表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

藤沢誠司

挿絵(By みてみん)

鈴鹿サーキット、1985年秋。


5万人を超える観客の熱気が、アスファルトを震わせていた。エンジンの咆哮、旗の揺れる音、歓声と興奮が入り混じる中、俺はフレディ・スペンサーのすぐ後ろにつけていた。夢のような位置だった。


ケニー・ロバーツはすでに引退していた。時代は変わりつつあったが、俺の中にはまだあの頃の熱が残っていた。運も味方してくれた。フレディのマシンがトラブルを起こし、ピットでのロスがあった。1分という永遠のような隙間。そのおかげで、俺はトップを狙える場所にいた。


残り2周、スプーンカーブの入り口で、フレディは音もなく俺を抜いた。彼にとって、俺の存在など取るに足らないものだったのかもしれない。マシンはまるで意志を持っているかのように、滑らかにコーナーを駆け抜けていった。


「勝てるかもしれない」


そう思った。バックストレートで差はあるが、130Rでインに入れれば、チャンスはある。無理は承知だった。だが、俺は突っ込んだ。インに飛び込んだ瞬間、スペースはなかった。


前輪が芝を噛んだ。バイクが跳ねる。身体が宙を舞う。


世界が回転し、地面が迫り、そしてすべてが暗転した。




気がついたとき、白い天井が視界に広がっていた。足が変な方向を向いていた。医師は静かに言った。


「全治6ヶ月。そして、復帰は難しいでしょう」


その言葉が、すべてだった。俺のレース人生は、そこで終わった。


実家の福井に戻り、毎日をパチンコ屋で過ごした。最初は空虚だったが、次第に勝ち方も覚え、そこそこ稼げるようになった。5年が経ち、気づけば身体はすっかり回復していた。


「また、走りたい」


そう思ったときには、すでにNSR250を購入していた。草レースに出場し、勝ちまくった。風を切る感覚、タイヤが地面をつかむ感触。すべてが蘇った。


ワークスチームから再び声がかかった。だが、結果は出なかった。マシンに乗れていなかった。時代は変わっていた。電子デバイスが介入し、滑りも、フロントアップも、ホイールスピンも、マシンが制御する時代になっていた。


再び引退し、今度はテストライダーとして生きることを選んだ。



---


あれから25年が経ち、2010年を迎えた。


俺は小さなバイク屋を営んでいる。若いライダーたちのマシンを整備しながら、彼らの瞳の奥に、かつての自分を見る。


時代は変わっても、バイクに向かう心は変わらない。あのスプーンコーナーで倒れた俺の夢は、いま、別の形で生き続けている。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ