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025 :// 半獣族がやってきた -1-

 あれからオルウェンは開き直ったらしく、本来の姿で過ごすようになり日々が過ぎた。

 もうすっかりお母さん的なポジションだ。

 それからラーシスとの距離も近付いているように見える。

 ラーシスは嫌がっている素振りを見せるが、本当に嫌という感じでもないので、ただのツンデレだろう。


 家作りも順調で、今は高所と屋根のための足場を作成している。

 クロアは昼には家作り作業、夜は睡眠時間を削って魔術の勉強と、なかなか多忙な毎日だ。






 今日はユガを昼食に招待した。

 ユガは礼は不要だと言い張ったが、クロアが頑張って泣き落とした。

 無理に食事をしてもらう必要はないのだが、気持ちの問題として借りは返したい主義なのだ。


「……美味であった」

「それはよかったー」


 テーブルにしている平らな岩の上にある器は綺麗に空っぽで、クロアは大変満足した。


 ユガはクロアの料理を一口食べて一度固まった後、黙々と平らげてくれた。

 右腕がないのに、左手だけで器用に素早く口に運び、なくなるのはあっという間だった。


 ささやかではあるが一応、お礼が出来たと思う。


「こんなんじゃ足りない恩だけど、まぁそれは追々返すからさ」

「礼はいらんと言っとるだろう」

「この子がしたいのよォ。その時には受け取ってあげて欲しいわ」

「ム……」


 オルウェンが冷静を装って言う。

 まだ魔族に対する恐怖が拭いきれないらしく、顔とは裏腹に足がガクガクと震えているが、皆空気を読んでそのことには触れない。


「———ならば一つ、頼みたいことがある」

「お、なになに?」


 ユガはすぐに口を開かない。

 何かをこらえるような、そんな表情を見せるとやがて口を開いた。


「…………その……白い小さな獣を、触らせてくれないか?」

「にゃす?」


 思わぬ言葉に、ぷっと噴き出してしまいそうになるのを、クロアは強靱な意志で耐えた。

 まさかこの強面で、実はずっとニャスタに興味津々だったのか。


「どーぞ」


 脇にいたニャスタを捕まえ、テーブル代わりの岩に置いた。

 ユガはしげしげとニャスタを眺め、そっと手を伸ばす。


「!」


 たぶん思ったより感触がよかったのだろう。

 厳めしいユガの顔が、一瞬だけわずかに緩む。

 控えめに腹を触りだした指は移動して頭を撫で、耳周りを撫でる。

 ニャスタも猫のように気持ちよさげな顔をする。


「にゃすぅ」

「ニャスタ、かわいいでしょ?」

「この獣は初めてみるが、魔獣か?」

「ニャスタは、精霊さま。すごいこと、いっぱい、出来る」

「なんと、実在したとは……。ではあれは精霊の導きであったか」


 わずかに目を見開いて驚いた顔をするユガ。


「あれって?」

「この白き精霊が、儂をキマイラの元に導いたのだ」


(あ。あの時いなくなったと思ったら、ニャスタがユガを呼んでくれてたのか!)


 ユガの話で、キマイラ戦のことを思い出す。

 助けてくれると言いつつすぐ消えたニャスタのことを根に持っていたが、実は逃げた訳でなかったらしい。

 クロアの横にいたニャスタと目が合い、疑ってゴメンと謝った。

 ニャスタは全然気にしていないようで、得意げに空をくるくると旋回する。


「そんなことよりジーサン、剣教えろよー!」

「ゴジゾの実あるよ!」

「魔族のこと、知りたい、教えて」


 ニャスタを愛でるユガに、子供たちが群がる。

 柔らかニャスタ効果なのか、ユガの子供たちを見る目も普段より優しく見える。


「見た目アレだけど、ただの可愛いモノ大好きじーさんだね」

「絶対アレは子煩悩ね……」

「頼みがある時は子供たちに言ってもらいましょう……」


 大人組はその光景を見てこっそり囁きあった。


「!」


 不意にユガが立ち上がり、森の方を見つめる。


「半獣族か」


 ボソリと呟いたユガの言葉に、皆がぴたりと動きを止めた。


「幻の!?」

「ウソ、本当にいたの!?」

「え、なに? なにか来るの?」


 クロアとベルガミュア以外が、ざわざわと騒いだ。

 ユガの視線の先を見ると、森を抜けて何人かの人間がこちらへ歩いてくるようだ。


「半獣族は、不干渉地帯に無数に住んでいる。珍しいことではない。多くは朗らかで気の良い者たちだ」

「……とりあえず、子供たちは下がって」


 そういえば、この世界について聞いた的に半獣族という言葉を聞いたような。

 しかし御伽噺の存在みたいな話だったはず。

 オルウェンたちの反応を見るに、意図的にそうしたわけではなく、存在を信じていないものだったようだ。

 何が起こるか分からないので、念のため子供たちを下がらせた。


「魔族と人族が一緒にいるなんて珍しいねェ!」

「こんにちは、半獣族のみなさん」


 クロアが1人前に出て、ニッコリ笑う。

 もちろん営業スマイルである。

 あちらに敵意があるか確認するために、まずはこちらが友好的であることを見せるためだ。

 ユガとベルガミュアを除くメンバーが警戒しているので、ここは自分が1人で出て上手くやった方が良さそうだ。


 半獣族は3人。

 女1人、男2人。

 一様に丸い小さな獣耳に、リスのような大きくふわりとした尻尾を生やしている。

 民族衣装のような、肌の露出が多い独特な服装をしていて、男はどちらも大きく筋肉質な体だ。

 ユガも含めて2メートル近い巨体が3人も揃ったので、凄い圧だ。


(獣人だぁ……!)


 その圧を忘れるほど、久々のファンタジー臭にクロアは感動した。

 そのケモミミと尻尾が気になって仕方ないが、好奇心をぐっとこらえる。

 あちらが友好的とは限らない、と息を止めて自分を落ち着かせた。


「魔族と人族で仲良く出来るのかい? それともこれからおっぱじめるのかい?」

「まさか。今は食事のあとの穏やかなひとときなので、どーぞご心配なく」


 言うと半獣族の女性がからかうようにクロアをじろりと眺めた。


「あんた、アタシが怖くないのかい?」

「別に、今のところは。 あ、暴れに来たってのなら、怖いかもしれない……そういうことする?」


 圧は凄いが会話が出来るなら、怖くない。

 絶対に捕食しに来る魔獣の方が恐ろしいし、人として見てもおおマッチョすごい、で済む程度だ。

 新卒2か月目の頃に、上司に連れられて取引先の大企業のお偉いさんと食事会した時の方が余程怖かったな、なんて昔のことを思い出した。


「ッハハハ、理由なく暴れたりなんてしないさ! 剛胆な娘だねェ。普通の人族はみんな、アタシら見たら逃げ出すってのに」

「こんな人族、初めて見るな」

「いるもんだねぇ~」


 半獣族たちは、大きく口を開けて豪快に笑う。

 その笑いに嫌味っぽさはなく、純粋に楽しそうに見える。


(なんかビールが好きそう)


 なんだか、山賊や海賊をイメージした。

 荒々しく陽気で軽い物腰。

 ユガの言う“朗らか”は、これを示すオブラートだったのかもしれない。


「ハハハ、笑って悪いね。アタシはキィの一族、キィ・チルア・バーチィールだ。

 こっちは兄のバーチェークに、弟のバーチャーム。この近くにしばらく家を張るんでね、ここには挨拶に来たってとこだったんだ」

「引っ越してきたってこと?」

「ああ、人族はアタシらのことよく知らないんだっけねェ。アタシら半獣族は、ほとんどが放浪民。

 一カ所に留まらず、さすらうのさ。それで今回はこの付近にやってきたってわけ。よろしくねェ!」

「私はクロア。よろしくー」


 バッチンと音を立てそうなウインクをするバーチィール。

 アマゾネス的な巨乳と筋骨隆々ボディだが、顔立ちは整っているし愛嬌がある人のようだ。


「あれは家なのか?」


 男の半獣族2人が、クロアたちの建設中の家をしげしげと眺めている。


「うん。私たちここに居住区を作ってるんだ」

「ほーお? 非干渉地帯(ホワイトライン)に家建てるヤツ、初めて見るな」

非干渉地帯(ホワイトライン)?」

「魔国と人国、両国の国境にあたる空白エリアの総称さ。南の方は呪われたなんとかって言われてんだっけねェ?

 アイツら仲悪いからさ、空白エリアが広いのなんのって。お陰でアタシら半獣族は住む場所に困らないけどねェ」

「へー、なるほどー」


 半獣族は意外と世界情勢にも詳しそうだ。

 人族では知らない情報を持っていそうなので、機会があれば深掘りしたい。


「なぁアンタ、これからうちに来ないかい? 人族の話、聞かせてくれよ!」

「私? んー、いいよ」


 クロアが答えると、後ろがざわめいた。


「ちょっとちょっとクロア! 危ないんじゃないの?」


 オルウェンがそっと寄ってきて耳打ちした。

 クロアも半獣族には聞こえないよう、手で口を隠した。


「大丈夫、危ないならとっくに私たち死んでるよ。様子見てくる」

「でもォ……!」

「オルウェンは子供たちを家で守ってよ。淑女らしく」

「!」


 なんだか良い響きだったらしい。

 オルウェンはどこか照れた様子で分かったわと小さく呟き、戻っていくと子供たちに声をかけた。

 ちょろい。


「大丈夫なのかい?」

「問題ないよ、夕飯の話してただけ。彼らのことは後日紹介するから、とりあえず案内をよろしくー」


 半獣族を促して、家へ案内してもらうこととなった。

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