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019 :// シグの隠してきたこと -1-

 空が赤らむ夕暮れ時。

 各々の仕事を引き上げて、夕飯の準備をしていた。


 今日はアレインという新しい果実と、焼いたポタイモに、いつも通りの焼き魚。

 炭水化物が増えて満足度はよくなったが、そろそろバリエーションを増やしたいという欲が出てきた頃合でもある。


 肉の入手と調味料の入手。

 これが大事な課題だと考えつつ、木の枝に差した魚を焚き火にセットした。

 自然と皆が焚き火まわりに集まり、いつもの団欒となった。


「このアレインって、甘くて酸っぱくて美味しいね!」

「ボク、これ、一番すき」

「美味いよな、コレ」


 新入りフルーツのアレインは大人気だ。

 かじってみるとぶわっと控えめな甘みのある果汁が弾けてくる。

 酸味が甘みを引きしめ、果物と野菜の中間のようで食べやすい。

 食べてもいいが、酒の割物にもとてもよさそうな味だ。


「そろそろ酒が飲みたいなー……」

「子供はお酒飲んじゃいけないんだよ、クロア」

「私は成人済みだからいーの」

「「「「成人済み?」」」」

「えっ」


 ベルガミュア以外の全員が驚いた声をあげ、逆に驚かれたことにクロアが驚いた。

 そんなに若く見られていたとは思わなかった。

 確かに日本人は若く見られがちだし、クロアは背丈が低い上に発育もよくないけれど。


「私25なんだけど」

「は? 25歳じゃオレより下じゃねーか!」

「じゃーラーシスくんはいくつなんですかー」

「26歳」

「その見た目で26って!」


 どう見てもせいぜい中学生なのに、堂々と嘘をつく態度にクロアは笑い転げる。

 しかし変な感じがした。

 クロア以外は誰も笑っていない。


「割と見たまんまだよな?」

「私が23歳だから、私とお兄ちゃんの間がクロアってこと? 大人っぽいね?」

「大人、すぎる」

「え? みんな何ふざけてるのさ……?」


 奇妙な沈黙が流れた。






「はー……」


 クロアは頭を抱えて溜息を吐いた。


「この世界の成人は40歳で? 寿命が200歳近いって?」

「そうだよ」


 オルウェンの肯定が無慈悲だ。


 この世界の人間は、故郷とは成長曲線が違うらしい。

 1人で2世紀超えるなんて信じられないが、本当に冗談ではないようだ。

 だからラーシスが26歳なのも、嘘ではないと。


「頭脳は同年代のはずなのに、見た目と心が子供なのか……なんだこの違和感……」


 目の前の人間は、年上の子供。

 違和感で頭がぐるぐると混乱した。


 ちなみにオルウェンは78歳で、シグが35歳だそうだ。

 オルウェンは40代前後の見た目なので、おそらくこの世界の人間の年齢は、故郷の年齢の2倍前後が相当なのだろう。


 しかしそうすると、シグには違和感がある。


「シグって思ってたよりも歳上なんだね?」

「35歳はウソだろ!」

「歳の割には幼すぎるな。色々あったんだなぁ」


 はてな顔でリーシアとラーシスたちの会話を聞いていると、オルウェンがそっと耳打ちしてくる。


「そっちの世界がどうか知らないが、子供は苦労が多いと成長しないんだ」

「そういうこと……」


 シグの手足の古ぼけた枷を思い出した。

 長年の使用を思わせる傷だらけの枷と手足。

 苦労が多いと成長しないなら、間違いなくシグは成長しないだろう。

 皆の年齢から換算して17、18歳くらいだろうに、シグもよくて中学入りたてくらいにしか見えなかった。


「シグって背も小っちゃいよな? 帽子とったら、オレより小さいんじゃねーか?」

「やめ、て」


 シグの帽子を奪い取ろうとして、悪い顔をしたラーシスが飛びかかる。

 じゃれつく姿は子供だが実は年上という複雑な気持ちでそれを眺めながら、クロアは焼けてきた魚を取った。


「あ」


 シグの帽子が地面に落ちた。


「きゃあ!?」


 ふうふうと息を吹きかけて魚の身をかじろうとした口のまま、悲鳴に驚いて固まった。

 リーシアがシグを見てぶるぶると震えている。

 ラーシスも真っ青な顔で体を硬直させている。


「どーした? デカい虫でもい……た?」


 ラーシスとリーシアの視線の先を追うと。


「……ツノ?」


 シグの右側頭部には、まるで鬼のような太く短い角があった。

 耳の上あたりから生えたそれは、後頭部へ向かって曲がりながら伸びている。


「ま……まさか、魔族……なの……!?」


 先に食べていたオルウェンは、魚を地面に落として後ずさった。


 魔族。

 まだ見たことのない、人族ではない種族。

 聞いた話では、魔族は必ず角が生えているという話だった。


「———っ」


 シグは角を隠すように手で覆う。


「シグ、」


 クロアがかけた言葉を遮るように、顔をくしゃくしゃにしてシグは森へと走り出した。


「シグ!?」


 少し離れたところにいるベルガミュアがほんの少しだけ驚いた顔をしているが、他は一様に恐怖で顔面蒼白だ。

 先程まで仲良く話していたのに、化け物でも見つけたような顔だ。


「ニャスタ!」

「にゃす?」

「1匹はシグを追いかけて、魔獣に襲われないように誘導してあげて! あとで私も追うから」

「にゃっす-」


 了解とでも言うように返事をしたニャスタが、びゅんと飛んでいった。


「………………」


 振り返れば、皆はまだ恐れおののいたままの状態で、不安そうにクロアを見ていた。


「……とにかく、みんな落ち着け。まず元の場所に戻って座ること」


 クロアが冷たく言い放つと、互いに顔を見合わせて、戸惑いながらも焚き火を囲うように座り込んだ。

 ベルガミュアだけ最初から動いていないので、そのまま我関せずという顔で焼きポタイモを咀嚼している。

 おそらくベルガミュアにとって、シグがどちらであっても興味がないのだろう。

 普段なら冷たいだの思うところだが、今の状況ではむしろ良いことなので放っておくことにする。


「まず状況について確認しよう。シグの頭に、角っぽいのが1本生えてた。これは間違いなくみんなも見た事実だよね?」

「……ぉ、ああ……」


 ラーシスが乾いた声で肯定する。 

 リーシアとオルウェンも小さく頷いた。


「角がある人間は例外なく魔族なの?」

「……そうだろうな……王国でも神聖国でも、角のある人族なんていない。これまで生きてきて聞いたこともない。いたら大騒ぎだよ」

「ふーん。じゃあシグは、何らかの魔族に連なるモノって可能性がかなり高いのね」

「だから魔族だって!」

「ラーシス」


 クロアは声を荒げたラーシスを遮った。


「シグ本人がそう名乗った?」

「……名乗っては、ねーけど!」


 たじろぐラーシス。


「魔族と人族の間に生まれたハーフ。先天性の奇形。新型、あるいは珍しい病気による骨の異常変形。変態によって人為的に植え付けられて弄ばれた痕」

「…………!?」

「これくらいなら、ありえるんじゃない? 少なくとも、そうでない証拠は存在しないわけだし。

 焦るのはわからんでもないけど、冷静さを忘れないように」


 ラーシスは何か言いたそうに口をぱくぱくと開き、だが結局何も言わずにうつむいた。


 自分の声に怒気を含めてしまったことに、クロアは気付いていた。

 あまり好ましくないことだと分かっているつもりだが、今は特にそれをフォローしたい気持ちはない。


(あの態度はあんまり過ぎる)


 最後に見えたシグの顔は、ただ悲しくてつらくて泣きそうなだけの、ただの子供だった。

 友達なら、まず話を聞くくらいのことをすればいいのに。


(実際のとこ、純粋な魔族ではない気がする……)


 人族と魔族は数百年もの間、冷戦状態であると聞いた。

 つまりこの2国に表立った交流は全くない状態だ。


 数百年も国交がなければ、全く違う文化が育ち、日頃の行いに違いが出る。

 所作や話し方、挨拶など、些細なところにも。


 それにしてはシグの日頃の行動や話は、ラーシスやリーシアと遜色ない。


(勘だけど、シグは本当に人族の国で育ったような印象だな)


 クロアの目には、シグは人族の国で育った人族に見えた。

 異世界人のクロアにはシグの種族が何でも構わないのだが、この世界の人族にとってその違いが重要なことなのは仕方あるまい。


「……魔族は邪悪で汚らわしいモノ、なんて誰かが前に言ってたけど……みんなそう思ってる?」


 クロアの質問に、皆が目を伏せる。


「魔族は怖いよ……殺されちゃうよ……」

「野蛮な種族だ……。危険過ぎる……」

「魔獣の角が生えた下等な生物なんだぞ……」

「はぁ。生まれた時から教え込まれたら、そうなるのは仕方ないだろうけどさー……」


 大体予想通りの返答で、クロアは頭を抱えた。

 なぜシンプルに考えられないのか、不思議というか鬱陶しい。

 故郷にもあったことだが、ただの差別思想だ。


「…………あのさー、私の故郷の話なんだけど」


 クロアの話が急転換したので、3人が不思議そうに顔をあげた。


「私の国、すごいケモノがそこら中にたくさんいるのよ。鋭い牙と爪をもつ四つ足のケモノでさ。

 性格は気まぐれで、あっちから近付いてきたと思ったら、急に怒って威嚇してきたりすんの。すんごい毛を逆立てて、体を大きくしてね。

 縄張りに侵入者がいたらすぐ飛び掛かるヤツらで、雑食だからなんでも食うし、獲物の死体を口にくわえてこっちに歩いてくる姿なんて本当に怖い」


 クロアはおもむろに服のポケットからスマホを出して、電源を入れた。


「オマエの故郷って、魔獣いないんじゃなかったのかよ」

「うん、魔獣じゃないからね。魔獣を想像した? リーシアはどう?」

「牙と爪の魔獣だから……ヘルハウンドみたいなの……?」


 会話をしたままスマートフォンのギャラリーフォルダを開いた。


「コレがそのケモノ。“ネコ”っていうの」


 クロアがスマホを見せると、皆の目線が集まる。

 

「……これがその獣?」

「小さい! むしろかわいい」

「なんだよ、こんなの全然怖くねーじゃねーか」


 開いていたのは猫動画。

 ふわふわの猫がおもちゃで遊ぶ映像だ。

 スマホを見つめるリーシアとオルウェンの周りには、可愛いという文字とハートが浮かび上がっている気がする。


「これと同じだと思うんだよ、シグも」

「シグ?」

「私の話だけを鵜呑みにしたら、獰猛な生き物を想像したでしょ?

 実際はこんなかわいい生き物なのに。

 でも私、一言も嘘はついてないんだよ。そう聞こえるように、そう見える側面だけを話したから。

 自分の目で見た、聞いたもの以外の情報なんて、結構アテにならないと思わない?」


 3人が困った顔をする。


「シグが人族だから一緒にいたの? シグだから一緒にいたんじゃないの?

 同じ人族でも一緒にいられないヤツだっていたよね。ホラ、リーシアをさらった連中とか」


 誰も何も言わない。

 クロアは続けた。


「人族だって色んなヤツがいるように、魔族だって色々なんじゃないの?

 少なくともシグは、私たち誰かを傷つけようとしたこともないし、何なら捕まった友達を命がけで助けに行ったのに」


 ふう、と溜息を吐いて次の言葉は飲み込んだ。

 これ以上詰めると、さすがに可哀想か。

 3人は各々困ったような焦ったような顔でまごついている。


「これ以上は、もう言わないよ。でも私は一度、シグを連れてくる」

「え……」

「シグを拒絶するのも理解出来なくもないけど、話もナシにお別れはどうかと思う。

 こんな中途半端な別れ方したら、きっと後悔するだろうさ。どっちもね」

「でもクロア……」


 リーシアの潤んだ瞳がじっと何か言いたげに見つめてくる。


「……とりあえず私は、魔族だったからなんて理由で、あの子をひとり危険な森に放り出すつもりはないよ。

 みんなもどうしたいのか、私たちが戻るまで考えといて。ニャスタ」

「にゃす?」

「うん、案内して」


 暗闇の中、ニャスタの頭上に小さな光が灯る。

 ニャスタ自身が明かりとなって、ふよふよと森を奥へ進み始めた。

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