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023 :// 魔術講座開講 -2-

 眼球を超えて脳にまで刺さるような光。

 クロアはぎゅっと目を瞑った。


「魔覚に問題ないか、アストラルが認識出来るかを確認する、ちょっとしたテストです。

 目を開けてください。これが認識出来れば補助魔導具は作らなくても済むので、見えてくれると助かります」

「んなコト言われても」


 そっと目を開けると、ニャスタは頭上に戻ったようでおらず、視界はなぜか青い。


「空中になにか見えますか?」

「なにかって……ん?」


 視界は青いフィルムを通したように真っ青だが、よく見れば何かが大量に浮かんでいる。


「待って。ここハウスダストがやばい」

「それがアストラルらしいです。よかったですね。見えるのは人類の10%ですよ」

「これがアストラル?」


 青い視界の中で、小さくチカチカ光るように見えるものが無数に漂っている。

 ホコリにしか見えないので手を振ってみるが、小さな光るものは微動だにしない。

 たしかにホコリではないようだ。


「ベルガは見えるの?」

「私は…………見えません」


 変な口ごもリかたをしたベルガミュアを前に、しまったと思った。

 おそらく聞いてはいけないことだった。

 そんなことを思っている間に視界から青みが徐々に減っていき、やがて元の視界に戻った。


「青いの消えちゃったけど……?」

「アストラルを視認するための魔術です。もう必要ありません。

 とりあえず認識記述(エアコーディング)が使えるので、よかったですね」

「さっき補助魔導具は作らなくていいとか言ってたけど、認識記述(エアコーディング)用のは別に持ってるとか?」

「ニャスタがその機能を搭載してます」

「にゃす!」


 任せろと言わんばかりの、力を込めたニャスタの声が頭上から聞こえた。

 頼りになるのはありがたいが、まず頭の上から降りろと言いたい。


「でも実際に認識記述(エアコーディング)するのはまだ先の話です。

 まずは魔術文字を覚えて貰って、魔術式の構築理論を学んで貰わないと」

「ちなみに魔術文字ってどれくらい種類ある?」

「5万以上だったかと」

「ぐえー……5万かぁ」

「5万も覚える前に認識記述(エアコーディング)は開始できますよ。

 イメージしやすいように、少し魔術文字と魔術式の体系をお見せしましょう」

「わーい、お願いしまーすベルガ先生」


 ベルガミュアはマニュピレーターを起動させる。

 液体のように動く金属は、いつ見ても不思議だ。

 また指先まで銀色に覆われて、ベルガミュアが棺桶のフタに向ける。


「例えば魔術文字。これが“水”を示します」


 指先が動くと、青く焦げるように棺桶のフタに線が刻まれた。

 1万の時を超える技術の粋だろうに、そんな落書きみたいなことをしていいのだろうか。


「これに描いちゃっていいの?」

「消せますし、コールドスリープは1回のみの使い捨てですから。今となっては半物質のかたまりです」

「そんなもんかい」


 ベルガミュアの言葉に安堵してフタを見ると、滴のようなマークが描かれている。


「この水の魔術文字に線をこうやって足すと“水流”、さらに足すと“洪水”」


 最初の水滴マークのような記号に線を加えていく。


「あとは、例えばこっちは“蓄”を示す魔術文字で、先程の“水”と並べれば“水たまり”になります。

 “洪水”の方に並べれば“海”になります」

「なるほど、そーゆーヤツね」


 海は別の魔術文字もあると補足するベルガミュア。

 成り立ちとしては漢字に近い。

 近い形で記号が構成されているなら、想像していた5万種類より覚えやすいかもしれない。


「では魔術式の簡単な構造です。今まで魔術式は何度か見てますね?」

「あの魔法陣のこと?」

「そうです。魔術式は構造により円や角形によって纏めるのが基本です。

 構造は外側からアウトライン、ヘッダーとフッター。メイン記述がボディ。

 ボディに魔術式で基本命令を組み、その他の部分で制御や操作、外部連携をします」

「んー。なんかどこかで……」


 どこかで見覚えのあるような。


(いやいや、気のせい気のせい)


 具体的には、パソコンが目の前に見える気がした。


「なんですか?」

「ゴメン、なんでもないです」


 思い出してはいけない気がして、クロアは頭をぶんぶんと振って思考を弾き出した。

 今はベルガミュアの話に集中しなくては。


「では実際に魔術式を見せますね。分かりづらいので色々省いてボディのみの簡単なものですが」


 ベルガミュアの指先が細かく動き、棺桶に魔術文字が刻まれていく。


「例えば、“水を出す”という魔術式です。『水《発生[小:3]》』。この小と3は水の量の指定です」


 括弧のような魔術記号で魔術文字を覆ったり、また魔術文字が来たり。

 まさに式のようなもので、また故郷を思い出させた。


「式を足していけばより複雑になり、事象の指定や操作が繊細になります。

 少し複雑にして実際に動かしてみましょう。

 魔術で戦いをしたいなら……こういうのがいいですかね。

 “半径50エーダーにある、どんなサイズの火でも必要な量の水を発生させて消火する”」


 ベルガミュアが言いながら、指先の青い光で式を刻んでいく。


「『放-消火《発生《水:《消火//必需計算=式:2-1》》=>[吸引]=>((《立体測量《火:半径50Ӕ:任意》》))』」


 ぐるんぐるんぐるんぐるん。

 左から右へと描かれていた目の前の魔術式が、渦を描くように回転して、光る。

 刻まれた魔術文字がまるで独りでに躍り出したようだ。

 収束するように小さく丸くなると、その周囲に円と四角が現れて囲み、魔術陣となった。


「わかりやすいように実際のものより簡易化しましたが、これで魔術式の完成です。実用にはこの必需計算部分に実際の数式を入れたり、アウトラインで制御したり、もっと細かな指定が必要になります」

「あー。そういうやつね」

「上級にもなれば、さらに条件やオプションを追加出来ます。

 例えば自動出火検知、燃えカスの分解、保護壁展開などでしょうか」

「うん、わかった……ちょっと吐いてきていい?」

「はい?」


 クロアはベルガミュアから少し距離をとり、今まで抑えていたものを吐き出した。


(———プログラミング言語じゃねーかぁ!!)


 ぼほあああああ。

 なんとも言えないこの気持ちを、苦い息として吐き出す。


(ファンタジーとは!?)


 全く夢が1ミリもなくて、絶望に似た悲しみに包まれる。

 魔術はファンタジーらしい、ふわふわキラキラしたものではなかった。

 故郷のウェブページを構成する言語や、表計算ソフトの関数のような、あれらと同類だと気付いてしまった。


 よく考えれば誰にでも使える共通の魔術を記述するもの、それはすなわち言語であり、確かにプログラムのようなものであってもおかしくない。

 これから自分が着手するものは完全に、新しいプログラミング言語の習得そのものだ。


(夢がないっ!!)


 折角の異世界なのに、全く夢がなくて心の中で号泣した。

 もっと漫画やアニメのようなカッコイイ修行展開を想像していたのに、この後にやってくる修行は学生時代の学業や社会人の仕事と大差ないことが想像できる。


「くうううう」


 誰にも伝わらないし伝えられない悔しさに、クロアは自然と酸っぱい顔になった。


「大丈夫ですか?」

「……うん。ダイジョブ。ちょっと神的なモノを殴りたくなっただけ」


 切り替えようと、クロアは最後に大きく息を吐いた。


(しかしこれは———かなり大変そう)


 実際のところ、故郷のソレに似ているお陰でどれだけ難解なものと戦わなければならないのか、具体的に想像出来た。

 果たしてこの魔術言語を理解し、使いこなすことが出来るのか。


「フ、フフフフ……大丈夫、また学生時代に戻ったつもりでやれば大丈夫……。

 プログラマーじゃないけどこれでもIT会社にいたんだし、大丈夫……。やれば出来る行ける。三徹上等」


 学生時代は文系だったし、複雑な関数は仕事でも苦手だったし、と不安要素を思い出して自分が信じられなくなってくる。

 大いに不安が残るが、やるしかない。

 まさか異世界に来てまでこんな勉強をすることになるとは。

 本当に夢のないファンタジーである。


「……少し説明し過ぎましたかね? とりあえずニャスタ、教材を」

「にゃす~」


 クロアの異様な様子に引いているベルガミュアが言うと、本型の魔導ディスプレイが出てきた。

 その本はバサバサと勝手にページがめくられて、クロアの前で動きを止める。

 見れば、魔術文字らしきものと説明文がズラリと並んでいる。


「ひぇ」


 さながら要点のみの漢字辞典だ。


「ニャスタのライブラリに教材があったので、しばらく自己学習で魔術文字の初歩から覚えてください」


 ライブラリって、イニティムスも言っていた記憶があるがそういう機能だったのか。

 と思って、ふとピンと閃く。


「……待てよ。そもそもニャスタが便利な認識記述の保存データを持ってるのでは?」

「私もそう思ったんですが。多少の簡易魔術はありましたが、ほぼ使えないと思っていいです」

「なんでだー!」

「ソフトウェアがあっても、ハードウェアがなければ意味がないということです」

「あーん。そういう、ね……」


 ゲームソフトがたくさんあっても、ゲーム機本体がなければ何の価値もないということだ。


「何が残っているかは、後ほど確認してみてください」

「くそー」

「にゃっす~」


 わかっているのかいないのか、ニャスタは全く気にしていない顔をしていて憎らしい。


「……いや待てよ?」

「今度はなんです?」

「私の不安な脳みそより、ニャスタが演算とかしてくれて、いい具合の魔術式を作ってくれるんじゃ?」

「私も試しましたが、そういう設計はされてませんでした。他の超大型魔導具AIなら可能だと思いますが、ニャスタは生活サポートが基本ですから機能外のようです」

「ぐぬぬ……いや待って待って!」

「しつこいですね」


 ベルガミュアにとても冷たい顔をされるが、クロアもめげない。


「ベルガミュアは持ってないの? なんかこう、ログとかメモリとか」


 はぁ、と大きく溜息を吐くベルガミュア。


「そんなことは最初に確認しました。

 通常マニピュレーターはクラウドデータを使用して物理記述(ヒートコーディング)します。

 クラウドデータにはもう接続出来なくなってることは確認済みです。

 だから私だって全て手動でやらなくてはならない身ですよ」

「うっそ、じゃあこの前の魔術も暗記!? どんだけ色んなとこでおやつ炙る生活してたの!」

「別にいいじゃないですか、そんなこと……!」


 動揺で顔が引き攣るベルガミュア。

 クロアの中でベルガミュアの肩書きにマシュマロ魔人が追加された。


「ぐぬぬぬぬ……そう上手くはいかないかー。ちぇー」

「ゴホン。とにかく今出来ることは、教材で学習して貰って、自分で魔術式を構築することです。

 ニャスタに言えば、テストも出来ると思います。

 ある程度進んだら、また魔術を教える日を設けましょう」

「ありがとうございましたー……」






 のちのクロアが語る、睡眠不足伝説の始まりの一日である。

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