027 :// ルミナスの色
「見てな!」
バーチィールが大きく息を吸い込む。
ただでさえ巨大な乳がついた胸が、さらに膨らんだ。
それと同時に両頬も風船のように膨らむ。
その風船のような頬はバーチィールの頭部ほどもあり、普通に考えたらありえない姿だった。
ボォオオオン!!
重い空気砲、あるいは火薬爆発のない銃。
そんな音がして、見ていた子供たちとクロアはびくりと震えた。
バーチィールの先、10メートル以上先の木の幹の真ん中に、綺麗な丸い穴が開いている。
てのひらよりも大きな穴は、まさに必殺の一撃だ。
「わあー!すごーい」
「カッケェ!」
「バーチィール、強い」
「おおー。これが獣化術かー」
子供たちに混じって、クロアも感嘆の声を漏らした。
最初は怖がっていた子供も数日ですっかり半獣族に慣れたようで、リーシアに至ってはバーチィールに抱き着くまでになった。
半獣族は魔法が全く使えないらしく、その代わりに他種族にはない“獣化術”というものがあるそうだ。
一族によって身体的特徴が異なるのと同様に、獣化術も異なるらしい。
バーチィールの場合は“空気銃”という、先程のそれだ。
基本的に獣化術は身体強化のようなもので、聞けば普段は人型だが獣化術でドラゴンになって空を飛ぶ一族や、目で追えなくなるほど速く走る一族など様々いるのだとか。
獣化術は一族の中でも使える者は限られているが、そもそも基本の身体能力が人族とは桁違いなので、半獣族というだけである程度強いと言える。
現に家作りを手伝ってくれたバーチャームたちは、オルウェンとベルガミュアが2人でやっと運べる丸太を、片手で持って歩くしホイホイ投げる。
その超パワーでシグの両手足の枷を破壊して外してくれたことには、本当に感謝だ。
久々に自由な手足を得て、不器用だったシグの笑顔が増えた。
とても微笑ましい。
なお、オルウェンは感動して泣いていた。
ちなみにその恐ろしいマンパワーで、バーチャームとその親戚の2人で、あっという間に家を完成させてしまった。
力があるだけでなく、機敏な動きと器用な手先もあり、漆喰塗りも素早く美しい仕上がりだ。
そのお陰でやっと、狭いながらも文明的な家での生活が始まったのだった。
本当に感謝だ。
半獣人は1人で3人分以上の力仕事が出来ると思う。
故郷の建築業界が見たら、喉から手が出るほど欲しがる力に違いない。
「これをこうか?」
「にゃす~」
「本当に面白いね、精霊さまのご加護は」
家作りが終わったら、テーブルとイス作りまで手伝ってくれているバーチャームたち。
そこまでして貰うのは申し訳ないと一度は断ったが、楽しいからやりたいとのことだったので結局お願いしてしまった。
おそらく元々モノづくりが好きなタイプだと思うが、ニャスタのナビによって正確な寸法で作れたり、見たこともないデザインのものを作れるのが楽しくて仕方ないらしい。
「そーいやクロア。勝利の特権、決めたのかい?」
「勝利の特権?」
「やだねェ。飲み比べでアタシに勝ったじゃないか」
「あー、言ってなかったっけ」
頼む内容は入念に考えていたが、本人に伝えるのをすっかり忘れていた。
「あのさー。今度魔国に貿易に行くとき、私も連れてって欲しいっていうのはダメ?」
「魔国に? 人族なのに本気かい? 魔獣にも勝てないヒョロヒョロ娘っ子なんか、すぐ殺されちまうよ?」
正気を疑うような顔をするバーチィール。
クロアが異世界人であることは伏せているので、魔族を嫌う人族がそんなことを言えばそうなるのも当然である。
しかしこれは半獣人たちから話を色々聞いて、考えた末に決めたことだ。
「本気だよ。私、半獣族のフリ出来るからねー。ね、ニャスタ」
「にゃす~」
クロアの声でニャスタが2匹頭の上に乗り、1匹が腰にしがみつくと、青い閃光が走る。
頭のニャスタが獣の耳に、腰のニャスタが尻尾に変身した。
髪色に合わせた黒猫風半獣族、クロア爆誕である。
「どーだ!」
「なんてこったい……」
半獣人らしく、耳と尻尾のニャスタがピコピコと動く。
ニャスタの魔術映像アバターを変更しただけなので、たまに動く以外に機能はないが、半獣族に擬態するには充分だ。
「わかったよ、魔国だね。任せな」
「もうすぐ行くってなったら教えてねー」
魔国へ行けばこの森では賄えない金属や布、調味料などが手に入る。
それには当然元手が必要になるわけなので、これから色々と金稼ぎについて検討せねばならない。
魔術の勉強も継続しているので、またさらに忙しくなりそうだ。
■□
「【認識魔術】起動」
目は開けていてもいいらしいが、まだクロアはそこまで慣れていない。
ぎゅっと目を閉じて余計な情報を全て絶つと、何も見えない視界に『認識記述モード』と青く光る文字が浮かぶ。
通常の思考を手繰り寄せて、横に押し込めるような感覚を強くする。
パチリと何かがハマるような感覚。
ニャスタへの入力機能接続が上手く行ったようだ。
ここからこの何かがハマった感覚を維持し続けなければならない。
「式予測入力モードオフ、ヘッダー・アウトライン定型モードオン」
音声入力に合わせて、青く光る文字が踊る。
式を入力すると、故郷で言う予測変換のように式を簡単に入力できる機能があるが、今日はオフ。
式の構築の練習には邪魔なのだ。
ボディ入力を指定し、思考で式を描く。
『放//燃焼《火《発生[中:球:0.5Ӕ]》》=>((掌:前:任意))』
入力し終わると、ヘッダーとアウトラインが自動入力される。
用途が同じであればある程度使い回しが効くので、事前に用意してあるものだ。
「魔術式成立判定、疑似映像開始」
温かなマナを手のひらに集め、前に向ける。
手の前で青い光の式が渦を巻いて集約し、青い光の円が2つ、その式を囲う。
「【a】、実行」
魔術陣から、火の球が現れて、燃える。
「おおー!」
イメージ通りだ。
ただの練習だが、何度やっても面白い。
ここからさらに攻撃になるように飛ばす動きと威力と加えた式を描かなければいけないのだが、それを忘れて何度も疑似映像を試してみてしまう。
「ねーベルガ見た? 私すごくカッコイイ」
「疑似映像は本人にしか見えませんよ」
「あ、そっかー」
「あと式名に雑な仮称を使う癖はやめた方がいいです」
「うっ。ついやっちゃうんだよねー。直すか……」
反省して、aとつけていた式名を火球にリネームしておく。
仕事でもよく、とりあえず仮で作成したファイルはabcや123などの雑な名前をつけて保存していた。
あとで何のファイルかわからなくなることを何度も繰り返しているのだが、ついやってしまう癖を早々に見抜かれてしまった。
今日は休日。
バーチャームたちのお陰で家が建ったので、連日の過酷な肉体労働は終わりを告げた。
2部屋のリビングと寝室の家はサバイバル生活が続いたクロアたちにはとても快適で、ぐっと生活水準が上がった。
今は外にトイレを作ったり、小物を作ったりしており、それらは急ぐ必要はないので休日が作れるようになってきたのだ。
休日になればベルガミュアが例の棺桶部屋に引きこもるので、クロアもついてきて魔術の練習をしている。
教師が近くにいる方が効率がいいからだ。
もちろん、地上にニャスタを置いてきたので、魔獣への警戒も怠っていない。
ベルガミュアは今、上水と下水の設備を魔導具で作ろうと思案してくれている。
今は足りない資材でどこまで出来るか、調査中だそうだ。
クロアの学んでいる魔術程度では手伝いにすらならないレベルなので、残念だが応援しか出来ない。
「ヨシ、もういっちょ!」
「あまり初心者が連発すると、認識入力症候群になるので気をつけてください」
「なにそれ?」
「認識入力は集中力と思考力を使うので、過剰負荷になると体調不良になります。症状は頭痛と鼻血、血涙、嘔吐などです」
「こっわ。じゃあちょっと休憩しよ」
「にゃすにゃす」
棺桶に向かって魔術式をメモしているベルガミュアの横に転がった。
ニャスタも一緒になって転がる。
魔術式も初級クラスだが慣れてきて、いくつかの式をニャスタに保存している。
保存した魔術式はマナさえあればいつでも発動可能なので、確かに認識記述は便利だ。
物理記述だと記述したミスリルかルミナス、あるいは両方を持って歩かねばならない。
街や家など、固定された場所で使いたい魔術や魔導具ならこちらの方が向いているが、今クロアが準備しているような対魔獣戦を想定した魔術は前者の方が都合がいい。
マナ自体は有り余っているので、早いところもっと強力な魔術式を構築したいが、なかなかすぐには構築出来ないのが歯がゆい。
そもそもニャスタにそういった魔術式が保存されていないのが残念でならない。
かつての古代王国テスカナでは治安が統制されていたので、魔獣に使えるような戦闘魔術は製作も禁止されていたそうだ。
ベルガミュアも手の甲にチップが入っていて、それによって規制が掛けられており、危害を加えるような魔術式はマニピュレーターに保存どころかそもそも構築が出来ないようになっているとのことだ。
ふうと溜息を吐いて、クロアは手のひらを空へと伸ばした。
無駄に有り余るこの膨大なマナを、もっと上手に使う方法はないだろうか。
(そーだ)
ふと思い立って、起き上がる。
手のひらに集めていたマナを、人差し指に集約する。
そしてフッと力を籠めると、先端からにゅっとピンポン玉ほどの青い玉が出た。
「ていッ」
指を振るうと、青い玉がふわふわと空を漂った。
「ベルガ見て見てーシャボン玉」
今度はなんだと鬱陶しそうに振り返ったベルガミュアは、青い玉を見るとわずかに目を丸くした。
「……それ、まさかマナですか?」
「うん。出るかなって、やってみたら出た」
「……マナは伝導性のものなので、普通そうやって体外に出すことは出来ないんですが……」
「そーなの?」
「そうやって空気中に漂うのは自然マナくらいです」
「じゃあ私の特技欄に入れとこ」
もう一度指先に力を籠めてみると、やはりにゅっと青い玉が出てきた。
「にゃす~」
「あ」
不意にニャスタが空を飛んで、青い玉をキャッチした。
と思ったら掃除機の如く口から吸い込んでしまった。
「食べた!?」
「カーバンクルの稼働エネルギーはマナですから。むしろ主食です」
「え? じゃあいつも私のごはんつまみ食いするのは?」
「味を確認して、クロアの好みや調理方法について学習してるのでしょう」
「へー、そうだったのかー」
言われてみれば、機械のような存在である魔導AIが普通の食事をするというのもおかしい。
排便排尿も見たことがないし、そもそも消化器官もないだろう。
あまりにも自然に食事するので、考えてもみなかった。
「ところで自然マナって?」
「マナは人が持つマナと、自然に発生するマナの2種類があります。
いつも魔術式が青く光るでしょう? あれは人のマナの光です。自然マナをリソースに使えば黄色に光ります。ニャスタも黄色く光ってるでしょう?」
「言われてみれば」
ニャスタがディスプレイを出したりなんだったりする際、一瞬腹が黄色く光っている気がしていたが、気のせいではなかった。
「黄色かー」
黄色く閃光する魔術式を想像して、それもカッコイイな、なんて思った。
「だから黄色いルミナスもあるってことなんだね」
「そうです」
以前ベルガミュアが言っていた、ルミナスの種類に納得する。
しかし同時にとある疑問も浮かんだ。
「じゃあ緑のマナもあるの?」
「ありません。緑のルミナスは人種マナと自然マナ、両方が入ることで緑になります」
「混ざって緑……」
絵具システムだ。
青と黄色を混ぜれば緑になる。
透け感のある石なのに、不思議だ。
「じゃあ黒いルミナスって、赤いマナが入ってるの?」
「赤いマナ? そんなものはありませんが、何故です?」
「何故って……青と黄色を混ぜると緑になるのは減法混色ってヤツでしょ? そこに赤を混ぜれば黒になるよね?」
絵具などの色料で色の三原色を混ぜれば黒になる、減法混色。
色光でその三原色を混ぜれば白になる、加法混色。
かつて美術の授業で学び、画像編集を学んだ際にも見かけた知識だ。
透明な石であり光を通すルミナスは後者の加法混色になる気がするが、既に2色で減法混色になっているのなら、そうなのではないかと思ったのだが。
「………………」
ベルガミュアは黙り込んでしまった。
地面の一点を見つめて、考え込んでいるようだ。
「………ルミナスは特殊六方綿晶……海綿結合結晶……結合に光を通さないなら、ありえる……?」
ぶつぶつと謎の難しい単語をつぶやいている。
怖いのでクロアは見なかったことにして、服のポケットから葉っぱで包んで持ち歩いているルミナスナイフを取り出した。
「ニャスタ。コレからさ、さっきみたいにマナ吸える?」
「にゃす」
「青いマナだけ吸うとか、出来たりする?」
「にゃっす!」
ニャスタがルミナスナイフにかじりつき、吸う。
漆黒のルミナスはもやもやと徐々に色を変え、鮮やかな赤い色になった。
「本当に……赤いマナが……?」
「みたいだねー。赤の魔術カッコイイな……」
ベルガミュアはハッとしてクロアの手を両手で掴んだ。
「半獣族か魔族、あとは魔獣です!」
「へ!?」
「私の時代には存在しなかったものです! 長い時を経て、赤いマナを持つ種族が生まれたのかもしれません!」
ベルガミュアは掴んだクロアの手をぶんぶん振って興奮している。
いつも無表情なベルガミュアの頬がほんのり赤い上に、口元が緩んでいる。
こんなベルガミュアは初めてだ。
なんなら今後も一生このテンションは見られない気すらする。
クロアは戸惑いが隠せない。
「大発見ですよクロア!! なんでこんな簡単なことに気付かなかったのでしょう……!! これで魔導具が作り放題かも!!」
「や、やったね……?」
この日一日ベルガミュアの興奮は冷めやらず目がギンギンなので、子供たちがいつも以上に距離をとってドン引きしていた。




