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014 :// ニャスタと秘密の地下 -4-

 ズ———ン


 そんな言葉がベルガミュアの背後に見える気がする。

 種族によって国を隔て、冷戦状態であること。

 文明度が低い世界であること、呪いの地である地上では基本がサバイバル生活であること。

 その他もろもろをかいつまんで説明したところ、ベルガミュアはすっかり暗い顔になってしまった。


 ちなみにベルガミュアの時代についても聞いてみたところ、魔族や魔獣なんてものはなく、イメージ通りの便利で未来的なものだった。

 クロアの故郷(にほん)より、ずっと。


「フフフフ……わかるよー」


 クロアはほくそ笑んだ。

 ベルガミュアはきっと、かつての自分と似たような考えを抱いているであろう。


「わかるわかる。便利な世界に生きてると、原始的な生活って難易度高いよねー。

 何が食えるのかわかんないし、野生の生き物つかまえて食うって、さばき方すら知らないよねー」

「…………そうですね」

「フツーに金払えば、食事も宿もどうにでもなるのが当たり前だったのに、金に何の価値もない環境なんてありえないよねー」

「…………そうですね」

「風呂ってそっちの文化にはあったのかな? 体も髪も川で洗うしかないとか、しんどいよねー。しかも命懸け。

 トイレも草むらでして、土かぶせてごまかすとか、しんどいよねー」

「…………そうですね」

「サバイバル知識とか勉強しておけばよかったって思うよねー」

「…………本当ですね」

「|ウェルカムトゥーザヘル《じごくへようこそ》」


 英語が通じた、と思った頃にはベルガミュアが顔を覆ってしまった。

 だがこの苦しみ、悲しみを誰かとシェア出来ることが正直嬉しい。


 ふと思い出して、うしろでちょこんと座っているニャスタを手招きした。

 持たせたままだった魚を受け取る。


「とりあえずこの魚はあげよう。あとでふやかして食べるといいよ」


 自分が追い込んだのだが、落ち込むベルガミュアに魚を差し出した。

 ベルガミュアは魚を受け取り、じっと不思議そうに見つめてからがぶりと頬張った。


「あ。1万年の寝起きすぐで焼き魚は、消化によくないと思うよ……!?」

「…………!!」


 控え目に口に入れた魚の身を頬張りながら、顔がわずかに輝いたように見える。


(感動するほどおいしかった……?)


 素早く咀嚼し、ゴクリと飲み込むと、急に今までのような無表情に戻った。


「コールドスリープは簡単に言えば時間停止のような魔術ですので、問題ありません」

「……そうかい」


 いらぬ心配だったらしい。

 1万年も人間を保存する魔法のことも気になるが、話がとんでもない方向へ行ってしまいそうなので、追々聞くことにする。


「ベルガミュアは、これからどうするの?」


 おもむろに本題を切り出す。

 ベルガミュアは不慣れなのか骨と戦いながら、ゆっくりもぐもぐと食べ続けている。


「さっき言った、上にいる私の仲間たちと一緒に行動する?」

「…………」


 魚を頬張りながら、遠くを見つめるベルガミュア。


「不満? 別に嫌なら来なくていいし、行きたいとこあるなら止めもしないよ?」

「……いえ、すみません。そうではないのです。生きる術がないので、よろしくお願いしたいです。ただ……」

「ただ?」

「これから先、どうなるのか……どう生きていくのがいいのかと思いまして」

「どう生きてくか……?」


 言われてみて、自分も考えなければならないことだと気が付いた。


 食事に寝床、安全確保。

 今までそれらに気を取られてすぎて、考える余裕がなかった。

 なんとなく日々を過ごしているが、これからどう生きていくのか。

 そろそろもっと見通しをもった方がいいかもしれない。


 もちろん勇者になるつもりは毛頭無い。

 異世界を楽しむために冒険に出てみたい気持ちはあるが、魔獣相手に生き延びる力がないので、現状不可能だ。


「ふーむ」


 とりあえず欲しいもの。

 美味しいごはんと酒、そして楽しい遊び。

 余生には好きなだけ眠り、楽しいことだけして生きたい。


 今の状態では、そもそも環境が整っていない故に、実現が困難だ。


「そうか……」


 目指すところがわかった。


「決めた!」


 立ち上がると、ベルガミュアは不思議そうにクロアを見上げた。


「私、村……いや、街作るわ。そんで発展させて、失った夢を取りもどーす!」

「失った夢、ですか」

「うん。もとの世界ではね、不労所得で余生は自堕落ライフを送るのが夢だったんだー」


 露骨に何たわごとを言ってるんだという呆れ顔をされた。


「ムリだって思ってるでしょ?」

「いえ……別に……」


 しかし本当の夢だったのだ。

 今の会社で給料を貯金し、勉強していた投資を始め、増えた収益を元手に不労所得ガッポガポ。

 それを夢見て勉強もしていたし、そのために嫌な仕事も辞めずに頑張ったのだ。


「フフン、甘い。我々には普通のことが、今のこの世界では画期的アイディアだったりするかもしれないよ?

 我々のアドバンテージを活かしてお金持ちになって、不労所得ゲット出来るかもしれないよ?

 そう、もしかしたら! むしろ今こそ! チャンスなのかもしれない!」

「そう言われると、ありえないことでは無いかもしれませんが……」

「ほらねー? そのために、まず街が必要なんだよ。快適な自堕落ライフができる街が」

「……自堕落ライフは知りませんが。確かに、永遠に原始的な生活は勘弁願いたいですね」


 呆れつつも、ベルガミュアも納得しつつある。


「ベルガミュアはやりたいことないの?」

「好きなこと……別にそんなもの……」

「遠慮しなさんなー。今なら好きなことし放題だよ? 夢見ることはタダなんだぞ」

「夢…………」


 呟くと、ベルガミュアは遠くを見つめた。

 何かを思い出しているのかぼんやりと沈黙が続き、しばらくしてやっと口を開いた。


「……魔導具の玩具屋が、作りたかったです」

「えっ、魔導具作れるの!?」


 夢のワード、魔導具。

 もしかして、あのどこでも扉やコールドスリープ棺桶のような、未来的なものまで作れたりするのだろうか。


「……レトロな玩具程度です。火をつける道具だとか、原始的な。

 コールドスリープみたいな高技術のものは工場なしでは作れませんよ?」


 心を読まれた。

 というか、顔に出過ぎた。

 つい高望みしすぎてしまったことを、笑って誤魔化す。


「ゴメンゴメン。でもさ、魔法で動く道具ってことでしょ? カッコイイ!

 今この世界にそんな進んだ技術力なさそうだし、街があれば超売れるよ、たぶん!」

「そんなに褒められたものじゃないですから……」

「いやいや、何も作れない人間からしたら尊敬だよ。ていうか火をつける魔導具なんてこの前まで喉から手が出るほど欲しかったよ!

 もしかして、そういう仕事してたとか?」

「ええ、まぁ。魔導具工場でオペレーターをしていました」

「魔導具工場」


 工場のオペレーターが何かわからないが、夢のある職業だ。


「……地上にあった工場なので、もう残ってないでしょうね。ここは地下だから1万年も残っていたのでしょうし」


 無表情は変わらないが、どことなく寂しそうに感じた。


「……小さい頃の夢を叶えちまおうぜー。今ならなんでもやり放題だよ」

「でも……そんな褒められた職業では……」


 妙に躊躇うベルガミュア。

 随分自信がなさそうな雰囲気だが、クロアも適当なことを言ったわけではなく、本当に魔導具は売れると思う。

 前にラーシスたちから聞いていたこの世界の生活スタイルを鑑みるに、かなり技術力がない。

 原始的な道具でも充分売れると思う。

 玩具よりは、先に生活用品的な魔導具がいいとは思うが。


「あ、いや、待てよ……救世主だ!?」

「はい?」


 ピンとひらめいた。

 そもそも自分たちだって、魔導具が欲しい。


 クロアは悪い顔で笑った。

 とても都合のいい話題だ。


「私は街作りたいんですけどー。人手も文明の利器も足りないんですよお。アラー、こんなところに魔導具職人さんが!?」


 無表情のベルガミュアを、クロアはわざとらしく覗き込む。


 定義はわからないが、魔導具とは科学製品を超えるようなもののようだ。

 魔導具が作れるベルガミュアが街作りを共にやってくれるなら、文明レベルは自然と上がる筈だ。


「仕事はいっぱい生まれますのよ? どうです? ウチで働きませんこと?」


 クロアは渾身の輝きを込めて、ベルガミュアに熱視線を送った。


「ずいぶんお調子者なんですね」


 ドン引きの顔が本当に無表情で怖い。


「まぁふざけてみたけどさー。実際、利害一致してるからよくない?

 夢とかやりたいこととか、とりあえず置いといて。まずは安心して暮らせる場所は欲しいでしょ?」

「…………まぁ、そうですね」


 ベルガミュアは諦めたように肩をすくめた。

 どうやらOKということらしい。


「ヨシ! とはいえ、まずライフラインから確保しなきゃいけないんだけどね! 実は替えの服ひとつ無いんだー」

「ブッ」


 噴き出すベルガミュア。

 どうやらツボに入ったらしく、口を押さえて肩を震わせている。

 表情は無表情なのに、たぶん笑っている。

 少しその姿が怖い。


「……く……よ、くもそんなレベルで、不労所得を、なんて言えますね……」

「働きたくないんだもん。夢はないより、ある方が生きやすいよ。私は怠けるために働くのさ」


 クロアはまだ地面に座ったままのベルガミュアに手を伸ばす。


「行こー。上に仲間がいるから、紹介するよ」


 困ったように笑って、控えめに手を取って立ち上がった。

 2人で歩き出し、その後ろをふわふわとニャスタがついてくる。


「ところで今さら失礼だけど、ベルガミュアって男? 女?」

「どっちだと思いますか」

「んー……女?」

「違います」

「へー、男なんだ」

「それも違います」

「えー? どっちも違うの? 流れ的にズルくない?」

「何か、してやられた感じがあるので、仕返しです」

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