20話
「やっぱり帰るって選択肢は」
「ない。いつまでも引きずってんなよ」
「はーい……」
十組の教室の扉の前。
左右をエルとディル、前をハルマが固めるという、俺の対脱走の並び。
口では言いつつも、さすがにここまできて一人で帰ろうなんて思わないんだけどな。
信用ないのか?
口をとがらせる俺に見向きもせず、ハルマが扉を引く。
「誠意が足りてないんですって何回言えば分かるんですか! はいもう一度!」
突然たたき出された怒号に、ぽかんと口を開けて中の光景を見る。
後ろのほうに、傍観してる一年三年のみんな。
アドニスにアネモス先輩が土下座してる……?
「この度は誠に申しわけありませんでしたあああ!」
「もっと頭下げてください! 人を殺しかけたんですよ!? 本当は謝ることくらいでは、到底許されるものではな……」
アドニスがふと俺らのほうを向き、動きを止める。
ガンッ!
「よし、見なかったことにしよう」
「何してるのコア……」
足で思いっきり扉をけって閉めると、エルがあきれたようにつぶやく。
だって! アレはないだろ!
アネモス先輩がアドニスに土下座って意味が分からないし、アネモス先輩はちょっと嬉しそうでヤバい感じだったし!
「うん。とりこみ中は邪魔しないのが一番だよな」
「とってつけたように言うな。入るぞ」
「え。まだ心の準備が……!」
慌てる俺をムシして、ハルマはもう一度扉を引く。
と、そこにはハルマの爪先の距離に、アドニスとアネモス先輩の頭があった。
俺らに向かってダブル土下座?
え、ホントに何……?
怖いんだけど……。
「コア、今回のこと、本当に申しわけありませんでした」
「スマナカッタ」
アネモス先輩の棒読みに、アドニスが横顔にバシッと手をたたきつける。
今回のことって、アネモス先輩が俺を殺しにきたこと?
「いやまあ、たしかに死ぬところだったけど、エルたちが助けてくれたから……。それより、なんでアドニスまで謝ってるんだ? やっぱりアネモス先輩と知り合いなのか?」
真っすぐに誠意を向けて謝られることに慣れていない俺は、わき腹がむずがゆく感じてたじろぐ。
アドニスとアネモス先輩のやりとりを見るに、一方的なストーカーではないみたいだ。
失態を一緒に謝るなんて、ホントにどういう関係……。
一向に話し出さないアドニスたちを不思議に思っていると、エルが水平に立てた人さし指を、くいくいと上に曲げる。
「あー……。その、頭上げろよ。居心地悪いから」
ゆっくり遠慮がちに頭を上げたアドニスに対し、アネモス先輩は待ってましたとでもいわんばかりに、シャキッと姿勢を正す。
なんでだよ。逆だろ。
「許して……くれるわけないよね。殺されかけたんだから、もっと怒っていいのに」
「いいんだよ。俺は生きてるんだから。……許しはしないけどな」
俺がキッとアネモス先輩をにらむと、彼はぷいとそっぽを向いた。
「ちょっと姉さん、ちゃんと反省してくださいよ」
「は?」
「本当にごめんね。僕がもっとしっかり注意していれば……」
……今なんて?
俺がハテナを浮かべると、ぶふっと耳元で誰かが吹き出した。
「ごめ……っ。いや、ホントに気づかないんだなぁって……っ」
腹を抱えて笑いをこらえるエルに言い返したかったけど、頭が混乱しすぎて言葉が出ない。
いや別に、性別で対応が変わるわけじゃないんだけどさ。
姉さんって……女!?
フリーズした俺に、アドニスがぱちぱちと目をしばたかせる。
「えっと、どうかした?」
「……いや、なんでもない」
ほぼ無意識にアネモス先輩をじっと見つめていると、アネモス先輩は思い当たったような顔をして立ち上がった。
「私が男なのだと思っていたんだろう? 私もこんな見目だからね、中性的だといってよく間違えられる。気にするな」
「はあ」
アネモス先輩は俺の前で立ち止まると、エスコートするようにそっと俺の手をとる。
そのままごく自然に俺の手を引き、自分の胸に近づけ――。
「っ!?」
「おっと」
頭の中で警戒音が鳴り響き、全力で手をほどいてエルの背中にとびずさる。
なっ、なんなんだ……!?
急にそ、そんなところ触らせようとしてくるとか、セクハラだセクハラ!
「姉さん!」
「違うんだアドニス。言っても信じてもらえなさそうだったから、実際にたしかめてもらったほうがはやいと思って……」
「だからってそんなことしていいわけないじゃないですか! ただでさえ警戒されて当然のことをしたのに、さらに信用を失ってどうするんです!?」
「しかし……」
ガミガミと説教するアドニスに、しゅんとうなだれるアネモス先輩。
助けを求める視線を向けてきたけど、こっち見るなという念をこめて威嚇する。
エルもディルもそんな俺らに苦笑し、ハルマは額をおさえてため息をついた。
「ここで立ち話もなんだし、とりあえずみんな座ろうか。待ってるのも退屈だっただろうし、積もる話もあるみたいだから、今日の一時限目は談笑会にしよう。妖倒大会の反省もかねてね」
ディルの言葉に、わっと教室内で歓声が上がる。
きびきびと机や椅子を円状に並べ始めた彼らは、あっという間に完成させ、俺らを手招く。
「行こうか、コア」
「あ、ああ」
教室に入るには、アネモス先輩を横ぎらないといけない。
アドニスがちょうどアルトに呼ばれて走っていき、アネモス先輩の視線が俺を向く。
謝ってこいとか言われたのか……?
もう今はいいそういうの。悪いと思ってるなら、とにかく近づかないでほしい。
ふーっと毛を逆立てる俺の手をエルがつかみ、ぐいっと引っぱる。
俺をアネモス先輩からかばうように、自分を間に入れてすれ違う。
「コア……」
「すみません、通ります」
話しかけるなオーラをさりげなく出して通りすぎると、先に座っていたハルマの隣の席を引いて、俺をうながす。
そして、エルは反対の俺の隣に座った。
……え、紳士?
流れるような気づかいマックスのエスコートだったんだけど。
しょぼんと肩を落としたアネモス先輩は、アドニスとボム先輩の間に腰をおろした。




