7
一番の問題はやはり、最初の段階ですでに魔法少女四人から嫌われているということだ、と彼は考えていた。その問題を乗り越えるためにアニメの力を頼ろうと思っていたのだが、それも通用しない。
だが狙い自体は悪くないはずだ。アニメが好きであると信じさせることさえできれば、きっと会話につながるはず。彼が内心で彼女を笑ってなどいないと、証明する何かが必要だ。
そこで彼はアニメをイッキ見することを決意する。ネト〇リで配信されているアニメで目についたものをかたっぱしから見ていく。彼女がどれを見ているかは知らないが、アニメ好きならどれか一つは知っているはずだ。そのうちのひとつでも当たればよい。
ひとつひとつ、飛ばすことなく、倍速で見ることもせずに見るため、とんでもなく時間がかかる。見ている間、この時間があればもっと他のことができるんじゃないか、などという疑問が何度も頭をよぎって、不安になった。
それでもアニメを見続けることができたのは、アニメの面白さのおかげだった。見終えた後でも続きが気になるように作られていて、間髪いれずに次回作を再生してしまうのだ。そうして見る話数が積み重なるごとに、どんどんキャラへ対する感情移入が進んでいって、「果たして彼女たちはどうなるのか」と続きを見ずにはいられなくなっていく。そうやって迎えた最終話の感動はそれまでの積み重ねもあって、心にじんわりと来るような温かさがあった。この感動があって、また次のアニメも見ようと、思えた。
これがアニメ愛か、と彼は思った。これは桃子がはまるのもうなずける。二次元が嫁、という言葉はいいえて妙だ。たとえ、アニメのキャラが現実に存在しないとしても、彼女たちへの愛だけは、現実に存在している。その愛を表現するのに、嫁という言葉がぴったりなのだ。
あの訪問をした日から三日後、彼は満を持して桃子の家へ行く。もう以前の彼ではない。今は俺も彼女と同様のアニメを愛する同士なのだ、と彼は信じている。
チャイムを押すと、やはり桃子はインターホン越しにではあるが返事をしてくれる。
「なに?」
「お前が好きなアニメというものがどういうものか知るために、三本ほどアニメを見てきた」それから彼は、アニメの題名を三つ、口にする。
「え?」
「どれか、お前が知ってるアニメはあったか?」
「えっと、『砂の花嫁』は見た」
「よかった。どれも知らないと言われたらどうしようかと思っていたんだ。でもそうか、『砂の花嫁』は見たんだな」
「アイギスの趣味は?」突然、彼女は尋ねる。本当に見たか、疑っているのだろう。
幸い彼はその答えを知っている。アイギスは『砂の花嫁』の登場人物で、魔法使いのマッドサイエンティストみたいなキャラだ。
「昆虫採集だろ。それも毒を持った虫ばかりを集めて、それをみんな飼うんだ」
「正解」彼女は驚いたように言う。
「なあ、桃子はアイギスが好きなのか?」彼は尋ねる。
「うん。あと、『リケジョ高宮の消失』も好き」
「それって」
「私の好きなアニメ。前に聞かれたから、言った」
これは認めてもらえたということでいいのか。いや、まだだ。『リケジョ高宮の消失』を家で視聴してくるべきだ。せっかく彼女が薦めてくれたのだから。
そう思っていたら、突然、玄関の鍵の開く音がする。ついで、桃子がドアを開けて顔を出す。
「家の中、入っていいよ」彼女は言う。
彼は内心、戸惑う。家に入りたいとは言ってないし、することもない。しかし彼女のほうに何かしらの意図があるのは明白だ。
「じゃあ、お邪魔するとしようか」入るべきだと判断した彼は、そう答える。
家の中に入って中を歩いていても、両親らしき人とはでくわさない。家には桃子と俺だけしかいないようだ、と彼は結論付ける。
それから二階にある部屋のうちのひとつに、彼女は入っていく。部屋の中には、かわいいアニメキャラのフィギュアや青髪の男キャラのポスターなどのアニメグッズがところせましと置かれていて、勉強机もある。机の上にはパソコンとペンパッドが置いてある。
「これ」彼女は棚の上に並べられたフィギュアのうち、髪の青い、白衣を着た女キャラを指さす。
「これが主人公の高宮鈴。この娘のおかげで青髪萌えと白衣萌えが併発したの」彼女は興奮と恥ずかしさの入り混じったような表情で言う。
「かわいいな。リケジョっていうのがよくわからないけど、白衣を着てるってことは科学者とか医者とかそういうようなものなのか?」
「リケジョっていうのは理系女子の略。鈴ちゃんは天才リケジョで、量子力学とかそういういろいろな科学的知識を持ってるんだけど、ちょっと変な娘で、やばい実験とかいっぱいして、いろいろトラブルを起こすの。第一巻の消失だと、学校を消しちゃうんだよね」
彼女はアニメのあらすじ、あるいは小説のあらすじを語り始める。彼はそれに耳を傾ける。好きなことについて夢中になって話す桃子の姿が、彼の目にはほほえましく見える。
なぜホワイタチが傍観を決め込むか、彼はなんとなくわかったような気がする。人間は正しい道を歩まなくても、桃子みたいに好きなことを楽しめていればそれだけで幸せになれるのだ。それは彼の知らなかったことだった。
「・・・・・・だからとにかく何が言いたいのかっていうと、リケジョシリーズはアニメも原作も神ってこと。異論は認めない」
「そこまで言うってことは相当おもしろいんだろうな。がぜん、見たくなってきたぞ」
「ふふふ、布教成功」彼女はうれしそうに言う。