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きょうき 意 置くて 逸る・其の四

別のお話の、続き。

************************************************



 金。金。金。

 とにかく金が、必要だ。


 弁償金を返すため。

 父上への負債を返すため。

 この家に居ることを許されるため。


 だから拙者は働いた。

 昼も夜も関係なく……金になるなら、何でもした。


 最初は真面目に働いていた。

 だが、ある時から気付いてしまったのである。


 ——真面目に働くより、もっと効率の良い方法があると。





 仕事場の一つには、“友人”と呼べる者もいた。

 同じように働き。同じように怒鳴られ。同じように金を稼ぐ者。


 彼は、拙者によく話しかけてくれた。


「お前、本当に働き者だな」

「そうでしょうか」

「そうだよ。俺だったらとっくに逃げてる」


 笑いながら言う、不思議な男だった。

 何故そんな余裕があるのだろう。


 金もない。地位もない。

 それなのに、時折楽しそうに笑う。


 拙者は理解できなかった。

 だが、嫌いではなかった……と、思う。


 変わってしまったのは——あの日。

 業務中に、上司が“何者か”に殺された日だ。


 ……犯人探しが始まった職場。近くの作業を割り当てられていた彼が、真っ先に疑われることとなった。


『自分はやっていない!』


 だがそんな中、拙者は全てを知っていた。

 犯人が誰なのか……一部始終を、見ていたからだ。


 だが——

 黙っていた。


 犯人から“口止め料”を受け取ったからである。


 その金額は、一週間働いて得られる額を超えていた。

 故に拙者は、計算した。


 彼を守って将来得られる利益。

 今、口止め料を受け取る利益。


『比べるまでもない』


 拙者は彼を見捨てた。

 結果として彼は、職を失った。


 泣いていた。

 叫んでいた。


 誰も、彼のことを信じなかったから。

 唯一の友だと思っていた拙者も、信じなかったから。


『俺を信じてくれよ! ▓▓!』


 いや。信じていたさ。

 信じていたからこそ、迷った。


 ——叫ぶ声が耳に残る。


 助けようと思えば助けられた。真実を話せば済む話だった。


 それだけで。それだけで良かった。


 だが、拙者の脳裏に浮かんだのは友ではなく……金額だった。


 その金で、父上への借金が返せる。

 その金で、母上に見捨てられずに済む。


 その金で——拙者は生き残れる。


 だから、()()()()()()


 お前は金にならなかった。

 それだけの話である。



『ウィル。たまには友達と遊んできなさい』



 不意に、“あの男”の言葉が蘇る。


 ……やめろ。

 今更、何の役に立つ? 金にはならないだろ。


 友達との時間は、いくら払っても買えない?

 確かに、その通り……なのだろう。


 だが、拙者はそれを必要としていない。遊ぶ暇が、思いやる暇があれば手に入る、大金の方が優先である。


 胸の奥で何度も軋んだ……気もしたが、数日もすれば消えた。

 あの男の言葉は、拙者にとって()()()()()()()であったのか。



『金のために、捨て去る覚悟』。それだけが全てだ。



 ——以降は、早かった。

 拙者は父上から頂戴した職業リストから、ある組織に目をつける。紹介文ではまともな雰囲気を装っていた“それ”は……高い給与に目が眩んだ愚者に、犯罪をさせるというかなり闇の深いものだった。


 だが、織り込み済みである。

 拙者にとってはむしろ、都合がいい。利用価値の高い組織だ。


 荷物を一つ盗めば、一日分の給料になる。

 だが財布を盗めば、一週間分になる。

 そして貴金属なら、一ヶ月分だ。


 金は簡単に手に入った。


 ——法など関係ない。

 正義など何の価値もない。

 愚者と呼ばれようが、気にもならない。

 

 万が一足がついても、隠滅するだけだ。幼少期より父上にご教授頂いた……拙者の『武術』があれば可能である。


 捕まらなければ、問題ない。

 拙者にとって犯罪とは、最もタイムパフォーマンスの良い収入源。


 それが、事実である。




 しかし——それでも足りない。

 金は、幾らあっても足りなかった。


 拙者は気付いてしまった。

 人は常に効率を求める。その際に手段を選ぶことはない。

 効率を知った人間は、元のやり方には戻れない。


 ……“私”も、例外ではなかった。


 そして。業務後、ある男に出会った。


「人を殺せるか?」


 突然の質問だった。

 路地裏。黒衣の男は壁にもたれながら尋ねた。


「金になるのであれば」


 即答。それが始まりだった。

 ……男は笑う。


「気に入った。ウチに来い、▓▓」



 殺し屋。

 命を奪うことで金を得る職業。

 

 最初に聞いた時、拙者は拍子抜けした。


 そんな馬鹿げた職があるのか……なんて、浅ましい疑問ではない。


 拙者はただ。

 ——そんな簡単なことだったのか、と思った。


 人一人、殺すだけ。……簡単じゃないか。

 これほど効率の良い職業は存在しない。


 ただ一つ問題なのが、この職業は「父上のリストで紹介されたものではない」ということ。だが……父上は大金を差し出した瞬間が、一番御喜びになられる。きっと問題などないだろう。


 たったそれだけで、数ヶ月分の報酬。

 相手によっては一年分。


 馬鹿らしい。

 今までの労働は何だったのだろう。


 明日の任務は、借金を踏み倒した商人。

 明後日は情報を漏らした役人。

 その次は組織を裏切った構成員。



 理由は様々。だが結果は同じ。


 ——相手には死。手元には大金。



 ザシュっ!!

 最初の一人は手が震えた。吐き気がした。

 だが、翌日渡された報酬を見て……その吐き気は消えた。

 ザシュ!!

 二人目は震えなかった。

 ザシュ。

 三人目の顔は覚えていない。

 ザシュ。ザシュ。ザシュ。

 十人目になる頃には、数えるのをやめた。



 命は軽い。金は重い。

 その事実だけが残った。



 そして拙者は、毎晩大量の報酬を持ち帰るようになった。


 父上の前に袋を置く。

 ジャラリと、硬貨の音が響く。


 以前とは違う。

 明らかに、音が違う。


 父上は袋を開き、中身を見る。


 その目が大きく見開かれた。

「……ほう」


 初めてだった。

 彼が感心するような声を聞いたのは。


「流石だな、“我が息子”よ。お前はやはり、私の見込んだ男だった」


 その言葉も、初めてだった。

 母上も嬉しそうに笑う。


「すごいじゃないのぉ!」


 褒められた?

 認められた。

 必要とされた……。


 昔の“私”なら。

 きっと悶えるほど嬉しかったのだろう。


 だが。


「何も感じない……か」


 不思議なほど。拙者には、何の感情も湧かない。

 ふと「殺し屋」について父上らに説明をしようかと思ったが……()()()()()()()()()問題ないだろう。彼が気にするような男なら、とっくに拙者に問いかけていただろうから。


 父上を見た。次に、母上を見た。

 そして——手元に残った金を見た。


 是迄は全て収めねばならなかった金も、最近ではこのように……渡されることが増えてきた。これも全て、殺し屋の高い給与のおかげである。

 借金は、もう全て返せていたのだろうか。いつ頃から払い終えていたかなど、全く記憶にないが。

 だが手元に残ったこの金は使い道がわからず、次第に貯まりつつあった。


 そして瞼の裏に三つを浮かべてみる。

 ——ふと、思った。


 違いが分からない。

 父上も。母上も。金も。全て同じだった。


 価値があるから存在する。

 価値がなくなれば捨てられる。


 それだけならば。一体『家族』とは何だろう。


 考えた。

 だが、答えは出なかった。


 恩?

 愛情?

 絆?


 どれも金ほど確かなものではない。


 金は裏切らない。

 金は嘘を吐かない。

 金は価値を証明する。


 ならば。やはり——家族の存在意義は。


 食費?

 衣服?

 家賃?


 紙に書き出してみれば、父上と母上が担っている役割は驚くほど少ない。


「金は価値を証明する。ならば……」


 ならば……

 拙者が“彼らの役割”を自分で賄えるようになった時。


「父上と母上の価値とは、一体何だ?」



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