10話
「⋯⋯まあ、そんなこと今考えてもしょうがないからさ。妖倒大会に勝つって、まずはそれを頭においとけばいいんじゃない?」
エルは沈んだ空気を切るように言うと、俺とハルマの後ろに回って、肩をつかんだ。
「ほらもう日も落ちるし、はやく帰ったほうがいいよ」
「えっ、ああ⋯⋯。そう、だな?」
「はいじゃあ三人とも。また明日ー」
エルがぐいぐいと背中をおして、俺らと外に出る。
アドニス探しは、もうやらなくてよくなったとはいえ、俺が帰るの邪魔し出したのはエルなのに⋯⋯。
「おすな。自分で歩けるって」
俺はパッとエルの手を払い、不満をこめてにらみつける。
降参とでもいうように両手を上げたエルは、眉をハの字にしてへニャリと笑った。
「ごめんって。帰ろ帰ろ。プリン買ってあるから、それ食べて機嫌なおしてよ」
「⋯⋯ん」
それなら、とマフラーに顔をうずめて足を進める。
「俺のは?」
「ないに決まってるだろ。いつも一個しかおいてないんだから」
「じゃあ、コアのよこせ」
「は? 何言ってるんだよ。嫌だね」
わあわあと言い合いを始めた俺とハルマに、エルはあきれたため息をつく。
「ハルマの分は、麓の店で買っていこう。だから、ケンカしないのー」
今にもつかみかかりそうな二人の首根っこをつかみ、引きはがす。
次はハルマの分も買っておこうと考えるエルをよそに、ハルマがぼそっとつぶやいた。
「下で待ってる」
「は?」
「え?」
止める間もなく、獣道を駆けおりていくハルマ。
一瞬で彼は木々の中へと消え、俺とエルは顔を見合わせる。
「⋯⋯ハルマって今、金持ってないよな?」
「うん。少しでも、身軽なほうがいいって⋯⋯」
俺も同意見だから、金は基本的にエルが持ってる。
じゃあ別に、はやく行く必要ないよな?
麓で待ってるっていったって、俺らがおりるまでの間、やることないんじゃ⋯⋯。
エルが俺の背後に回りこみ、少しだけかがむ。
「抱えてかなくていいって言ってるだろ!」
「えー? こっちのほうが速いのに⋯⋯」
「俺が急ぐ必要はないだろ! エル、先に行ってろ」
俺が声に魔力を乗せると、エルは抵抗をみせたものの、結局は大人しく走っていった。
いつもよりスピードが遅いのは、その抵抗の表れかもしれない。
「はあ⋯⋯」
なんか、ドッと疲れたな。
木々のすき間から、こぼれるようにさしこむ夕日。
よく見ると、オレンジ一色じゃなくて、夜の暗闇も混ざり始めてて、紫がかったモヤがかかってる。
いつもなら、とっくに家についてる時間だ。
アドニスが突然怒って教室を出ていって、探しに行こうってときに先輩たちに襲われて。
妖倒大会での条件を聞いたときは勝つことしか考えてなかったし、むしろチャンスだと思った。
エルとハルマ、それに俺も妖関係のことがバレたかもって思ったときは、胃が浮くような思いだったけど、先輩たちの印象と言動がちぐはぐでつかめなくて。
なんか、今までの学校生活の中で一番いろいろあったな、なんて⋯⋯。
「期待しているよ、コア」
「っ!?」
耳元で機械の合成音声がささやき、俺はバッと耳をおさえて振り返る。
全く気配を感じなかった⋯⋯って、誰もいない?
「⋯⋯ま、さか」
かすれた声が、たたきつけるような北風にさらわれる。
そんなわけ、ないよな。
死んだら、生まれ変わりも転生もない。
もちろん、未練がこの世に残ることだって。
ない。ないのに⋯⋯。
ノアやガンマが、魂だけ残っている話が頭をよぎる。
「くそ⋯⋯っ。克服したと思ってたのに⋯⋯っ!」
ドッドッと心臓が早鐘を打って、サイレンを鳴らす。
今すぐこの場から逃げ出したいのに、足が地面にぬいつけられたみたいに動かない。
「ゆーれい、なんて⋯⋯っ」
ガサッ。
「ひっ」
風が草を揺らした音だったのか、獣が葉を踏んだ音だったのか、そのときの俺には冷静に構える余裕なんてなかった。いや、なんでも同じだった。
日常的に何気なく聞き流すであろうその自然のさざめきは、ただ俺の恐怖を限界にハネ上げるには十分で。
俺は文字どおりはじかれるように、山を駆けおりたのだった。




