モテモテ柚葉
「おはよー、伸一!」
その可愛い声に、伸一は一瞬目を細めた。
振り返れば、朝の光を浴びた聖子ちゃんカットが揺れていた。
柚葉だった。店長の娘。なぜか超絶美人。
制服姿がやけに眩しい。
「おお、柚葉か。……ちゃんと顔洗ったか? 目脂はついてないな」
軽口を叩くと、彼女はふくれっ面で腕を組んだ。
「もー、伸一はなんか臭いわよ。昨日から箱根行ってて風呂入ってないでしょ!」
「不潔! ちゃんと毎日お風呂入りなさいよ! そんなのじゃ女の子にモテないんだから!」
「別にモテなくてもいいんだよ。CBXと走っていたいからさ」
その一言に、柚葉は大げさにため息をついた。
「ほんと、バイク馬鹿ね!」
そう吐き捨てると、くるりと背を向けて数歩、そして振り返る。
「子供が似たらどうするの!」
その言葉を残して、早足で去っていった。
――子供? 誰と誰の?
伸一は呆気に取られたまま、風に揺れる制服の背中を見送る。
柚葉は近所の高校に通っていた。
別に進学校でもなく、評判も特別良くも悪くもない、そんな学校。
「はあ……伸一はバイクに夢中だし。私という“いい女”が近くにいるのに……もう」
自分で言ってしまうあたりが、柚葉らしかった。
だが事実、彼女はかなりモテた。
告白された回数はすでに五回を数え、もらったラブレターも十通以上。
影響なのか、車やバイクの話をする男子がいれば、つい耳が勝手に傾く。
――それもそのはず、父親はいい歳してスカイラインの“最速モデル”を新車で買ってきたような男だった。
「柚葉おはよー!」
通学路に響く、明るい声。
「おはよー葉子、早く行かないと遅刻だよ!」
2人の少女は制服のスカートを揺らしながら、朝の街を駆けていった。
その背中に、春の陽射しが降り注いでいた。