きょうき 意 置くて 逸る・其の四
別のお話の、続き。
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金。金。金。
とにかく金が、必要だ。
弁償金を返すため。
父上への負債を返すため。
この家に居ることを許されるため。
だから拙者は働いた。
昼も夜も関係なく……金になるなら、何でもした。
最初は真面目に働いていた。
だが、ある時から気付いてしまったのである。
——真面目に働くより、もっと効率の良い方法があると。
仕事場の一つには、“友人”と呼べる者もいた。
同じように働き。同じように怒鳴られ。同じように金を稼ぐ者。
彼は、拙者によく話しかけてくれた。
「お前、本当に働き者だな」
「そうでしょうか」
「そうだよ。俺だったらとっくに逃げてる」
笑いながら言う、不思議な男だった。
何故そんな余裕があるのだろう。
金もない。地位もない。
それなのに、時折楽しそうに笑う。
拙者は理解できなかった。
だが、嫌いではなかった……と、思う。
変わってしまったのは——あの日。
業務中に、上司が“何者か”に殺された日だ。
……犯人探しが始まった職場。近くの作業を割り当てられていた彼が、真っ先に疑われることとなった。
『自分はやっていない!』
だがそんな中、拙者は全てを知っていた。
犯人が誰なのか……一部始終を、見ていたからだ。
だが——
黙っていた。
犯人から“口止め料”を受け取ったからである。
その金額は、一週間働いて得られる額を超えていた。
故に拙者は、計算した。
彼を守って将来得られる利益。
今、口止め料を受け取る利益。
『比べるまでもない』
拙者は彼を見捨てた。
結果として彼は、職を失った。
泣いていた。
叫んでいた。
誰も、彼のことを信じなかったから。
唯一の友だと思っていた拙者も、信じなかったから。
『俺を信じてくれよ! ▓▓!』
いや。信じていたさ。
信じていたからこそ、迷った。
——叫ぶ声が耳に残る。
助けようと思えば助けられた。真実を話せば済む話だった。
それだけで。それだけで良かった。
だが、拙者の脳裏に浮かんだのは友ではなく……金額だった。
その金で、父上への借金が返せる。
その金で、母上に見捨てられずに済む。
その金で——拙者は生き残れる。
だから、目を逸らした。
お前は金にならなかった。
それだけの話である。
『ウィル。たまには友達と遊んできなさい』
不意に、“あの男”の言葉が蘇る。
……やめろ。
今更、何の役に立つ? 金にはならないだろ。
友達との時間は、いくら払っても買えない?
確かに、その通り……なのだろう。
だが、拙者はそれを必要としていない。遊ぶ暇が、思いやる暇があれば手に入る、大金の方が優先である。
胸の奥で何度も軋んだ……気もしたが、数日もすれば消えた。
あの男の言葉は、拙者にとってその程度のものであったのか。
『金のために、捨て去る覚悟』。それだけが全てだ。
——以降は、早かった。
拙者は父上から頂戴した職業リストから、ある組織に目をつける。紹介文ではまともな雰囲気を装っていた“それ”は……高い給与に目が眩んだ愚者に、犯罪をさせるというかなり闇の深いものだった。
だが、織り込み済みである。
拙者にとってはむしろ、都合がいい。利用価値の高い組織だ。
荷物を一つ盗めば、一日分の給料になる。
だが財布を盗めば、一週間分になる。
そして貴金属なら、一ヶ月分だ。
金は簡単に手に入った。
——法など関係ない。
正義など何の価値もない。
愚者と呼ばれようが、気にもならない。
万が一足がついても、隠滅するだけだ。幼少期より父上にご教授頂いた……拙者の『武術』があれば可能である。
捕まらなければ、問題ない。
拙者にとって犯罪とは、最もタイムパフォーマンスの良い収入源。
それが、事実である。
しかし——それでも足りない。
金は、幾らあっても足りなかった。
拙者は気付いてしまった。
人は常に効率を求める。その際に手段を選ぶことはない。
効率を知った人間は、元のやり方には戻れない。
……“私”も、例外ではなかった。
そして。業務後、ある男に出会った。
「人を殺せるか?」
突然の質問だった。
路地裏。黒衣の男は壁にもたれながら尋ねた。
「金になるのであれば」
即答。それが始まりだった。
……男は笑う。
「気に入った。ウチに来い、▓▓」
殺し屋。
命を奪うことで金を得る職業。
最初に聞いた時、拙者は拍子抜けした。
そんな馬鹿げた職があるのか……なんて、浅ましい疑問ではない。
拙者はただ。
——そんな簡単なことだったのか、と思った。
人一人、殺すだけ。……簡単じゃないか。
これほど効率の良い職業は存在しない。
ただ一つ問題なのが、この職業は「父上のリストで紹介されたものではない」ということ。だが……父上は大金を差し出した瞬間が、一番御喜びになられる。きっと問題などないだろう。
たったそれだけで、数ヶ月分の報酬。
相手によっては一年分。
馬鹿らしい。
今までの労働は何だったのだろう。
明日の任務は、借金を踏み倒した商人。
明後日は情報を漏らした役人。
その次は組織を裏切った構成員。
理由は様々。だが結果は同じ。
——相手には死。手元には大金。
ザシュっ!!
最初の一人は手が震えた。吐き気がした。
だが、翌日渡された報酬を見て……その吐き気は消えた。
ザシュ!!
二人目は震えなかった。
ザシュ。
三人目の顔は覚えていない。
ザシュ。ザシュ。ザシュ。
十人目になる頃には、数えるのをやめた。
命は軽い。金は重い。
その事実だけが残った。
そして拙者は、毎晩大量の報酬を持ち帰るようになった。
父上の前に袋を置く。
ジャラリと、硬貨の音が響く。
以前とは違う。
明らかに、音が違う。
父上は袋を開き、中身を見る。
その目が大きく見開かれた。
「……ほう」
初めてだった。
彼が感心するような声を聞いたのは。
「流石だな、“我が息子”よ。お前はやはり、私の見込んだ男だった」
その言葉も、初めてだった。
母上も嬉しそうに笑う。
「すごいじゃないのぉ!」
褒められた?
認められた。
必要とされた……。
昔の“私”なら。
きっと悶えるほど嬉しかったのだろう。
だが。
「何も感じない……か」
不思議なほど。拙者には、何の感情も湧かない。
ふと「殺し屋」について父上らに説明をしようかと思ったが……聞かれていないから問題ないだろう。彼が気にするような男なら、とっくに拙者に問いかけていただろうから。
父上を見た。次に、母上を見た。
そして——手元に残った金を見た。
是迄は全て収めねばならなかった金も、最近ではこのように……渡されることが増えてきた。これも全て、殺し屋の高い給与のおかげである。
借金は、もう全て返せていたのだろうか。いつ頃から払い終えていたかなど、全く記憶にないが。
だが手元に残ったこの金は使い道がわからず、次第に貯まりつつあった。
そして瞼の裏に三つを浮かべてみる。
——ふと、思った。
違いが分からない。
父上も。母上も。金も。全て同じだった。
価値があるから存在する。
価値がなくなれば捨てられる。
それだけならば。一体『家族』とは何だろう。
考えた。
だが、答えは出なかった。
恩?
愛情?
絆?
どれも金ほど確かなものではない。
金は裏切らない。
金は嘘を吐かない。
金は価値を証明する。
ならば。やはり——家族の存在意義は。
食費?
衣服?
家賃?
紙に書き出してみれば、父上と母上が担っている役割は驚くほど少ない。
「金は価値を証明する。ならば……」
ならば……
拙者が“彼らの役割”を自分で賄えるようになった時。
「父上と母上の価値とは、一体何だ?」




