18話
「モック⋯⋯!?」
なんでこんなところに寝転がってるんだ!?
俺が気絶させた生徒はドローンが払ってくれたのに⋯⋯まさか、人数が多すぎて!?
「グルル⋯⋯」
低いうなり声に、バッと振り返る。
妖虎⋯⋯!
魔力の壁じゃ受け止めきれなかったし、ここはよける選択肢以外はない。
けど⋯⋯でも⋯⋯!
一番モックに恨みがあるはずのハルマが手を出さなかったんだ。
一番辛いはずのハルマが、攻撃されても傷つけなかったんだ。
俺が妖虎をよけたら、モックに当たる。
無防備だし弱いから、即死は確実だ。
タタタッと俺をロックオンしたまま、妖虎が駆け出す。
「ガァアッ!」
「〜〜くそっ!」
前足を振り上げた妖虎に背を向け、モックをかばうようにしゃがみこむ。
「カ、ハ⋯⋯ッ」
背中の肉をえぐりとられる感覚に、目の前がチカチカと白く光る。
ボタタタッと薄暗い草の上に重い液体が降り、それが俺の地だと認識するのに一瞬の間があった。
足の力がぬけて膝をつくと、かすむ視界にしたたる血が映る。
「⋯⋯まだ生きているのか。やはり妖の体質を引きついでいるからか、しぶといね」
ザクザクと落ち葉を踏みしめる音に、とびかけていた意識をなんとか保つ。
⋯⋯やっばり、気づいてたか。
どうして分かったとか、俺らをどうするつもりだとか、聞きたいことはたくさんあるのに⋯⋯ダメだ、もう全く動けない。
アネモス先輩はモックに視線を落とすと、ふっと鼻で笑った。
「人をかばって死ぬなんて、くだらない。散々手こずらせてくれたのに、これでは報われないね? ⋯⋯今度こそ、消してあげよう」
後頭部で妖虎がうなり、首筋に生温い息がかかる。
首か。これは死ぬな。
折れた骨が変なところにでも刺さってるのか、ズキズキと痛む腕。
痛いというより、熱い背中。
頭がぼーっとしてるせいか、死に対する恐怖はなくて、浮かぶのは母さんや父さん、エルたちの顔だ。
エルもディルも、こんな苦しい中で俺を守って戦ってくれてたんだ。
⋯⋯すごいな。
妖虎の牙が、俺の首に食いこむ。
「待ってください!」
ガササッとしげみが揺れる音がして、妖虎の牙が止まる。
サーヴィル先輩⋯⋯?
「アネモス、やっばりやめよう? 俺たち、コアのこと何も知らないじゃないですか」
「だからなんだい? アドニスを傷つけ、苦しめた。誰であれ、重罪であることに変わりはないんだよ」
「そのことだって、ろくに調べもしてないんですよね。後で『やってなかった』じゃ、もう遅いんですよ!?」
「知らないね。疑いが少しでもあれば消す。それに、サーヴィルだって、もう共犯者だろう?」
「そう、ですけど⋯⋯」
「途中で足を洗っても、泥の跡は残るんだよ」
「だとしても! 俺はもうつき合えません!」
ホントにサーヴィル先輩、なのか⋯⋯?
声を荒げて反対するなんて、あのサーヴィル先輩からは想像できないけど⋯⋯。
「妖を引いてください」
「嫌だよ。アドニスの敵は全て、私が排除するんだから」
「そのアドニスに知られでもしたらどう思われるか⋯⋯うわっ!?」
鳥妖が羽ばたく音がして、サーヴィル先輩がうめく。
「サーヴィルは大人しくしていてくれ」
アネモス先輩の有無を言わせぬ冷たい声に、サーヴィル先輩は息をのんで黙る。
ザッとアネモス先輩が俺に向きなおると、妖虎の牙が動き出す。
死ぬ、のか。
痛いなんて思わなくなってるけど、やっぱり少し寂しいな。
もっとみんなと一緒に⋯⋯なんて、毎回同じ走馬灯だ。
ちょっと、眠いな⋯⋯。
「炎!」
「ガアッ!?」
ゴオッと熱風が背中をかすめ、妖虎がひるんで俺から離れる。
「「コア!」」
ふらりとよろめいた俺を、誰かが受け止めてくれる。
エルと、ハルマ?
二人とも、どうしてここに⋯⋯。
「ちょっとディル! 遅いよ!」
「二人が速いんだって⋯⋯って、どうしたの、これ」
「コア⋯⋯」
あお向けに抱えなおしたエルは、なぜか妖力を送りこんでくる。
もう何も見えないけど、ディルもハルマも言葉を失ってるのが伝わってくる。
「これは、私でも完全には治せない。一気に治すとコアの体に負担が大きすぎる。魔力が四分の一くらいまで減ってるから、自然治癒が止まってる状態だ。けど、魔力も自然に回復するのを待ったほうがいいから、エル、止めて」
エルからの妖力が止まる。
「応急処置して、あとは安静にってところだね。⋯⋯はいじゃあ、チクッとしますよー」
「注射じゃないんだから⋯⋯」
「一年、先生、邪魔しないでくれないか」
アネモス先輩が圧を発すると、妖虎が低くうなり声を上げる。
けど、構わずディルは俺の傷に刃物を立てる。
「コアは私が、」
「姉さん、何をしているんですか?」
「消す⋯⋯」
アドニスまで?
アドニスのカタい声に、アネモス先輩の語尾が消えるようにしぼんでいく。
「もう一度聞きます。何をしているんですか?」
「これは、その⋯⋯! アドニスのためなんだ。本当だ、信じてくれ⋯⋯!」
「へぇ⋯⋯。僕のために人殺し、ですか。僕の姉さんなら、そんなことしませんけど」
アドニスの声色が、軽蔑で冷ややかさを増す。
「アドニス、話を⋯⋯」
「アナタは姉さんなんかじゃない。二度と話しかけないでもらえますか」
「っ!?!?」
ショックすぎて、声の出ない悲鳴。
アドニスのこと、病的なくらい執着してるもんな。
世界の終わりみたいな絶望の顔が目に浮かぶ、と思ったのを最後に、俺の意識はプツリと切れた。




