17話
「私はアドニスのためならなんだってする。それがたとえ、犯罪だといわれることでも、ね」
アネモス先輩はその辺のホコリでも見るような視線で、俺を見つめる。
ゾッと背筋に悪寒が走って、はっはっと息が荒くなる。
⋯⋯ヤバい、こんなの初めてだ。
妖倒士に狙われてる妖って、こんな気持ちなのかもな。
「サーヴィル」
「分かってます」
サーヴィル先輩はそろりと木の影から顔を出すと、アネモス先輩の顔色をうかがいながら、彼の足元に腰を下ろす。
⋯⋯なんだ?
俺、めっちゃ見られてるんだけど。
そんなに見つめられると、なんか顔に穴あきそう⋯⋯。
ヒュンッ!
「っ!」
耳の裏で風を切る音がうなり、振り向くと同事に半身になってよける。
鼻先を鋭く光る藍色の爪がかすめ、俺はソレが地面につき刺さる前に、足の爪先から魔力の刃を伸ばす。
そして、思いっきり背中をそり、足を振り上げる!
「グゥアアァアアア!」
俺のけり上げに加えて妖虎の腕力。
なんの抵抗もなく刺さった魔力の刃を消すと、膝を曲げて地面に手をつき、バク転の要領で着地する。
艷やかなヒスイ色の毛に、藍色の濁った瞳。
妖力が感じられなくても分かる、その圧倒的実力。
なんでアネモス先輩が⋯⋯って思うけど、今はそれどころじゃない。
鮮やかな赤い血が濁流のように吹き出したけど、周囲の毛が傷をおおうように揺れると、すぐに塞がった。
上から足をめいっぱい広げて下降してくる鳥妖を横にとんでよけ、その先からとび出してきた狼妖たちをしゃがんでやりすごし、後ろ足をつかんで地面にたたきつける!
と、息つく暇を与えないように、妖虎がたたみかけてくる!
とびのいたりいなしたりでかわしながら、俺はちらりと先輩たちを見る。
アネモス先輩が操ってるからかもだけど、妖たちの連携が面倒だ。
妖虎を中心に、鳥妖と狼妖が入かわりに攻撃をしかけてくる。
つまり俺には休憩の時間が一瞬もないんだよな。
一度も能力を使ってないから、多分使えないんだろうけど、それは本っっ当に救いだ。
それに、中級妖はともかく、あのときの妖狼と同等の妖虎の攻撃は受けられない。
妖狼と戦ったときより俺は強くなってるからよけられてるけと、ちょっとでも気をぬけば骨の一本や二本、バキッだ。
妖虎の牙をとび上がってよけ、着地して構える。
「⋯⋯あれ?」
さっきまで、俺がよける先が読まれてるみたいに待ちぶせされてたのに。
狼妖二匹のタイミングが、少しズレてるし遅い⋯⋯?
時間差でとびかかってくる狼妖を地面にはたき落とし、さっと首をハネて魔力を流す。
⋯⋯ん? いつもより、魔力が流れにくいな?
まるで、先に誰かの魔力が入ってるみた⋯⋯。
パリンッ。
いつもどおり水晶になったのに、亀裂が入ったと思うと、砂ほどの粒子をまき散らして消えた。
「⋯⋯だから言ったのに。返してくれと」
混乱している俺は、ほぼ無意識にアネモス先輩を振り返る。
「私の能力は特殊だと言ったね。操ることができる妖は、自分で倒し、魔力で水晶に変えたものに限る。しかも、もう一度倒されてしまえば、もうそれっきりなんだ」
水晶がなければ戦えないってことか。
返してくれって、つまりは倒すなってことだろ?
俺に不利すぎるんじゃない、か、って⋯⋯。
先輩たちに違和感を感じて、俺は一つの可能性を思いつく。
サーヴィル先輩、始まってから全く動いてない。
俺はよけ続けて移動したから、今はサーヴィル先輩の背後にいる。
鈍くなった、妖たちの動き。
思えばそれは、サーヴィル先輩の視界から完全に外れてからだった気がする。
サーヴィル先輩の能力の説明がなかったから分からないけど、関係はあるんじゃないか?
俺の動きに合わせてこないってことは、たぶんなんらかの制約で動けないんだ。
もしそうなら、サーヴィル先輩の視界に入らなければ⋯⋯!
「ガアッ!」
「なっ⋯⋯!」
考えこんでる間に背後に回りこんだ妖虎が、ぐっと体を沈めてバネみたいにとびかかってきた。
とっさにとびのいてかわすと、妖虎は着地するやいな前足を踏んばって後ろ足をけり上げる。
前足を軸にしてぐるんっと回ると、たたんでいた後ろ足を思いっきり伸ばす!
「ぐ⋯⋯っ!」
顔の前で腕を交差して魔力の壁を展開するも、あっけなく破壊されて、腕に砕けるような衝撃が走る。
「おっと危ない」
吹っとばされた俺を、アネモス先輩は半歩引いてよける。
ダンッと木に衝突した俺はくぐもった声をもらし、歯を食いしばって先輩たちをにらむ。
両腕、完全にやられた。
妖虎のけりを受け止めきれなかったから、腕がぶつかったせいで鼻もヘンな方向に曲がってる気がする。
頭ぶつけたかもな、焦点が合わない。
でも一番は、サーヴィル先輩の視界に逆戻りだ⋯⋯!
「いい気味じゃないか。安心してくれ、ケガ人をいたぶる趣味はない。すぐに楽にしてあげるよ」
アネモス先輩が片腕を胸の前に構えると、鳥妖が羽ばたいてとまり、足元で妖虎がうなる。
楽にしてあげる、か。
そんな簡単に、死ぬわけにはいかない⋯⋯!
「俺、は、まだ⋯⋯っ」
ふらふらとおぼつかない足どりで立ち上がり、ふーっと細く息を吐いて魔力を放出する。
あー、ヤバいな。
血を失いすぎたか、真っすぐ立ってるのも難しい。
けど、逆に感覚がさえてるような気もする。
魔力の壁を膜くらいまで柔らかくし、洋かんのイメージで魔力の濃度を上げていく。
そうか、魔力の圧って、こうやってやるのか。
じりっと半歩下がったアネモス先輩は、驚いたように片眉を上げる。
「へえ、キミは⋯⋯」
面白いモノを見つけたみたいな表情に、一瞬ひるんだものの、近よらせないように圧をさらに強める。
なんだ⋯⋯?
雰囲気が変わった⋯⋯?
「いいのかな、そんなにムダな魔力を放出するなんて。私は指示するだけだから、近づけなくても支障ない。私には意味のないことだ、よっ!」
アネモス先輩が腕を振ると、発射されたみたいに鳥妖が俺に向かってとんでくる。
魔力の壁で防ぐと、はじかれた反動を利用して方向転換し、俺の視界を狙う。
もう一度はじくと、また俺の死角へ。
狼妖がいなくなった分か、絶え間なく鳥妖が攻撃をしかけてくる。
くそ、死角からだから反応が遅れる⋯⋯!
頭も霞がかってきて、思うように体も動かないし、魔力の壁で防げるのも時間の問題だ。
だからこその連続攻撃なんだろうけど。
一旦立てなおすか。
もうギリギリで防いでいた魔力の壁から、串みたいな形の魔力をつき出す。
「ピッ!?」
異変に気づいたのか、慌てたように羽ばたく鳥妖を確認し、俺は木の裏に回りこむ。
「ん?」
そのまま距離をとろうと走り出しかけた俺に足に、何かが引っかかる。
木の根っこにしては柔らかいし、ツタにしては太すぎる。
パッと何気なく視線を向けると、俺は息をのんだ。




