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想い意志

【前回の登場人物】

「ゴハート」

(種族)ゴースト

(年齢)9 ※転生してからの歳

(能力)人魂を呼び出す

(概要)カビ助の気持ちが増幅して召喚された"仲間"。石化させられた。


「土台モン」

(種族)モンスター

(年齢)173

(能力)土台の設定変更

(概要)カビ助の気持ちが増幅して召喚された"媒質"。同じく、石化させられた。

********************************************



 ——絶望の空気が、周囲を覆う。


 まるで見えない泥の中に沈められたように、空気が重い。

 肺に入ってくるはずの空気が、喉の奥で止まる。


 叫び声が、次々と途切れていく。悲鳴も、怒号も、やがて押し潰されたように消えていった。

 ゴハートの石像も、人波の向こうに飲まれる。

 あの、いつも軽口を叩いていた姿が——もう動かない。


 やがて……見えなくなった。


 それに気を取られた瞬間。


 ——鈍い衝撃。

 ピクコノさんの一撃が、骨の奥まで響いた。


 視界が跳ねる。足が、言うことを聞かない。

 ……膝をつく。


「ゲホっ……ゴホッ……!」


 肺が焼ける。吸っているはずなのに、酸素が足りない。


 地面に手をついた瞬間、ぬるりとした感触。

 血か、泥か……もう分からない。


 ——やはり、強い。


 村人たちは統率され、無駄がない。

 一人一人の動きが繋がり、壁のように迫ってくる。


 魔王は無言のまま。

 ただそこに“ある”だけで、空間そのものを押し潰していた。


「もう終わりですよ? ここから何ができると言うのです——」


 メドゥーサは、ただ微笑んでいる。

 その表情は穏やかで、優しくて……だからこそ、吐き気がするほど異質だった。


「地中班長も、カブ太くんも。誰も戦意なんて残っていません」


 言葉が、ゆっくりと刺さる。

 否定する気力すら、削られていく。


「でも、死ぬまで試してみるさ」


 自分の声が、やけに遠く聞こえた。

 本当に自分が言ったのか、一瞬分からなくなる。


 メドゥーサは、わずかに肩を落とす。


「はぁ……カビ助くん」


 その声は、やけに澄んでいた。

 まるで、教室で名前を呼ばれる時のように。


「あなたは、今まで()()()()()()()()だったじゃないですか——」


「……っ!」


 胸の奥に、何かが突き刺さる。

 痛い所を突かれた。反論できない。


 僕の技は『ツルピカフラッシュ』のみ。


 ただの目眩し。逃げるための技。

 ——敵を倒す力ではない。


 思い出す。

 絶望に立たされた時。何度も、何度も。


 僕は、自分で立ち上がったことがない。


 隊長。ゴハート。博士。ミツバ。カルマさん。土台モン。

 ——誰かがいたから、前に進めた。


 誰かが、僕を引き上げてくれた。


 もしこれが物語の主人公なら。

 主人公なら、ここで“新しい力”でも覚醒するのだろう。


 でも現実は、そんな都合よくできていない。


 何もない。準備も、覚悟も、足りていない。

 ドリル族の勧誘のことしか、考えていなかった。


「修行、しとけば良かったなぁ……」


 乾いた声が漏れる。


 視線を上げると——

 カブ太が膝をつき、顔を覆って震えていた。


 ゴハートはいない。土台モンも、いない。

 モグドンさんも、血にまみれて立っているだけだ。


 ——誰も、余裕がない。


「何か……ないか。この状況を、どうにか……!」


 額を伝う汗が、やけに冷たい。

 ——絶望。


 でも。いつもと違う。


 いつもは、冷や汗より先に涙が垂れていた。

 何も考えず、ただ現実から目を背けるだけ。こんなに焦ったことはなかった。


 今は——逃げられない。逃げたくない。

 頭が、無理やり回り続ける。


 その時。


「石化を解きたいですか?」


 メドゥーサの声。

 僕は反射的に、頷いていた。


「ふふ、残念。私の力は、人体の周囲を石で固めるだけ。解除はできないのです」


 軽い声。楽しんでいる。


「だったら、どうやって解くんだ」


 分かっているさ。

 敵が、希望の答えなんてくれるはずがない。


 それでも、聞かずにはいられなかった。


「それは貴方もご存知でしょう? 『ドリル族』の力を使うんですよ」


 ——分かってんだ。

 だが、それはお前たちが潰した選択肢だろうが。


 味方のドリル族はもう、ここにはモグドンさんしかいない。洗脳だか誘拐だか知らないが、皆……ピクコノさんも。敵の手中に落ちてしまった。


 頼みの綱のモグドンさん。彼の力では、中身ごと壊してしまうから……土台モンらの石像を壊せても、救えたとは言えない。


 ——つまり、詰みだ。

 やはりこの問答は無意味。僕らは煽られている。


「ちっ……。で? なんで、早くトドメを刺さない?」


「決まっているでしょう?」

 メドゥーサの口元が、ゆっくりと歪む。

「貴方達のような——心の弱い殿方の心を折るのが嗜好だから、ですよ?」


「……………っ!」


 もういい。分かった。

 こいつには、何も通じない。理屈も、感情も、全部踏みにじる側の存在だ。

 隊長が以前言っていたように……こいつらには、感情論が通じない‼︎



「もういい……カビ助……」



 モグドンさんの声が、背後から落ちてきた。

 振り返ると、彼は村人たちに殴られながらも、なんとか立っている。血が口元から垂れていた。


「何言ってるんですか! モグドンさん‼︎」

 思わず叫ぶ。

「まだ終わってません! 石化はまだ——」


 言いかけて、息が詰まる。

 モグドンさんは、ゆっくりと首を振った。


「……無理だ。俺じゃ殺しちまう」


「あの話、冗談とかじゃないんですか!? ドリル族なら——」


「残念ながら、違わねぇ」

 低く、断ち切るような声。

「俺のドリルは、地盤を砕くためのもんだ。中身を守るような繊細なもんじゃねぇ」


「……っ」


 分かってる。

 そんなこと、最初から分かってる。


 でも——それでも。


「だったら、どうするんですか! このまま見てるだけなんて——!」


 言葉が荒くなる。焦りが、喉を焼く。


「……石化解除は、もう無理だ——」


 モグドンさんが言いかける。


「『まだ』いける、でしょ……?」

 僕は食い気味に言い返す。

「ゴハートも、土台モンも……まだ助けられる!」


「…………」


 一瞬の沈黙。


 モグドンさんは何も言わない。ただ、苦しそうに息を吐くだけだ。


 ん——? 

 違う。何かが、引っかかる。今の会話の中の、ある言葉。


 「石化はまだ」。


 なんだ、妙に引っかかるこの、朧げな記憶は?

 “まだ助けられる”という意味で言ったはずなのに——頭の中で、その言葉だけがなぜだか残る。


 石化は、まだ……。

 石……まだ……? 何だ?


 助かる? 終わってない? 完全じゃない?


 いや、違う。

 僕は、無意識に視線を動かしていた。


 ゴハートの石像。土台モンの石像。


 ……そして。

 視界の端に“まだ”、もう一つ。


 ずっとそこにあったはずの存在が、際立って見えた。

 朧げだった記憶の正体が、鮮明になる。


 誰も疑わなかったもの。

 ——校庭の中央。腕を掲げた、あの石像。


 学園の校庭にあった、待ち合わせの目印。よく知らない、英雄らしき男性の石像。ずっと、ただの飾りだと思っていたもの。


「……あ」

 喉から、音が漏れる。

 心臓が一つ、大きく跳ねた。


 石化は、“まだ”あった!

 思考が、一気に繋がる。この星には、『同じ能力』を持つ存在だっている。

 

 あれが、もし。

 ただの飾りじゃなくて、誰かが石化したもので……中に英雄がいるのなら。


「モグドンさん!!」


 気づいた瞬間、体が勝手に動いていた。

 すぐに叫ぶ。


「一か八か、あそこの石像の“核”を破壊してください!」

「はぁ⁉︎ 俺のドリルじゃ、中身ごと粉砕するって言ったろう⁉︎」


 当然だ。分かってる。それでも……!


 背後で、くすりと笑い声。

「ふふ……。追い詰められましたね」


 メドゥーサの目が細まる。

「藁にもすがるとは、愚かな——」


 違う。藁じゃない。

 僕は、歯を食いしばる。


「もし……あれが本当に、かつての“英雄”が石化したものなら!」


 足が震える。声も、少しだけ揺れる。

 でも、止めない。


「モグドンさんの力にも、耐えられるはずです!」


 ——静寂。


 風が、抜ける。

 モグドンさんの視線が、石像に向く。


「……中身が死んだら、どうする」


 低い声。逃げ場のない問い。


 喉が渇く。

 でも、目を逸らさない。


「その時は——僕が責任を取ります」

「どうやってだ?」


 僕を試すかのように、即答。

 真正面からの視線。逃げられない。


 人を、殺す——。

 その責任は、自殺という“逃げ”では何も解決しない。


 だから、目を逸らさない。

 ヤクザ達も、子熊のことも、忘れない。


「人を、助けます」


 短く、言い切る。

 メドゥーサが、肩を震わせる。


「ふふ……はは。幼稚な感情論ですね」


「ええ、そうですとも」


 論理的に、話術では負けてる気がした。

 でも、視線は外さない。


「でも……あなたが一番分かってるはずだ」


 一瞬。メドゥーサの瞳が揺れた。

 僕は続ける。


「強い意志は、制御できない」


 空気が張り詰める。

 魔王が動く。僕は石像へ駆け寄る。


「ゲホっ、ゴホッ! く……重い……!」


 びくともしない。でも、手を止めない。


「……カビ助」


 モグドンさんが立ち上がる。

 村人たちを振り解き、血を吐きながら。


「俺の故郷では、紛争が絶えなかったんだ」


 その声は、かすれているのに——

 どこか芯があった。さぞ辛い過去だったのだろう。


「博士と出会い、世界を知って……俺は今、『探検隊』にいる」


 (おも)い、(いし)ならば——


「モグドンさん、頼みます‼︎」


 僕は石像を転がす。

 ——彼の、足元へ!!


「後悔……するなよ」


 次の瞬間。

 ギュイイイイイイン‼︎


 ドリルが唸る。地面が震える。


 空気が裂ける。

 メドゥーサの笑みが、わずかに歪んだ。


「ふ……中ごと壊れるだけですよ」


「だったら、僕らも、英雄も——」

 喉が裂けそうになるくらい、叫ぶ。


「「それまでだったってことだ!!」」

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