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021 :// 開けた未来

 まずは2日かけてよく焼いた石灰石を土器に入れる。

 少しずつ水を入れると、もぞもぞと石灰石が動き出した。


「わっ」


 湯気が出てきて、土器を覗き込んでいたクロアの顔をむわりと包んだ。

 もわもわの蒸気を避けるため仰け反りながら、木の枝を突っ込んでかき混ぜると、石灰石は力を入れずとも容易に砕け、水に溶けていく。


「にゃす~」

「はいよー」


 次にニセ麦を木の棒で叩き、細かく砕いたものを土器へ入れる。

 あとは芋から取った水溶き片栗粉に、ねっちょりした樹液も入れて混ぜる。


 芋は例の黒い岩ですり下ろしてきて、布を使って土器の上で絞った。

 出てきた液体を暫く安静に置いておくと、沈殿物と上澄み液に別れる。

 綺麗に別れたら上澄み液を捨て、新たに水を足し、また沈殿物と上澄み液に別れるのを待つ。


 ということを何回か繰り返すと、水溶き片栗粉状のものが出来た。

 ニャスタによると食用可なので料理にも使えるし、一石二鳥だ。


「出来た!」

「にゃっすぅ!」


 何日もかけて準備して、やっと出来上がった。

 漆喰である。

 木の繊細な加工技術を持たないクロアたちの家づくりにおいて隙間と強度を補ってくれる、要となるものだ。


「漆喰出来たよー」

「こっちも進んでる! ノミ係よろしく頼むよ」

「任されたー」


 オルウェンとベルガミュアが持ってきた丸太の山。

 1本ずつ下ろして、加工していく。


 ニャスタがナビをしてくれるので、それに沿ってノコギリのような刃を持つ剣で丸太の半径ほどの切れ目を入れていく。

 このナビは丸太に直接立体映像を映してくれるというもので、削りとる予定部分に青い色をつけてくれる。

 画像編集ソフトのマスキング機能と補助線のようなものだ。

 これに沿えば真っ直ぐ切るガイドラインになる上に、切りすぎそうになると色が変わるので、素人でも上手に加工出来る。


 切れ目を2本入れたら、裏面にも同様の切れ目を2本入れる。

 表と裏で切れ目が繋がらないよう、慎重な作業である。

 これを丸太の上と下の2カ所、トータルで丸太に8本の切れ目を入れたら、クロアの出番だ。


 並ぶ2本の切れ目部分が丸太の窪みになるよう、呪石もといルミナスのノミで突く。

 断面に丸みのあるH型、ダンベルのような形になるように掘っていく。

 かなり鋭いものを選んできた甲斐あってか、思ったよりも力がいらない。


「あ」


 ガイドラインが赤く光る。

 滑りが良すぎてうっかり少し掘りすぎた。


「にゃす」


 チラリとニャスタを覗き見るが、ニャスタがOKとマークを出す。

 許容範囲らしく、安心してふうと息を吐いた。


 そういえばニャスタは頑なに喋らないので、マルやバツなどいくつかの意思表示アイコンを教えておいた。

 お陰で意思疎通が比較的滑らかになってきた。






 仕方ないことだが、ノミ係が1人というのはしんどい。


「出来ました?」

「うん」

「では持って行きます。オルウェン」

「おう」


 ベルガミュアに促され、ノミで掘り終わった丸太を建設予定地に運んで行く。


「ふー。ちょいと休憩」


 ついに本番なので、クロアは手を止めてベルガミュアたちを見守った。


 建設予定地にもニャスタが3Dのガイドラインを出している。

 長さを揃えた丸太をナビ通りに並べ、ニャスタの指定通り、漆喰を葉っぱのハケで丸太の上面と窪みに塗る。

 しっかり塗りおえたら、並行に並ぶ丸太2本に対して垂直に、そしてノミで掘った窪みと窪みが合うように、丸太を上に被せる。


「おお~!」


 窪みはピッタリというより、漆喰で隙間を埋めるような形でフィットした。

 2部屋の家を作る予定なので、丸太でL字型の壁面を作っていく。


 壁が1段出来あがった時、大人組全員が心で涙を流した。

 ついに見えた、未来が。


 食料も物資も、何もかもが不足する呪われた地に、今、文化的なものが生まれようとしている。


 まだ壁とも言えないし、屋根も床もないけれど。

 知識のない大人3人が、ニャスタのお陰で家を作れているという実感が湧いた。


「今日はいい夕飯作ろう」



          ■□



「火ヨシ! 道具ヨシ! 食材ヨシ! やるぞー!」

「「おー!」」


 準備万端。

 夕暮れ前からクロアは料理を始めた。

 ちょっと凝った料理をすると聞きつけた子供たちが、いつの間にか助手として参加している。


 まずは鍋という名の元、盾。

 これで湯をわかす。

 盾には良い具合の装飾の穴があったので、網を作った例の草で持ち手を作り、吊して火に掛ける。


 湯がわくまでに、ポタイモの皮をルミナスナイフで取り、一口大に切る。

 本当は皮を剥かずに進めた方が栄養素が逃げないのでいいのだが、鍋があまり深くないので贅沢は言えない。

 お湯がわいたら剥いたポタイモを投入して茹でる。


 茹でている間に、鍋の下の火でホリンを丸ごと焼く。


 ホリンはしゃりしゃりと繊維質の歯ごたえがあり、リンゴのような味がする。

 リーシアのお気に入りである青い実、ゴジゾもリンゴ寄りだが個性が強いので、ホリンの方がリンゴ正統派のイメージだ。

 これは絶対、焼くと香ばしい系だと思う。


 リンゴのように蜂蜜や砂糖で煮詰めたら美味しいだろうな、と考えるとヨダレが出そうになった。


「シグ、ホリン見ててー。ちょっと焦げてきたら呼んでー」

「わかった」


 木の枝にホリンを差して、丸ごと火に当てたものをシグに任せた。

 次にソース作りをするので、助手を呼ぶ。


「ラーシス、このアレインをこうやって絞ってー」

「おう!」


 みんなが大好きアレインを切ったらラーシスに渡し、土器の中に絞ってもらう。


「それは?」

「この前食べたアレインの皮を乾燥させたヤツ」


 故郷には陳皮というみかんの皮を乾燥させたものがあることを思い出して乾燥させたら、意外といいものが出来た。

 最初にもにょもにょとした歯ごたえがあり、すっと溶けて消えていく食感だ。

 これが飴色タマネギのような濃厚な香ばしさがあるのだ。

 そのアレインの皮を刻み、アレイン汁の土器に入れる。


「それ土器ごと火に当てといて。泡が出てきたら呼んでー」

「おう?」

「リーシアは鍋の中のポタイモをスプーンですくって、この土器に入れてきて。水は出来るだけ入らないようにね-」

「はーい」


 ラーシスがシグの隣で土器を監視し始めた。

 そしてリーシアもポタイモ回収に勤しむ。

 日頃やらない作業だからか、子供たちはみんなどこか楽しげだ。


「取ってきたよ!」

「ありがとー」


 リーシアが取ってきたポタイモの水を切って、半分を木の棒で軽く潰す。


「クロア、ホリン、焦げてきた」

「おー、いいね。持ってくね」


 ホリンを作業台の石に置き、熱いのでスプーンで押さえながら荒く切る。

 一口味見すると、想像通り焼きリンゴっぽい味だ。

 潰したポタイモに刻んだ焼きホリンを加えて、和える。

 あとはゴジゾの皮を剥き、皮をみじん切りにしてこれも加えて混ぜる。

 中より皮の方が苦みがあり、味が引き締まるのだ。


 これで1品完成、『ポタイモとホリンのサラダ』。

 つまりリンゴの入ったポテサラ風のものである。


 次に残しておいた茹でポタイモを、今度は粒が残らないようにしっかりすり潰していく。


 クロアは準備していた椰子の実風の実を手に取る。

 椰子の実風のこれは、ニャスタのデータにもなく名称不明のため、勝手にニセヤシと名付けた。

 余談だがベルガミュアもこの実を見たことがないそうなので、近年生まれた新種なのではないかと思われる。


 この実の殻は斧で叩いても割れなかったのだが、ヘタの部分が手で除けることが分かっている。

 ヘタを手でちぎり取ると、中から白いどろりとした液体が出てくる。

 ココナッツかと思いきや、ココナッツミルクのようなもったりさがあるが、味は表現しがたい濃厚な何か。

 ココナッツミルクからココナッツ感を抜いて、バターと混ぜたような、しかしバターの味ではない謎の濃厚な液体である。


 すり潰したポタイモに、少しずつニセヤシの液体を入れ、混ぜる。

 よく馴染んだら味見すると、少しニセヤシの油分がくどいようだ。

 今度は水を投入し、味見しながら伸ばすように薄めていく。

 人数分の土器コップに入れたら、秘密のパウダーを振りかける。

 これで2品目完成、『ポタイモの冷製ポタージュ風』だ。


 そう、この秘密パウダーはクロアの研究の成果である。

 以前初めて魔法を使ってみて水魔法を暴発させた際に、ダメにしてしまった草だ。


 砕いて舐めると、バジルに近い爽やかな味がする。

 この草もニャスタの知識になく、名称不明なのでニセバジルと勝手に呼んでいる。

 個性的な風味があるので、ポタイモ2品目だがしっかり別物の仕上がりになる。


 あとは魚をさばく。

 魚の構造は故郷の魚と変わらないので、簡単だ。

 腹にナイフを入れて内臓を取り、水で洗って3枚におろす。

 身を一口大に切っておく。

 小麦粉、せめて片栗粉があれば振りかけておきたいところだが、粉化にはまだ至らずのため断念。


「クロア、なんだか上手だね」

「魚さばくのは慣れてるからねー」


 実は父子家庭なので、小さい頃から料理してきた経験がある。

 半ば義務のようなものだったが、この状況下になって初めて出来るようになっていて良かったと思う。


 魚を切ったら、鍋を火にかける。

 油が欲しいが、代用になるものもないので仕方ない。

 加熱した鍋に魚を入れて焼いてみると、意外と魚の脂で焦げ付かないようだ。ラッキー。


 焼いている間に、ラーシスに見守って貰っているアレインソースに、水溶き片栗粉を入れてよく混ぜる。


「この棒で温めながら軽く混ぜておいてー」

「おう?」


 日頃あれこれやかましいラーシスが、料理になると随分素直で可愛らしい。

 ふふんと笑い、クロアは魚に戻る。

 焼き目がついて、そろそろ良さそうだ。


 土器のスプーンですくいあげ、みんなの皿に盛る。

 そこに、しっかりとろみのついたアレインソースを掛ける。

 最後の品、『魚のソテーアレインソース掛け』の完成だ。


「出来たよー」



          ■□



「本当に料理だ!?」

「でしょー」


 原始人地味た生活をしてきたので、少し手を加えただけで文明の香りがする。

 感心するオルウェンの前に、鼻高々でクロアは料理を置いていく。


「全部クロアが?」

「子供たちに手伝って貰ったよ」


 出来上がった料理を大人組がしげしげと眺めている。

 想像よりもしっかり料理だったから、驚いたようだ。


「じゃあ食べよー」


 この世界では食前の挨拶のようなものがなく、最初の頃は違和感を覚えたが、すっかり慣れたものだ。

 クロアの言葉で、皆が思い思いの品を食べ始めた。


「「「「「「——————!!」」」」」」


 ゆっくり咀嚼し、そして。

 全員ガツガツと貪るように食べ始めた。


 おいしい。

 隣に浮かぶニャスタが一口ずつ味見していくのが嫌なほど、この食事を独占したい。

 自分は天才だとクロアは心で自画自賛ダンスをした。


 まず『ポタイモとホリンのサラダ』。

 マヨネーズを入れていない分ポテサラだと考えるとボサボサしているし、調味料がないので故郷で食べたら物足りないものだが、この森の中では最高のご馳走だ。

 あっさりした優しい甘みのある芋に、ホリンは焼いたことで甘みに加えほんのり苦みが混じって、全体を引き締めてくれる。

 忘れていたが、ゴジゾも隠し味としてアクセントになっている。

 ほくほくした食感の中に、時折しゃくしゃくとした食感が混じるのもいい。


 次に『ポタイモの冷製ポタージュ風』。

 ニセヤシの油脂が感じられる濃厚さが、シンプルなポタイモの旨みをしっかりメイン級に格上げしてくれている。

 濃厚な一方、ニセバジルが爽やかでまた食欲をそそる。

 どろどろとしたスープをニセバジルが中和し、洗い流してくれるようだ。

 唐揚げにレモンのシステムに違いない。

 思いつき料理だったが、これはブレンダーを使って綺麗に潰し、生クリームとコンソメ、塩こしょうを混ぜれば、レストランに並べていいシロモノになると思う。


 冷製ポタージュはあっという間に空っぽにしてしまい、おかわりしたいところだ。

 もっと大量に作らなかったことを後悔して、仕方なくメインディッシュへ箸を伸ばす。


 なお皆はスプーンとフォークで食べているが、クロアはちゃっかり専用箸で食べている。


 メインディッシュ、『魚のソテーアレインソース掛け』。

 まだ温かいそれを口に放り込む。


「ん———ぅ……」


 長いこと焼いただけの魚ばかりで、ウオウオしたニオイと味ばかりだった。

 だが、本日のこれは魚ではない。いや魚だけれども。


 例のバリアというちょっといい魚なのだが、焼いた時の魚らしい甘い脂が、美味しさそのままあっさりになっている。

 サクラのスモークチップの香りも皮を取ったことで控えめになり、ソースの邪魔をしない。

 アレインソースは元の果実的美味しさを残しつつ、飴色タマネギのような香ばしさのある乾燥させた皮が、メインディッシュに相応しい芳醇さを醸しだすソースに仕上がっている。


 プリプリとした一口大のソテーに、どろりとしたソースをしっかり絡ませて頬張る。

 芳醇なアレインソースがまずやってきて、噛むとバリアのあっさりした脂が弾ける。

 口の中でこの二つが、互いが互いを称え合うように混じり合う。


「はぁ……」


 じっくり味わいたくなるメニューで、思わず溜息が出た。

 久しぶりの文化的料理を、ゆっくりと噛み締めた。

 きっとこの味は一生忘れられないだろう。


「クロアは料理人になった方がいい。その方が世界のためになる」

「調味料があればシェフになれますよ、本当に」

「えー。私はゴハンを楽しむ側がいいな。出来れば見てて面白い余興とかも誰かにしてもらって、それ見ながら酒とメシを堪能したい」

「なんて贅沢な……いや、怠惰か?」


 子供組は最早周りが見えないレベルでがっついている。

 口減らしされる環境に育ったのであれば、こういった料理自体が初めてなのかもしれない。


「やはりそんな幸せライフのために、まずは基本のライフラインを整えないとねー」

「オレたちの挑戦はまだ始まったばかりだが、輝く未来が見えるよ」

「最終回みたいなこと言うのヤメテ」


 オルウェンの言葉につっこむが、クロアもそんな気分だった。

 呪われた地にて、初めての文化的な食事。

 これはこれから村を作り、そして不労所得を得るための第一歩であると思えた。


(これからもっと頑張ろ……もっと楽をするために……!)


 ソテーを頬張り、心に強く誓いを立てた。






「なに、ニャスタ。今忙し……ん? このグラフ……栄養バランス……だと?」

「カーバンクルの基本機能ですね。ライフサポートのAIですから」

「ひえっカルシウムゼロ! 魚の骨を美味しく食べる研究しよ」

「クロア、何してるの?」

「魚の骨は、こんがり焼けば食あっつ!!」

「うわ投げんな!」


 この日、初めてニャスタが個人ライフサポートの動きをした。

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