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028 :// 3色のマナ

「いいですか? 私が3、2、1と言ったらその後に出してくださいよ?

 それ以外のタイミングは避けてください。また、出来るだけゆっくり、粘るように出してください。分かりましたか?」

「お、おう……?」


 くるりと振り返り、バーチィールがクロアの耳に口を寄せる。


「コイツなんか今日鼻息荒いけど、どうしたんだい? 酒でも呑んでんのかい?」

「うーん、なんてゆーか。酒じゃなくて趣味に酔ってるというか?」

「趣味?」

「まぁ、ちょっとキモいけど付き合ってあげて。害はないから、たぶん」


 ベルガミュアを胡散臭そうに一瞥し、バーチィールが困惑顔でクロアに何かを訴えてくるが、諦めろと首を振った。


 あれから、ベルガミュアの様子がおかしい。

 相変わらず無表情だが瞳孔が開いたままだし、妙に喋る。


 一晩経てば戻ると思っていたが、直るどころか悪化していく気配すらあり、クロアも恐怖を覚えつつある。

 ベルガミュアの魔導具熱を舐めていた。

 マナについて調査を始め、まずは半獣族について知るためにバーチィールのところに来たわけだが、早急に終わらせなければいけない気がしていた。


 日頃他人との距離を縮めないベルガミュアが、じりじりとにじり寄ってくるので観念したバーチィールが、大きく息を吸い込む。


「3、2、1」


 ベルガミュアのカウント後、獣化術の空気銃が放たれた。

 派手な衝撃音に、クロアは反射的に体をビクリと震わせるが、ベルガミュアはピクリとも動かず凝視していた。

 その後ベルガミュアは腕のマニピュレーターに視線を落とす。

 パネルのようなものが起動し、様々なグラフらしき図が動いている。


「……これでいいのかい?」

「結構です。なるほどエーテル反応値0アストラル反応値324範囲160稼働率87%ウェーブ値6マナ属性ナチュラル+アストラル反応値が300? 魔法転換にも使っているのであればありえるかもしれないですがふむウェーブ値が5を超えているのは長い時を経ての進化とい」

「ベルガ、だいぶ気持ち悪いよ」


 肺呼吸以外の呼吸方法を持っているのかと疑うような長文を吐いたベルガミュア。

 瞬きがないのも、息継ぎがないのも怖い。

 バーチィールも宇宙人と出会ったかのような何とも言えない表情で後退し、音もなく去って行った。


 その後もベルガミュアは、ぶつぶつと謎単語を呟き続けた。






 クロアが4回目のあくびをした頃、やっとベルガミュアが自分の世界から帰ってきた。


「クロア。やはり半獣族の獣化術とは魔法です」

「ん? あ、よかったー。そろそろ強制終了して再起動しなきゃいけないかと思ってた」

「……私は人間です」


 表情筋が1ミリも動いていないので、本当かどうか疑わしい。

 と思いつつも、話の先が気になるのでクロアは口を閉じた。


「人族の魔法、原魔法は、体内のエーテルという半物質とマナを使用し発動させますが、半獣族はエーテルを持っていないようです」

「え、ないの?」

「はい。外部のアストラルを使用して魔法……獣化術を使用しているようです。マナは微弱に持っていますが、不足分は自然のマナで代用していました。まさか自然マナを直接操作出来る生命がいるとは驚きですが、1万年もあれば魔法構造が進化するには充分ですかね」

「じゃあ半獣族は緑色かー。いいなー、それもカッコイイ」

「ええ、バーチィールも微弱に発光していましたよ。なので赤いマナの所持者は、魔族か魔獣に絞られました」

「次の行き先が決まったねー」


 魔族と魔獣、両方に見識が深い者の居住地へと歩き出した。



          ■□



「———して、魔族と魔獣について聞きたいとな」

「そうそう」


 クロアはベルガミュアと2人でユガの小屋へとやってきてきた。

 ユガは暇を持て余していたようで、小屋で昼寝をしているところだった。


 手土産の果実を渡して用件を告げるが、ユガは妙に厳しい顔をして黙ってしまった。


「私、なんか変な質問とか失礼な質問した?」

「……いや、よい。話してやろう。ただし条件がある」


 ユガは手元にあった鉱物のようなものでビシリとクロアを指した。


「クロア、お主について気になることがある。こちらも調べさせてもらおう」

「非力な平和主義なんで、血生臭いヤツ以外ならいいよ。あ、いや……エロいこともちょっと厳しいかなー」

「誰がお主のようなちんちくりんの小娘にそのようなことを要求するのだ、ド阿呆」


 呆れ顔というより困惑顔のユガが顎で促すので、小屋の中の切り株にベルガと腰掛けた。


「お主たち、いやクロア。最後に魔獣に遭ったのはいつだ?」

「魔獣? あのキマイラ以来見てないかな。あとここで見た牛?」

「……やはりか」


 ユガは眉間にシワを寄せて、クロアの頭から足までじっくり眺める。

 珍獣として観察されている感じがして、クロアは身を引いた。


「異常だ」

「え?」

「この森でそんなに魔獣に遭わないのはおかしい。儂はここで3日に1回は遭うぞ」

「3日に1回? そんなに?」

「ゴブリン、オーク、アルミラージなんかはしょっちゅうだ。奴らは無限に増えるからな。

 国境付近と違って退治する者もおらんのだ、むしろこの付近は魔獣の異常繁殖地だ」


 初耳だったが、言われてみれば確かにと思う。

 特に太ももをケガした頃に魔獣に遭わなかったことは、奇妙に感じたことがある。


 止血に使った布はクロアの血が染みこんでいる上に、度々傷口が開いて出血した。

 凶暴な獣が血の臭いに誘われないかと不安に思っていたものだ。

 結局遭遇しなかったので、今まですっかり失念していた。


「ルミナス———呪石を魔獣が避けているのでは?」


 ベルガミュアの言葉に、ユガは首を振る。


「それもあるだろうが、儂はこう考えておる。クロア、お主のマナが原因なのではないか?」

「私のマナ?」

「これは先日のキマイラのベスティルだ」

「ベスティル?」


 ユガが手元にあった鉱物のようなものをクロアに放り投げる。

 槍の穂先にもなりそうな、手より大きなそれは無骨な形をしたオレンジ色の石のようだった。


「知らぬか。魔獣の核、ベスティルだ。マナを増幅する性質がある。こんな風にな」


 言うとユガの握るベスティルが、煌々と光り出す。

 内側に火でも灯したかのような光りかたは、眩しいとまでは行かないが間接照明に良さそうな美しい明かりだった。


 そのベスティルをユガが放り投げ、クロアは反射的にキャッチする。

 クロアの手元に来る頃には既に光を失い、元のただのオレンジ色の石になっていた。


「そいつにマナを流すイメージで、手にマナを集めてみろ」

「うん?」


 手に体中を巡る温かいものを集める、と。


 パリン!


「わ!?」


 ベスティルという石は、内側から弾けるようにして割れてしまった。

 それも、粉砕したかのように粉々の砂粒になって。


「やはりな」

「分かりやすい解説くれませんかー」


 ベルガミュアが砕けた砂粒をつまみ上げて観察している横で、ユガが解説を始める。


「ベスティルは魔獣が持つ核だ。

 唯一マナの増幅効果をもつ物である故に、Bランク以上の魔法使いには必需品と言えよう。

 このベスティルが、マナに耐えきれず割れるなど前代未聞だ」

「コレ、そんなに割れないの?」

「ベスティルはドロップしたままの状態でしか使えぬ、加工不可素材だ」

「つまり……」


 クロアはゴクリと唾を飲んだ。


「私は天才武器クラッシャーになれる!」

「そういう話ではない」


 ユガとベルガミュアの視線が冷たい。

 ちょっとした冗談だったのに、寂しい。


「つまり異常なほどのマナを持っているということだ。加えて不思議なのは、その性質だ」

「量が妙に多いらしいのは知ってたけど、性質もなにかある?」

「お主、人族だろう? だが魔族のマナも感じるのだ。見るがいい」


 立ち上がったユガが、腰に据えた剣を上段に構え、小屋の外に切っ先を向ける。


「これが魔族のマナ。そして魔族の魔法“血統術”だ」


 ユガの剣が突きとして放たれる時、剣の周りに急速に風が渦巻いた。

 剣の周りに赤い閃光が走った瞬間。


「【(ウェルテクス)】」


 ドォオオオン!!


 まるで剣が竜巻を放ったようだった。

 轟音と、強風を超えた圧力のようなエネルギーが、螺旋を描いて空をえぐった。


「それは……風魔法?」

「否。魔族である儂は、所謂魔法は使えぬ。魔族が使うのは血統術という名の特殊魔法だ」

「血統術というからには、遺伝性のものですか?」

「左様。一族により、受け継ぐ血統術は異なる。限られた一族しか持たぬ上に、人族のように幅広い魔法は使えぬが強力な術を使えるのだ」


 ユガが血統術を放つ時、赤い閃光が走った。

 あれはマナの反応による光に酷似している、つまり探していた赤いマナの正体が判明したと言っていいだろう。


 隣のベルガミュアの鼻息がまた荒くなってきた。

 美人なのに非常に残念な見目である。


「ベルガ先生、見解は?」

「エーテル反応値101アストラル反応値7範囲240稼働率92%ウェーブ値4マナぞ」

「あ、失言だったわ。ごめんユガ、気にしないでいいよ」

「…………」


 依然呟きつづけるベルガミュアを、珍獣でも見つけたような顔で見るユガ。

 この状態のベルガミュアは、ある意味最強なのかもしれない。


「……話を戻すとだな。お主は人族で、人族のマナを持ちながら魔族のマナをも持っている感覚があるということだ」

「うーん。日頃見えるのは青い光だから、人族のマナなんだと思うけど」

「凍てつくような力を感じたことはないのか?」

「凍てつく?」


 マナを初めて感じた日のことを思い返す。


『うーん。なんかぶわって、体中があったけー感じ?』

『私はポカポカした液体がゆっくり全身をぐるぐるしてる感じ、かなぁ?』


 ラーシスとリーシアの言う通りに感覚を辿り、マナを自覚した。

 だが、冷たい感覚は考えたこともない。


「———!」


 冷たい感覚、と考えてすぐに気が付いた。

 温かいものと共に、既に自分の中に冷たいものも同時に流れていた。


 何故今まで気付かなかったのか不思議なほど、確かにそこにある。

 指先に集めれば、赤い光の玉がぷわりと生まれた。


「それはマナ……か? やはり———」


 ユガが納得するような訝しい顔をする傍らで、ニャスタがクロアの指先のマナの塊にかじりつく。

 ニャスタは魔族のマナもイケるらしく、ハムスターのように頬を膨らませて食している。


「人族と魔族の力を持つなど、ありえぬ……。クロア、お主は何者なのだ?」

「うーん……」


 端的に言えば、異世界人。

 だが異世界人だからと言って、見た目が人族に偏ったまま異種族2つの力を持つものだろうか。

 アニメや漫画にあるような、特典だとかチート能力といえば簡単だが。


「そうなった原因に心当たりは?」

「……この額のヤツのせいかも」


 クロアは前髪を払い、額を出す。

 洗顔時以外に忘れがちな、宝玉と呼ばれた謎物質がずっとそこにある。


 気になるので爪先でよくほじくったが、周りの皮膚が赤くなるばかりで全く取れる気配もない。

 そして皆に聞いてみたものの、これの存在について知っている者もいない。


「なんだそれは?」

「それって、クロアの故郷のアクセサリーではなかったのですね」


 現実に帰還したベルガミュアまで、不思議そうにクロアの額を眺めている。


「気付いたらあって、私も謎なんだよね。2人とも知らないなら、正体はもう迷宮入りかも」


 王国まで行けば勇者召喚にまつわるものとして情報があるかもしれないが、今のところ王国まで行ける見込みがゼロ。

 ここからでは馬車に乗っても何ヶ月かかるか分からないほど、遙か遠い場所だろうと半獣族にも言われている。


「そうか。とにかく儂が感じる以上の異質な存在であることは確定した。魔獣たちが避けるのも無理はない」

「つまり私って、天然魔獣避けってこと? 便利ー」

「そのせいでお主ら、肉が食えぬのではないか?」


 ガーーーーーン


 大きなドラの音がクロアの脳内で響いた。


「んな……肉不足はまさか、私が原因だった……!?」


 思わぬ事実に衝撃を隠せず、クロアは口をあんぐりと開けた。

 安全は大事だが、肉も大事。

 結構、絶望した。


「興奮した魔獣は構わず、否、むしろ寄ってくることだろう。気をつけるがよい」

「はーい……」


 これはこれで問題なので、あとで解決策を講じようと思った。


「これでワシの疑問は解決した。他に知りたいことがあるならば、聞くがよい」

「いや-、血統術見せてくれたお陰で、ベルガさんも満足みたいだから大丈夫かな」


 他に何かあるかとベルガミュアを見るが、首を振るので問題なさそうだ。

 するとユガが咳払いし、キョロキョロと周囲を見回す。


「どうしたの?」

「別に……ゲホン。本来秘すべき血統術も見せたことである故……その……」


 何故か目をそらすユガ。


「先日中断してしまったのでな、またその白いケモノに触れてもよいか?」

「あー」


 すっかり忘れていたが、バーチィールたちがやってきた時に、そんなことがあった。

 この厳つい翁は、ニャスタとの触れ合いをご所望だった。


「どーぞ。てゆーか、別に許可とらずとも勝手に触っていいよ」

「なんと」

「本人が嫌がらなきゃね」

「にゃす?」


 ユガは意を決したように、ゆっくりとニャスタに手を伸ばす。


(どんだけ緊張してんの)


 生唾を飲み、何故か汗まで額に滴らせている。

 もしかして、見た目と合わないことをしている自覚があるのだろうか。


「よお! 遊びに来たぞジジイ!!」

「!!」


 突然の大きな声に、慌てたようにユガが伸ばしていた手を引っ込めた。

 見ればラーシスとリーシアがユガの小屋へと歩み寄ってくる。


「クロアとベルガだけズルイぜ! オレだって剣教わりたいのに」

「お兄ちゃん、ユガお爺ちゃんはダメって言うのに」

「……然様。剣は教えぬ」


(あ。これ、ニャスタタッチを邪魔されて怒ってる?)


 ユガが、いつもよりツンと冷たい雰囲気だ。

 気にせず触ればいいものを、謎のプライドがあるようだ。

 ラーシスが食い下がるが、ユガは断るのみ。

 話は長引きそうだ。


「……んじゃ、私たちはお先に失礼」


 クロアとベルガミュアは、早々に退散した。







「結局、知りたいことはわかったんだよね?」

「ええ。私が眠っている間に生まれた種族、魔族が赤いマナを持ち、ルミナスに蓄積されたことで生まれたもの。それが呪石だった、ということでしょう」


 呪いの正体、見破れたり。

 触れて痛みが走るのは問題だが、これで呪いなんて不可思議現象は発生しないと安心できる。


「既存の複合ルミナスに、さらに重複追加されたマナ……テスカナの技術者たちが、喉から手が出るほど欲するでしょうね……」

「みんなが忌み嫌うものがエネルギーの塊だった、ってことか。皮肉なもんだねー」


 テスカナのことを考えているのか、ベルガミュアは遠い空を見上げている。

 しかしそのまま、徐々に笑い声が漏れ始めた。


「……これで魔導具作り放題です……ふふ」

「ひえっ」


 空を見上げて笑うベルガミュアの顔に、クロアは小さな悲鳴を押し殺した。

 おそらく笑い慣れていなくて凝り固まった表情筋による笑顔は、すごく引き攣っており不気味で怖かった。


 思わぬ恐怖体験をしたが、残す必要素材はミスリルだ。

 また少しだけ、前進である。


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