010 :// 新メンバー
「クロア、起きて? あ。ヨダレ垂らして、もう」
「うーん……くっさ……ヤメテ……その葉っぱ……拭かないで……」
例え今日が爽やかな快晴でも、朝はいつでもだるい。
そろそろ怠けたいのだけれど、現実が許してくれない。
ここは金を出せばメシが出る世界ではないのだ。
渋々起床し、太股の痛みに顔が歪んだ。
もう出血は止まっているものの、ズキズキと常に存在を訴えかけてくる。
あまり刺激を与えないように、ゆっくり歩いて身支度を済ませ、リーシアと共に焚き火エリアへ向かった。
「…………」
ムスっとして不機嫌を隠そうともしないラーシス。
「あはは……オレがいると、どうにもご機嫌ナナメになっちゃうみたいで……。……ごめん」
横でオルウェンが申し訳なさそうに頭をかいていた。
ただでさえ疲れたサラリーマンのような雰囲気なのに、まるで厄介な仕事を振られたかのような悩ましい表情をしている。
リーシア誘拐事件から数日経つ。
初めて魔獣と出会い、クロアが疲れ切って倒れ込んでいたところにやってきたラーシスが『よくもクロアを!』とオルウェンに殴りかかるという、ちょっとした事件もあった。
クロアは意識を失っていた訳ではなかったので、シグと止めに入った。
その後はラーシスの勘違いを解消するのが、とても大変だった。
勘違いを理解してもらった後は、クロアの太股の怪我をオルウェンが応急処置してくれた。
布できつく巻いてくれただけだが、布すらまともに持っていないクロアたちにはありがたかった。
ちなみにあの男たちの末路について。
オルウェンを抜いた4人のうち、2人はクロアの前で死亡した。
残り2人はと言うと、1人はシグを追ったが、捕まるすんでの所で例の老人に殴り殺されたらしい。
その老人はクロアの時と同じく、シグのことをチラと見ただけで何も言わずに去って行ったらしい。
そして残りのもう1人は、上手に撒けたラーシスたちがクロアかシグとの合流を目指して彷徨っていたところ、無残にも食い散らかされた跡となって発見されたそうだ。
間違いなくあの魔獣、キマイラの仕業だろう。
つまり全滅ということで、奇跡的に危険は全て排除出来たわけだ。
クロアの怪我だけで済んだのは、本当に奇跡と言える。
その怪我も、派手に出血こそしたものの、致命的なものではなかった。
痛いし、おそらく縫合もした方がいいのだろうが、血も止まったし今のところ化膿もしていないので大丈夫だろう。
何かが違えば、魔獣に食われていたのはこの中の誰かだったし、クロアの太腿よりもっと酷い怪我を負っていただろう。
改めて恐ろしい目に遭っていたのだと痛感した。
あれから色々と話して、オルウェンも行動を共にすることとなった。
リーシアは、捕まっている間にこっそり優しくして貰ったらしく、合流したいと言いだしたオルウェンを歓迎した。
クロアも常識的で危険性がなさそうだと判断したので、合流に肯定した。
彼が合流することで、様々な道具もオプションとしてついてくるので、これも大事な一因であるが。
というか、もしオルウェンが言わなければ、クロアの方から提案するつもりだった。
シグはいつも通り皆にお任せだったが、想像通りラーシスが猛反対した。
どうしてもオルウェンが気に入らないらしく、クロアの時よりも妙に頑なである。
「ラーシス。やーな雰囲気になるから、その顔面やめなー」
「嫌だね」
大事な妹を誘拐した輩の一味として出会ったのだ。
気持ちは分からなくもないが、どちらの味方にもつけず、心配そうにそわそわとするリーシアを見ると窘めざるを得ない。
クロアとしては、オルウェンを信用してもいいと思っている。
危害を加えるつもりなら、この数日でとうに自分たちはやられていただろうし、襲ってきた男を殴ってクロアを助ける必要性もなかっただろう。
この森では明日の命の保証もないので、時間を掛けて騙す意味もない。
じっくり時間を掛けて騙し、害をなすことに快感を覚える変態である可能性もゼロではないが、さすがにない気がする。
だいぶマニアックな性癖というか、かなりレアなシリアルキラータイプの変態に出会う確率はとても低いだろう。
オルウェンは夜の睡眠時も、信頼出来ないだろうからと、自らクロアたちから少し離れた場所で眠っている。
リーシアの話では積極的に荷物も持ってくれるらしく、気遣いの出来る男だ。
本当にただの良い奴か、マジモンのド変態のどちらかだろう。
「じゃあ、こうしよう」
クロアはオルウェンに顔を向けた。
「あのナタ、持ってる?」
「ああ、持ってるよ。どうするんだい?」
「ラーシスに貸してあげてくれない?」
クロアの言葉に、皆が息を呑んだ。
「ラーシスがオルウェンを嫌がる理由ってさ、オルウェンが危害を加えてこないかの心配と、もしそうなった時に勝てそうにないっていう不安でしょ?」
ラーシスはぐっと耐えるように口を結んで何も言わない。
たぶん図星なのなのだろう。
「だからそうなった時、このナタでみんなを守れ。オトナの男相手でも、刃物アリなら勝てるでしょ?」
「…………!」
「オルウェンもいい?」
「構わないさ。それで信じて貰えるなら。でも怪我はしないように、気をつけて扱って欲しい」
穏やかに笑うオルウェンが、ナタの刃を持って、持ち手をラーシスに差し出した。
渡し方からして、やはりただの良い奴でしかないと思う。
ラーシスは一瞬たじろいだが、すぐにそのナタを受け取った。
「……何かしたら、容赦なく殺すからな」
「お兄ちゃん! 絶対に人殺しはだめだよ!」
「みんな、魚、焦げる」
「ハイハイ、まずはごはんだよー。ごはんを粗末にしたヤツはクロアさんが処刑するからねー」
まだ揉めそうな空気を、シグが遮った。
ナイス、と内心で親指を立てる。
クロアは焼けた魚を手に取り、ふうふうと息を吹きかけて冷ました。
「にゃす?」
白いかたまりがふわふわと浮いてきて、クロアの手にある魚を入念にチェックしている。
「食べる?」
「にゃす!」
どこか嬉しそうな顔をして、魚の腹にかじりつく白いかたまり。
一欠けを頬張り、ごくりと飲み込むと何かに納得したようで、クロアの頭の上に腹で着地した。
何故かいつもそこに乗る。
重さを全く感じないので別にいいのだが、重さがない故にどこに行ったかよく探してしまう。
「ニャスタ、あんまり食べないね?」
「小さいから、沢山はいらないんじゃないかなぁ」
「やっぱり精霊様なんだよ! だから食事なんていらないんだ」
「精霊様、って、ごはん、いらないの?」
ニャスタ談義に花が咲きはじめる。
どこの世界でも、愛らしい小さな獣は平和を生む。
ネコ然り、犬然り。
ニャスタの話題になるとオルウェンとラーシスも自然に話をしているので、ニャスタに感謝だ。
この白いかたまり、皆と合流する頃には『にゃす』としか喋らなくなっていた。
名をたずねても、キマイラのくだりのあたりはどこにいたのか聞いても、にゃすにゃす言うばかり。
どうやらそれが鳴き声?らしい。
あまりににゃすしか言わないので、最初に言葉を喋っていたのは幻覚だったのかもしれないとすら思う。
とりあえず不便なので名前を『にゃす子』か『にゃす太』にすると言ったら、少年少女たちが『にゃす太』の方を気に入り、白いかたまりの名前はニャスタとなった。
余談だが“黒川”の川も言えてなかったので、少年少女たちは日本語のカ行が少し苦手なのかもしれない。
こちらで決めた名前をニャスタ本人に伝えると、ふーん的なテンションで頷いたので、OKということらしい。
このニャスタと呼ぶことにした謎存在は、特に何をするでもなく、クロアの傍で日々を過ごしている。
ここ数日は怪我のお陰で堂々と怠惰な時間を過ごし、あまり出掛けない日々を過ごしたクロア。
手は無事だろう、ゴロゴロしてないで働けとラーシスに怒られたので、渋々内職はやったのだが。
その横で人の食べ物をつまんだり、寝てたり、虫を追いかけたり、ふわふわと空を漂ったり。
実にネコの如く自由に過ごしている。
別段、邪魔になるようなことや危険なマネはしないので、好きなようにさせている。
「見たこともない生き物だしなぁ。新種の魔獣か、精霊様か、神様の遣いのどれかかなぁ」
「ニャスタ、どれなの?」
「にゃす~」
魚を頬張るクロアが上を向いてニャスタに質問するが、ニャスタは目をパチクリするだけで肯定も否定もしない。
ニャスタは触ってみれば柔らかくてほんのり温かい。
そして食事もするし、睡眠もする。
排便排尿は見かけていないけれども、とりあえず生物っぽい、ということしかわからない。
だが、出会った時には言葉を喋っていたので、獣というには違和感がある。
にゃすしか言わなくなった今でも、こちらの言葉と意図を理解している素振りがあるので、知能が高いのは間違いない。
どうにも獣というレベルを超えているように感じる。
そうなると精霊か神なのかと、クロアもほんのり信じ始めていた。
ちなみにラーシスが精霊と言い始めてから聞いてみたところ、この世界では神と精霊が未確認ながら存在を信じられているものらしい。
人族は女神信仰が強く、無宗教の人はほぼいないのだとか。
なお、神はいても天使と悪魔は存在しないようで、この二つは日本語になってしまって伝わらなかった。
「なぁニャスタ、どっちなんだ? 精霊様? 神様の遣い?」
「にゃっす~」
ニャスタは答える気がないのか、煙に巻いている。
何のためにクロアに近付いてきたのか、目的も不明のままだ。
なるようになるとして、諦めた方がいいのかも、とクロアは考えることをやめた。
そんなこんなで、仲間が1人と1匹(?)増えた。




