1話
「エル、なんの本読んでるんだ?」
俺――コアは、俺の勉強机を勝手に占領している、使い魔兼世話係のエルの肩に手をのせる。
ところ狭しと積み上げられた紙の束に、ゲッと顔をしかめた。
皮肉なもんだよなぁ。
人間が書いて記した文字なのに、俺よりも妖であるエルのほうが、抵抗なく読めるなんてさ。
「いいところにきたね、コア。コアにも関係あることだからさ、座ってほしいなぁ」
首だけ回してエルがニーッコリほほえむ。
うっ、俺が文字を読むのが好きじゃないからって、そんな圧かけんなよ。
もちろん、俺はエルの話を大人しく聞くつもりなんてな⋯⋯。
そっと手を戻し、体を半回転させた俺を、逃さんとばかりにエルが腕をつかむ。
ちょ、痛いって⋯⋯!
加減ってものがあるだろ⋯⋯!
「や、椅子ないだろ。俺、座るところなんてないから⋯⋯」
「無駄だよ」
ニヤリと口角を上げたエルは、立ち上がって俺を椅子に座らせると(強引に)、電波が届かなくなったテレビみたいなノイズをまといながら、形を変えた。
高校生くらいの身長だったエルは、両腕で抱えられる大きさの黒猫の姿になり、俺の膝の上で金色の目を細める。
エルはそれなりに強い力を持った妖で、上位の人間の変化と、中位の獣の姿に変化ができる。
俺が椅子に座って、その上にエルがのるとか⋯⋯ちゃんと正しい使い方しようよ。これは一人用だろ。
目の前にそびえ立つ資料の山に、意識がとびそうな俺の頬を、エルがバリッと爪でひっかいた。
「いてぇ!」
「前回の妖退治さぁ、実は報酬、八十万じゃなくて、百万だったんだって」
頬をおさえた手に、べっとりと真っ赤な血がつく。
そんな俺に構わず話し出すエルに恨みがましい視線を塗りたくるも、オールスルーだ。
「二十万円上がったってことだろ。知ってるよ。六桁と七桁では、難易度が格段に上がるもんな」
「そう。いつも僕たちが受ける任務は、六桁まで。偽装してまで、あの任務を僕たちに受けさせたヤツがいるんだよ」
「依頼書を発行した人?」
「さあ、そこまではねぇ。でも、命を落とすかもしれない任務なのに、難易度を偽装してっていうのは、僕たちか、コアの親族に恨みがあるとかかなぁ。なんにせよ、見過ごせないよね」
エルは、猫の手で器用に資料をめくる。
A4サイズの紙を数十枚挟んだファイル。
一番上に依頼書、と大きく書かれていて、下には細かな情報が淡々とつづられている。
ポン、とエルが前足で示した文字は、百万。
俺らがこの依頼書を受けとったときは、八十万だった。
いくら俺が依頼料を重視するっていっても、身の丈に合わない依頼は断ってる。
ただでさえ、そんなに強くない俺はエルに頼るような部分も多いっていうのに⋯⋯。
「これはまぁ、本家とかに相談しないと分からない部分のほうが多いから、とりあえず置いといて。これ以外にも、不可解なことが、前回の任務には多かった」
「急激に人型に成長した妖と、俺がエルに送った妖力、か」
俺がつぶやくと、エルは肯定するように耳をピクッと震わせ、アレとって、と短い足で紙山のてっぺんを指した。
主使いの悪いやつ⋯⋯。
俺は片手でエルを抱えて少し腰を浮かせ、指先で一枚の資料を挟む。
「違う。もっと下も」
親指で紙をニ、三枚めくり上げる。
「少ないって」
「あ?」
「十枚くらいとってよ」
「それ先に言えよっ!」
指示が少なすぎて、全然具体性がなかったくせに、後でつけ足してくるなよな⋯⋯!
乱暴に資料をつかんだ俺は、中途半端な姿勢に限界だった足から力をぬく。
「あっ、コア⋯⋯!」
焦ったエルの声に顔を上げると、視界が真っ白に染まっていた。
ドサッバサッ!
流れるように机の上を滑った紙の雪崩は、床をおおいつくして揺きを止めた。