16話
「おっと、手が滑った」
「っ!?」
全く覚えがないという顔をしていた俺にイラついたのか、アネモス先輩の妖が前足を振るう。
とびのいてよけたけど、さっきまで俺がいたところには、鋭い爪がしっかり奥まで刺さってる。
うわー、手が滑ったってレベルじゃないし、そもそもアネモス先輩の手は動いてないし。
もしかして俺、けっこう強い殺意持たれてる?
「キミの疑問になど答えてやる理由はないが、一つだけ言っておこう」
アネモス先輩のおし潰すような圧が、ブワッと格段にハネ上がる。
思わずじりっと後ずさると、アネモス先輩は冷たいをこえて、俺のことはどうでもいいみたいな、無感情に近い視線を向けた。
「私のアドニスのために、消えてくれ」
彼は腕を上げると、パチンッと指で音を鳴らした。
「ケットウ、ケットウ。アネモス、サーヴィル、コア。サンカシャイガイハ、スミヤカニハナレテクダサイ。クリカエス⋯⋯」
上空で様子をうかがっていたドローンから、機械の音声が流れる。
他のドローンからも鳴ってるのか、タイミングがズレてエコーがかって聞こえる。
俺、まだ参加するなんて言ってないんだけど!?
「フィールドテンカイ」
バチバチッと電気が爆ぜる音とともに、俺とアネモス先輩の間に白い光線が落ちてくる。
それは花が開くように二年三組生徒をはじきながら展開すると、半球になって止まった。
木々のせいで細かくは分からないけど、半径は七百メートルちょっとくらいか。
上のほうも、俺が全力でとんでも余裕がありそうだ。
「ハジメテクダサイ」
合図出してくれるんだ。審判的な?
「俺、やるなんて一言も⋯⋯」
「君の意思など聞いていない。ただ消えてもらうだけだ」
「やってることメチャクチャですよ、アネモス先輩」
「構わないよ。制裁を下すなら、手段は選ばない主義だからね」
「はは⋯⋯。冤罪だと思いますけど」
余裕ぶるように口の端を上げるけど、内心あせりまくってる。
俺はアネモス先輩みたいな精密な魔力操作はできないから、このすさまじい圧は受けっぱなし。
それだけなんだけど、けっこうキツいんだよな。
これ以上踏みこんだら、足がすくんで動けなくなりそうで。
⋯⋯情けないな。
アネモス先輩の背後の影から、何かがヒュッととび出す。
「グアァアアアッ!」
「トラ⋯⋯!?」
俺の何倍もあるトラが、丸太のような腕を振り下ろす。
魔力の壁で軌道をそらしつつ、左にとんでよけると、今度は二匹のオオカミが木の影からとびかかってきた!
コイツ、片方はさっきまでアネモス先輩の隣に⋯⋯!
タンッと地面をけって真上の枝にとびつくと、ワシのようなタカのような鳥が待ちぶせてる!?
「クルルルル!」
くちばしを大きく開けてかみつこうとするのを、魔力の壁で防ぐ。
動物たちの連携がとれすぎてるし、明らかに俺だけを狙ってくる。
初手のトラは、野生の動物だっていうにはデカいし色も変だ。
だとすると、アネモス先輩の妖である可能性が高い⋯⋯!
パッと枝から手を離すと、魔力で足場を作ってななめにとび、トラ目がけて足を振り下ろす。
ドォンッ!
大岩でも落下したかのような鈍音が響き、大量の砂や葉が煙のように宙を舞う。
よけられて足を地面にたたきつけた勢いを利用して、アネモス先輩たちと距離をとる。
「へぇ、やるね。聞いていたより、ずっといい動きをする」
「⋯⋯それはどーも」
アネモス先輩は感心したように息をついてみせるけど、その目に光はない。
俺はパッパッと服を手で払うと、すぐに動けるように腰を落とす。
⋯⋯やっぱり、一切の気配も感じられなかった。
目視してからの反応じゃ、いつもより背後が薄くなるな。
「コアは、アドニスのことをどう思っているんだい?」
「は?」
ふと投げられた質問に、何言ってるんだという視線を向ける。
今聞くことじゃないだろ。
四方八方敵に囲まれてる、この状況でおしゃべりとか⋯⋯余裕の見せつけかよ。
「あー、そうだ⋯⋯ですね。頼れるリーダ、」
「違う!」
違う!?
俺のアドニスの印象の話だろ!?
アネモス先輩はうつむいて、わなわなと震える。
「違う⋯⋯分かっていない。みんなそう言うんだ、頼れるとか面倒見がいいとかしっかりしてるとか。しかし違うんだよ。なぜ誰も気づかない? なぜ表面だけを見る? なぜそんなアドニスを祭り上げる? ⋯⋯いらないんだよ、そんなウジ虫ども⋯⋯!」
バッと顔を上げた彼の瞳には熱がこもっていて、その異様な様子に思わず一歩下がる。
なんか⋯⋯気温が上がったな?
「アドニスの! かわいいところは! なんといっても裏での努力に決まっているだろう! 優秀だ天才だと言われても慢心することなく、血がにじむような努力を続け、能力が弱小だと言われてつき放されようとも、めげるどころか睡眠時間をけずってまで特訓をする! これ以上に尊い存在がどこにいるだろうか! いやいるわけがない!」
「は、はあ」
「それに、知っているか。アドニスはああ見えて臆病なんだ。小さい頃は母上にしがみついてしかトイレに行けなくて、夜は早寝のお利口さんだったんだよ。天使と見間違うごときかわいさに、私は胸がギュッとなってね⋯⋯あいや、今でも十分かわいいが、その当時は⋯⋯」
キラキラ輝く瞳で熱弁が始まり、俺はぽかんと口を開ける。
マジで、アネモス先輩とアドニスとどういう関係なんだ?
この熱量、まれにテレビで見るオタクってやつみたいだ。
ここまで詳しいと、血縁関係とかか?
家族は両親と姉たちだけで、兄弟はいないって聞いてる。
従兄弟とか再従姉妹って線はあるかもだけど、そもそも俺が見てるところでアドニスとの接触はなかった。
というかむしろ、アドニスをさけてるみたいだった。
アドニスはアネモス先輩を知らない?
だとしたら、ここまでの情報はムリ⋯⋯。
はっ、まさか⋯⋯ストーカー!?
「アドニスは清楚に見えるだろう? しかし大切なことがある日のパンツは、ドクロの柄がついたものなんだ」
うわっ、なんでそんなこと知ってるんだよ。
やっぱり、こっそり部屋をのぞいたりしてるのか!?
「私の背中の右上には、大きなホクロがあってね。アドニスとおそろいなんだよ」
背中⋯⋯ホクロ⋯⋯。
大丈夫か、これ。通報レベルじゃないか?
アネモス先輩は子どものように無邪気に笑いながら、アドニスについての豆知識をノンストップで話し続ける。
徐々にヤバいヤツだとさとった俺は、サーヴィル先輩に助けを求めようと探すも、姿が見当たらない。
って、アネモス先輩の後ろの木に隠れてる!?
「⋯⋯おっと、私としたことが、つい話しすぎてしまったようだね」
アネモス先輩はハッと我に返ると、無機質な笑みをとりつくろう。
「これで私のアドニスへの愛は分かってもらえたと思う」
「それとこれと、なんの関係があるんですか。俺のせいでアドニスが苦しんでるって、苦しませるようなことした覚えはないんですけど」
「自覚なしか。キミの行動のせいでアドニスが大声を上げていたこと、私は聞いたよ」
アドニスが大声を上げる?
パッと思い浮かんだのは、モックとのことで怒りだしたことだ。
でもあれは、アドニスが勝手に怒って出ていっただけで。
苦しんでたなんて、そんなふうには⋯⋯。




