13話
「誰が異端だって?」
そうだそうだと上がりかけていた同調の熱が、さっと冷える。
音も気配もなくモックの背後に立ったアネモス先輩は、静かに魔力の圧を放っている。
俺は気づいてたけど、やっと下級のヤツには難しかっただろうな。
モックは、目をこぼれ落ちそうなほど見開いて、すっかり固まってしまっている。
「残念だな。私たちはただルールの下、正々堂々と戦っていただけなのに。十組だからというだけで、キミはありえないと言うのかい?それに、私たちに負けたからといって、その敗北は無様ではないよ」
アネモス先輩が、プレッシャーをかけるようにゆっくり歩き出すと、近くに座っていた生徒たちが顔を真っ青にして後ずさる。
「でもそうだね。一つ言うなら⋯⋯」
モックの正面まで回ると、アネモス先輩はモックと目線を合わせた。
「負け犬の遠ぼえほど、見苦しいものはないよ」
「っキサマ⋯⋯! うっ⋯⋯」
怒りで顔を真っ赤にさせたモックは、口を開くもアネモス先輩の圧に気おされたように足を一歩引く。
魔力の圧って、威嚇だけじゃないんだな。
なんでも使い方、工夫次第ってわけか。
「⋯⋯さて、校長先生」
アネモス先輩はモックに興味をなくし、改まったように校長に向きなおる。
「この後は二年生の部、一年生の部、クラス対抗の部、ですよね。こんな雰囲気ですし、クラス対抗の部を先に行ったほうが、他の部にも集中できると思うんですが、どうでしょう」
⋯⋯ああ、そうか。
モックは二年生だから、同じ部に十組がいない。
イカサマだなんだって思いながら、戦うのも戦われるのも、お互いいい気はしないもんな。
だから先にってことだろうけど、それっていいのか?
「えー、そうですね⋯⋯。まあ、順番を前後するくらいなら、問題ないですかね。そうしましょう」
「ありがとうございます」
意外とあっさり⋯⋯。
アネモス先輩は満足そうに笑みを深めると、十組の先頭に戻った。
続くようにして、他の先輩も元の位置に並ぶ。
「えー。そういうことですので、みなさんはそれぞれ担任の指示に従って、位置についてください。なお、三年生の部での負傷等を見ましたところ、安静にとのことですので、一組から九組の三年生は不参加といたします」
負傷で不参加って⋯⋯。
相当ボコボコにしたんだな?
「十組ー。行くよー」
ディルの後ろにアネモス先輩たちがついていき、その後ろに俺らも続く。
「うわっ、うち先やだー」
「ひぇっ! くっくくくくも⋯⋯っ!」
前を歩いていたアルトとセピアが、ササッと左右にわれ、小走りで最後尾に回っていく。
「ツタとか葉っぱとか、通りやすいようにしといてよねー!」
アルトとセピアのヤツ⋯⋯。嫌なことおしつけていきやがった⋯⋯。
まあ、俺は葉っぱとか虫とか平気だからいいけど。
ディルが何かを思い出したように首を回す。
「三年生には言ったけど、ここは他クラスの訓練場だから、やむを得ない場合を除いて、枝折ったり葉っぱちぎったりはしないように⋯⋯」
ディルの視線が、邪魔だった枝を折った俺の手に止まる。
それ、もっとはやくに言ってくれよ⋯⋯!
もう折っちゃったじゃん!
俺は折った枝とディルを交互に見て、まあいいかと持ったまま歩き出そうとする。
と、エルに手首をつかまれた。
エルはディルと一瞬目を合わせると、俺の手を引っぱって、枝を切った口にくっつける。
すると、折れたはずの枝は逆再生でもしてるかのように元どおりになっていった。
エルとディルの能力の合わせ技か。
ディルの能力は、触れたり何かつたらせたりしないと、霧散するって言ってたからな。
エルがディルの散らばった菌を妖力操作して、この枝に作用させたんだ。
エルの瞳は淡く金色に光ってたけど、まばたきをすると元に戻った。
「十組のみなさーん。そろそろ始めますよー」
「はーい」
校長の呼びかけにディルは返事をすると、さっときびすを返した。
「少し走るよ。ついてきて」
「は? ディル待っ⋯⋯!」
俺が言いきるより先に、ディルは地面をけって走り出した。
⋯⋯やっばりな。
俺もハルマも、並みの妖倒士より速い。
本気の競争とかって十組でやったりしないから、みんながどれだけスピード出せるか知らないだろ。
「もうあんなところに⋯⋯」
姿は木々に隠れて見えないけど、気配はもう一キロくらい遠い。
アネモス先輩たちはついていけてるみたいだけど、アドニスたちはムリだろ。
どうするかな⋯⋯。
まさか、おいていくなんてできないし⋯⋯。
俺は、ディルが消えた先をボーッと眺めて考える。
「コア、行くよ」
エルが、すれ違いざまに声をかける。
両わきにはアドニスとレイラを抱えてて、どこかで見た光景だなと思いながら、なんとなく目で追う。
「ぼーっとしてんな」
同じく俺の横を駆けぬけていったハルマは、あっという間に暗闇にまぎれていった。
ハルマは、アルトとセピアを抱えてたな。
ってことは、もう俺しか残ってないのか。
「いつもより遅かったのは、疑われないためか、超スピードに慣れてないみんなを気づかってか⋯⋯。そういうのなんだろうな、人を思いやるって」
俺には、きっとないものだ。
ずっと塞ぎこんでたから、分からないんだよな。
何があったかは覚えてないけど、パズルのピースが一つなくなったみたいに。
満たされていたコップの底に、穴があいたみたいに。
ひたすら悲しくてむなしくてしょうがなかった。
今思えば、依頼を受けまくるようになったのも、報酬が気になりだしたのも、その寂しさをまぎらわせようとしてたのかもな。
⋯⋯って、今考えることじゃないな。
俺は、エルたちを追おうと一歩踏み出す。
「退屈させないでくれよ、コア」
「っ!?」
振り返りざまにバッととびのき、すばやく周囲を見回す。
また!?
くそっ、どこから⋯⋯!
「ふっ、ふふふ震えるなあっ足ぃ⋯⋯!」
こ、ここ怖いだなんて、みじんも思ってないからな⋯⋯っ!
ゆーれいなんて存在しない。
この声だって、何かシカケがあって⋯⋯。
「始めっ!」
「うぁっ!?」
鋭い声にはじかれるように、俺は走り出す。
恐怖のあまり頭の中は真っ白で、わけもわからず森の中を疾走する。
「うわあ!?」「何今の!?」「獣? 妖?」
最高速で駆け回る俺は、どうやら他クラスの生徒には目で追えないらしく、一瞬で困惑が背中に流れる。
イノシシのごとく、真っすぐに突進していく俺。
初めての場所で、地図もない。
パニックにおちいった獣のようにとにかく走る俺は、当然迷子になることなんか、考えることもできなかった。




