013 :// ニャスタと秘密の地下 -3-
「さーて。あのヒト、そろそろ落ち着いててくれるといいんだけどなー」
来た道をニャスタと共に戻り始めるクロア。
ワープの水銀も気疲れしたしもういいや、と投げやりに通過する。
慣れてしまえば簡単なもので、ただの便利などこでも扉だった。
とりあえず、最大の謎だったニャスタの正体が分かった。
それだけでヨシ。
シンプルな道のりなので、すぐに美人の棺桶の部屋まで戻って来られた。
美人が閉じこもった扉はまだ赤く光っていて、開かないか触ってみるが案の定固く閉ざされたまま。
「あのお! ちょっと出てきて、話しませんかー!?」
コンコン、と扉をノックして叫ぶ。
が、何も反応はない。
「急に近付いたりしないんでー! 危ないこともしないんでー!」
相変わらず反応はない。
先程見たニャスタの地図ではここは小部屋だったので、声は届いていると思われるのだが。
「くそー。天照大神かよー」
落ち着くには充分な時間があったと思うけれど。
何か気を引くようなことをしなければ、天照大神よろしく天岩戸に閉じこもった美人は出てこなさそうだ。
何かヒントはないかと、クロアは美人が入っていた棺桶を調べることにした。
美人が飛び出した状態のまま、上面が開いた状態で放置されている棺桶。
中を覗き込むと、低反発のクッションと謎のケーブルがあるばかりで、他には何も入っていないようだ。
全く仕組みはわからないが、これも超絶魔法技術の産物なのだろう。
「にゃす~」
ニャスタが棺桶の側面に触れると、開いていた蓋が動いて小さめの空中ディスプレイが現れた。
『コールドスリープ端末 経過時間10853年43日』
やはり想像通りだった。
「それしかないよねー」
あの美人は、きっと滅亡した古代人の生き残りなのだ。
理解の及ばない謎の超技術によって、1万年前からここで寝ていたという展開に違いない。
驚くのに疲れたので、先回りして考えていくことにした。
あの美人が1万年前の王でも稀代の科学者でもホムンクルスでも宇宙人でも驚かない、と決意する。
浮かぶディスプレイに触れると、メッセージと文字が浮かび上がってきた。
『この端末を開いてくれた方へ。
ベルガミュアは気難しいところがあり、最初は苦労するかもしれません。でも幸せになるべき、いい子です。魔導具が大好きなので、それが突破口になると思います。
ベルガミュアをよろしくお願いします。カナリー』
まるで今の状況を見ているようなメッセージだ。
ベルガミュア。
それがあの美人の名前らしい。
「魔導具ねー……」
そのままだが、魔法の道具ということなのだろう。
今までこれといってそういうものを見た覚えがないが、しいて言えば。
「ニャスタって魔導具のくくりに入る?」
「にゃっす」
ぶんぶんと首を横に振るニャスタ。
少し不愉快そうに眉根を寄せている。
「うーん。ニャスタって何か魔導具って持ってる?」
またぶんぶんと横に首を振られる。
「イニティムスに聞いてみようか。あ、いや……」
ちょっと閃いた。
天照大神的に引きこもるなら、ソレに倣ってあの扉を開けて貰おう。
■□
「よいせっとー」
持ってきたカゴを、どしりと棺桶の前に置いた。
クロアは一度地上に戻り、みんなに問題ないことを伝え、必要なものを用意して戻ってきたのだった。
みんなもただ待つだけでは退屈だったようで、不在の間に近辺を探索して川や洞窟を見つけてくれていた。
それが今回の作戦に一役買ってくれた。
カゴから出したものは、軽く焼いた魚1尾。
石と木の枝、葉っぱを少々。
そして花蝋を入れた、謎の殻。
この謎の殻は偶然拾った、椰子の実の殻みたいなもの。
その殻に花から出る油を入れて、ラーシスに火をつけて貰った。
長時間は持たないが、ちょっとした蝋燭として火種になる。
クロアはせっせと小さな焚き火を作り始めた。
枯れ葉を手にしてさっと火をつけて息を吹きかけると慣れたもので、早々に焚き火が出来上がる。
そこで取り出すのは魚だ。
地上で食べられる程度に焼いたので、そんなにしっかり焼かなくてもいい。
大事なのは匂いだ。
木の枝に刺さった魚を、焚き火にかざす。
魚の匂いがしてきたところで、手を空けるためニャスタに渡した。
ニャスタは短い両手で木の枝を持ち、楽しそうに魚を炙ってくれている。
煙で火災報知器のようなものが作動しないか心配だったが、問題ないようだ。
充満する魚の匂い。
ヨシ、と心で呟き、クロアは服のポケットからスマホを出した。
故郷の荷物はほぼ持ってきていなかったが、これだけは万一にも盗まれたくないので持ってきていた。
スマホの中の思い出だけはプライスレス。
電源を入れ、ローカル保存していた音楽をスピーカーモードにして流す。
♪~~♪~~~~
違和感がすごい。
(わぁ……)
自分でやったことだが、ちょっと引いた。
異世界で響く、エレキギターとシンセサイザーの音。
これぞ天照大神が岩戸に隠れてしまったが、外の宴会に惹かれて出てきてしまうという神話の再現、天岩戸大作戦である。
「あ」
ふと扉の機密性について考慮していなかったことに気付いたのだが、気付かなかったことにした。
もしかしたらニオイも音も届いていないかもしれない。
「……いっか。ものは試しだよねー」
持ってきていた長めの木の枝を手にし、扉の脇に陣取る。
息を殺して身構える。
1分ほど経った頃、ドアの赤い光が音もなく消えた。
来たか、とクロアは木の枝を握り締める。
ドアがスライドして隙間が開いた瞬間———木の枝を隙間へと突っ込んだ。
「ひっっ」
開いてしまえばこちらのもの。
てこの原理で無理矢理ドアを開けた。
ドアの隙間から覗き込んでいた青い瞳が、飛び上がった。
「落ち着け! 話を聞け! 私の名前はクロア。あなたはベルガミュア?」
「な……なんで……?」
「あの棺桶に書いてあったよ」
青ざめた顔のベルガミュアは、一層顔色を悪くする。
何もない小さめの部屋の隅へと逃げ、転び、こちらを見たままじりじりと後退していく。
怯える野良猫さながらの姿はまるで、こちらが誘拐でもしにきた悪の何かである。
「……そんなに逃げなくてもよくない!?」
どう見てもクロアの方が背も低く、日頃の運動不足で筋肉は付いておらず、軟弱さを絵に描いたような女だ。
そして木の枝も置いたので丸腰。
正直、怖れられる要素ゼロの自信があった。
むしろこの世界ではトップオブ無害の自負がある。
なのにこのビビりよう。
失礼極まりなく、クロアもほんのり怒りを覚えた。
「異世界人なめるなよ! 文明の利器がなけりゃー何一つ出来ないし! 自分の爪よりデカい虫だって怖くて殺せないんだからな!」
ゴキブリは勿論のこと、実はカナブンも怖い。
自宅の玄関にいた時は怯えて父に電話したものだ。
夏の恒例行事である。
「異世界人……?」
「そうだとも!」
もう投げやりだ。
本来なら信頼を得てから明かすべき内容だと思うが、これで会話が出来るならもう安売りしてしまおう。
ベルガミュアは驚いた顔でクロアを上から下まで観察した。
むしろこちらが驚く。
ベルガミュアの顔には不思議と疑いがなく、感心するような雰囲気すらある。
「え? 信じちゃうの?」
こちらの疑いの眼差しに、ベルガミュアは気まずそうに顔をそらした。
「異世界から生体を召喚する理論は、私の師匠が提唱しました……」
「え? そうなの?」
「まだ試験段階にも至ってませんでしたが……異世界の観測記録は見ました。
異世界人がありえない存在とは思いません」
謎の親近感とすんなり肯定された違和感に、クロアも狼狽えて無言になる。
まさか提唱者の弟子とは。
「……………」
「……………」
互いに見つめ合う、妙な時間が続いた。
「…………それで、落ち着いた?」
ベルガミュアはびくりと肩を震わせた。
「……えっと……その…………」
クロアに目を合わせず、もごもごと口ごもる。
沈黙が長いが、クロアはただ待った。
「…………状況は、分かりました。1万年も……コールドスリープされていたことも……。国が……滅びたことも……」
「ん? どこでそんな情報を?」
「コールドスリープ端末は、解凍時に混乱を避けるため、簡易メッセージが再生されるようになっています。……それで」
「そうなんだ」
なんて恐ろしい技術なんだ。
その技術について色々あれこれ追求したいが、今はそのタイミングではない。
気持ちをぐっと抑えて、ベルガミュアの言葉を待った。
「あの……すみません、いろいろと……」
随分と冷静になったようで、ばつが悪そうに目を伏せた。
「……私、別に特別な人間でもなんでもなくて、ただ周りの環境がたまたま良かったから、なんとなく生きてこられただけで。
こんな風に未来に送り出されても、何をどうすればいいのか……。
もっと生きるべき人間がたくさんいたのに、私なんかが生きてていいのか、分からなくて……混乱、してました」
想像よりも深刻に考えていたことに、虚をつかれたような気がした。
「……真面目だね?」
「……そうですか?」
「私も異世界から勝手に召喚されたけど、そんな風には……あー。うん。偉いと思う」
ただ失った貯金のことばかり考えていた自分が後ろめたくなって、クロアは心の奥底に記憶を封印した。
「……まぁ、複雑な気持ちにもなるよね。きっと世界も全く別物になってるんだろうし」
「今、世界はどんな状態ですか?」
「私もこの世界に来たばかりだからよく知らないけど。ざっくり説明するとこんな感じかな」




