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009 :// 危険と出会い -2-

「お———ァ! 出———! ぶっ殺———ァ!!」


 怒声はまだ遠いが、どうせ全ての血痕を消しきれていないだろうから、バレるのも時間の問題だ。

 落ち着け、と何度も自分に言い聞かせる。


 最悪、火魔法を暴発させるしかない。

 ただ水と氷の威力を見る限り、森林火災になるかもしれない。

 自分自身も子供たちも危険なので、本当に最後の手だ。


 そして火魔法は試したことがなかったので、適性がなければ、そこで終了である。


「全く…………勇者召喚されたけど……ちっとも主人公じゃないじゃん……」


 勇者召喚されたら、チート使って無双するものじゃないのか。

 異世界に来てから2回目の死の覚悟だ。


 こんなに生々しい異世界ファンタジー、誰も経験してないだろう。

 いや、勇者召喚された人間が世の中どれほどいるのだろうなどととりとめもない思考が頭をぐるぐるする。


「……死にたくないなー……」


 痛みと精神的疲労で頭がもやもやして、目を伏せた。


『生きたい?』


 ふと目の前が真っ白になる。

 ついに意識を失ったのかと思ったが、そう思う時点で意識は失っていないと気付く。


 白い何かが目の前にあって、それがゆっくり遠のいていく。

 近すぎて目の前が白くなっただけだったらしい。


『ひとつ約束してくれるなら、登録してあげる』


 白い、生き物だろうか。

 20センチほどの白いかたまり。

 幼いと思えば老人のようなしゃがれ声になり、男のような低い声から女のような高い声になる、特徴が1つにまとまらない妙な声。


「あの、時の……?」


 この白いかたまり、もしかして先日川を案内してくれた何かではないだろうか。


 マシュマロのような体は首も腰もなく、二頭身。

 猫のような三角の耳。

 そんなので生きていくのはムリだろうと言いたくなるほど、短い手足。

 点と線で出来たようなシンプルな目と口。

 額に赤い何かが埋まっている。


『する? しない?』


 何の話かサッパリだが、クロアには選択肢がない。


「その登録? っていうのをすると、私は生きのびられるの?」

『登録者の生命維持のための行動が可能になります』


 なんだか内容も単語も、機械と会話しているようだ。

 定まらない声と言葉に、まるで幻覚でも見ているのかと錯覚しそうになる。


「!」


 背後からガサガサと葉の擦れる音がする。

 近い。


「悠長にしてる場合じゃない……! する! 登録!」


 マシュマロがふわふわと近付いてきて、耳元に口を寄せてきた。


『—————————って、約束してくれる?』


 マシュマロの言葉は予想外なものだった。


「……する! そんなの全然約束するから! とにかく助けて!」


 草木の音を感じながら慌てて叫ぶと、マシュマロは短い手でクロアの額に触れた。


管理者(マスター)登録実行。処理完了しました』


 手が短いせいでかなり顔面間近にいるマシュマロの、額に埋まった赤いものが点滅する。

 そういえば、額に何かが埋まっているその姿は、自分の額とどこか似ている。


 そんなことを思った時、間近で突然大きな物音がした。


「見つけたぜェ!!」


 こんなに接近されていたなんて。

 驚く間に、青髪の男はずんずん近付いてくる。

 立とうとするも、左足が重くすぐに動けない。

 振りかぶられる斧。


 やばい。


 男の腕が動いた瞬間。


「ァ゛」


 斧が男の後頭部に振り下ろされていた。


「へ……?」


 男の眼球はおかしな方向を向き、こちら側へと力無く倒れた。

 クロアの真横に倒れた男を見れば、後頭部はさっくり割れており、鮮血がどくどくと流れ出ている。

 間違いなく、即死だ。


 何が起こったのだろうか。

 混乱する頭で必死に思い出す。


 男が斧を振り下ろした瞬間、その付近の空間が黒くなって、男の後ろにも同じ黒い空間が出現した。

 そしてそこから斧が出てきたのだ。


「わ、ワープ……?」


 マシュマロを見ると、肯定するように頭を縦に振った。

 その顔はどことなく誇らしげである。


 突然訪れた安全。

 クロアは緊張を吐き出すべく、大きく息を吐いた。


 しかしのんびりもしていられない。

 まずは冷静に立ち上がり、来た道を戻り始めた。

 マシュマロもふわふわと浮かんでついてくる。

 リーダーらしき男は死んだが、まだ4人も敵がいるのだ。


「キミは攻撃は出来る?」


 ぶんぶん。


「武器持ってたりする?」


 ぶんぶん。


 この世界でも首を横に振るのは否定のボディランゲージだと確認済みだ。

 確かに見た目が攻撃性ゼロだが、何か無いか。


「今仲間も追われてるんだけど、彼らを助けること出来る?」


 にゅーん、と首を捻ったまま止まるマシュマロ。

 駄目だ。

 先程の反撃は、奇跡だったのかもしれない。


「おいキアン! どこ行った!?」


 クロアが前方に別の男を見つけるのと、男がクロアに気付くのは同時だった。


「いやがった!!」


 男が刃物を手にクロアへ向かって駆けだしてくる。

 まさかまだ武器持ちがいたとは。

 ただでさえ貧血気味なのに、さらに血の気が引いていくのが分かった。


 まずは逃げなくては。

 背を向けようとすると。


「ぎゃん!!」


 ボコッと鈍い音がして、男が倒れた。

 倒れた男のうしろから、太い木の棒を手にした別の男が姿を現す。


「大丈夫か?」


 確か、リーシアの縄を持っていた、疲れたサラリーマンみたいな男だ。

 弱々しい顔でクロアに向かって喋りかけている。

 クロアは警戒して身構えた。


「……どういうこと? 仲間なんじゃ?」

「オレ追放されてきたばかりで、水も食料もなくて。仕方なく彼らに従ってなんとか食いつないできたが……。

 こんな風に、子供や女性に乱暴するなんて、もうついていけないよ」


 警戒を解くことは出来ないが、それを察しているだろうあちらも無理に近付いてこようとしない。

 だが、なよなよした雰囲気も相まって、敵意はないように感じる。


「足をケガしたのかい? 酷い血だ、手当てしないと……。あっ、オレはオルウェン。キミのなま」


「ケェゴォォオ!」

「ごエエエ゛!!」


 変な音、と思うと、一瞬だった。

 暴風と衝撃。

 オルウェンと名乗った男に殴られて気絶していた男が、消えた。


「!!?」


 べき、ばきり。

 これは、骨が折れる音なのか。


「ばっ……」


 化け物。

 単純な言葉しか出てこなくなるほど、驚きと恐怖で言葉を失った。


 いつの間にか現れた四つ足の化け物が、人間だったものを咥えてゆっくり大きく咀嚼していた。

 人間だったものは、肉をえぐり取られて胴体から背骨が見える状態で真っ二つになり、化け物の口から大量の血とともにこぼれ落ちる。


(……人間真っ二つって……)


 クマでもライオンでも不可能だ。

 知っている生物ではありえないと、本能が警鐘を激しく鳴らす。


 これが、魔獣。

 四つ足の獣なのに、体高だけでクロアの身の丈ほどもある。

 あまりの恐怖に、逃げるどころか呼吸すら忘れた。


「ひっ……」


 オルウェンが腰を抜かして座り込んだ。


 化け物はライオンのようなタテガミを持ち、痩せこけた毛のない体には謎の筋がいくつも浮かび上がっている。

 血塗れの口元には大きな牙が覗いている。


 動く口がやけにゆっくり見える。


 感情のない瞳と、目が合ってしまった。


(あ……)


 今度こそ、終わった。


「ケェゴォ!!」


 だが、真っ直ぐ見つめ合っていた瞳。

 それが、不意に消えた。


 ドォオオオン!!


「…………!?」


 また、とてつもない衝撃。

 今度は別の影が、化け物に衝突したようだった。

 トラックでも突っ込んできたかのような風圧。


 理解が追いつかず、ただ目の前の光景を眺めることしか出来ない。


 化け物はクロアの前から消えて、遙か左に“落ちて”いた。


「…………?」


 体中を引き裂かれたかのように、今度は化け物が血塗れになって落ちている。


 その化け物に歩み寄り、様子を探る人間。

 小汚いマントを着た、老人のようだ。

 記憶をたぐるが、見覚えがない。

 例の男の集団には、こんなガタイのいい老人はいなかった。


「……キマイラか」


 低く、年季を感じる渋い声。

 長く散らばる白髪に、無精髭。

 オルウェンよりも二回りほど大きい体躯だ。

 老人は化け物の頭を一突きにしていた、大きな槍を引き抜く。


 化け物はすでに絶命しているらしく、声ひとつ漏らさず、地面に転がった。


「………………」


 誰も何も言わない。

 クロアとオルウェンは、ただ緊張して呼吸も忘れたように体を強ばらせていた。

 この老人が敵なのか味方なのか、はかりかねたからだ。


 もしかしたら、化け物の次は自分かもしれない。


 心臓がばくばくと苦しいまま、クロアはどうか老人が味方であることを祈った。

 この時ばかりは、自分が無神論者であることを忘れて。


 老人はチラリとクロアを見て、オルウェンを見る。

 しかしすぐに視線を外すと、自分の体よりも大きな化け物を持ち上げた。


「………………」


 そして何も言わずに去って行く。

 大きな老人の背は、こちらを振り返ることもない。


「………………」

「………………」


 無意識にオルウェンと目を見合わせた。

 数秒見つめ合ったのち、2人して大きく息を吐いたのだった。


「…………ライオンって……かわいいネコちゃんだったんだ……ホンット……かわいかったわ……」


 今ならライオンだってペットにできる気がした。

 地獄に足を踏み入れて、何も分からぬ間に現世に戻ってきたような気分で、変な高揚感と汗で冷えきった体が頭をおかしくしてしまいそうだ。


 クロアも、ついに腰が抜けてへたりこんだ。

 やっと気付いたが、息をすることも忘れかけていたようだ。

 酸欠気味で、頭がふわふわする。


 助かった。


 男の集団からはとりあえず逃れられて、化け物は死んで、老人はこっちに来ない。

 とにかく緊張と疲労とで、ボロボロの雑巾のような気持ちだ。


「クロア! 無事なのか!?」


 遠くから、ラーシスの声が聞こえて。

 見覚えのある3つの小さな人影が見えて泣きそうになった。

 そして完全に体の力が抜けて、クロアはばたりと地面に倒れた。

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