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026 :// 半獣族がやってきた -2-

 道中は、想像以上に緊張感のカケラもなかった。


 クロアの周りを浮かんでついてくるその白い獣は何か、服が珍しいので触ってみたい、その筋肉のなさでどうやって生きてきたのか、家作りが楽しそうだからちょっとやらせてなど、実のない雑談をしながらの案内だった。

 まるで前から友達だったかと錯覚するようなレベルの気さくさである。

 ちなみにニャスタのことは精霊だと言っておいた。

 その方が面倒が少ない。


 案内されるままについていくこと、5分ほどだろうか。


「ついたぜ!」

「おおー」


 森の中に、突然大きな布が現れた。

 それは布でつくられた巨大なテント状の家だった。


 1本の木を中心に巻き込むような形で屋根を布でつくり、周りの木を支柱にして布の壁を作り上げている。

 木を複数取り込んだ布の家。

 斬新なデザインは、木が多いエリアを放浪するうちに編み出した、半獣族の知恵なのだろう。


「おかえり~! あっれー、もしかしてそれって人族?」

「人族だぁ!」

「わぁ~耳がない! おしりつるつる!」

「おうううう」


 家のなかから、ラーシスたちよりも小さな幼児たちが3人、転がるように飛び出てきた。

 きゃっきゃと物珍しそうに群がられるクロア。

 あちらこちらから手を出されて、対応に困る。


「そいつはクロア。アタシはメシの支度手伝ってくるから、遊んでもらいな。クロアよろしくねェ」

「「「わーい」」」

「え。振りかた雑ぅ! ちょ、待っ、アァー」


 突然の幼稚園イベントが始まった。






 それからしばらくして。

 ニオイを嗅がれたり頬を舐められたりから始まり、追いかけっこに、ボールの投げ合い、ドロップキック避け(名称不明の遊びのためクロア命名)。

 半獣族の子供たちはパワフルで、まるで人間が大好きな大型犬のようだった。

 目まぐるしい展開にクロアの目はぐるぐるである。


「アンタら家入んな!」

「「「はーい」」」


 バーチィールの一声が、クロアを救った。

 目がぐるぐるのまま子供たちについて布の家へと入る。


 家の中は不思議な空間で、生の木が生えているのに壁は布だし、カーペットもある。

 謎の家具もいくつかあり、大きい蓋つきの籠がいくつも積み上げられている。

 端には囲炉裏のようなものがあり、鍋が吊るされていた。

 バーチィールに呼ばれて囲炉裏まで行くと、他の半獣族を紹介された。


 さきほどクロアの拠点に来たのが、バーチィールを始めとするバーチェークとバーチャームの3兄妹。

 今初めて顔を見るのが、バーチャームの嫁と親族たち。

 3匹の大型犬、もとい幼稚園メンバーはバーチャームの子供たちの三つ子だった。


 かなりの大所帯だ。

 覚えきれる気がしない。

 たぶん何度か名前を聞くことになる気がしたので、先に謝っておくと笑われた。


 全員で囲炉裏を囲むようにして食事が始まった。

 すでに昼食後であることは伝えていたが、しっかりクロアの分も用意されていた。


 もうそんなに入らない、と思ったが。

 異世界に来て初めての穀物料理があって、クロアは夢中で食べた。


 もっちりとしたクッキーのようなもので、野菜が練りこまれている。

 そして塩の入った野菜スープ。

 久々の塩分が体に染み込み、泣きそうになった。


 後で料理と素材の入手について、詳細を聞かねばならない。

 これは義務であり、第一優先任務だ。


 などと思いつつもりもり食べるクロアを見て、バーチィールたちは満足そうだった。


 雑談を交わしながらあらかた食べ終えると、バーチィールが立ち上がった。


「アンタ、酒はイケる口かい?」

「酒……だと……ッ!?」


 思わぬワードに、クロアはごくりと唾を飲んだ。


「イケる口です」

「じゃあコイツも行きな!」


 バーチィールは話ながら、家の奥から大きな樽を片手で抱えて持ってきた。


(まさかの樽!?)


 言われてみれば当然かもしれないが、故郷で酒樽など見かけもしないので、思わず吹き出しかけた。


「酒なんて貴重品じゃないの?」

「チィール、それは……」

「いいのさ、いいのさ。クロア、好きなだけ飲みな」


 バーチィールが木で出来たコップを樽に突っ込む。

 コップがドン、とクロアの前に置かれる。


「そうだ、折角だからアタシと飲み比べないかい?」

「飲み比べかー」


 正直、嫌である。

 どう見てもパワー系のバーチィールに、勝てそうなイメージが1ミリも湧かない。


「じゃあアタシに勝ったら、1つ願いを叶えてやる! アタシに出来る範囲で、危険なことは無しな」

「ほーう。もし私が負けたら?」

「特に何もないさ。飲み食いした分の金を払いな、とも言わないよ」


 それは美味しい。


「じゃあ乗った!」


 そんなに飲み比べしたいのだろうか。

 不思議に思うが、クロアはコップの中を見た。

 ワインに近い果実酒の匂いだが、色は透明な赤でアセロラジュースのような見た目だ。

 口につけて、ぐいっと飲み込む。


(………弱ッ)


 アルコール度数は3か4%くらいだろう。

 見た目が近いワインが12%程度あるので、かなり薄く感じた。


 しかし味は美味しい。

 見た目と違ってアセロラのような激しい酸味はなく、いちごのような芳醇な旨味がある。

 後味には桃のような濃厚な甘さがあり、しっとりと舌を転がる。

 故郷でカクテルですと言って売り出せば、女性を中心に人気を博しそうだ。


「美味いだろ? 魔国の酒さ」

「うん、美味しい」

「もっと飲みな飲みな!」


 あまりに勧めるので、酔わせて何かする気じゃないだろうなと疑いを抱く。

 しかし、言っているバーチィールも早々に顔が赤い。

 一気に飲み干しおかわりを入れるバーチィールは、もう酔っ払いのソレだ。


「……早くない?」

「早くないさ、これくらい。あ~もう無くなるじゃあないか!」


 飲むのが早いのではなく、酔うのが早いと言っているのだが。

 バーチィールがクロアのコップを奪って酒を入れる。

 クロアに酒を渡すとぐいぐい飲み、また次のおかわりを入れる。


(なんか思ってたのと違う)


 バーチィールの目はうつろで、視点が定まっていない。

 この動き、間違いなくバーチィールは酒に弱い。


(なんでそんなに飲みたがるんだ?)


 5杯飲み干したところで、やっとバーチィールの動きが止まった。

 ちなみにクロアも煽られるので仕方なく同じ量を飲んでいる。


「この酒……本当はぁ、兄貴と飲むつもりだったのさ……」


 空になったコップをあおり、存在しない酒を飲むバーチィールが語りだした。

 兄貴と聞いてバーチェークを見たが、違うとでも言いたげに首を振られた。


「たまにはいいだろって、兄貴が言って……40年ぶりさね……。

 でも樽を開ける前に、天敵の魔獣に襲われて、ポックリ逝っちまった……」


 目が虚ろになったバーチィールは、空のコップをぶんぶんと振り回した。

 クロアはまだ酔いは回っておらず、どちらかと言えばお腹がたぷたぷで苦しい。


「あーあ、ウチじゃ兄貴とアタシしか酒飲めないのにさ……んったくよぉ……!」


 クロアはバーチィールの話を聞きながら、黙って酒を飲み続けた。


(あー、わかったかも)


 分かった気がする。

 こんなに酒に弱いのに、飲み比べなんて言って妙にクロアを誘った理由。


 兄の代わりに、共に飲んでくれる人が欲しかったのだ。

 日頃から飲んでる人間でなければ、一人酒は不味かろう。

 それに一人で酔えば、余計に兄の死に胸が痛むのではないか。


「許さないんだからなぁ、兄貴ぃ……」


 ごん、と拳を地面に突き立てたバーチィールは、そのまま固まって動かない。

 沈黙の中で皆がじっと見守っていると、やがて体が崩れて変な形で転がった。


「弱いのに無理するんだから、チィール姉は……。悪いね、クロア」

「別にいいよ-。私はタダで久しぶりの酒が飲めて嬉しい」

「そりゃあ何よりだ。オレら酒飲めねーからよ、妹に付き合ってくれて助かったぜ。ありがとよ」


 ずっと静かに見守っていたバーチェークとバーチャームが寄ってきて、おかしな姿勢のバーチィールを持ち上げて、部屋の隅に寝かせた。


「姉さんはもう飲まない方がいいし、折角だからこの樽空けてってくれないか?」

「さすがにお腹いっぱいだから、持って帰ってもいい?」

「ああ、チィールには樽が空だったから捨てたって言っとく」


 ラッキーでお酒をゲットだ。

 内心ガッツポーズをするクロア。


「そろそろ帰るよ。うちのメンバーも心配性なんでね」

「おう、なんか妹の世話させただけですまねーな」

「また遊びに来てもいい? 料理のこととか聞きたい」

「ああ、歓迎するぜ」


 バーチェークがニカッと笑う。

 爽やかスポーツマンのそれで、嫌味がない。


(ホントにいいヤツらなのかも)


 まだ半信半疑だったが、バーチィールたちは信じられる気がしてきた。


「オレらもそっち行ってもいいかな? やっぱりあの家作り気になるなぁ」

「もちろん。手伝ってくれるなら、さらに大歓迎だよー」

「義姉さんがお世話になって、ありがとう」

「またね」


 挨拶を交わし合い、クロアは帰路についた。

 ちなみにバーチェークが軟弱そうなクロアじゃ危ないからと、酒樽を持って親切にも送ってくれた。


 その後もらった酒はユガにもお裾分けして、残った分はクロアとオルウェンで楽しんだ。

 蓄積した肉体疲労からか二人してそれなりに酔い、ウザ絡みしたので子供たちにかなり怒られ、酒樽管理人リーシアが誕生した。

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