想い意志
【前回の登場人物】
「ゴハート」
(種族)ゴースト
(年齢)9 ※転生してからの歳
(能力)人魂を呼び出す
(概要)カビ助の気持ちが増幅して召喚された"仲間"。石化させられた。
「土台モン」
(種族)モンスター
(年齢)173
(能力)土台の設定変更
(概要)カビ助の気持ちが増幅して召喚された"媒質"。同じく、石化させられた。
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——絶望の空気が、周囲を覆う。
まるで見えない泥の中に沈められたように、空気が重い。
肺に入ってくるはずの空気が、喉の奥で止まる。
叫び声が、次々と途切れていく。悲鳴も、怒号も、やがて押し潰されたように消えていった。
ゴハートの石像も、人波の向こうに飲まれる。
あの、いつも軽口を叩いていた姿が——もう動かない。
やがて……見えなくなった。
それに気を取られた瞬間。
——鈍い衝撃。
ピクコノさんの一撃が、骨の奥まで響いた。
視界が跳ねる。足が、言うことを聞かない。
……膝をつく。
「ゲホっ……ゴホッ……!」
肺が焼ける。吸っているはずなのに、酸素が足りない。
地面に手をついた瞬間、ぬるりとした感触。
血か、泥か……もう分からない。
——やはり、強い。
村人たちは統率され、無駄がない。
一人一人の動きが繋がり、壁のように迫ってくる。
魔王は無言のまま。
ただそこに“ある”だけで、空間そのものを押し潰していた。
「もう終わりですよ? ここから何ができると言うのです——」
メドゥーサは、ただ微笑んでいる。
その表情は穏やかで、優しくて……だからこそ、吐き気がするほど異質だった。
「地中班長も、カブ太くんも。誰も戦意なんて残っていません」
言葉が、ゆっくりと刺さる。
否定する気力すら、削られていく。
「でも、死ぬまで試してみるさ」
自分の声が、やけに遠く聞こえた。
本当に自分が言ったのか、一瞬分からなくなる。
メドゥーサは、わずかに肩を落とす。
「はぁ……カビ助くん」
その声は、やけに澄んでいた。
まるで、教室で名前を呼ばれる時のように。
「あなたは、今まで人を頼ってばかりだったじゃないですか——」
「……っ!」
胸の奥に、何かが突き刺さる。
痛い所を突かれた。反論できない。
僕の技は『ツルピカフラッシュ』のみ。
ただの目眩し。逃げるための技。
——敵を倒す力ではない。
思い出す。
絶望に立たされた時。何度も、何度も。
僕は、自分で立ち上がったことがない。
隊長。ゴハート。博士。ミツバ。カルマさん。土台モン。
——誰かがいたから、前に進めた。
誰かが、僕を引き上げてくれた。
もしこれが物語の主人公なら。
主人公なら、ここで“新しい力”でも覚醒するのだろう。
でも現実は、そんな都合よくできていない。
何もない。準備も、覚悟も、足りていない。
ドリル族の勧誘のことしか、考えていなかった。
「修行、しとけば良かったなぁ……」
乾いた声が漏れる。
視線を上げると——
カブ太が膝をつき、顔を覆って震えていた。
ゴハートはいない。土台モンも、いない。
モグドンさんも、血にまみれて立っているだけだ。
——誰も、余裕がない。
「何か……ないか。この状況を、どうにか……!」
額を伝う汗が、やけに冷たい。
——絶望。
でも。いつもと違う。
いつもは、冷や汗より先に涙が垂れていた。
何も考えず、ただ現実から目を背けるだけ。こんなに焦ったことはなかった。
今は——逃げられない。逃げたくない。
頭が、無理やり回り続ける。
その時。
「石化を解きたいですか?」
メドゥーサの声。
僕は反射的に、頷いていた。
「ふふ、残念。私の力は、人体の周囲を石で固めるだけ。解除はできないのです」
軽い声。楽しんでいる。
「だったら、どうやって解くんだ」
分かっているさ。
敵が、希望の答えなんてくれるはずがない。
それでも、聞かずにはいられなかった。
「それは貴方もご存知でしょう? 『ドリル族』の力を使うんですよ」
——分かってんだ。
だが、それはお前たちが潰した選択肢だろうが。
味方のドリル族はもう、ここにはモグドンさんしかいない。洗脳だか誘拐だか知らないが、皆……ピクコノさんも。敵の手中に落ちてしまった。
頼みの綱のモグドンさん。彼の力では、中身ごと壊してしまうから……土台モンらの石像を壊せても、救えたとは言えない。
——つまり、詰みだ。
やはりこの問答は無意味。僕らは煽られている。
「ちっ……。で? なんで、早くトドメを刺さない?」
「決まっているでしょう?」
メドゥーサの口元が、ゆっくりと歪む。
「貴方達のような——心の弱い殿方の心を折るのが嗜好だから、ですよ?」
「……………っ!」
もういい。分かった。
こいつには、何も通じない。理屈も、感情も、全部踏みにじる側の存在だ。
隊長が以前言っていたように……こいつらには、感情論が通じない‼︎
「もういい……カビ助……」
モグドンさんの声が、背後から落ちてきた。
振り返ると、彼は村人たちに殴られながらも、なんとか立っている。血が口元から垂れていた。
「何言ってるんですか! モグドンさん‼︎」
思わず叫ぶ。
「まだ終わってません! 石化はまだ——」
言いかけて、息が詰まる。
モグドンさんは、ゆっくりと首を振った。
「……無理だ。俺じゃ殺しちまう」
「あの話、冗談とかじゃないんですか!? ドリル族なら——」
「残念ながら、違わねぇ」
低く、断ち切るような声。
「俺のドリルは、地盤を砕くためのもんだ。中身を守るような繊細なもんじゃねぇ」
「……っ」
分かってる。
そんなこと、最初から分かってる。
でも——それでも。
「だったら、どうするんですか! このまま見てるだけなんて——!」
言葉が荒くなる。焦りが、喉を焼く。
「……石化解除は、もう無理だ——」
モグドンさんが言いかける。
「『まだ』いける、でしょ……?」
僕は食い気味に言い返す。
「ゴハートも、土台モンも……まだ助けられる!」
「…………」
一瞬の沈黙。
モグドンさんは何も言わない。ただ、苦しそうに息を吐くだけだ。
ん——?
違う。何かが、引っかかる。今の会話の中の、ある言葉。
「石化はまだ」。
なんだ、妙に引っかかるこの、朧げな記憶は?
“まだ助けられる”という意味で言ったはずなのに——頭の中で、その言葉だけがなぜだか残る。
石化は、まだ……。
石……まだ……? 何だ?
助かる? 終わってない? 完全じゃない?
いや、違う。
僕は、無意識に視線を動かしていた。
ゴハートの石像。土台モンの石像。
……そして。
視界の端に“まだ”、もう一つ。
ずっとそこにあったはずの存在が、際立って見えた。
朧げだった記憶の正体が、鮮明になる。
誰も疑わなかったもの。
——校庭の中央。腕を掲げた、あの石像。
学園の校庭にあった、待ち合わせの目印。よく知らない、英雄らしき男性の石像。ずっと、ただの飾りだと思っていたもの。
「……あ」
喉から、音が漏れる。
心臓が一つ、大きく跳ねた。
石化は、“まだ”あった!
思考が、一気に繋がる。この星には、『同じ能力』を持つ存在だっている。
あれが、もし。
ただの飾りじゃなくて、誰かが石化したもので……中に英雄がいるのなら。
「モグドンさん!!」
気づいた瞬間、体が勝手に動いていた。
すぐに叫ぶ。
「一か八か、あそこの石像の“核”を破壊してください!」
「はぁ⁉︎ 俺のドリルじゃ、中身ごと粉砕するって言ったろう⁉︎」
当然だ。分かってる。それでも……!
背後で、くすりと笑い声。
「ふふ……。追い詰められましたね」
メドゥーサの目が細まる。
「藁にもすがるとは、愚かな——」
違う。藁じゃない。
僕は、歯を食いしばる。
「もし……あれが本当に、かつての“英雄”が石化したものなら!」
足が震える。声も、少しだけ揺れる。
でも、止めない。
「モグドンさんの力にも、耐えられるはずです!」
——静寂。
風が、抜ける。
モグドンさんの視線が、石像に向く。
「……中身が死んだら、どうする」
低い声。逃げ場のない問い。
喉が渇く。
でも、目を逸らさない。
「その時は——僕が責任を取ります」
「どうやってだ?」
僕を試すかのように、即答。
真正面からの視線。逃げられない。
人を、殺す——。
その責任は、自殺という“逃げ”では何も解決しない。
だから、目を逸らさない。
ヤクザ達も、子熊のことも、忘れない。
「人を、助けます」
短く、言い切る。
メドゥーサが、肩を震わせる。
「ふふ……はは。幼稚な感情論ですね」
「ええ、そうですとも」
論理的に、話術では負けてる気がした。
でも、視線は外さない。
「でも……あなたが一番分かってるはずだ」
一瞬。メドゥーサの瞳が揺れた。
僕は続ける。
「強い意志は、制御できない」
空気が張り詰める。
魔王が動く。僕は石像へ駆け寄る。
「ゲホっ、ゴホッ! く……重い……!」
びくともしない。でも、手を止めない。
「……カビ助」
モグドンさんが立ち上がる。
村人たちを振り解き、血を吐きながら。
「俺の故郷では、紛争が絶えなかったんだ」
その声は、かすれているのに——
どこか芯があった。さぞ辛い過去だったのだろう。
「博士と出会い、世界を知って……俺は今、『探検隊』にいる」
重い、石ならば——
「モグドンさん、頼みます‼︎」
僕は石像を転がす。
——彼の、足元へ!!
「後悔……するなよ」
次の瞬間。
ギュイイイイイイン‼︎
ドリルが唸る。地面が震える。
空気が裂ける。
メドゥーサの笑みが、わずかに歪んだ。
「ふ……中ごと壊れるだけですよ」
「だったら、僕らも、英雄も——」
喉が裂けそうになるくらい、叫ぶ。
「「それまでだったってことだ!!」」




