命令文
今回は「メドゥーサの息子」視点のお話です。
母は十七で俺を産んだらしい。
父の顔は……あまり覚えていない。幼い頃に母と離婚したからだ。
だが、あの時の映像は、今でも脳に残っている。幼少時の記憶は大半が消えるが、印象強い一部だけは、一生物になる。
ーーそんなに互いが憎いなら、一時の感情で産むんじゃねぇよ。
怒鳴り声。皿が割れる音。大人同士の言葉が、刃物みたいに飛び交う夜。
皿が割れる音を聞くたび、胸が縮こまった。泣けば俺に矛先が向けられ、怒鳴られるから、ずっと黙って聞いていた。
ーーその時から、場を察するのが得意になった。
「あなたは特別。あの人と違って、私を裏切らない」
母は言った。
「そうしてくれれば、私があなたを守ります」
その言葉は、優しい檻だった。だが、否定はできなかった。
ーー母は聡明で、誰よりも強く、誰よりも美しい。
『ドドリ村』という「ヒト族」主体の集団の中で、差別を受ける存在である「ダーク族」。母はその知識と美貌で、自分たちが「ヒト族」であることを演じ切っていた。
ーー母がいなければ、俺は何もできない。所詮は無力なガキだ。
俺は冷静な子供だったと思う。
だけど感情を顔に出さず、必要な言葉を選ぶのが得意で、人に嫌われなかった。
だから……友達は、自然と増えた。
輪の中心ではないが、欠かせないクールキャラ。丁度いい立ち位置。
ーー笑い合うのは、悪くなかった。
皆で走るのも、馬鹿な話をするのも。初めて、ここに居ていいと思えた。家庭の圧迫感を、忘れられる場所になった。
ーーそれを、母は許さなかった。
「こんな時間まで。どこで遊んでたの?」
その目は、愛情で濁っていた。
「ダクト。あなたには私がいれば十分。私以外と関わるのは、やめなさい」
ーー命令だった。
従わなければ、声が荒くなる。腕を掴まれ、壁に押し付けられる。
……言葉は、俺の存在を否定する刃になる。
「あなたのためよ」
「裏切らないで」
「父さんと同じ目に逢いたいの?」
俺は頷いた。
……頷くしか選択肢はなかった。
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
ーー次の日から、友達と話すことは禁止された。
笑い声を出せば叩かれ、無理な命令に逆らえば閉じ込められた。
「言うことを、聞きなさい」
その言葉が、日常になった。
友達とは、距離ができた。
……理由を聞かれても、答えられなかった。
孤独は、静かに溜まっていく。
感情は止めれても、心の奥に"闇"が溜まっていくのは、止められなかった。
「『自由になりたい。』」
誰にも命令されず、俺自身の意思を押し付けてみたい。
そう願った瞬間。世界が、歪んだ。
ーー『洗脳』の力。
「ダーク族」の能力、『闇の蓄積』により目覚めたのだと、後に知った。
母の声が止まった。
動きが止まり、目が虚ろになる。
「何だ、これ……。はは、ははははは‼︎」
俺は初めて、心から笑った。
これが俺の力。人の意思を縛る力。
――皮肉だな。
縛られ続けた俺が、縛る側になるとは。
俺は母の横をすり抜け、村を飛び出した。
土の匂い。夜風。誰にも見られていない空。
――自由だ。
そう思った、次の瞬間。
「……ダクト」
背後から、声がした。自然と背筋が縮む。
やっぱり……母は、強いから?
いや……能力が、切れたのか。力は未完成だったのだろう。
離れた場所に立ち竦む母。顔は歪み、声は怒鳴り声に変わっている。
「何を、したの……⁉︎」
俺は答えなかった。
答える言葉を、もう持っていなかった。
「いつか……後悔するわよ? 私を裏切ると、どうなるか……」
「母さん……っ」
いつもなら、従うしか選択肢はない。
だが、この力がもし本物なら……俺の闇が、深いならば。
「『黙れ』」
俺は生まれて初めて、命令文を口にした。
前作の後からずっと書きたかった話。
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