21話
「さて、そろったね。私からは特にないから、始めてもらって構わない」
ハルマの隣に座ったディルが、机の上で手を組んだ。
「はい。俺から質問いいか?」
ハルマがさっそく手を挙げ、口を開く。
「大会でコアとアネモスがやり合ってた、あの森はなんだ? 気配どころか、魔力も妖力も感知できなかった。あんなところがあるなんて、一度も聞いたことがない」
「それはそうだろう。私たちは十組で、あそこは他クラスの訓練場だからね。妖倒大会以外で入ることはめったにないだろうし」
アネモス先輩はさっきのことなどなかったかのように、ハルマの問いに答える。
「あそこは迷宮の森と呼ばれていてね。入ったら最後、死ぬまで出られないと言われているから、誰も近づきたがらないんだ。気配が感じられないのは、魔力や妖力の流れを乱す空間だからだね。私たちは普段ソレらで気配を感じとっているから」
魔力や妖力の流れを乱す、か。
だから、気配がブレて感じられたんだ。
「……あれ、でも俺、アネモス先輩の魔力の圧は感じて……」
「ああ、それはコレのせいじゃないかな」
アネモス先輩が思い出したように言い、すっと人さし指を立てる。
「キタイ、シテイル、ヨ……」
「ぅっ……!?」
あの機械音声に体をこわばらせると、ブーンと羽音を立てて、小指の爪サイズの何かがとんでいく。
ソレはしなるようにカーブを描いて、アネモス先輩の指先に止まった。
「機械の、虫……?」
「正確には、鉄の装備つきの虫の妖。発信機もついていてね、森ではコレでコアを追ったんだ」
ああそうか……アネモス先輩の妖だったか……。
それなら、迷路の中を動き回ってた俺を、ピンポイントで探し当てたのも納得だな。
俺がひそかに胸をなでおろしていると、バンッとエルが机をたたいた。
「なんですか、それ。勝手に発信機をつけるなんて、立派な犯罪ですよ。よく平然と暴露できましたね」
衝動的に立ち上がるのはこらえたみたいだけど、机上の手は力の入りすぎで血管が浮き上がってる。
「計画の一端だよ。それについては謝っ……」
「よさないかアネモス。貴様がナン☆セン☆ス☆だったことは事実だ」
「何を言う、か……」
手鏡をのぞいて髪をいじるハータッチ先輩に食いかかりかけたアネモス先輩は、アドニスの視線にもごもごと口を結ぶ。
ナイスだ、アドニス!
「ほらエルも。机壊れちゃうから」
「……うん」
エルが心を落ちつかせるように、ふーっと長い息を吐く。
……よかった、落ちついてくれたみたいだ。
俺はほっと息をつき、アネモス先輩の指先を見る。
「そういえば、アネモス先輩の妖虎、アレって七柱の次くらいに強いですよね。先輩の能力は自分で倒して水晶にしないと操れないから……」
「アレの強さが分かったのかい? 私の能力で妖力はゼロだし、そもそもあの森で感知はムリだっただろうに」
俺らとアネモス先輩たちの間の空気がはりつめ、アドニスたち一年ズが交互に顔を行き来する。
え?
もしかして俺、マズいこと言った……!?
前に倒した妖狼に雰囲気が似てたからだけど……そうか。
獣型だから、普通はまず中級だと思うのか!
あせりを顔に出さないようにアネモス先輩を見つめていると、彼女はふっとほほえんだ。
「まあいい。アレを私が本当に倒したのかが知りたいんだろう?」
俺がうなずくと、アネモス先輩は虫妖を水晶に変えた。
落としたら絶対に見つからないサイズのソレを、指でつまんで転がす。
「私が倒した……と言えたらかっこいいのかもしれないが、アレは正確には倒したが倒していない」
「……倒したけど倒してない?」
「ああ、そうだ。キミたちは、水晶をはめてその妖と対戦することで、データをとるゲームは知っているね?」
「ああ」
「あの妖はそれで倒したんだ」
えぇ、あれで?
実際に自分で倒さなくていいのか?
……ちなみに、なんのことだか分かっていない一年ズをおいて話が進んでるけど、残念ながらそれに気づく者はいない。
すっかり話に夢中である。けど、どこか深刻そうで腹の探り合いな言葉のやりとりに入る勇気はなく、彼らは黙って聞くことに専念していた。
「けれど、それだと完璧に操ることはできなくてね。そこで、彼の能力なんだ」
アネモス先輩の手の先は、サーヴィル先輩だ。
全員の視線におびえたように肩をハネた彼は、縮こまりながらもごもごと口を動かす。
「俺の能力は、視界に入ったモノを誘導する能力なんだ。けど、発動中は力がぬけて立っていられないし、動けない。誘導されてるモノは、自分が誘われてるなんて思わないことが一番の利点、かな。つまりは初見殺し、です」
なるほどな。
俺もアネモス先輩の妖も、サーヴィル先輩の操り人形だったってわけか。
だからいくらよけても、妖が待ちぶせてたんだな。
「そういうことだね。……さて、答えきったと思うが、他にも聞きたいことはないかい? ないなら、私たちの番にしようと思うのだが」
アネモス先輩は水晶を胸ポケットにしまって、ぐるりとみんなの顔を見回す。
「はい」
緊張で震えた声に目を向けると、セピアが真っ赤になって小さく手を挙げていた。
「その……っ。わっ、私には妖とか討伐してゲームってよく分からなかったんですけど、水晶は基本、討伐者が管理するものだと聞いています。アネモス先輩は、どうやって水晶を手に入れたのかなって……」
セピアの指摘に、ハッと目を見開く。
たしかにそうだ。
俺の部屋にも、エルが管理してくれてる水晶がけっこうある。
母さんに、水晶は妖の命の結晶なんだから保管は丁寧にって言われてるからな。
「いい質問だ。それはね……。例えば、様々な種類の妖が一斉に襲ってきて、私たち妖倒士が圧倒的に少なかったとき。引いてしまえば市街地への被害が大きくなってしまうからと、ただ必死に倒し続ける。もちろん、水晶を拾っているヒマなどないし、ヘタすれば変えることもできない。そしてなんとか討伐したはいいけれど、分けてそれぞれデータを収集するには大変な数だったとき、ソレらは本部に渡されるんだ」
へえ。そうだったのか。
今はエルたちがやってくれてるけど、一つに最低三日はかかるからな。
けど、質問の答えにはなっていない。
「それとこれと、なんの関係があるんですか。妖倒士長のところに水晶が送られるからって、ソレをアネモス先輩が手に入れることはできない……」
「できるよ。私は妖倒士長の弟の娘だからね」
「「「「「えええぇええ!?」」」」」
ハルマとアドニスをぬいた一年の声が重なり、アドニスはバツが悪そうに視線をそらす。
アネモス先輩が妖倒士長の弟の娘ってことは、アドニスもそうか。
それってけっこうな偉い身分ってことだけど、なんで劣等クラスにいるんだろうな?
「なんで教えてくれなかったの!?」
「だって聞かれなかったし、気を使われたりされたくなかったから……」
アドニスがカタい表情でつぶやき、それっきり口を閉ざしてしまう。
なんだ……?
おびえてるような考えてるような……あのとき急に怒りだしたときの表情に似てる……?
「アドニス? どうした?」
「い……え。なんでもありません」
「そんな様子には見えないよ。言ってごらん? 姉さんがなんっっっでもしてあげよう。どこかが痛いのかい? 何か悩み事かい? 姉さんはアドニスのためなら全て捧げて……」
「大丈夫ですってば! 離れてください!」
バッと腕を広げたアネモス先輩が、アドニスを抱きしめようと上半身を倒す。
全力拒否のアドニスはアネモス先輩の肩を両手でおし返し、顔を思いっきりそむける。
大変そうだな……。
「あー、そうだ。みんな、他に先輩たちに質問はあるか?」
助け舟を出すつもりで見回すと、みんなは顔を横に振る。
「じゃあ、先輩たちの番ってことでいいな? 俺らに質問、どうぞ」
「姉さんたちの番ですよ……っ。何か聞きたいことがあったんじゃないんですか……っ」
「ん? ああ、そうだったね」
アネモス先輩がアドニスから離れ、アドニスはげっそりと息を吐く。
パチッと目が合うと、口をパクパクと開閉させる。
あ、り、が、と、う?
別に、お礼言われることじゃないし……らしくないことしたかも?
「私が聞きたいことはね……。キミたちに接触したこと、気まぐれだと言ったが半分はウソなんだ」
アネモス先輩は机の上で腕を組んで、俺を探るような目で見つめる。
え何、俺……?
「七柱を倒したのに十組。おかしいとは思わなかったのかい?」
「それは……」
「だろうね。だが、上もバカじゃない。『中級妖倒士が一人で七柱の討伐などできるわけがない』。前から言われていたけどね、キミを観察してこい、と」
面倒な案件を持ちこんだね、とアネモス先輩は冗談めかしてるけど、目が全く笑ってない。
観察ってのは濁した言い方で、要は監視だ。
よく考えればそうだ。エルは妖倒士の資格を持ってないから、自動的に俺が一人で倒したことになる。怪しまれるのは当然だ。
ドクンドクンと心臓が嫌なリズムで振動し、頭からサァッと血の気が引く。
先輩たちは俺らが妖力を持ってることに気づいてる。告発されることはないってハルマは言ってたけど、監視目的なら報告されかねない……?
「キミは……キミたちは、私たちの敵かい?」




