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002 :// 初めて人を殴った日 -2-

(いやいやいやいや、おかしいって。

 こんな運動不足の25歳の女を召喚して、何のメリットが……)


 目の前にいるのは、まさに王様という言葉を人間にしたような風貌。

 そして神官に、騎士だろうか。


 ファンタジーでよくある光景が、現実味をもって目の前に広がっていることに今度こそ本物のめまいがした。


 異世界転生や勇者召喚に、かつて憧れた時代が無かったとは言わない。

 だが、本当にこんなことが起こるなんて、さすがに思っていなかった。

 いくら強く夢見たとしても、そんな日は一生来ないことはとうに理解している。

 さすがに夢見るお年頃は過ぎたのだ。


 とても信じられないのに、冷たい床や朝食前の空腹感が、如実にこれが現実だと訴えかけてくる。


「余はウィンテヌス。この大いなるフェルスタ王国の王である。どれどれ……」

「お、王様!?」

「よい。本物の異世界人というものを、近くで見てみたい」


 慌てる周りの人間を抑え、王が階段を降りて杏奈へと歩み寄ってくる。

 まだどういう状況なのか、何をされるのかもわからないので、警戒して杏奈も立ち上がった。

 左肩から落ちかけていた鞄をしっかりたぐり寄せ、なけなしの防御にする。


「では勇者の証を見せてみよ」


 話がわからずきょとんとしていると、王が、あろうことか杏奈の前髪を右手でかき上げた。


「!!」


 なんとなく毛が逆立つような気分だ。

 勝手に触るな。

 思うものの、驚きすぎて固まってしまう。

 王はそのまま額をまじまじと見つめた。


「これが宝玉か……」


 気安く髪に触られたことを突っ込むべきか、宝玉とは何か突っ込むべきか、王の手がなんか臭いことを突っ込むべきか、何故日本語なのかを突っ込むべきか。

 色々考えすぎて、逆に何も言えずされるがままである。

 じっとりと額を見つめていた王が、んん、とふと声を上げて眉をしかめた。


「ニルリック! 宝玉とは美しい青色なのではなかったか?」

「はい、王様。遙か遠き海のような群青であると伝えられております」

「ならば、これはなんだ!?」


 王は杏奈の前髪を持ち上げたまま、壇上を怒鳴りつけた。

 慌てた様子の老人が階段をかけ下り、杏奈ににじり寄った。

 まだ対応に迷う杏奈の額を、親の敵が如く睨みつける。 


「黒!? 黒い宝玉ですと……!?」


 シワシワの顔面にさらにシワを増やし、老人は首をひねった。

 黒、黒、と考えるように何度も呟く。


「よりによって黒とは不吉な……。呪いの色ですな……」

「勇者召喚は失敗したということか!?」

「ま、まだ色々調べてみなければ、なんとも言えませんな。光の加減ということもあるやもしれません」


 何故か不穏になってきた空気。

 杏奈もそろそろ嫌になってきて、王の手をパッと叩いてのけた。


(なんかディスられてる気がする)


 勝手に触られるし、本人そっちのけでなんとなく嫌な雰囲気にされて、もやっとする。


(落ち着け……まずは状況を把握しないと)


 さりげなく自分の額に触れてみると、額の中央に何か石のような感触がある。

 当然、そこに巨大なホクロなんて存在したこともないので、これがその宝玉なる何かのようだ。


「あの、話が全く分からないんですけど。分かるように説明してくれません?」


 こんな場所で、嫌な気分でも咄嗟に出るのが敬語なのは、日本人の性か、社会人の習性である。


「……ふん、良かろう。宝玉のことは後としよう」


 王は不満そうに顎の白ヒゲを撫でつける。


「我がフェルスタ王国は、人族の敵たる汚らわしき魔国を倒せる存在を求め、勇者を召喚したのだ。それがそなただ」


 やはり定説通り、魔王を倒す勇者になれということらしい。

 頭が痛くなってきた。


(ないわ……)


 はっきり言って、お断りだ。

 全盛期の10代ならまだしも、インドア派で常時運動不足の人間に、この世界の人間が敵わないような魔王と戦えと。

 無理難題にもほどがある。


 例えチートを授かって戦えるような存在になったとしても、だ。

 痛いのは嫌だし、グロいのも嫌だ。

 バトルとは本やアニメの中だからいいものであって、現実的に自分がしたいようなものではない。


「えーと……」


 どう言ったものか。

 言いよどむ杏奈には気付かず、王は話を続ける。


「魔族どもの住む魔国には東西南北に4人の魔王がおり、長きにわたり人族を脅かしておる。

 そなたには、東の魔王から倒して貰う予定である。安心せよ、出発時には国をあげて七晩に渡る夜会ののちに、パレードをして見送る予定だ」

「夜会にパレード……?」


 安心する要素がどこにもない。

 杏奈の頭上に疑問符が浮かぶ。


「我が国の勇者として、最大の栄誉であろう?」


 王は一片の疑問もなく言った。


(…………いやいや、どーでもいい! もっと重要な部分があるだろ!)


 これからの生活をどうするのかや、まず修行も必要ないのか。

 栄誉、最もどうでもいい項目だ。


「えーと…………あの、修行とか……」

「異世界の叡智は想像もつかぬものと聞く。当然そなたも強いのだろう?」

「…………これからの生活をどうするかとか……」

「ギルドに登録して魔獣を討伐すればよかろう?」

「家は……」

「魔王討伐の旅になるが故、街の宿屋がしばらくそなたの家となるだろう」

「…………魔王討伐の報酬は……」

「我が王家が、そなたの戦功を必ず語り継ごうぞ。吟遊詩人に、いや、王国で最も著名な作家に歌劇でも作らせてやろう」


 ツッコミどころが多すぎる。


「…………」


 この王は、おそらく無責任にも異世界人は全員めちゃつよの何かだと信じ切っている。

 いや、確かにこちらのイメージでも、異世界から来た勇者は何らかのチートを持っていたり、特殊な経験や知識を使ってオレTUEEEするのだけれども。


 それを一度置いておいても、だ。

 強い弱いに関係なく、この王は無報酬で魔王を討伐しろと言っている。

 しいて言えば、栄誉が報酬だと言っている。


(コイツ……ダメだ。絶対8ビットファンタジーの王だ)


 杏奈の脳内会議では、満場一致でお断りに決定した。


「いや、あの私、人を殴ったこともないので。

 そちらの軍———じゃないか。騎士とか、冒険者とか? 専門職の方が向いていると思いますよ」


 舐めないで欲しい。

 平均的な日本人、そして女であれば尚更、暴力とは無縁なのだ。

 バトルなど、虫相手くらいしか経験がない。


 それだけハードルが高いことを、無報酬でやれなど実に馬鹿馬鹿しい。

 例えチートを授かったとしても、ありえない。


 すると癇に障ったのか、王が大きく鼻穴を広げた。


「何を言う! 異世界からの勇者とは、民がため、王国がために悪を討ち滅ぼすと決まっているのだぞ!」

「ちょっと失敗したんじゃないんですかね。生憎ですが、私はそんなに献身出来ません」

「なんだと!? そなた栄誉ある勇者になりたくないと言うのか!?」

「はい。なりたくないです」

「フェルスタの王である余が命じているのだぞ!?」


(だからなんだ)


 驚くほど話が通じない相手だ。

 杏奈は大きく溜息を吐いた。


「なんで見ず知らずの人のために、私が身を危険に晒さなければならないんですか? しかも無報酬で」

「なっ、なんだと!?」

「ここは私の生まれ育った国でも無ければ、家族も友達もいないし、守りたいものなんて一つもありません。

 今この世界で、私にとって一番大事なのは私ですし」


 王はわなわなと全身を震わせ始めた。

 怒っているであろうことは分かっているが、頭が残念なようなので強めに言いたい。

 というか、正直に言うと横柄な人間に鉄槌を加えたい気分だ。


「邪悪な魔族が我らを脅かしているのだ! 助けたいと思わぬのか!?」

「別に。私の世界でも、世界のどこかで誰かしらは死んでるものなので」

「我が王国がだぞ!?」

「いや、だから知り合いもいないし」


 この王、全てにおいて気に入らない。

 他人が労働して当然と思っている節とか、自分だけ安全圏にいるとか、王至上主義とか。

 気に障らないところが逆に見つからなくて怖い。


「そもそも魔族って何をしたんです?」

「何とはなんだ?」

「直近での被害は? どこの街で何人規模で国民が殺されたとか」

「……知らん! 魔族は魔族であるだけで、醜く汚らわしいものに決まってるだろう!」

「嘘でしょ……」


 国を治める王でありながら、被害の一つも知らないのは流石に愚王では。


 この様子だと、そもそも魔族が本当に“悪”なのかも怪しい気がしてきた。

 王はその後もあれこれと言っているが、どれも根拠がなく、私的な感想。

 これはだいぶ酷い。


(ファンタジーって、良い魔族もいるタイプもあるよね……)


 自分の世界の創作話に頼るのもおかしな話だが、根拠のないこの目の前の男の話を聞くと、色々と考えてしまう。


 なお、杏奈が思考する間にも、魔族がいかに醜いかについて謎に熱く語っている。

 聞くに、おそらくゴキブリの方が現実的な被害を振りまく害悪である。


 だんだんと、苛立ちが募ってきた。

 王の命令で世界を救うなんて、画面や本の中でしかありえないと確信した。


「それで? この手を血で汚せと? 殴るのも斬るのも嫌なんですけど。私そんな野蛮じゃないし」

「そなた、それでも勇者か!?」

「勇者じゃねーって言ってんだろ。呼んだのはそっちで、私は勇者に立候補したことありません」


 話が進む感じがせず、杏奈は大きく溜息を吐いた。

 勇者として従わせたいなら、巨額の報酬の話をするとか、お願いベースで話をするとか、いくらでもやりようはあるだろうに。


「……とにかく、私は勇者に向いてません。私を元の世界に帰してください。今日大事な用事あるんで、早く。それで別の人でも召喚してくださいよ」


 王の目元がピクピクと引き攣った。


「ニルリック!! この役立たずを消して、別の勇者を召喚するのだ!!」

「王様、勇者を元に戻す方法は残されておりません。それに、お分かりでしょう……? 勇者召喚に必要なマナを集めるのに何百年かかるか……!」

「え」


 老人が鼻に汗の粒をたくさん滲ませて放った言葉に、杏奈の背筋が凍り付いた。


「戻す方法……」


 ないの。


 その言葉は掠れて上手く喉から出てこなかった。


 うっすら頭の片隅で思ってはいたが、考えないようにしていた。

 元の世界に戻れない展開もよくあることだ、と。


「……いやいやいや。嘘でしょ……!? 嘘だよね……!?」

「ほ、ほほほ本当でございます! 勇者召喚のための、古い、書物には、記載なく! 失わ、れた、古の、召喚技術、は、書物にしか!」


 思わず老人の胸元を掴んで揺さぶったが、老人は首を振るだけだ。

 考えないように、拒否していた思考がぶわっと放たれてしまう。

 突き飛ばすように老人のローブを放した。


「そんな……」


 今日の、いや、人生の一大イベントは。

 楽しみにしていた、仕事の結果、長い苦労の結晶は。


 永久に知ることが出来ないということだ。

 それだけならまだしも。


「私の有給は…………いや、私の貯金800万は……?」


 もう戻れないなら。

 何の為に仕事してきたのか。

 何の為に貯金してきたのか。


「なんで……今日……?」


 せめて明日にしてくれれば、仕事結果だけでも見ることが出来たのに。


 せめて事前通達してくれれば。

 将来のために貯めてきたお金を、散財しておけたのに。


「じゃあずっと、私この世界で生きてくの……?」


 こんなことになるくらいなら、今までの頑張りには何の意味があったのか。

 学生時代から会社員時代に学んだことは、この世界ではどうせ何の役にも立たなくて。

 節約して貯めた金も、こちらの世界では1円すら使うことは出来ない。


 800万あれば、なんでも出来たのに。

 食べたこともない美味しいごはん。旅行。遊び。


 全部、これから出来たかもしれないこと全部。


 この25年間。


 何 も か も 全 部 無 駄 に な っ た。


「……仕方あるまい。とにかく、そなたは王たる余とこの国、人族のために勇者として働けばよい」


 頭の中でブチッと音がした気がした。

 その瞬間、王の余りある肉付きの頬に、拳を叩きつけていた。


「ぶべえ!」


 王は尻餅をつく。

 まだ壇上に居た他の人間が、慌ててこちらに走り出した。


「勇者……? クッソ笑えるわ!!」


 今後は王の額を殴りつけた。


「こっちの意思を無視して働かせるのって、なんて言うか知ってる? 奴隷って言うんだよ!」


 自分の声か疑うほど、大きな声が出た。

 おそらく人生で一番大きな声を出している。


「こっちの都合も無視して勝手に連れてきやがって、拉致犯罪者! 私の人生と800万返せ!

 魔王倒したいならテメーでやれよ! いい盾が腹についてるだろ、このクソハゲデブ二重顎!!

 他人を頼るな薄っぺら王!!」


 ぜえぜえ、と息が切れる。

 たぶん人生で初めてだ。

 こんな風に、人に怒ったことは。


 騎士の青年が王と杏奈の間に立ち、腰の剣に片手を添えた。

 いつもなら、こんなこと叫ぶようなキャラではないし、剣なんて見たら怖くて引いていた。

 しかしそんなことどうでもいいと思えるほど、もう死んでもいいと思ってしまえるほど、怒りの波が収まらない。

 真っ直ぐ立ったまま、杏奈は動かなかった。


「……よい」


 低く、唸るような王の声。


「もうよい! こんな愚図、何の役にも立たんわ!! ニルリック!!」

「は、ははいぃ!」

「この者を廃棄しろ! 今すぐに!!」

「しかし王様! この者は勇者……」

「知らんわそんなもの!!」


 顔を真っ赤にしてツバを飛ばす王は、老人の制止も遮ってしまい、全く聞かない。


「早く連れて行け!!」

「承知しましたぁ!」


 老人が声をあげると、騎士らしき男たちがバタバタと現れて杏奈を取り押さえた。

 抵抗するも虚しく、押さえこまれたままどこかへと運ばれる。

 当然だ、勇者ではないのだから。


 そして投げ込まれたのはどこか別の部屋。

 周囲の様子を窺う間もなく、ついてきていたらしい老人が前に立った。

 杖を両手に持つと、上部にあしらわれている大きな緑の石が光りだす。

 直感で、魔法だと感じて杏奈は体を硬くした。


「残念じゃが、さらばじゃ勇者よ。()き死を願う」


 老人が言うと風が吹いて、押されるようにうしろへと足を取られる。


(なに———ドア———?)


 最後に視界の端に見えたのは、扉のような何かと銀色だった。

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