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011 :// ニャスタと秘密の地下 -1-

 ちょんちょん。

 食事を終え、今日の予定について皆で話していると、ニャスタがクロアの肩をちょんちょんとつついた。


「なに?」

「にゃすー」

「どこ行くの?」

「にゃす! にゃっすー!」


 ニャスタがふわふわと飛んでいく。

 そして振り返って、ぴょこぴょこと空中で跳ねる。

 どうやら呼んでいるらしい。

 ニャスタのところまで行ってみると、また森の奥へ進んでいこうとするので、むんずと胴体を掴んで捕獲した。


「クロア、ニャスタは行きたいところがあるんじゃないのかな?」

「そうなの? それって遠い?」

「……にゃす」


 しれっと肯定するように頷くニャスタ。

 ちょっと来てのテンションだったくせに、遠出したいらしい。


「もしかして精霊様の巣じゃねーか!?」

「巣」


 そんな鳥とか猫じゃないんだから。

 いや、むしろ合っているのか。

 クロアはぐぬぬと悩んだ。


「他にも、精霊様、いるの?」

「見たーい!」


 少年少女たちの瞳がキラキラと輝いている。

 シグですら興味津々な様子だ。

 これは絶対に行きたいと言い出す流れ。

 クロアとしては足も痛むし、まだもう少し怠けていたいのだけれど。


「果物は昨日たくさん獲ってきたし、魚もあの網で獲れるし、行ってみるか?」

「わーい!」


 オルウェンの鶴の一声、というよりは誰かが言い出すのを待っていた少年少女たちが歓喜の声をあげる。

 どこまで行くのか分からないし、危険かもしれないので全員で行くのはどうかと思ったが、いつになく楽しげな子供たちを見ると、クロアは何も言えなくなった。

 こういう様子こそ子供の本分だというのに、傷を抱えた少年少女たちはいつも苦労ばかりなのだ。

 仕方ない、たまには気晴らしも必要だろう。


「遅くなるかもしれないから、食料も持ってこう。みんな準備してー」

「おー!」

「コレと、コレと!」

「水筒忘れんなよ!」


 少年少女たちにエネルギーが漲りすぎて、ちょっと怖かった。



          ■□



 ニャスタご案内ツアーは結構な道のりだった。


 拠点からニャスタの案内に沿って真っ直ぐ進んでいるのだが、もうだいぶ歩き続けている。

 川を越え、丘を登って下り、森に入り、途中で沢を見つけたので休憩し、さらに歩き続けた。

 ニャスタは皆の様子を確認し、疲れた様子を見せたあたりから速度を緩めてくれていた。


 なお、真っ先に疲れたのはもちろんクロアである。


「クロア、足は大丈夫なの? 痛くない?」

「うん、血も出てないからヘーキ……」

「最下級でいいから、ポーションがあればよかったな……」


 この世界にも、ファンタジーの定番アイテムであるポーションがあるらしい。

 飲んでもいいし、患部に直接掛けてもいいそうだ。

 最上級にもなれば切断した四肢もくっつく程の威力なので貴族でなければ持てないシロモノだが、下級なら安くはないが一般人も持てる程度のものらしい。

 最下級のものだと、軽傷の治りを早めたり、軽い風邪なら治るのだとか。

 クロアからしたら、なかなかズルいアイテムである。


「そーいやこの世界の魔法ってさ、治癒魔法みたいなのはないの?」

「そんなのあるワケねーだろ」

「ふふ。クロア、童話の読み過ぎだよ」

「ちがうし! 私の世界で魔法っていうと、そういうのがあるイメージなの!」

「普通はポーションで治すんだぞ。無くなった腕とかはエリクサーじゃないと治せねーけど」

「相変わらず中途半端なロマンしかない世界だなー」


 ズキズキと常に痛むので変な歩きになることがあったが、オルウェンが良い具合に杖によさそうな木の枝を拾ってきてくれたお陰でだいぶいい。

 しかし帰りもあるので、そろそろ着いてくれないかな、と思い始めた頃。

 ニャスタについて先頭を歩くオルウェンが、ふと足を止めた。


「いてっ。急に止まんないでよー」


 オルウェンの背中に顔面をぶつけたので文句を言うが、何も返答がない。

 見れば、オルウェンの顔色が随分悪い。


「呪石群だ……」

「じゅせきぐん?」


 呟いたオルウェンの横から前を覗き見ると、大きく開けた場所があり、黒い石がたくさん生えている。

 この森に来てからちょくちょく見かけると思っていたが、この石のことを言っているらしい。

 黒い水晶のようなものが地面から生えているだけなのだが、皆不安げに身を寄せている。


「こんなにあったら、進んだら死んじまうんじゃねーの……?」

「そんなに刺さる?」


 クロアはすぐ近くに落ちていた黒い石の破片を拾い上げて見つめた。

 それを見たオルウェンが、ぎょっとしてクロアの手を叩いた。


「何してんの、捨てなさい!! 大丈夫なの!?」


 オルウェンはクロアの手を取ってあらゆる角度からチェックする。

 黒い石に触れていた部分の指先をこすり、穴が開くほど見つめている。


「クロア……? 痛くないの……?」

「いや、全然。なんなら足の方が痛いんだけど……?」


 クロアは落ちていた小石を拾っただけなのに、皆青ざめてクロアを見ている。

 そんなに何かマズイことをしたのかと、妙な焦りを感じ始めた。


「バカヤロー! その石は呪われてるんだぞ!」

「呪い?」

「とにかく触ってはいけない石と言われててな、革の手袋で触っても激痛が走る。素手で触ったら最悪死ぬと言われてるんだよ、その石は。ここが呪いの地と呼ばれる所以だ」

「なんかの怨霊? 魔獣の怨念がこもってるとか?」

「そういうんじゃねーけど、とにかくやべーんだって」

「えー。呪い……ねぇ?」


 オルウェンの解説に首を捻る。

 なんだか胡散臭い話だ。

 ファンタジー世界なのだから呪いもあっておかしくないが、この場合は切り離して考えた方がいい気がする。

 魔獣や魔法が関与しているなら、実際に呪いなのだろうが。


「触ると痛い以外に、なにか起こる?」

「いや、聞いたことないな」


 呪われているから触ると痛いのではなく、触ると痛いものだから呪われていると言われているだけでは。

 と、クロアは思う。


 例えば、皮膚接触だけで効果のある毒物が、科学未発達の世界では呪いとして広まる。

 なんてことは、さもありなんな話である。

 人は原因、仕組み、構造の分からないものを全て“呪い”で片付けがちだ。


(この石、放電でもしてるのかな? さっきガッツリ触ったけど……)


 本当に痛いのだろうか。


「えい」


 先程の小石よりも大きいソレを、人差し指で触れてみた。

 きゃああとリーシアが背後で悲鳴をあげたことに驚いたが、指先は何ともない。

 クロアはその石を丸ごと持ち上げた。


「いやー、私はなんともないみたい」


 皆が恐れ戦いて、退いていく。


「本当に……?」

「ホントー」


 他の石もぺたぺたと触ってみるが、なんともないようだ。

 そもそも生まれた世界が違うのだから、同じに見えてもこの世界の人間とは人体構造が異なるのかもしれない。

 あるいはチート能力か。

 疑問は残るが、とりあえずクロアにとって危険性はないようだ。


「にゃーすぅー!」


 道の先、開けた場所にはさらに多く、大きな呪石が群生している。

 先に進んでいってしまったニャスタが、その呪石群の上から呼んでいる。


「そこ通るのー!?」

「にゃー! すぅー!」


 ニャスタは呪石の上の空でぴょこぴょこと跳ねて下を指す。

 ここ、とでも言いたげな動きだ。


「なんか目的地、そこっぽいから私行ってくる」

「え!?」

「私は呪石ってヤツ平気みたいだからさ。みんなはこの辺で休憩でもしてて」

「一人じゃ危ないんじゃないかい?」

「クロア……」


 不安げなリーシアの頭を撫でた。


「危なそうだったらすぐ引き返すから。ササッと見てくるよー」


 杖を片手に、クロアは一人進んだ。






 呪石が生える道を進むと、木々がなくなり一気に空が広くなった。

 色とりどりの花も咲く草原は広く、爽やかな風が吹き抜ける。

 その草原の中に、呪石がびっしりと大量に生えていた。

 特に奥になるにつれ、サイズも大きくなっているようだ。


 遠かったので気にならなかったが、近寄ってみると呪石はかなり大きい。

 ちょっとした建物と言ってもいいレベルだ。

 ニャスタの方へ近付けば近付くほど、クロアの身長を余裕で超える高さのものが増えてくる。


「ほあー。すごー」


 まるで黒い水晶の宮殿だ。

 呪石の色は黒いが、間近で観察してみると微妙な透け感があって、中ではところどころ虹色の光が瞬く。

 故郷にあればいい値段がついたであろうこの美しい石を、呪いで済ますのは勿体ないと思う。


「にゃす~?」


 空からニャスタが降りてきた。

 ちょうど進む方角を見失いかけていたので助かる。

 ニャスタは見上げるクロアの顔面に腹でポムンと着地すると、また案内を始めるように先に進む。


「……今の、私の顔に落ちてくる意味あった?」


 やはり神ではないと思う。

 威厳がマイナス値だ。


「にゃっすっす~にゃっす~」


 歌っているらしいご機嫌なニャスタは、呪石の間を進む。

 高くそびえ立つ呪石は、もはや大樹のようである。

 狭い隙間もあるが、通れなくはない程度でなんとか進んでいく。


「にゃす!」


 あるところで、ニャスタが地面に降り立った。

 直径2メートルほどの、グレーで丸い金属が地面に埋まっているようだ。

 大きなマンホールのように見えるその上で、ニャスタが両手をあげている。


「にゃすん!」


 ニャスタの声に反応するように、その短い足下が黄色く光り始めた。

 光は線となって図形を描き、文字のようなものが浮かび上がってくる。


「ふぁッ……ファンタジー……!」


 それはいわゆる、魔法陣だった。

 光がくるくるとロードでもするかのように魔法陣に沿って移動し、上空に浮かび上がり、動いては変化する。

 それが消えたと思ったら、ゴゴゴという音がしてマンホールが消えた。

 そしてマンホールが消えた先には、下り階段が現れる。


「……地下かぁ……なんも見えないけど大丈夫かな」

「にゃす~」


 ニャスタが階段をふわふわと浮かんで降りていく。

 先の見えない階段に不安を感じつつも、クロアもニャスタを追って階段を降りた。


 下が暗いのでよく見ようと目を細めたクロアは、驚いて吐き出しかけた声を呑む。

 クロアが足を踏み出すと、左右の壁が線を描くように光りだしたのだ。


「わぁ……」


 階段の入り口からライン状に光が走り、先を照らしていく。

 どうやらそういうライトらしい。


 階段は1階分ほど降りた程度の短いものだった。

 その先は銀色の壁と床で出来た、長い廊下のようだ。


(……人工物だ……それも技術レベルが高い)


 廊下は機械で切り出して磨かれたような歪みのない平面で作られている。

 ファンタジーというよりも、どちらかと言えば自分の世界の建物、科学技術の方が近い。


 廊下の先で、ニャスタが待っている。

 クロアはゆっくりと歩き出し、不思議な廊下を観察した。


 ライトは火ではないようだし、電球にも見えない。

 まるで線そのものが光源となっており、全く知らない技術か素材が使用されているようだ。


 最初は不安が強かったが、ここまで来るとほんの少しわくわくしてきた。

 進むほどにこの先に何があるのか、期待に胸が高鳴る。


 廊下の先へ到着する。

 扉もない、ただの壁だ。


「行き止まり?」


 ニャスタがこちらに背を向けたと思うと、壁にまた魔法陣が光り出した。

 同じ色の光だが、先程の魔法陣とは違う模様のようである。


「!?」


 ゴゴゴと音を立て地面が僅かに揺れ、クロアは身構えた。

 周囲の様子を見ると、廊下が部屋として切り取られたかのように、背後が壁になっている。


 その壁には窓があり、時折光が下から上へと消えていく。

 足下は変わらず僅かな振動がある。

 この感覚には覚えがあった。


「なんだ、エレベーターかー。久しぶりだわー。って、この世界エレベーターあるんかい!?」


 たぶん人生で初めてノリツッコミした。


「予想外過ぎてノリツッコミとかしちゃったよ……。ホントなんなんだここ」

「にゃすすすす」


 笑うような仕草を見せるニャスタ。

 なんとなくイラッとしてふわふわの頭を掴むが、三角の耳が指の間からぴょこぴょこと動くだけで、痛くもかゆくもないらしい。

 悔しいので、もにょもにょと揉んでおいた。

 表面はふわふわだが、中はポヨポヨの感触がする。


 ピン。


 機械的な音がして、魔法陣の壁が真ん中で割れ、消えるように開いた。

 きっと目的のフロアに到着したのだろう。

 ニャスタが進むので、ついていく。


「ん? 街が……わあー……? えっ、え———……」


 あまりの光景に、語彙力を失った。


 着いた場所はとんでもないところだった。


 故郷の都心のビル群より、遙かに高い建築物が美しく整備されて並んでいる。

 見上げれば、地下のはずなのに青空がある。

 いや、よく見れば、透明なガラスのような天井があるようで、その先に青い空がある。


 そこは天井が透明な、円柱状に広がる超巨大空間だった。

 東京ドームなんて比じゃないほど、広い。

 この高さと広さのある巨大空間を適切に表現する言葉を、クロアは知らない。


「……とっても……未来だ……」


 ファンタジーではなくて、SFだった。


(誰だこの世界を8ビットファンタジーなんて呼んだの!!)


クロアは心の中で叫んだ。

 自分の故郷の技術を遙かに超えていて、衝撃と動揺を隠しきれない。


 超巨大空間の中央にはビルのような太い柱が屹立しており、ところどころ光が走り、点滅している。

 柱からは太いコードのようなものが何本も出ていて、空に浮かぶ巨大なボックス状の何かに接続している。

 クロアはこの空間の壁に開いた小さなドアから出てきたのだった。


 正直、展開に驚きすぎて飲み込めないでいるが、ゆっくり超巨大空間へと足を踏み入れる。


 コンクリートとプラスチックの中間のような、ずしりとした質量を持ちながら、傷一つなくつるりとした白い地面と壁。

 ここも例のライト同様、謎の素材で作られているらしい。

 建物たちの高さは3階までのものが多く、意外と低いので余計に超巨大空間の上空が際立つ。

 どちらを見てもデザインは画一されていて、同じような見た目の建物しかない。


(街……にしては…………なんか……?)


 違和感のある街。

 その違和感の正体は、少し進んだだけでわかった。


(なんにもない)


 建物の中を覗いても、道を進んでも。

 人が生きていた形跡がない。

 違和感の正体はこれだった。


 まるで全員が引越しして、綺麗に掃除し終わったあとのように塵一つない。

 家具すらない空っぽの建物がいくつも並ぶ様はあまりに異様で、少し恐怖すら感じてきた。


「にゃすー」

「にゃすー」

「にゃっすー」

「わ」


 街の端を歩いていると、どこからかニャスタそっくりの白いかたまりが2匹飛んできて、クロアの隣にいたニャスタと短い手を合わせた。

 雰囲気的に挨拶か。


「そいつらは兄弟?」

「にゃす」

「ん?」


 ニャスタが空を指差したので見てみれば、空にはたくさんのニャスタが飛んでいた。


「うわーたくさんいる……」


 兄弟なのか友達なのかわからないが、たくさん仲間がいることが判明した。


「なに?そっち?」


 合流した2匹の背中を押されて進むと大通りに出て、その地上にもたくさんのニャスタがいた。

 たくさん転がっている。

 個体差は見つからないほどそっくりで、サイズも顔も全く同じように見える。


 本当に、ニャスタの巣があった。


「にゃーすぅー!」


 なんだか呼ばれているような雰囲気がして、こちらに声を張り上げているニャスタの元へ向かった。

 なんとなくだが、最初から一緒にいるニャスタな気がする。

 大通りに面したとある建物にニャスタが入っていくので、その後に続く。


「天空の城もSFじゃなくてファンタジーだったから、コレもファンタジーなのかなー……」


 故郷の老若男女に愛されるアニメを思い出した。

 アレも空の上に滅びた超文明があって、こんな風に未来的な技術があったな、なんて考える。


「にゃす~」

「待ってよ、ニャズー」


 何もない妙にだだっ広い部屋の奥にあるドアが自動で開き、ニャスタが入っていく。

 続いて入ると、そこもまた何もない普通の部屋だった。

 と思ったが、今度は違った。

 相変わらず家具一つ無い広い部屋だが、その部屋の中央には棺桶のようなものが置かれ、ニャスタがそれを触っている。


「棺桶……? それはちょっと流石に嫌なんだけど」


 嫌な予感がして、近寄りすぎない位置でクロアは足を止める。

 何もない空間にある棺桶。

 フラグでしかない。


『条件達成が入力されました。解凍処理シークエンスを開始します』

「びえ゛ッ!?」

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