもない。
バーチェークがいるから大丈夫、と自分に言い聞かせて森を走った。
「———っせい!!」
呼吸が苦しい。
そろそろ限界、というところでやっと追いついた。
見ればバーチェークが大斧を全力で振りかぶり、空を飛んでいた何かが真っ二つに切り裂かれた。
「うわ……なにソレ、キモ……」
見覚えのあるシルエットで、黄色と青の縞模様が気持ち悪い。
バーチェークが切り捨てたであろう、蜂型の魔獣らしき破片が周囲に散らばっている。
「アンタ、大丈夫か?」
斧についた緑の体液を振り払い、バーチェークが横を向く。
そこには女性の半獣族が、震えて腰を抜かしていた。
(うさ耳だと……ッ!?)
ピンとしながらも元気なさげにしおれた長いふわふわの耳に、モデルのような小さな鼻。
首にはベルのような形のチョーカーをしている。
新たな半獣族の出現に、クロアの胸がトゥンクと高鳴った。
バーチェークがその女性に歩み寄った、その時。
「イヤ゛ェ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「グボァ!!」
脳みそが爆散するかと思った。
あまりの絶叫に完全停止したクロアとバーチェーク。
状況を理解する前に、その悲鳴と共に腹に入った一撃でクロアの喉奥から野太い声が出た。
「ダズゲデェ……!!」
女性が大粒の涙をあふれさせて、クロアに飛びかかるように抱き着いてきていた。
クロアの方が体が小さいので、それは抱き着くというか、締め上げるの方が正しいのかもしれない。
女性の頭がクロアの腹を刺し、さらに細腕が見た目からは想像つかないパワーでぎゅうと締め上げる。
「お、おい……もうキラービー殺したから……。安全だから……。それ以上やったら、クロアが死んじまう……」
腹を突かれて白目、なんならヨダレも出たクロアを見て焦るバーチェークが声をかけると、ハッと気づいて女性が力を緩めた。
「ああっごめんなさい! この子まさか……人族!?」
「人族だがオレの連れだ。安心してくれ」
「ナン……デ…………」
「にゃすううう」
締め上げから解放され、クロアはダラリと地面に落ちた。
涙するニャスタ3匹が死体のように倒れこむクロアに群がる。
息が止まって死ぬかと思った。
しかもたぶん、かなり不条理な暴力を受けた気がする。
「本当に怖くて……私……!!」
「とにかく落ち着けって。な?」
まだ青ざめた顔の女性はわなわなと震えているが、クロアを見ると大ダメージを食らわせたことにやっと気付いたようで、慌てだした。
「やだ、ごめんなさい! 大丈夫だったかしら……?」
「ダイジョーブじゃ……ないけど……イーヨ……。無事で……ヨカッタネー……」
不条理と痛みで涙目になったが、倒れた体を揺さぶられてクロアはなんとか復帰した。
「取り乱して本当にごめんなさい。アタシはシュ・シルフェアナ。アナタたちは?」
「オレはバーチェーク、こっちはクロア。小家族じゃねーが、共に暮らす仲だ」
「まあ、小家族でもないのに?」
シルフェアナと名乗った女性は、クロアとバーチェークの顔を交互に見て不思議そうな顔をしたが、すぐに大きな安堵の溜息を吐いた。
「とにかくこれで安心だわ……。2人がいてくれればもう大丈夫ね」
「いや、安心にはまだ早いよ。キラービーがまだ1匹残ってる」
「キラービー? そんなの5匹くらいいても全然平気よ」
「え?」
奇妙な沈黙。
嫌な予感。
(まさかまだ別に魔獣が……!?)
ニャスタのディスプレイを見ようとした。
「私が怖いのは……アア゛ア゛ア゛!! ア゛イ゛ツ゛よ゛お゛お゛!!」
脳みそ爆散悲鳴が響き渡る。
今回は耳を塞げたので、ダイレクトに食らわずに済んだ。
シルフェアナの視線の先を見ると、離れた木々の間に人が立っている。
その人間が弓矢を構えているのをクロアの目が捉えるのと、バーチェークが斧を構えたのは同時だった。
「魔族!?」
「イヤ゛ェ゛ア゛ア゛!! 痴漢よ゛お゛お゛お゛お゛!!」
バーチェークの声、シルフェアナの悲鳴と共に、クロアの真横を風が鋭く切り裂いた。
「!?!?」
突っ込みどころがわからない。
とりあえず、と背後を見れば、クロアの10メートルほど後ろでキラービーが体液を噴き出して落ちた。
「……失礼だろが」
また新たに表れた魔族が、弓矢を下ろしてこちらへ歩いてくる。
それは無精髭を携えた初老の男で、頭部よりも大きな角が生えている。
角の先にはアクセサリーのような飾りが二つぶら下がっていて、小汚いオッサンでありながら若干の洒落っ気を感じる。
「痴漢よ痴漢、アイツ! アタシのこと襲おうとしたのよ!!」
「違わい! ただの魔族のオッサンが、半獣族襲えるわけねーだろ!」
「嘘つかないで! アナタ早くアイツを退治して!!」
「やめんかい! オレぁ、そっちにオークいるよって言っただけだもん」
「そのあとアタシのお尻揉んだでしょう!?」
シ———ン
「…………いい尻だったから、気付いたら手が勝手に」
ニャスタのスキャンにかからない魔獣がいるのかとか。
魔族が弓矢で襲ってきたのかとか。
何のために恐怖と戦いながらここまで来たのかとか。
いろいろ心配したのに、バカバカしくなった。
しょうもない種明かしを前に、ついにクロアは爆発した。
「ただのセクハラジジイじゃねーかああああ!!」
「グフォア!!」
この日、ニャスタ砲という新たな技が生まれた。
ニャスタは実体があるが質量がほぼないので、ちょっと強めのデコピンくらいの威力である。
「私はさっきも言ったけれど、シュの一族のシルフェアナよ。
小家族を失って困っていたの。ここが村なら、お世話になってもいいかしら?
一族でも一番刺繍が上手だったから、ただのお荷物にはならないわ」
「オレぁ、バリラン。東魔国を追放されたんだ。政治犯ってヤツだよ。
腐りきった魔王を引きずり下ろしたくて色々やってたら、ついにポイって棄てられちまってな。
村ぁ? こんなとこでご苦労なこって……寝床に困らないのは助かるぜ。
オレぁお前さんのような乳も尻もぺったんこの、ちんちくりん娘には興味ないから安心しな」
また住民が2人増えた。
なおその日中にニャスタ砲は、バリランを的にしてニャスタバズーカまで進化を遂げた。




