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彼は自分の住んでいる、家賃三万円のボロアパートに帰ってくる。階段を登ろうとしたときに、上のほうから「おーい」と声をかけられる。見上げると、ホワイタチが二階からこちらを見下ろしている姿が目に入る。
彼の家の場所もワープゲートに登録してあるから、やつがここに来たこと自体は、驚くにあたらない。ワープゲートには魔法少女と彼、それと基地の居場所が登録されていて、互いに好きな場所へ一瞬で移動できるようになっている。
問題はなぜやつが来たのか、ということだ。
「ちょっと基地に来てほしいッチ」ホワイタチは言う。
断ってもしつこくつきまとわれるだけだとわかっていたので、彼は言われた通りにする。
ホワイタチはモニターがずらっと並んでいる部屋に彼を連れてくると、「まあ座るッチ」と、彼に椅子をすすめる。
「なんか見せたいものでもあるのか、あのモニターで?」椅子に座ってから、彼は尋ねる。
「いいや、あのモニターはどうでもいいッチ。君を呼んだのは、一か月後に魔法少女と君がみんな死ぬという未来が出たからッチ」
「は?」彼はその言葉を信じることができないのと、急にそんなことを言われたのとで、それだけ言うのがせいいっぱいだ。未来予知自体は彼の星にもあった技術だから、そこに驚きはない。誰がどこで何をしたらどういう未来を歩むことになるか、それを魔力で探ることができるのはホワイタチも同じだったというわけだ。
「まず、本来たどるはずだった未来を話すッチ。このルートでは、君は緑ちゃんだけを鍛え続けるッチ。その結果、彼女は優秀な魔法少女になるッチ。いっぽう君に協力しなかった魔法少女たちは、ザガーン星人との戦闘で足手まといになるッチ。そんな彼女を守るために緑ちゃんは全員分のバリアを独りで展開するッチが、それに気づいた敵に集中攻撃されて、一番最初に命を落とすッチ。そして守りを失った魔法少女たちも次々と殺されていって、最後に君も殺されて終わるッチ」
話を聞いた彼は、恐怖で蒼ざめる。空気の温度が一気に下がったような気がして、体に震えが走る。
「しかも、協力しないと全滅すると伝えた場合でも、全滅するッチ。もし未来のできごとを彼女たちに伝えた場合、魔法少女たちは君に協力しようとせず、むしろ五人だけで結束しようとして緑ちゃんまで君のもとからいなくなるッチ」
死ぬとわかっていて、彼に協力しようとしないなんて信じられない話だ。しかし彼は、未来予知が絶対に当たるということを知っている。どんなに信じられないようなことでも、条件が全部そろってしまえば予知された未来は必ず起こる。
「まさか、俺たちは死ぬと伝えるためだけにここへ呼んだわけじゃないよな? 最後の一か月間、せいぜい楽しめと言うためだけに呼んだんだとしたら、俺はお前を殴るぞ」
「大丈夫、全滅を避ける方法はちゃんとあるッチ。君が彼女たちと仲良くなればいいッチ」
「無理だ」彼は即答する。
「でも他に方法はないッチ。君が彼女たちと信頼関係を築くこと、そして彼女たちが君から戦い方を教わってうまく連携がとれるようになること、これが生き残る未来へ行くための条件ッチ」
「どうやったら仲良くなれるか、それも予知してくれたのか?」
「そこまではできなかったッチ」
彼はため息をつく。
「もういっそ、みんな惚れさせればいいッチ。みんな男慣れしてないウブな女の子たちばっかりだから、魔法の力を使えば一発ッチ」
「お前、まじでクズだな」彼は軽蔑したように言う。
「逆に聞きたいけど、悪の怪人のくせになんでそんなにまじめッチか?」
「いや、お前が俺を悪の怪人にしたんだろうが」彼は言う。
最初にこの地球にやってきて、侵略しようとしたのは確かに彼の意志だった。地球人があまりにも無茶苦茶なことをやっていることを知って、もうこれ以上彼らに地球を任せられないと思ったのだ。
ところが地球にはすでにホワイタチがいて、彼らを守っていた。彼はやつが率いる魔法少女陣営と戦ったが、負けた。
ところが負けた後、ホワイタチは彼に怪人を続けてほしいと言ったのだ。
「君が悪の怪人を演じて、魔法少女たちと戦って腕がなまらないようにしてほしいッチ。これから来るかもしれない危機に備えて」
その結果、かれこれ60年くらい、ずっと地球で悪の怪人をやり続けてきた。
「今まで嫌われ役になれと言っておいて、今度は彼女たちと仲良くしろだと? 無茶だ」
「言い訳なんか聞くために君をここに呼んだわけじゃないッチ」ホワイタチは言う。「とにかく死ぬ気でやるッチ。地球を救うにはそれしかないッチ」
ふわふわのイタチ姿のくせに、そのセリフには妙な迫力がある。
「わかった、やるよ。でも、魔法少女を増やすとかはできないのか?」彼は尋ねる。
「増やせないことぐらいわかっているはずッチ。いるものなら、アラフォーの女性であっても引っ張ってくるつもりッチが、それすらもいないッチ」
彼は本日二度目のため息をつく。