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暗躍するものたち


 ついに汚染の元凶を追い詰めた!

 ——そう思った。


 だが、霧の向こうに立っていたのは。


「……どういうことですか?」


 喉が、ひどく乾く。


「博士は……村に残ってくれていたはずじゃ……」


 そこにいたのは、どう見ても“スライム博士”だった。

 黒い博士帽。丸いジェル状の身体。


 だが……()()が違う。


「…………」


 僕の問いかけに、博士は何も答えない。

 表情も、動きも、最小限。


 代わりに口を開いたのは、隣にいる子熊だった。


「ガキ一人か。お前だけで十分そうだな」


 見た目に似合わない、落ち着いた声音。


「オレは定時であがらせてもらう」


 定時? こんな状況で?

 可愛らしい高い声と、社会人のような台詞のギャップに一瞬思考が乱れる。


 だが、すぐに首を振る。今はそんな場合じゃない。


「待て! 質問に答えろ!」


 僕は一歩踏み出す。

「この汚染ガスを撒いたのはお前か⁉︎」


 子熊は、面倒くさそうにこちらを見た。

「うるさいガキだ……『空間転移(ディメンジョン)』」


 質問に答える気はこいつもないようだ。

 僕は反射的に腕を前に出し、防御姿勢を取った。


「何をする気だ……?」


 ——だが、子熊が取った行動は攻撃ではなかった。


 巨大な帽子が、ぐにゃりと波打つ。布のはずなのに、まるで液体のように形を変える。

 子熊は、その中へと沈むように入り込んだ。

 そして——


 ふっと、消えた。


「消え……た?」

 帽子も、子熊も、跡形もない。


 縮小化? 瞬間移動? 透明化? ——頭が追いつかない。

 僕は防御体制を崩し、頭をかかえる。


 しかし、そんな暇はなかった。


 パリンッ!

 目の前にガラス片が飛び散る。


「うわぁぁぁぁぁあああ!」


 博士が……僕に向かって、ガラス瓶を投げつけてきたのだ。

 中から、紫色の煙が噴き出す。ガスマスク越しでも、刺激臭がわかる。

「……っ!」

 幸い、ガスマスクのおかげで、吸い込まずに済んだ。だが、破片が腕に当たり、鋭い痛みが走る。

 これは、偶然じゃない。

 明確な敵対行為。やはり汚染への問いはYESということなのか。


「博士は……探検隊を裏切っていた、ということなのですか⁉︎」

「…………」


 だが、相変わらず無言を貫く博士。

 いつもの博士なら、皮肉の一つでも言うはずだ。何か……おかしい。それに、自分でガスマスクを渡しておいて、毒の攻撃を仕掛けるのも不自然というもの。


 これは……流石に異常じゃないか?

 

 考えられる可能性としては——

 博士が何者かに操られているか。何者かが博士に化けているか。それか、ただのそっくりさん……?


 ——ん? ()()()()()()……?

 どこかで聞いたことのある話だ。


 その時、脳裏に隊長の言葉が蘇る。



『ダークスター団。目的は不明だが、各地にクローン人間を送り込んでいる』



 クローン人間……?

 確か、遺伝子が全く同じで、記憶が乖離した存在だっけか。


 先程まで一緒にいた博士と、この博士との間では明らかな違和感がある。

 つまり、ここにいる博士は……「ダークスター団」に作られた複製体(クローン)ってことか!?

 

 あり得ない話。だけど……本当にそうなら、辻褄が合う。スライム博士は確かに性格の悪い変人だが、隊を裏切るような人じゃないはずだ。


「そういうこと……なら!」

 もし、本当ならば。

「容赦はいらないですね?」


 僕はクローンに対しても、自然に敬語を使ったことに苦笑いしたその後、攻撃を仕掛ける。

 もしクローンなら……見た目と能力は完全に同一人物のようだが、言葉を使えなくてよかった。不安定な僕の心ではきっと、惑わされて一方的にやられてしまうところだった。


「うぉぉおおお!」

 僕は博士のクローンを緊急用のダガーで切り刻む。


 ——刃が、ジェル状の身体を切り裂く。

 ぐにょん、と嫌な感触。


 普通なら斬られて死んで、ここで終わり、だが。

 切断面が揺らぎ、そこから新たなミニスライムが分離する。


 やはり、本物(?)と同じ能力。

 広場に、小さなスライムが無数に広がる。クローンは僕を嘲笑うかのように分裂していく。

 確かに厄介な能力…………だがな。


「お前が博士のクローンならば、僕は、強みも弱みも知っている!」


 そう言って、頭部から光を発する。


 ——どんな形にも変形でき、分裂もできる変幻自在。

 そんな博士の能力は、一見チート級だ。


 しかし、その弱点とは分裂しても目や鼻、耳などの“重要な部位”は一箇所にしか存在しないということ。……以前、博士が毒霧の方角を探知したときに気付いたんだ。


 彼の能力は「スライム」。分裂システムは、生物の授業で知った「プラナリア」とは違っていた。

 プラナリアにはどんな種類の細胞にもなれるオールマイティな「新生細胞」がいて、これが分裂・増殖して、必要に応じて筋肉やら神経やらに変化して再生を実行するそうだ。つまり分裂したら別れた方にも目玉が生える。


 だがスライム博士の能力は身体の細胞すべてに脳で指令を出すことができるだけ。感覚器官は増えていないのだ。


「『ツルピカフラッシュ』!」


 閃光が広がる。

 この攻撃でひるんでいない分裂体たちは……倒しても意味がない。


 だが、それ以外の反応が遅れた一体!

 その1つを倒せば、全てのスライムは機能停止するはず。


 ぐにょり、と全身にまとわりつく。冷たい。重い。気持ち悪い。

 息が詰まりそうになる。


「気持ち悪い……」

 でも、今は耐えるんだ。ここを越えれば——


 反応していない奴がいる。

 ——なら、あれが本体だ。


 ただ一人、こちらに向かって来ない奴にダガーを投げつける。

「本体は、お前だ……!」


 ——貫く。

 その瞬間、広場中のミニスライムが一斉に硬直した。


 そして、どさりと崩れ落ちる。


 僕は急激に疲れを感じ、膝をついた。息が荒い。

「ゲホっ! 終わった……」


 でも、本体はまだ息がある。なんて生命力だ——。

 博士って、敵に回すとこんなに厄介だったんだ。複製体?だったから僕でも勝てたけど、本物の博士は発明品や薬物などを駆使してこちらを翻弄してくる。いくら足掻こうが、全て彼の掌の上だ。僕なんかでは、適うはずがないだろう。


「今のうちに早く、拘束しないと……」




 ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎





 僕は博士のクローンを抱え、村に戻った。


「ゴハート、博士! お待たせしましたー‼︎」


 僕が村に戻ると、彼らは凶暴化したフルーティアを撃破していた。

 ……流石だ!


「おお、マスター。元凶を捕まえたのか! 早かったな……って、えーっ⁉︎」


 ゴハートは博士の姿をした元凶に目を丸くする。

 が、博士本人は、冷静だった。


 彼は僕から自身の複製体を受け取ると、即座に、淡々と、汚染物質の解析を始める。

 ……流石だ。


「見事です。()()()()()、では後はワタシに任せて休んでください」


「……はい。お願いします」


 返事をしてから、ふと気づく。


 ——あれ?

 そういえば博士に名前を呼ばれたの、初めてじゃないか?


 胸の奥がじんわりと温かくなる。

 ——どうやら僕は、ただのモルモットから一段階、昇格したようだ。




 ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎




 三分後……。

 博士は宣言通り、解毒剤を作り上げた。


「流石だ……」

「ふふ、もっと褒めろと言いたいところですが……まずは。」


 そして一番症状の進行が遅い、りんご隊長に薬を投与する。


「がぁ……っ」

 彼からうめき声が漏れる。


 だが、しばらくすると荒れていた呼吸が落ち着いた。

「はぁ……は……ぁ」


「よし。凶暴化は止まりました」


 ——安心する。

 だが博士は、周囲の倒れたフルーティア達を好奇の目で見つめていた。


 ん? 好奇? 

 心配そうな目、じゃなくて?


「彼らは症状が進行しすぎていますねぇ。病院での長期治療が必要です」


 僕とゴハートは顔を見合わせた。


 彼らの暴走を抑えるくらいなら可能だが、完全に救うには——

 ゆっくり時間をかけて治療しなければならない。


 だから、早急に病院へと運びたい……が、問題は山積みだった。


「……この人数を三人で運ぶのは大変なのでは?」

「それに、“博士もどき”もどう扱ったらいいか分からねえ……!!」


 僕とゴハートも必死に考えた。

 宿屋のスタッフさんも、警官さんも村長さんもみんな汚染を受けている。頼れるのは自分たちしかいないのだ。


「どうしましょう?」

「そうですね——」


 悩みの末、街に残る探検隊メンバーに報告して彼らを運んでもらうことにした。

 スライム博士が手当たり次第に電話をかける。


 プルルルル……プルルルル……

 プルルルル……プルルルル……

 プルルルル……プルルルル……


 だが、応答なし。


「ダメです、誰も出ません。この場所は圏外のはずないのですが……汚染ガスの影響でしょうか?」


 それを聞いてゴハートはため息をつき、空を見上げる。


「だったら、直接『ラッシャイタウン』に帰って伝えるしかねぇな」


 まあ……機材の問題なら、その方法しかないだろう。

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