4時間耐久レーススタート
鈴鹿サーキット――決勝、本番。
午前中とは思えないほどの暑さ。
アスファルトは溶けそうなほど熱を持ち、マシンからはエンジンの熱気が容赦なくライダーに襲いかかる。
伸一は10番手で走行中。
コースに出ると、風さえも熱風だった。
呼吸が浅くなり、ヘルメットの中で汗がポタポタと垂れる。
「……クソ、峠とは次元が違う……!」
周りのマシンのペースも落ちてきている。
それでも何とか順位を保ち、無線で交代のタイミングを確認。
ピットイン。
マシンを止め、ヨロヨロと降りると、佐久間が駆け寄る。
「大丈夫か、伸一!?」
「なんとか……だけど、気をつけろ。この暑さ、マジでヤバいぞ」
肩を叩いて佐久間にバトンを渡す。
そしてツナギを脱ぎ、ピット裏の簡易プールへ直行。
足を突っ込む――「うおぉ…! 生き返る……!」
首には冷却タオル、目の前には扇風機。
飲みかけのスポーツドリンクが、今は何よりのご馳走だった。
柚葉がそっと近づいてきて、氷で冷やしたタオルを渡してくれる。
「伸一、ナイスラン!……でも、佐久間のペースが上がってない」
モニターを見ると、ラップがじわじわと落ちてきている。
「アイツもやられてるな、暑さに……」
だが、佐久間も必死だった。
ミスはしない。安全マージンを保ちつつ、周回を重ねている。
この4時間は、ただ速けりゃいいわけじゃない。
耐える者が、勝つ
決勝・3時間経過――残りはあとわずか。
「……ズリッ」
S字の出口、リアがわずかに流れた。
一瞬、血の気が引く。
「タイヤ……ダメだ、想像以上に削れてる」
前にいる9番手のマシンは、まだ射程圏。
けど、この状態で無理に行けば、転倒=リタイアだ。
アクセルを開けたい。でも、開けられない。
ピットと無線がつながる。
「こっちのタイヤ状況、どうだ?」
『摩耗、限界近い。無理は危険。』
伸一は少しだけ、息を飲んだ。
そして――腹を括る。
「なら、今から目一杯走る。あと5周で“タイヤ交換のマージン”作る!作戦変更、急げ!」
ピットが一瞬静まり、
次の瞬間――大騒ぎ。
「タイヤ用意しろ!」「エアツールチェック!」「燃料はギリギリ、いける!」
佐久間がピットウォールでモニターを睨む。
「アイツ……マジでやる気か」
モニターのラップタイムが、1周ごとにじわじわと縮んでいく。
2分33秒…→2分32秒…→2分31秒台!
「くそ、すげぇ……限界超えてきてる!」
伸一の顔には汗と油が飛び散っていた。
だけど、目だけは冴えていた。
「止まってる場合じゃねえ…前だけ見ろ、前だけ!」
コーナーを攻めるラインは最短距離。
ブレーキングはギリギリまで我慢し、立ち上がりは半滑りを抑えながら全開――
「いける、まだいける……!」
--
ラップ中盤、130R――
「……行くしかねぇ!!」
伸一はアクセルを緩めない。
メーターは200km/hオーバー、突っ込むように130Rへフルバンク。
ズリッ……!
リアが、抜けた。
明らかに、グリップがもう無い。
だが、伸一はアクセルを戻さなかった。
(戻したら終わりだ…!)
咄嗟にカウンターを当てる。
マシンが横を向いたまま、ラインを維持していく――
「うおおおおっ!!」
その姿はまるでドリフト走行。
タイヤの焼ける匂い、振動、滑る感覚。
一つでも外せば、コースアウト、転倒――即、終わり。
黒々としたブラックマーク!
だけど、伸一は抜けてきた。
そのまま体勢を立て直し、最終コーナーへ加速。
「……やった、やりきった……!」
ピットでは歓声が上がっていた。
「嘘だろ!今の、マジで抜けたのか!?」
「見たか!?アレ!完全に滑ってたのに!」
佐久間がポツリと呟く。
「……アイツ、神ってやがる」
-
ラップタイム:2分30秒台突入。
順位もついに7位まで浮上。
そして――次の瞬間、無線が鳴る。
『伸一、ピットインの準備完了。タイヤ交換だ、来い!
ピットイン。
伸一が駆け込むと同時に、ピットクルーが一斉に動く。
「タイヤ外す!」「フロントそのまま!リアだけ交換!」
エアガンが火花を散らし、燃料もチャージ。
まるで動きに一切の無駄がない。
10秒……12秒……14秒――
「完了!!GO!!」
佐久間がマシンに飛び乗る。
目はギラついている。
さっきまでとは違う、**“勝ちに行く目”**だった。
伸一が声を張る。
「フロントまだいける!滑る感覚だけ覚えとけ!頼むぞ、相棒!!」
佐久間が小さくサムズアップ。
そのままスロットルをひねり、一気に加速――ピットアウト!
ピットウォールではクルー全員が、無言のままモニターに視線を送っている。
「頼む、あと30分。お前の走りで勝負を決めてくれ……」
コース上。
佐久間はすぐにペースを掴んだ。
前の集団も視界に入ってきている。
残り30分。6位まであと少し。
限界の先のバトル、ここからが“真の4耐”だ。-
残り20分。6位争いの最中。
佐久間の左コーナーで、マシンの挙動がわずかに乱れた。
シフト操作が遅れる。ブレーキがいつもより浅い。
(……くっ、やばい)
左手首がもう限界だった。
走る前、医者に痛み止めの注射をしてもらっていた。
誤魔化して乗り切るつもりだった。
だが、グリップを握るたびに手首が悲鳴をあげていた。
「……無理だ。俺の手首、終わってる」
無線ボタンを押す。
『すまん……腱鞘炎が限界だ。ピット戻る』
しばしの沈黙のあと、無線が返ってきた。
『佐久間――俺が、残り全部走る!』
『だから、早く帰ってこい……相棒!!』
その声に、佐久間の目が潤む。
「……ああ、すまん。頼む、伸一。最後はお前に託す」
ピットでは、すでに伸一がツナギに着替え始めていた。
仲間たちも緊張で息を呑んでいる。
「まさか、最後にもう一度走るとはな……」
「でもアイツならやってくれる……そう信じてる!」
佐久間が戻る。
すぐさま交代、ラストスティント突入。
残り15分、逆転に必要な順位は2つ。あと“2台”抜けば――表彰台!
伸一のラストラン、始まった――!