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029 :// アトラク -1-

「もうもうっ! オルウェンのバカ!」

「違うわよォ、誤解なの!」

「朝から騒いで元気だねー。どーしたの」


 外で洗顔して家へと戻ってきたクロア。

 朝食前だというのになにやら騒がしく、今にもオルウェンに噛みつきそうなリーシアがいた。


「聞いてよクロア! オルウェンったらアレインの実をひとりで食べちゃったのよ!」

「だから食べてないのよォ! いっつもアタシったら冤罪ばかり……世界で一番可哀そう……」

「ふーん」


 クロアが部屋の奥を見ると、激怒したリーシアから隠れるラーシスとシグの姿があった。

 ベルガミュアはいつも通り我関せずと、ゴジゾの実をかじっている。


「リーシア」

「なに!?」

「あの2人の口元についてるの、なーんだ?」

「「!!」」


 こそこそと気配を消して隠れる少年を指差すと、2人で慌てて口元を隠した。

 単純キッズである。


「なにもついてないよー。おバカさんたち」

「なっ、騙したな!?」

「うそつき、クロア!」

「正直に言わない2人が悪い。さ、どーぞリーシアさん」


 ゴゴゴゴと謎の黒いオーラが見えそうなリーシア。

 つまみ食いの罪で2人はリーシアに長い説教刑を食らった。






「オルウェンって、濡れ衣着せられがちなの?」


 食後、ふと先程のオルウェンの話を思い出し、聞いてみた。


「そうよォ。たぶんアタシが儚くて、かよわいから……」

「それ、正しくはビビリって言うんだよー」

「まァ失礼ね!」


 オルウェンは怒って見せるが、何か思い出したように虚空を見て溜息を吐いた。


「……アタシ、追放されたのも冤罪だったの」


 追放は、人族の最高刑罰と聞いていたのだが、そんな刑で冤罪とは。

 ドン引きするクロアに、オルウェンが空を眺めて語り始めた。


「アタシ、3年前に恋をして……自分の心が女だってことに気付いたの。

 惚れたのは職場でよく会うお客さんで、すらりとした体はオトナっぽいのに、えくぼが子供みたいに可愛い笑顔の男性。本当に素敵で……本当に愛してたの」


 遠い目のオルウェンは、どこか芝居がかったような雰囲気だ。


「この恋は報われないと思ってた……でも奇跡が起きたの。彼も同じ気持ちだったのよ。

 アタシ幸せで……彼が駆け落ちを提案してくれた時、心臓が止まると思ったわ」

「駆け落ち? まさか相手って既婚し」

「ち が う わ よ!

 彼は貴族の御曹司だったの。アタシは平民だから、結婚どころか一緒に住むことも不可能なのよ。

 だからアタシたち、何もかも捨てて2人でゼロから始めようって誓い合った……」


 そういえばここは貴族がいる世界だった。

 確かにクロアの故郷でも、身分違いの恋は代表的な悲恋のネタで、あらゆる時代、あらゆる場所で涙を誘った。

 人はどの世界でも変わらないものだな、なんて思う。


「でも駆け落ちの待ち合わせの日、彼は来なかった。来られなかったの。

 父親にバレちゃったみたいでね、あっという間にアタシはあらぬ罪をでっち上げられて、5人を謀殺した大詐欺師として追放されたのよ。最後に彼に一目会うことすら許されなかったわ」

「うわー……なんてゆーかそれは……酷いね」


 最高刑で冤罪は、さすがに酷すぎる。

 大切な御曹司を平民の、それも男に奪われるなんて、父親が怒るのも分かるような気もするがそこまですることではないだろう。

 辺境の街に追いやるくらいで許せばいいものを。

 不憫さに同情したが、オルウェンは優しく微笑んだ。


「もう二度と彼に会えないから、ずっと絶望のドン底って感じだったけど。最近それでもいいかしらって思えるようになったわ」

「吹っ切れた?」

「あの恋は忘れられないわ。

 だけど子供たちは可愛いし、魔獣さえいなければ平和な毎日で、身分の違いもない……自由ってステキ。

 この自由を知ることが出来たから、結果的によかったのかもって思うの」


 曇りのない笑顔で、きっと本心からそう思っているのだろう。

 疲れたサラリーマンみたいな顔をしてるのに、意外とロマンチストだ。


「ここでしぶとく生き残って、アタシもっとキレイになるわ」

「綺麗になれるかは、ちょっと厳しいんじゃ……」

「見た目の話じゃないの! 今の方がアタシ、キラキラしてて自分が好きなの。っていう話よ。だからクロア、よろしくね」

「ん?」

「ここを自由で住みやすい、いい街にしてね?」


 いつの間にか、随分信頼されたものだ。

 嬉しいような恥ずかしいような。


「もちろ」


 ん、と言おうとすると。

 ニャスタが突如、真っ赤に光った。


 ビービービー!


 けたたましいこの音は、警告音だ。


「ニャスタ、魔獣!?」

「にゃす!」

「なんですって!?」


 肯定するニャスタ。

 空中に矢印と数字が出現する。


 森の方から鳥のざわめきが聞こえた。


「———まさか真っ直ぐこっちに来てる?」


 ニャスタの表示する、魔獣との距離と接触までの時間。

 ぐんぐん減っていく数値は、明らかにこちらへ真っ直ぐ向かってきているとしか思えない。


 揺れる木々と、飛び立つ鳥たち。

 咄嗟に周囲を確認する。


「みんないる!? 魔獣が来るよ!!」

「ベルガミュアがいないよ!」

「地下か……」


 ニャスタの魔導ディスプレイによるカウントダウンが一桁になる。


 ドォオオン!!


 派手な音を立て、木が倒れた。


「バーチィール!?」


 倒れた木の隙間から、槍斧を手にしたバーチィールが血相変えて走ってくる。

 ところどころケガをしていて、右半身は血塗れだ。


 そのバーチィールの後を、大きな黒い影が追ってきた。


「ヒッ」

「ひぇ」


 オルウェンとクロアが同時に声にならない悲鳴をあげた。


 巨大な蜘蛛だ。

 高さはクロアの背ほどもあり、本体は小さいが長い足によって人を凌駕する巨躯に見える。


 ぬめぬめとして艶のある黒い体に、紫の縞模様が毒々しい。

 細長い手足は前足が鎌のように鋭く尖り、光を反射する。


 バーチィールは暴走車のように物凄い速度で駆けてくるが、蜘蛛も無音で忍者のように追いかけている。


 あんなに力があって獣化術をもつバーチィールが、怪我をして逃げている。

 その事実から、クロアは瞬時に危険性を判断した。


「子供たちはユガのところへ逃げて! オルウェン……」


 オルウェンは腰を抜かして、どさりと地面に座り込んだ。


「オルウェン! 子供たちを先導して!」

「無理よ……あんなの、すぐ追いつかれちゃう……イヤ……」


 蜘蛛を見つめたまま、小刻みに震えるオルウェン。

 一刻を争う状況だ。


 パァン!!


 クロアは迷いなくオルウェンの頬に平手打ちをかました。


「しっかりしろ! 早く立て!!」


 怒声にオルウェンが目を瞬かせる。

 まだ恐怖が顔に刻まれているが、こくこくと頷いて、滑りながら立ち上がった。


 これで子供たちの生存確率が上がった。

 あとはベルガミュアだ。


 ベルガミュアは早々に出発して、地下都市遺跡に行ったらしい。

 そこなら確実に安全だが、万一戻ってきたらまずい。


 例えクロアたち全員が逃げ延びたとしても、蜘蛛がここに居座ってしまったら、ベルガミュアが危ない。

 魔術の話をした日を思い出す。




『ベルガミュアって、色々魔術式いじくってるけど何つくってるの?』

『魔導具製作の事前準備、補助魔術式の構築です。

 私は戦闘用の魔術が作れないので、そっち系はクロアに任せます』

『作れない? 作りたくない、じゃなくて?』

『私の国では治安維持のため、色々制限されてたんです。

 手の甲にチップが入っているんですが、これが身分証や通貨データ、その他もろもろの個人管理デバイスです』

『わあ、未来的』

『このチップは裁判と警察機能を持つ超大型魔導AIに監視されています。

 だから特権持ち以外の人間は攻撃性の高い魔術は申請しなければ記述できないし、原魔法は完全に抑制されています』

『すごいけど……今はもう監視されてないんじゃ?』

『試してみましたが、原魔法の抑制機能はチップ内蔵なのか継続しているようです。

 だから私が戦うには、新たに攻撃用魔導具を作るしかありませんね。それもいつになるかわかりませんが』




 ベルガミュアは、戦えない。

 地上に出てきたら、あの蜘蛛の餌食だ。


(やるしかない……!)


 こうなったら、覚えたての魔術で蜘蛛を追い返すか倒すしかない。

 巨大すぎる蜘蛛。

 怖い。

 小さな蜘蛛ですら怖いのに。


(いやいやこんな時のために準備してきたんだから……!)


 両頬を、思い切り叩いて恐怖を振り払った。


「行くぞ! ニャスタ、戦うよ!」

「にゃす!」

評価入れてくださった方々、ありがとうございます!大変励みになっております!

苦節のはじまり編、残すところあと4話。

地味なあたりですが、お付き合い頂けますと幸いです。

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