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030 :// アトラク -2-

 力強いニャスタの声。

 ニャスタだけでも、一緒に戦ってくれることで勇気づけられる。

 クロアはバーチィールの後ろの蜘蛛を見つめ、大きく口を開く。


「あのぉ! ちょっと冷静に話し合いませんか!」

「バカたれ!!」

「わあ!!」


 バーチィールに、小脇に抱えるようにして放り投げられた。

 クロアの立っていた地面に蜘蛛の鎌が刺さっている。


「やっぱダメか」

「当たり前だよ!! 魔獣に言葉が通じるわけないだろ!!」


 バーチィールが唾が飛ぶほどキレているが、考えなしではない。

 どこかで読んだ、熊と出会ったら挨拶をすることで敵意がないことを示すべきという説が、魔獣にも有効な可能性とか。

 実は上級種的なものがいて、言語を理解するタイプの魔獣もいるかもしれないとか。

 色々考えての一手だったが、実に残念な結果だ。


 蜘蛛が続けざまにクロアを狙って跳ぼうとする。

 動きを察知してクロアも避けようと足に力を貯めた。


 ボォオオオン!!


 重く鋭い風の音、バーチィールの獣化術だ。

 この隙に、蜘蛛と距離をとる。


「!?」


 バーチィールの空気砲は、確実に蜘蛛の横腹に当たったように見えた。

 だが蜘蛛の見た目には何の変化もない。


「ノーダメ!?」

「アイツはアトラク。その外殻の硬さは魔獣の中でもトップクラスさ。アタシら一族の天敵だよ……!」


 苦虫をかみ潰したような顔のバーチィール。

 天敵ということは、もしかするとこの蜘蛛が彼女の兄の敵なのかもしれない。


(物理攻撃無効ってことか……。魔法か魔術なら効果ありそうだけど……)


 問題は、巨体に似合わず素早いということだ。

 クロアの魔術式はまだ初級レベルで、軌道も速度も洗練されたものではない。

 正面から真っ直ぐ撃ったところで、避けられるのが関の山だ。


「バーチィール! ちょっとでいいから、ヤツの気を引けない!?」

「それは……!」


 蜘蛛への注意を怠らないまま、バーチィールはクロアを一度見て目を反らした。


「できない……」


 口ごもるバーチィール。

 天敵への怖れ、というシンプルなものでなく、何か複雑な考えがある雰囲気。

 何かを誤魔化すような、妙な態度である。


「キィイイイイイ!!」


 前足をわきわきと曲げ伸ばし、蜘蛛が叫声を上げる。

 真っ直ぐクロアへ迫る蜘蛛。


(【火球(ファイアーボール)】!!)


 咄嗟にクロアは構える。

 クロアの手に魔術陣が光り、丸い火の球が生まれ、蜘蛛へ直進する。


(2発、3発、4発……!)


 蜘蛛は左右に跳ねて避ける。

 分かっていたことなので、連発で火球を放つが、いずれも左右に避けられてしまう。

 回避しながら蜘蛛はクロアとの距離を詰めてくる。


「ちッ———【火球(ファイアーボール)】!」


 速い。

 蜘蛛がクロアの横に向かって跳ねた、と思った瞬間。


「!?」


 今まで見せなかった、突然の長い跳躍。

 急に詰まる距離。

 こんなに跳べるとは。

 近過ぎる。


「にゃすっ!!」


 ニャスタの焦った声。

 火球(ファイアーボール)が出る前に、蜘蛛の足がクロアの体を突き倒した。

 細い足からは予想もつかなかった重い衝撃が腹を突く。


「ぐぅっ———う!!」


 火球は空に向かって飛んでいってしまった。 


 背中が地面に打ち付けられて、息が止まる。

 だが悠長に苦しむ間もなく、細い足が鳩尾を刺すように乗りかかる。

 蜘蛛のその見た目に似合わない、まるで大型トラックかのような重みがのしかかり、馬乗りされた状態になってしまう。


 3匹のニャスタが一生懸命体当たりするが、蜘蛛は気に留めてもいない。


 前足の鎌が振り上げられ、光る。

 血の気が引く。


 思考など、最早無かった。

 迫る蜘蛛の口。

 ポケットに入れていたルミナスナイフを投げつけた。


「キィ゛イ゛イ゛イ゛!!」


 口らしき穴へ、ルミナスナイフが奇跡的に入った。

 途端、悶える蜘蛛。

 鎌は降りてこなかった。


「~~~っ!!」


 蜘蛛の気が散っているうちに、脱出しなければ。

 懸命に身をよじり蜘蛛の足をガンガンと殴るが、クロアの腹を押さえつける足がびくともしない。


 蜘蛛が口からルミナスナイフを吐き出す。

 このままではまた。

 焦りで背中に悪寒が走る。


 蜘蛛と目が合った、と思ったその時。


「食らいなさいッ、スーパースイングゥ!!」


 上擦った聞き覚えのある声と共に、蜘蛛の体勢が変わった。

 クロアの体を押さえつけていた足が、僅かに浮く。

 思い切り身を捻り、なんとか拘束から脱出した。


 ゴロゴロ転がって蜘蛛から距離をとって立ち上がると、オルウェンが太い木の棒で蜘蛛を殴る。

 蜘蛛にダメージは通っていないようだが、その複数の目がオルウェンを捉えている。


「今よッ、クロア!!」


 蜘蛛の大きな隙。

 チャンスだ。


「【火球(ファイアーボール)】!!」


 青い閃光が走る。

 燃え上がる赤い火の球が、蜘蛛にぶち当たる。


「キ゛ィ゛イ゛イ゛イ゛!!」


 一瞬で、蜘蛛の体が炎上した。

 蜘蛛は悶え、その場で滅茶苦茶に動き回る。


 自分でやっておいてだが、燃えすぎている気がする。

 もしかするとあの艶のある体、油のような性質があったのかもしれない。

 押さえつけられた状態で魔術式を撃っていたら、自分も焼死体になっていたかもと考えて身震いした。


(やっぱり早く色んな魔術式作らないと。あと安全性も考慮しないとな)


 クロアのまだ数少ない魔術式に、相性がかなり良いものがあったのは運が良かった。

 火の塊と化した蜘蛛はやがて動かなくなり、黒焦げとなって鎮火した。


「死んだ……わよね……!?」


 オルウェンがそっと近付き、木の棒で蜘蛛をつつく。

 巨体がぐら、と揺れるが動きだす素振りはない。


 「「はあ……」」


 2人で大きく息を吐いた。

 辛勝だが、勝利には違いない。

 安堵した途端、急に疲労が雪崩れ込み、目眩がした。


「大丈夫クロア? ケガしたの?」

「ケガしてないと思う。ちょっと疲れただけ」


 冷めやらぬ緊張のせいか、ふらふらする頭を押さえた。


「それより、よく戻ってきたね? ビビリなのに」

「うるさいわね! いっつも可哀想な目に遭うけど……強かな淑女になりたいのよ!」

「淑女はスイングなんてしないよ」

「いいのよォ! アタシが新しい淑女観を作ってみせるわ!」


 どうでもいい雑談に、力なく笑った。

 やっと平和な日常が戻ってきた感じがする。


「キィィィイ!!」


 嫌な叫声がして、咄嗟に振り返る。

 後ろには黒焦げで微動だにしない蜘蛛の体。


「違う、あっちよォ!」


 オルウェンの指差す先を見た。

 黒い艶やかな蜘蛛がこちらに駆けてくる。

 先程の蜘蛛より少々小さいように見える。

 だが負けず劣らず速い。


(番い……!?)


 仲間がいる可能性を考慮しなかった自分に心で舌打ちした。

 魔術を撃とうと、構えた時だった。


「————ヒィヤッハアアア!!」


 聞き覚えのない声。


「!?」


 こちらに駆けてくる蜘蛛が、突然弾けたように横へ吹き飛ぶ。

 吹き飛んだ先を目で追うと、蜘蛛は木に打ち付けられて幹がみしりと音をたてて折れ掛かる。

 その蜘蛛の前には人影があった。


「シャアアア! こんなもんで終わりかクソザコがぁ!」


 男だ。

 手にした剣を蜘蛛の口に突き立てている。


「『氷結せよ【氷放(アイス・ブレス)】』!」


 剣を差し込まれた蜘蛛の口から、青いマナ光が溢れる。

 それと同時に、蜘蛛の腹が弾け飛んだ。


 蜘蛛の腹があったところには、緑の体液を纏った棘のようなものが無数に生えている。


「氷……?」


 四方八方、あらゆる方向へ氷の棘が伸びている。

 あの男の剣が、蜘蛛の内側から氷魔法を炸裂させたようだ。


(2体目を殺ってくれて助かったけど……)


 クロアの背中に冷や汗が垂れる。


(アイツ、ヒャッハァ言ったよね?)


 ヤバイ。

 ヒャッハァを素で言ってしまうのは、間違いなく絶対ヤバイ人種だ。


 199X年、世界は氷に包まれた。時はまさに世紀末———。

 クロアの脳内にナレーションとBGMが入る。


 男が蜘蛛から剣を抜くと氷魔法が解除され、礫となって消えていく。

 剣を一振りし、鞘に収めると男はクロアたちへと歩み寄ってきた。

 思わず身構える。


「ご無事ですか? こんなところに……ご令嬢? ……あ、いえ、失礼。お怪我はありませんか?」

「へ?」


 ヒャッハァはどこへ。

 と辺りを探してしまうほど、穏やかな青年の声。

 何か幻覚でも見ていたのかと、クロアは自分の記憶を疑った。


 男はクロアより少し若いくらいの歳の頃合いだ。

 左目にモノクルをつけており、知的そうな顔立ちをしている。


「怪我はないけど……え?」


 クロアは戸惑いを隠せない。

 てっきり食料や水、その他金目なものをよこせなんて言われると思っていた。

 ヒャッハアの属性は、そういうアレだと。

 だが、丁寧で親切な青年にしか見えないその姿。


(二重人格?)


 キャラが違いすぎないか。

 緩急がきつすぎて気持ち悪い。


「そちらはご友人か、ご家族ですか? アナタも無事のようで、よかったです」

「ええ……助けてくれて? ありがとう?」


 オルウェンもおそらく同じ気持ちのようで、困った顔で青年とクロアを交互に見た。


「どうしました? どこか具合でも?」

「いや……さっきまでキミ、完全に“世紀末”だったじゃん……」


 世紀末というワードが日本語で発音され、青年は不思議そうにきょとんとしている。


「クロア! オルウェン!!」


 ラーシスの声だ。

 振り返ると、シグとリーシアもいる。

 今にも泣き出しそうな少年少女たちが、クロアに駆け寄ってきた。


「大丈夫!?」

「蜘蛛、倒しちゃったの? クロアが?」

「うわ、あっちにも死体あるぞ!」

「にゃすにゃすー!」


 口々に騒ぐ。

 今まで黙ってクロアの周りを飛んでいたニャスタ3匹も、子供たちに負けないと言わんばかりの勢いで飛んできて、抱きしめるようにぺったりとくっつく。


 子供たちが心配してくれたことは嬉しいが、ユガのところに逃げるようにとの言いつけを破ったことは、あとで説教しなければ。


(あれ? そーいえば……)


 蜘蛛に集中して全然気づいていなかったが、バーチィールがいなくなっている。

 いつからいなかったのかも分からない。


(バーチィール……)


 戦闘中に姿を消したバーチィールのこと、変な世紀末男の出現と、気になることが多いが、なんだか体が重くてフラフラする。

 目眩がして、クロアは頭を押さえた。


「すごい疲れてたんだった……。私はちょっと家で休むよ。話はあとで……。

 ニャスタ、あとで2体目に気付かなかった件の反省会しよう……」

「にゃす?」

「クロア? フラフラ、してる。つかまって」


 家へと歩き出したクロアの肩を、シグが支えてくれた。


(頭も痛い……もしかしてベルガの言ってた認識記述症候群ってヤツなのかな……)


 歩きながら考える。

 どの程度で認識記述症候群になるのか分からないが、ただの疲れではない気がした。

 しかし体を見回しても出血はなく、思い当たるものは魔術連発しかない。


「君、触らない方がいいですよ。アトラクの足は毒を出すので」

「早く言えよ! てゆーか誰だオマエ!」


 後ろで声が聞こえた。


(え……待て待て。それってフラグじゃ……)

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