9話
「落ちついたかい?」
「⋯⋯ああ」
ハルマがドアノブをつかむ手をゆるめるのを見て、手を離す。
「よかった。では改めて。私はアネモス。条件を満たした妖を操ることができるんだ」
アネモス先輩は後ろの先輩たちを紹介するため、手のひらを上にして彼らに向けた。
「爆破が能力のボム、相手の心が読めるハータッチ、サポーターのサーヴィルだ」
彼らは、バラバラと頭を下げる。
爆破が能力ってことは、ハルマが出ていこうとしたときに爆発したのは、ボム先輩か。
サポーターって、なんでサーヴィル先輩だけ能力の説明してくれないんだろうな。
「キミたちも紹介を頼むよ」
「はあ。⋯⋯って、俺?」
「ああ。キミがリーダーなんだろう? キミ中心に一年生の空気は回っているように見えるよ」
アネモス先輩が、一瞬笑顔を引っこめる。
その品定めするような表情に、ツー、と冷や汗が背中を伝った。
俺はリーダーじゃないし、空気を回してなんかない。
このクラスの中心は、みんなのことを一番よく見てるアドニス⋯⋯。
「⋯⋯そうだ。アドニス探しに行かないと」
先輩たちのせいで、けっこう時間食ったな。
さっさとつれ戻して帰りたいから、あんま遠くに行かれると困る。
エルの鼻で、匂いをたどってもらうか。
「エル⋯⋯」
「その必要はないよ」
立ち上がってエルを呼びかけた俺を、アネモス先輩がさえぎる。
「アドニスとは少し縁があってね。条件も私が勝手に決めてしまったし、妖倒大会には必ずつれてくると約束しよう」
今、妖倒大会にはってとこ、強調したな。
「妖倒大会には? なんでそんなときにしか⋯⋯」
「おっとすまない。もうこんな時間か」
アネモス先輩は腕時計を見て片眉を上げると、ハルマから妖を離れさせる。
「しかたない。大会までにはキミたちの顔と名前を覚えておくよ」
「じゃあな、一年!」
「ん? 俺様に見とれている女の子が二人⋯⋯」
「はやく行ってくださいよ⋯⋯」
そのまま、話すことはないとでも言うように、俺の横を通って外へ出ていった。
なんていうか、嵐みたいな人たちだったな。
会って早々妖をけしかけてきて、扉の先で爆発して踊ってうわ言言って⋯⋯。
騒がしかったけど、四人とも相当な実力者だ。
たぶん、俺と同等か、それ以上の。
「アドニスたちが、僕が妖だって気づかないから、いつもどおり妖力使っちゃったけど、大丈夫かなぁ」
「っそうか。すっかり忘れてた⋯⋯!」
エルは先輩たちが去った先を見つめて、のんびり言うけど、俺はそれどころじゃない。
相当な実力者。
ってことはきっと、人間か妖かの区別くらい、人型だったとしてもつくはずだ。
俺は、使い魔の妖に会ったことがないから分からないけど、それでもハルマは気づいた。
もしかしたら、エルが七柱だってことまで、バレてるかもしれない?
マズい、告発されたら終わりだ。
俺らはここにいられなくなる⋯⋯!
「今から追いかけ⋯⋯」
「待て」
バッと走り出しかけた俺の肘を、ハルマがつかんで止める。
なんで止めるんだと振り向くと同時に、ハルマが耳元に口をよせた。
「なん⋯⋯っ」
「アイツらにバラす気はない。気づいてるような素振りもなかったが、たぶん確信は持ってる」
「⋯⋯なんで分かるんだ?」
「俺らに興味なさそうだったから」
興味がない?
それだと、言ってたことと違うぞ?
試すとかなんとかしてきたくせに、俺らのことはどうでもいいのか?
ハルマは俺の視線に肩をすくめ、足を一歩引いた。
「ねーえ! アルトちゃん! まだダメなのー?」
「だーめ。⋯⋯あ、いや、いいかも?」
レイラの催促する声に顔を向けると、アルトがニヤニヤしながらレイラの目を、手でおおっていた。
? 何してるんだ、アイツら⋯⋯。
「アルトちゃん⋯⋯。さすがに、キッ、キスはしてないと思うよ。そんな近くなかったし⋯⋯」
「なーに言ってんの、セピア。顔と! 顔が! 重なったんだよ!? チューしたに決まってるでしょ!」
「チュー!? ボクも見たかったあ! なんで目隠しなんかするんだよー。ボクもう中二だよ?」
「なんとなく?」
セピアが気づかうように小声で言ったのに、アルトとレイラがわいわいと盛り上がり始める。
キス? チュー?
そんなのしてたか?
誰と誰が?
俺が首をかしげると、エルが言うのをためらうように口を半開させる。
「なんだよ」
「あー⋯⋯うん。気づいてないならいいよ。ヘンな誤解は、知らないほうが幸せってこともあるしねぇ」
「はあ?」
俺が眉をひそめると、エルはあははとごまかし笑いをする。
なんだよ。気になるじゃんか!
ヘンな誤解って、俺の?
誤解なら、といておいたほうがいいだろ。
俺が詳しく聞こうと、口を開きかけたときだった。
「にしても、ハルたちってば、よくあの魔力の圧を向けられても平気だったよねー。うちなんか、自分に向けられてるわけでもないのに、へたりこみそうになっちゃった」
アルトが恥ずかしがるように頬をかき、セピアとレイラがうんうんとうなずく。
「今の三年十組の先輩たちは、実力的には中級から上級だって聞くし、いろいろ悪いウワサもあるんだよねぇ」
「うんうん。本当はもう資格とれるくらいなのに、他クラス病院送りにしたとか、喧嘩を誘発したとかで、卒業停止扱いなんだって」
中級から上級か。
予想どおりだな。
資格とれるくらいって、そっか。
妖倒士として認められるの、本当は高校生からなんだっけ。
卒業停止扱いで高校に上がれないから、資格もとるにとれないのか。
「あれくらいの圧は慣れてるし、ウワサはあくまでウワサだろ? 俺らが被害受けないならいい⋯⋯」
「でも、今まで見かけたことすらなかったのに。こんな中途半端なときに現れるなんて、何かたくらんでるかも」
たしかに。
アルトの言葉に、シン、とみんな黙りこむ。
アネモス先輩はあやしい宗教の教祖様みたいな雰囲気で、ボム先輩は⋯⋯単純そうだった。
ハータッチ先輩もサーヴィル先輩も、変わってるなと思ったし、どこかつかみどころがなかった。
何かたくらんでる、か。
そう考えるのが妥当だよな。




