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031 :// アトラク -3-

 とにかく家にたどり着いて、落ち着きたい。

 重い体に心で鞭を打ち、やっと家へ入れた。

 シグが肩を貸してくれるのが、大変ありがたかった。


 床に倒れるように座り、息を整える。


「クロア、具合悪い?」

「にゃす?」

「ちょっとだけね……。あー、あのさー。暑くて体拭きたいから、ちょっとあっち向いててくれる?」


 シグが大人しく壁の方を向いてくれたので、その隙に服をまくり上げた。

 あの青年の声が聞こえた時から、違和感がある気がしていた。


「………………」


 腹の上、鳩尾あたりを中心に皮膚がまだらに紫色をしていた。

 頭が真っ白になる。

 打ち身や内出血の色ではない、人間として有りえない鮮やかな蛍光色。


(毒? これはダメなヤツだ……!)


 冷や汗が背中を伝う。


「クロア……」


 気付けばシグがクロアの腹を見つめていた。


「あー……ちょっと、ね? 食らっちゃったっぽいねー……?」


 心配させないようにわざわざ嘘をついて壁を向いて貰ったのに、あっさりバレてしまった。

 誤魔化そうと服で腹を隠そうとするが、シグがクロアの手を掴んで止めた。


「なに、これ? 毒?」

「そうかも……」


 まるで自分がケガしたかのような、悲痛なシグの顔。

 ニャスタまで泣きそうだ。

 見ていられず、クロアは目を反らした。


「悪いんだけどシグ。バーチィールに、ポーション持ってるか聞いて来てくれる?

 私その間に血を抜いたりしてみるからさ?」


 この世界では下級ポーションくらいなら平民でも金さえあれば入手出来ると聞いた。

 もしかすると、バーチィールたちが持っているかもしれない。

 現在この世界の通貨は持っていないが、後払いなり何なりで話をつけるしかない。


「渡すのは難しいって言われたら、私が話をするから連れてきて欲しい。頼める?」


 シグは何かに耐えるように、ぷるぷると拳を振るわせた。


 出来れば早く行って欲しい。

 バーチィールも血塗れだったので、もし持っていたとしても使い切ってしまうかもしれない。

 それに血抜きなんてグロテスクな行為、子供に見せたくない。


「シグ?」


 促すように呼ぶと、シグはぶんぶんと頭を振った。


「……これからすること、絶対に、誰にも言わないで」


 シグがクロアの紫の皮膚に触れようと手を伸ばす。


「何すん」


 シグの手を止めようとすると、その手が一瞬、閃光した。


「!?」


 シグの手からふんわりと照らすような灯りが出て、クロアの腹を包む。

 ひんやりと冷たいが、嫌な感じはしない。


(赤いマナ光……これって……)


 腹の紫色が薄く引いていくのを見ながら、クロアはかつての会話を思い出していた。




『この世界の魔法ってさ、ヒールとか治癒魔法みたいなのはないの?』

『そんなのあるワケねーだろ』

『ふふ、クロア、絵本の読み過ぎだよ』

『ちがうし! 私の世界で魔法っていうと、そういうのがあるイメージなの!』

『普通はポーションで治すんだぞ。無くなった腕とかはエリクサーじゃないと治せねーけど』




 1分と経たず、紫色は消え去った。

 ぺちぺちと紫だった部分を叩くが、なんともない。

 頭の痛みもすっと引いてきた。


「シグ……これって……」


 光が消えたシグは、クロアのまくり上げていた服を引っ張り、腹部を隠した。


「……キレイな布の、お礼」


 照れるような、緊張したような顔でそっぽを向くシグ。


 綺麗な布と言えば、かつてシグの足枷の内側に巻いたスカーフのことだろう。

 すっかり忘れていた。

 クロアは苦笑してシグの頭を撫でた。


「誰にも言わないよ。ありがとう、助かった」



          ■□



 すっかり元通りのクロアは、バーチィールたちの住処へやって来た。

 蜘蛛との戦いから30分ほど経っている。


「オレがいな———勝手——————ろ!」

「仕方な———ろ! あの———誰か———でた」


 言い争う声が聞こえて進むと、バーチェークがバーチャームの胸元を掴んでいた。

 バーチェークはクロアの存在に気付くとその手をパッと離し、バーチィールも振り返った。


「クロア……!?」


 酷く驚いた顔のバーチャーム。


「無事だったんだな……!」

「まーね」


 中にあったものが荷車に積まれ、どこか慌ただしそうだ。

 その理由はとうに察しているが、あえてクロアは何も言わない。


「話があるんだけど。バーチィールいるよね?」

「あ、ああ。中に」

「じゃあ入らせてもらうよ」


 クロアはバーチェークが了承する前に、家の玄関に当たる布をめくって中に入った。


「クロア……!?」


 囲炉裏の近くでバーチィールが横になっていた。

 血塗れだった服は、今は別のものに着替えたようだ。


「話があるんだけど」

「……ああ、わかった。子供たち、外へ出な」


 厳しいバーチィールの声に、子供たちは何かを察して黙って出て行った。

 大人たちも緊張した面持ちでクロアたちを囲んだ。


「それで話って?」

「単刀直入に聞くよ、バーチィール。あの蜘蛛、わざと私たちのところに連れてきたんだよね?」


 クロアの言葉に、後ろの誰かが息を呑んだのが分かった。


「ま……まさか、そんなわけないだろ。どうしてそう思うんだい?」

「前に、私のこと魔獣にも勝てないって言ってたね。つまり戦闘力として頼るために、こっちに逃げてきたってのは有り得ないよね」

「……必死に逃げてたら、そっちに着いてただけさ」

「本当に?」


 クロアとバーチィールが睨み合う。


「魔獣はマナを持つものを優先的に襲う」

「!」

「ユガから教わってね。マナの少ない半獣族より、人族の方が優先的に襲われる。知ってたんだよね?」


 呪石の新事実発覚から、ベルガミュアと調べて回った。

 結果、半獣族はバーチィールのみならず、マナをほとんど持たないことが分かっている。

 だから蜘蛛はバーチィールに目もくれず、クロアばかりを執拗に狙ったのだ。


「それにその傷。肩しかケガしてない割には、随分血塗れだったね?

 自分の出血以外の血を、あえて塗りたくってきたみたいだったよ」


 バーチィールが、唇を噛んだ。


「魔獣も獣である以上、血の臭いに惹かれる。

 大量の血の臭いで蜘蛛を誘導して、マナを持つ人族、私たちのもとへ追いやる。

 私たちを捕食した蜘蛛が腹一杯になってくれれば、その間に自分たちは遠くへ逃げられる……外の荷物も、そのための準備なんじゃないの?」


 耳が痛くなる沈黙。

 嫌な空気は苦手だが、クロアも引くつもりはなかった。

 真っ直ぐバーチィールを見つめ、回答を待つ。


「…………すまない、クロア!!」


 真後ろでダン、と音がして地面が揺れた。


「僕がそうしろって言ったんだ……。チェーク兄もいなかったし、あのままじゃ一族全滅だったんだ……!」


 バーチャームが片膝をつき、頭を垂れている。


「いや、弟も妹も悪くない! 大事な時にいなかったオレの責任だ! 罰なら全てオレが引き受けるから、どうにでもしてくれ!」

「兄貴っ……そんな!」

「チェークだけで罰を受ける必要はない! オレも罰してくれ!」

「どうかこの人たちにご容赦を……この通りです……!」


 バーチェークに続いて、バーチャーム、そしてその嫁や甥まで片膝をつき、頭を垂れ始める。

 もちろんバーチィールも同様の体勢だ。

 これは半獣族、もしくはこの世界流の土下座のようだ。


「……………」


 クロアは半獣族の皆を見回す。

 誰も彼もが悲痛と苦悩を感じられる表情だ。


(物的証拠がないのに認めるなんて、バカというか、素直というか……)


 こんなに簡単に白状するとは思わなかった。

 実は思わぬ展開に、内心面食らっていた。


 これだけの半獣族相手に責を問うたところで、開き直って暴力を振るわれたらどう考えてもクロアは太刀打ちできないのだが、アトラクに勝ったことで評価が変わったか。

 あるいは。


(うーん。やっぱりいいヤツらでしかないんだよなー)


 考えるクロア。

 たぶん開き直ることなんて、彼らは全く考えていない。


 今回やったことは悪いことではあるが、やはり今までの印象通り、バーチィールたちは悪い連中ではない。

 本当に悪意があるなら、蜘蛛に向かって話しかけたクロアを助けたりしなかっただろう。


(ま、反省分は利用させて貰うけど)


 クロアはふんぞり返った。


「じゃあ今回の落とし前として、私たちと一緒に街づくりして貰うよ」

「街……づくり……?」


 顔を上げたバーチィールが、意味がわからないと目をぐるぐるさせている。


「そう、街づくり。

 私たち、あの家の付近を街にするつもりなんだ。安全で快適な街にね。

 だからそれを手伝ってもらうよ。5年は一緒に手伝ってもらおうかなー」

「5年? そんなに短くて……いいのかい? 君たちを命の危険に晒したのに……」

「結果的に全員無事だったからね。そんなに恨んでないよ。家族を優先して救いたい気持ちはわかるしねー。

 ああ、すぐには無理だけどちゃんと給料も出すように整えてくし、奴隷のように扱うつもりもないから」


 ちなみにクロアは5年でバーチィールたちを手放すつもりはない。

 5年もあれば、魔術を使用した便利な都市になっている予定だ。

 便利な世界を一度経験したなら、簡単には自分たちから出て行こうとしないだろう。


「ありがとう……クロア……。本当に感謝する!」

「我らキィ一族のチルアの小家族、クロアと共に村をおこし、クロアの為に働くことを誓う!」

「僕たちの力になれることは全てする!」

「じゃあこれからもよろしくねー」






 こうしてクロアは、特級クラスの労働力をゲットした。

 そしてついでに。


「僕はアストルと言います。王国出身です。

 ここは村……なんですか? 僕も行くところがないので、助かります」


 居ていいとも駄目とも言わないうちに、しれっと住民が1人増えた。


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