012 :// ニャスタと秘密の地下 -2-
びっくりして変な声が出た。
先日のニャスタの声とは違う女性のような声が棺桶から聞こえて、魔法陣が棺桶の上に展開される。
「今度はなに……!?」
魔法陣の光が点滅してはくるくると回転し、消える。
棺桶の蓋が形容しがたい不思議な動きで開いた。
蓋の一部が消えたが、まだガラスのようなもので覆われていて中が透けて見える。
「えーっ……ヒト……? いや人形……?」
中には人間らしきものが静かに横たわっていた。
目を閉じ微動だにしない姿は、人間ではなくて精巧な人形かと疑うほど美しい。
長い金髪はウェーブがかっていて、胸元から上しか見えないがそれだけでもすらりとしていることがわかる。
肌は透明感があって、睫も長い。
線が細く美しい女性のような第一印象だが、よくよく眺めると胸は平たく肩は広い、男性のような体格だ。
白いノーカラーシャツとグレーのパンツのシンプルな服装だが、美人過ぎて、それ含めて彫像のようである。
ガラス越しにじっくり観察していると、中に動くものがあることに気付いてハッとする。
「み、みず!?」
棺桶の中に、徐々に水が溢れてきていた。
どこから湧いているのか不明な水は、いつの間にか中の人を半分も沈めている。
「え!? いや待っ!? 死ん!?」
棺桶にはどこにも隙間がないのか、漏れることもなく中を満たしていく。
このままでは、中の人が溺死する。
慌ててクロアはガラスをガンガンと叩いたが、手が痛いだけでびくともしない。
水は早々に満たされていき、既に見えているのは中の人の顔面だけだ。
「ちょっ、ニャ……!? 開けっ!? これ! 死ん死死死ぬ!?」
「にゃす~」
焦るあまりに言葉にならない言葉をまくし立てるクロアに、ニャスタは不思議そうに首を傾ける。
「いや、このままじゃこのヒト死んじゃう!? 開けられない!?」
「にゃす~」
「にゃすじゃない! なんかコレにやってたでしょ!? とめて!」
イラッとしてニャスタを捕まえ、ぶんぶんと振る。
なんともないらしい顔が憎らしい。
棺桶に水が充ちる。
「ああああああ!!?」
美人の顔が、水に覆われる。
慌ててまたガラスを前から横からと叩くが、やはりヒビすら入らない。
水に揺れる長い髪。
「ん?」
ふと気付く。
気泡が出ていない。
「え………………」
普通こういう時、鼻や口から空気の泡が出てくる筈だ。
それがひとつもない。
———実は死体?
クロアは自分の考えに身を強ばらせた。
(こんな超絶美人、死後に保存しとこうとするヤツいそうだよね……?)
エジプトのミイラ、ホルマリン漬け、様々なものが頭をよぎる。
ごくり、と息を呑んだその時。
ピーーーーー。
謎の電子音らしきものが響く。
「…………?」
見れば、しゅるしゅると水が瞬く間にどこかへ吸い込まれていく。
「………………」
間に合わなかったのか、間に合ったのか。
そもそも、生きていたのか。
全く分からない。
恐怖しながら棺桶の中の人をそっと覗き込むと、はじめから変わらない美麗な顔がそこにあった。
(……濡れてない? なんで?)
棺桶の中の異常さ。
水が入っていたのに、服も体も、全く濡れた様子がない。
眉間に皺を寄せてじっくり中の人を見ていると、棺桶の蓋が全て開いて消える。
クロアはそっと息を殺して、人間なのか人形なのか死体なのかを確認しようと覗き込む。
静かに閉じていた瞼がパッと開いた。
「わあ!?」
「μπァΤγεε!?」
驚いたクロアが飛び退くが、相手も驚いたようで謎の言葉を発しながら飛び起きた。
「…………!」
美人はあたふたと周りを見渡す。
何か言いたいわけではなさそうだが、口がぱくぱくと開いたり閉じたりと忙しない。
「…………!!」
だばだばと滑ったり転んだりしながら棺桶から這い出てきて、クロアが来た方向とは違う方向へ駆けだした。
気付いてなかったがまだ奥にドアがあったようで、そこに美人が逃げ込んだ。
ドアはぴしゃりと瞬時に締まる。
ピン、という音がしてドアの縁が赤く光った。
「え、もしかして鍵かけた?」
驚かせたのは申し訳ないが、そこまでするか。
(私あんなに心配してたのに! なんか失礼じゃない!?)
傷ついたような、怒りのような、複雑な気持ち。
この思いをぶつける先がないので、もやもやしながら仕方なくドアを確認する。
先程の動きを見るに、ドアの隣のパネルのようなものを触るだけで開く仕組みのようだが、うんともすんとも言わない。
「あのー。お話しませんかー?」
ドアの前に座って待ってみるものの、出てくる気配どころか返事もない。
(うーん……少しすれば落ち着いて出てくる……?)
何もない部屋で一人、5分で諦めた。
きっと無理に開けても、また驚かせるだけだろうしと自分を納得させて、クロアは来た道を戻った。
「仕方ない……探検でもしてみるかねー……」
少し時間を潰そう。
幸いにも見所は腐るほどありそうだ。
「しかし広いなー。地図でもあればいいのに」
「にゃす?」
大通りまで戻ってきて呟くと、ニャスタの指先から光る板のようなものが出てきた。
「おっ……と、ふふん。もう驚かないもんね。空中ディスプレイか」
ニャスタの出したディスプレイに指を伸ばすと、普通の質感とは違う、何か空気の塊に触れているような不思議な感触がする。
表示されているのは近辺の地図のようだ。
スマホ感覚で触れてみると、想像通りにスワイプやピンチイン、アウトが出来る。
なんだか楽しくなってきた。
「広いけど、この辺りは全部立入り禁止?」
中央のエリアから無数に放射状に伸びた居住地なるエリアがあるらしいが、危険・立入り禁止と表示されている。
かなり広いように見えて、行ける場所は限られているようだ。
地図の中央の柱には“イニティムス”と表示がある。
何かはよく分からないが、真ん中にあるからにはきっと重要なものに違いない。
「ここ行ってみよー」
「にゃす!」
ニャスタが片手を挙げて返事した。
どうやら案内してくれるようで、ふわふわと前を進み始めた。
超巨大空間は、綺麗に区画整理されていて、中央から外へ向かって真っ直ぐ道が伸びている。
その道の間には形状が揃った建物がびっしりと並んでいる。
最初から予感していたが、これだけ広いのにやはり他に誰もいないようだ。
もう長らく生き物がいなさそうな雰囲気で、空気は廃墟のそれとよく似ている。
しかし建物は傷みもなく綺麗なままで、地面にはごみもないので違和感がある。
進んでもクロアとニャスタの声以外には時折機械音のようなものが聞こえるだけで、ペーパークラフトの模型の中にでもいるような気分になってくる。
ニャスタに導かれて建物に入る。
建物の中は相変わらず真っ白で、高い天井に細長い廊下。
しかし今までと違って、この建物の中には左右に扉がいくつも並んでいる。
違いのつかない同じような扉の中の一つの前で止まり、ニャスタがドアに触れた。
「おおう」
扉に魔法陣が光り、回転する。
ドアが消えるようにして開いた。
「何コレ」
ドアが開いたが、先が見えない。
まるで水銀のようにこちらを反射して波打つ液体のようなものが広がっている。
「にゃす~」
ニャスタは普通に、その水銀に入っていった。
液体のようだが音はなく、マシュマロボディはその中へ吸い込まれていった。
「…………」
さすがにこの中に入るのは勇気が必要だ。
奥行きはどれほどなのか。
呼吸は出来るのだろうか。
ぐるぐると不安が渦巻いた。
「……コレ入ったら死ぬヤツじゃない? 大丈夫かな」
クロアが水銀を見つめていると、ニャスタの顔だけが飛び出してきた。
「にゃす!」
はよ来い、とでも言いたげに短く鳴くと、また水銀の中に消えた。
「むー……仕方ない。せーのッ……!」
思い切り息を吸い込んで、飛び込んだ。
中は見えるようで見えないような、視力悪い人の視界のような、もやがかった灰色の世界だ。
あの得体の知れない水銀は表面だけの薄いものだったらしい。
灰色の世界の数メートル先に、ドアほどのサイズに切り開かれた光る長方形がある。
あれが出口だと直感して、思い切って飛び込む。
「わわわ」
勢い余って、転びかける。
辺りを見回すと、先程の建物とは違う景色が広がっている。
正面には機械風の何かが組み込まれ、管のようなものが張り巡らされた、大きな壁。
とりあえず安全なようなので、止めていた息を思い切り吐いた。
じっくり眺めて、これがあの超巨大空間の中央の柱だということに気付いた。
振り返ると、来た時にあったような水銀が波打つ扉があり、その扉は壁に面していなかった。
「つまり、どこでも扉だと……!?」
何かを叫び出したい衝動にかられる。
よく考えてみると、例の青髪の男に襲われた時、ニャスタがショートワープみたいなものを出した記憶がある。
ニャスタとこの場所においては、あって当たり前の機能なのかもしれない。
「にゃす~」
ニャスタが巨大な柱である正面の壁へと進み、短い手をかざす。
すると、1メートル四方の空中ディスプレイが現れた。
空中ディスプレイの中央にはイニティムスという文字が躍る。
『イニティムスへようこそ』
「うわ喋るぞ!」
『イニティムスは音声対応可能な都市機能AIです。筆記入力も可能ですので、ご希望をお聞かせください』
「…………いや、音声でいいです」
しょんぼり。
自分の故郷でも機械は喋るので、ちょっとしたネタのつもりで言ったのに真顔で返された感じだ。
(ていうかAIがあるのか、このファンタジー世界)
AIと言えば科学技術の発達した自分の故郷の領分であるイメージだったので、ファンタジーな異世界にあるとなんだか困惑する。
『現在この都市のマナプール容量は8%です。イニティムスの機能は制限されていますが、可能な限り対応致します』
複雑な気持ちだが、これはとてもいいチャンスだ。
ニャスタが喋らないので、代わりに色々聞ければあらゆる謎がスッキリするかもしれない。
顎に手を当てて、山ほどある疑問点のどこから手をつけるべきか考える。
「……まずはこの場所について教えて欲しい。ここは何? なんで人がいないの?」
空中ディスプレイが変化して、何か映像が始まったようだ。
『ここは大型地下都市ルーン・イニティムス。
最新の超大型魔導AI、カーバンクルを導入した新型都市としてデザインされました。
カーバンクルがまだ学習中だったため、100万人の住民規模で試験運用を開始。
その2か月後、ハルテア・オーダー、隕石落下事件の混乱によって、国及び都市として崩壊しました。以降住人は存在しません。イニティムス復旧までの空白時間がありますが、おそらく状況から推測して10853年前からその状態を維持していると思われます』
「いちまんはっぴゃく」
本当に、滅亡した超文明の遺跡だった。
しかも1万年という途方もない遙か古の。
「1万年って、紀元前?
……原始人……までは行かないか。石器時代?」
故郷の歴史と照らし合わせて、気が遠くなる。
それだけの時間があれば当然生き物の気配はないだろうし、生活用品の一つもなくて納得だ。
むしろ建造物が綺麗な状態で残っていることに驚きを禁じ得ない。
「ええと……イニティムスは、都市機能AI? って言った? 何それ?」
『このルーン・イニティムスでは住人のパーソナルサポートをカーバンクルが行い、完璧なライフプランニングを実行することが可能です。
カーバンクルがパーソナルデータを収集し、その情報を連携、都市機能として稼働することが私の役目です。私の動力兼、その他都市機構に使用されるマナプールのことも都市機能AIに含まれます』
空中ディスプレイの映像で、なんとなく理解する。
カーバンクルというものが個人に1体ついて、サポートする。
そのデータをイニティムスに送信。
イニティムスはそのレスポンスとして乗り物や工場、店を動かしているようだ。
雰囲気的に、イニティムスは都市の中央制御装置のようなもののようだ。
「今も使用出来る機能はどんなものがある?」
『搭載機能は全て復旧されています。マナ補給があればいつでも使用可能です。搭載機能を表示します』
空中ディスプレイに文字がどんどん表示されていく。
「都市生活基盤管理機能、住民管理機能、統合金融機能、一次産業管理機能……うう」
読むのがしんどくなるような文字量に圧倒される。
文字に触れるとヘルプのような補足情報が出てくるが、ざっくり見ただけでも恐ろしいほど膨大なシステムだ。
一番分かりやすいもので、住民管理機能。
100万人の個人が登記簿登録され、銀行システムや治療情報から日別の移動情報など、あらゆる個人情報が管理できるようだ。
用語がわからない部分も多いが、恐ろしい容量と機能であることは理解出来る。
間違いなく、故郷日本でもこんな機械は100年経っても作れない。
『なお、カーバンクルはイニティムスとは別個体のため、機能を表示しておりません』
「カーバンクルってさっきも聞いたけど、イニティムスみたいなAIってこと? どこにあるの?」
『あなたの隣にいます。その小さな白いアバターです』
隣のニャスタと目が合った。
「オ マ エ か よ !!」
「にゃすぅ」
ぎょろりと睨んで掴んだニャスタをぶんぶん振ると、照れたように頬を染めるニャスタ。
別に褒めてない。
『カーバンクルは第三世代超大型魔導AIです』
「待て待て、えっとー。一応確認したいんだけど……AIって人工知能っていう意味で合ってる?」
『はい、問題ありません。
AIは魔術式により構築された知能を有し、学習によって進化します。
私イニティムスは、中型に分類されます。
超大型AIは中型よりもさらに巨大なメモリと複雑化された演算装置を持っています。
最も大きな違いは、人間と同等の感情機能も搭載されていることです』
「へ、へー……すごいね……」
故郷にもAIはあったが、それよりも進んだ段階の存在のようだ。
少なくとも人間と同等の感情を持つ機械は、まだSF映画の話だけだった。
「そのカーバンクルの基本機能は?」
『ユーザーの生活向上が主な機能です。日常生活サポートから知識ライブラリ機能、生体管理機能、認識魔術記述機能など豊富な機能を有しています』
意味不明の単語がちらほら聞こえるが、スマホに搭載されたアシスタント機能をイメージした。
「なんか、あっちにたくさん居たけど。リーダーとか代表はいるの?」
『あなたの隣にいる個体が本体です。他の個体は全て魔術式による投影複製体になります』
「複製体ってことは、コピー?」
『はい、その通りです。投影複製体は本体が有する魔術式によって作る、魔術立体映像を具現実装したコピー端末。つまり実体のあるホログラムです。
多数いるように見えますが、全てがカーバンクルであり、常に本体に同期されています』
「実体のあるホログラム……」
『なお本体のその白いアバターも投影体です。投影体はユーザーにより好みの形態に変更が可能です。カーバンクルの実機は、そのアバター内にある小さなキューブになります』
「このやわらかボディも魔法で出来てるってこと? 技術レベルこわ」
隣のニャスタをもみもみと揉む。
たしかにふわふわした水風船のような感触があるのに、これがホログラムとは恐ろしい。
「このカーバンクル、最初普通に喋った気がするのに今はにゃすしか言わないんだけど、どうしてかわかる?」
『わかりかねます。カーバンクルはアバターの変更が可能ですが、どの形状をとっても言語能力や演算処理に問題は発生しません』
「んー。てことは、コイツ自身が喋りたくないだけ?」
「にゃっす~」
我関せずとも言いたげに、そっぽを向いているニャスタ。
「ぐぬぬコイツ、他人事みたいな顔しやがって……」
「にゃすぅ~」
頬を引っ張ってみるが、素知らぬ顔のまま。
このことに関しては、今のところこれ以上の情報は出なさそうだ。
「……とりあえずコイツのことは置いといて。あっちで四角い……箱? みたいなのに入った人がいたんだけど、なんでそこにいるのかとか、事情は知ってる?」
『住民登録のない個人のようです。イニティムスには情報がありません。お役に立てず申し訳ありません』
「さっきのヒトは情報なしかー」
気になることはまだまだ盛りだくさんだが、聞き出すととんでもなく時間が掛かる気がする。
皆も心配してしまうだろうから、一度切り上げた方が良さそうだ。
「まだ色々聞きたいけど、遅くなると困るからまたあとで来ていい?」
『イニティムスは、いつでもお待ちしております』
「ありがとー」
とりあえず1万年もここにあったのだから、急がなくても崩壊や破損はしないだろう。
これから生きていく上で役に立つ情報が眠っていることは間違いない。
それらを確認するのには、だいぶ時間がかかりそうなので一度みんなのところに戻って、改めてまた来ることにした。
「あー。あのヒトのことも見てかないと」
かなり情報量のあることばかりで頭が疲れたし、本当なら放っておきたいところだが、さすがに食糧もないこの地下都市に置いていくのは忍びない。
クロアはあの部屋へ向かうことにした。




